十六、魔女の動揺
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「――という経緯で、はっきりきっぱりお断りしたはずよ。わたくしのランプは有能なはずなのにおかしいわ」
嫌な予感、どころか通り越して本人が立っていた。ホラーか!
「他に頼める奴もいないんだ」
「パーティーでの有様を晒しておきながら何を言うの。おもてになるのだから、わたくしでなくても相手はいらっしゃるでしょう?」
喜んで付き合うはずだ。ありありと目に浮かび、自然と声がきつくなる。
「打算のついて回る関係なんて面倒だ。その点お前は一緒に居て楽だろ」
「なっ!」
お前がいい、なんて。
「この女たらし」
さらりと口説き文句のようなことを言われては頬が熱くなってしまう。だがメレは女の敵だと冷たく突っぱね威嚇した。オルフェは意味が分からないという顔をしている。
「……ああもう!」
メレとて家族がいないわけではない。妹への想いは心を動かすのに十分すぎる理由だった。
「いいこと。これはカティナ様のためよ!」
「助かるよ」
ラーシェルに任せれば簡単なのに、わからないなりにも自ら選びたいという。その優しさに敬意を表して、可愛いカティナのためにも引き受けようと思った。
「それで、何を買うつもり?」
「飾り気のない妹に指輪でも選んでやりたくてね」
「貴方、性格は悪いけれど良い兄なのね」
兄に想われ、家族から愛される少女が羨ましい。
妬みほど醜悪な感情ではないけれど、自分が失ったものの大きさを見せつけられる瞬間は気持ちのいいものではない。
「お褒めにあずかり光栄です。お前、兄弟は?」
「一応、弟がいるわ」
「一応?」
「……歳が離れているの。あまり、仲も良くないから」
(初めからそうだったわけじゃ……)
また、未練がましく想いを馳せる。
晴れた日には姉の手を引き外へ連れ出してくれた。小さい背中でいつも前を走っていて――
大切な家族、大好きな弟――
あの頃にはどうしたって戻れない。お互いに別々の年月を重ね過ぎてしまったから……
そっと記憶に蓋をする。
「なあ、アイス食べないか?」
「は?」
脈絡のない誘いに耳を疑う。何か聞き逃していただろうか。
「食べたくなった。付き合えよ!」
オルフェは返事も聞かずに走り出す。おそらく脈絡はない。
「ちょ、ちょっと待って、待ちなさい!」
不遜なばかりのオルフェが悪戯っ子のように手を引く。強引さに踏み止まる隙も与えてくれない。
前を行く背中はかつての弟と重なるようで、懐かしさに振り払えなかった。そこにいるのは弟ではなくランプを奪った張本人なのに。
同一人物なのかと錯覚させるほど無邪気なオルフェの笑顔がメレから毒気を抜いていた。早くと手を引かく様子は子どもじみていて、ようやく彼が歳下だったことに納得がいった。
ならば弟の面倒をみるのも姉の努めか、仕方ないとメレは転ばぬよう速度を上げていた。
(――って、こんな弟ごめんだけれど! 急に走り出すなんて何なの!?)
勝負ばかりではなく私生活でも振り回されるなんて憂鬱すぎる。おかげですっかり考えが逸れてしまった。
(まさか……)
一つ思い至ったのは話題を変えてくれたという気遣いである。自由な手で頬に触れれば、わずかに強張っているように感じた。
「甘い……」
それはアイスか自らの行動か。複雑な心境を知りもしないオルフェは遠慮もなしに「美味いだろ?」と訊いてくる。
好きな味を主張する間もなく差し出されたストロベリーは先日市場の店主に勧められたものだ。溶けないうちにと急かすオルフェも同じアイスを手にしている。
甘酸っぱいストロベリー、冷たいそれは息の上がった体を冷ますには丁度良い温度だ。
「たとえ隣に居るのが気にくわない敵だとしてもアイスに罪はないものね。ブラン家ではあまり食べないものだし、美味しく頂いているわ」
「そうなのか? なら、エイベラは良いぜ。美味い物がたくさん、流行の最先端でもあるし退屈しない」
「ええ、素敵なところね」
「俺が治める領地だからな」
そういうことかとエイベラ自慢が始まったわけに納得する。
「けれどここはわたくしの居場所ではない」
エイベラはメレが知る昔の姿と変わっていた。それは領主の力が大きく、だからこそ皮肉るような言葉が口をつく。長居すれば『嫌な人間』でいてほしい敵に愛着が生まれそうになるから。それくらいオルフェの言葉には含みも棘もなく――真っ直ぐだ。
「関係ないだろ。居場所なんて誰かが決めるものじゃない。許しが欲しいなら俺が受け入れてやろうか?」
言葉の通り、オルフェは両腕を広げてみせる。領主直々の移住許可とはなんて贅沢だろう。でも飛び込めない。飛び込むわけにはいかない。
「いいえ。早く決着をつけて自分の居場所に戻るわ」
あそこには残してきた物がたくさんある。
物も人も、思い出さえも。
「そうか。それがお前の望みで幸せなら、俺はこれ以上何も言うべきじゃないな」
掌を返すようにあっさり引き下がる。彼は踏み込むべきところを見極めていた。
もし、強く乞われていたら?
そう考えること自体に呆れてしまう。まるでそうしてほしいと望んでいるようで嫌になる。
少しだけ、ほんの少しだけさみしいような気持ちになったのは、あの手この手と考えた反論を使う必要がないせいだ。
祖父の代から懇意にしていると案内された店は小さな造りだった。それでいて指輪からティアラまで豊富にとり揃えられ選ぶには申し分ない品数である。照明の当たる角度を計算に入れ、より美しく輝けるよう展示された主役たちには目を奪われるばかりだ。
幸い店内に客はおらず、ゆっくり吟味することが出来た。
改めて眺めるほど種類が多く、この中から一つを決めるのは難しいことだろう。宝石に慣れていない視点では尚更だ。頼まれたからには役目を果たそうとメレは自らの意見を主張する。
「カティナ様は可愛らしい方だからピンク色が似合うと思うけれど……。誕生日のプレゼントなのよね。あの年頃の女の子は背伸びをしたがるものだから、もう少し大人っぽい方が喜ばれるかもしれないわ」
手を抜けない性分なのが災いしてしまう。カティナの顔を思い浮かべ奮闘していた。
「これはどうだ?」
よほど良い物があったのかオルフェは上機嫌だ。果たしてそのセンスはと試すように手元を覗く。すると店主は見計らったようにショーケースから取り出してくれる。
細いリングに薔薇の花飾りをあしらった指輪は可愛らしいと感じさせる。
「薔薇の彫刻が素敵ね。シンプルだけれど可愛さも備わっているし実用的で、わたくしも気に入ったわ」
「及第点をもらえて何よりだ。試しにはめてくれないか?」
了承してメレは手袋を外す。
「はめてやるよ」
「余計なお世話。自分で出来てよ」
真価を発揮する場所に据えられ、指輪は誇らしそうだ。
「似合うじゃないか」
「確かに素敵ね。きっとカティナ様も――えっ?」
オルフェはメレの手を取り指輪を覗き込む。
悪気がないことはわかっていた。指輪を確認したかっただけ、そこに悪意はない。わかっているのに冷静でいられない。
触れられた。
触られた。
知られてしまった……!
「わたくし急用が、思い出して――っ先に失礼するわ!」
指輪を突き返す。
勢いのまま店を飛び出し、それからどう進んだのかも憶えていない。
「おいっ、メレディアナ!?」
遠ざかるオルフェの声に振り返る余裕もなかった。




