二十九、伯爵語る真相
これにて完結!
タイトルの如く、伯爵の真相に迫ります。
オルフェリゼ・イヴァンは愛しい妻との慣れ染めを訊かれれば「ある日、鏡から声が聞こえてきた」と答える。
それを訊かされた者たちの反応は大きく分けて二通りだ。
人に教えられない危険な橋を渡ったため誤魔化すしかないと勝手に震える解釈をし、聞かなかったことにする者。
もしくは二人だけの秘密にしておきたいようだ、ご馳走様ですと生暖かい視線を向ける者。
いずれも当のオルフェにしてみれば不本意極まりないことである。実際に起こったことを正直に話しているだけなのだから。
あれは不毛にも鏡に向けて不満を零していた時のこと――
「ったく、どいつもこいつも身を固めろ、結婚はいつだ? うるさくて嫌になる。相応しい相手が居ればとっくにそうしてるっての!」
そこに映る己の姿、では隣に映る女はどんなものかと想像してみる。いまいちピンとこなかった。唯一身近にして可能性のある女性もいたが、彼女ではだめだった。
「この俺を捨てるとはいい度胸だ。百倍以上にして後悔させてやる」
同じ写真に写る元婚約者も元親友もただでは済まさない。オルフェは勢いよく写真を伏せた。
「ならばどんな相手を望む?」
幻聴か、けれど再度同じ質問が繰り返される。
どうせ部屋には自分一人、おかしくなったと笑われることもない。戯言も一興かと質問に乗ってやった。
「そうだな……それなりに使える女でなければ困るが、ほどほどの愛情を注げる相手なら、それくらいで満足するさ」
たいして高望はしないと適当に答えていた。
「つまり年齢は気にしないと?」
「別にたいした問題じゃない。年上でも構わないさ」
「なら、この彼女はどうだい?」
姿絵ならぬ姿映しとでも言うべきか、見知らぬ女が鏡に映る。どんな幻かと目を疑いながらも、いよいよ夢ではないと信じ始めていた。
重なった視線に息を呑む。けれど相手はオルフェの存在など目に入っていないのか身動き一つしない。そうだ、これがただの映し絵だったことを思い出す。
まず目が向くのは珍しい髪色。白髪だが顔立ちは少女と呼べるだろうか。いや、会話の流れから察するに年上かもしれない。
とはいえ釣り合いの取れない外見ではない。勝気な瞳からは意志の強そうな印象を受けるが、それでいて瞳は甘いピンク色。勇ましいのか可愛いのか判断に困った。
結論を言えば控えめに表現しても美人の部類に入る。そこまで考え息を呑んでいたオルフェは己を戒めた。
自分は誰だ? 伯爵家当主オルフェリゼ・イヴァンが見目だけで伴侶を選ぶなど馬鹿げている。
「……手短に紹介を頼もうか。その女性が俺に相応しいか見定めたい。眼に叶えば嫁にもらってもいいぜ」
「話しはわかった。少し待て、代表と繋げよう」
本当に少しだった。
今度は別の、少年とも少女とも判断し難い子どもが浮かび上がる。
「お初にお目にかかります。メレ様を幸せにし隊代表ノネットです。一番の使い魔で、人間風に言えば側近だと思ってください」
「オルフェリゼ・イヴァン。伯爵家の長男だ」
名乗られた手前、同じように自己紹介をする。後に思い返せば何をやっているのかと呆れなくもないやり取りだった。
「ほほう、家柄良しというやつですね。我が主も伯爵家の出身ですし、釣り合いがとれますね」
「なるほど、伯爵令嬢か……。ところで彼女は俺にとって有益か?」
「と言いますと?」
「俺は家族を大切にしている。仲良くやってくれないと困るし、ある程度自分の身は自分で守れると助かる。なおかつ伯爵夫人として相応の振る舞いを要求したい。知識と常識は備えて当然だが、時に度胸も必要だ。あとは――」
「まだあるんですか?」
「俺を裏切らないことが大前提だ。そして貴族連中だけでなく、民からも愛される人であってほしい。それと――」
「まだあるんですかぁー」
呆れかえる相手に向けてオルフェはこれで最後だと前置く。
「そこそこの愛情を注げるほどには可愛げがあると、なお良い」
「それは難題ですね。でも……」
にやりと鏡の中で唇が歪められる。
「僕らのメレ様をなめないでいただきたい!」
きりっとした表情が鏡の向こうで言い切った。
そこまで言われては実物を拝むのも一興、是非にと返せば作戦会議の日時を告げられる。それは深夜と呼べる時間帯で本人には秘密裏に行動するらしい。いわく、計画が露見すれば実行までに握り潰されるという。ますますどんな女かわからなくなった。
いつ出会いの場を設けるか、どうやって資質を試してやろうか、さっそく考えを巡らせていると知らず口元が緩んでいたことに気付く。
まだ出会ってすらいない相手に期待でもしているのか?
静寂を取り戻した部屋でオルフェは贈られた姿映しを眺める。鏡の前に手をかざし、説明された通り軽く撫でるような仕草をすれば映る姿が変わった。
一映しだけではメレ様の魅力は伝わらないから――とか何とか言われて違う場面も送られていたことを思い出す。だから先に言っておく。けっして知り合いでも何でもない女の姿映しを眺める趣味があるわけではない。
オルフェは思考を中断せざるを得なかった。
やけに饒舌になっていないか?
口では他人に負けないつもりだが必要のない場面ではさらりと受け流す主義だ。それを必死になって心中でも弁解するとは――
「まさか、な」
見惚れたなどあり得ない。
それなのに考えるほど胸が躍る。どうやらこの相手には少なからず興味を引かれているようだ。
「会うのが楽しみだぜ、メレディアナ」
これだけは素直に認めても良いだろう。
伯爵がまだ見ぬ魔女に焦がれている頃、何も知らぬ魔女は夢の中にいた。
ここまでお付き合いくださった皆様、まことにありがとうございます。
魔女と伯爵の攻防、いかがだったでしょうか?
お忙しい中、ここまで読んで下さいましてありがとうございました。




