十五、魔女の願い
「魔法というものはね、自然から力を借りているの。けれど時代の流れと共に力は減っている。だから魔法にも制約が増えているし、強い使い手も減っているわ」
「まるで文明の発展と引き換えだな」
「そうね。じき人の手で何でも可能になるのでしょう。遠くの人と会話することも、空を飛ぶことも」
遠い未来を語る。オルフェは是非見てみたいと賛同するが、未来を待たずとも彼らには可能だ。
「そこで魔法のランプよ! あれは自ら自然中の元素を取り込んで生成、つまりランプの中に力を貯められるの。だからこそ、ただの人間でも扱えるというものよ。顔とか形状は、それはまあ……趣味を詰めたのは、否定はしないけれど」
この話題や止めよう。口ごもって抜け道を模索すると別の精霊の顔が浮かんだ。
「まずは第一段階としてカガミを作ったの。鏡は世界中にあるでしょう? 色んな場所で貯めた力を一か所に呼び寄せたらって、構想までに随分と時間もかかったけれど、その前進のおかげで魔法のランプのアイディアも生まれて――」
オルフェと目が合い、メレは唐突に講義を止めた。
「どうした?」
「わ、悪かったわ」
「何が?」
「だから……つまらなかったでしょう? 長く話し過ぎたわ」
口論ばかりしているオルフェが聴き入ってくれた。その事実を認識した途端、恥ずかしくなった。いたたまれずに視線を逸らす。
(きっと呆れているわ。わたくしにとっては普通のことでも、人間が訊いて楽しい話ではないもの)
オルフェに呆れられた。そう思いこんでいたメレだが、予想に反しての耳を打つのは優しい声音だった。
「好きなんだな、魔法」
人間にしてみれば意味のわからないことを延々と語っていたのにもかかわらず、受け入れてくれたことに嬉しさが滲む。
「……わたくしの誇りですもの」
「余計にわからない。お前は凄い魔女なんだろ? 何故そんな物が必要だ」
その通りだとメレが謙遜なく答えれば更に納得いかないと漏らす。
「ランプなんて作らなければ俺と面倒な勝負をすることもなかった。そうまでして何を求める?」
夜風が木々を揺らし沈黙が続いた。
問いを下げるつもりはないようで、ひたすらメレの答えを待っている。
「褒め言葉に免じて話してやるけれど、わたくしにだって叶えたい願いはあるの。それは自分では叶えられないことよ。でも、もう……誰もわたくしの願いを叶えてくれる人はいないから」
「いない?」
「魔女は滅びへ向かっている。わたくしほどの使い手は、もういないでしょうね。だから――」
「『願いを叶えてくれる人』とやら自分で作ったと」
訂正する点はない。続けようとしていた言葉そのままだ。
「そうまでして叶えたい願いはなんだ?」
魔法講義に輝かせていた瞳から無邪気さが消える。
「わたくしの願いがパンケーキと同等だと思われては困るの。そこまでは教えられないわ。知りたければ……そうね! ランプと引き換えなんてどうかしら」
名案だと告げれば僅かに笑いが零れる。
「良い性格で」
「貴方には負けるわよ」
つられるようにメレの表情も緩む。このまま穏やかに時が過ぎるのかと思えるほどに。けれどそれで終わる間柄ではない。
「メレディアナ。その願い、俺が叶えてやろうか?」
「だから教えろ、ランプを渡せと?」
躊躇いなんて微塵もない。考えるまでもなくメレの答えは決まっていた。
「出来ない相談ね。人間にランプを預けておくなんてこの先穏やかに生きていけないでしょう。なにより、わたくしの名にかけて負けを認めるわけにはいかないの」
あっさり拒否されようとオルフェは残念がるわけでもない。まるで予想通りだと言われているようだった。
「わたくしは一人ではないから。メレディアナ・エイメ・ローゼンティーネ・マリシェ・エンテイラ・シャノア・エデリス・ル・ブランが宣言するわ。不戦敗なんて、我が名にかけてあり得ないことね」
「長いな」
「でしょうね。恩ある方や師の名を受け継いでいるの。別に憶えなくて結構よ。わたくしは多くの想いを背負って生きている、それさえ理解してくれればいいわ」
「ああ、それなら分かるぜ。俺もイヴァン家を背負う身だからな。先祖に情けない姿は晒せない、そういうことだろ?」
「ええ、互いに安い名ではないでしょう」
オルフェはしっかりと頷いた。その頬を夜風が撫で、ここが外で目の前の女がドレス姿だったことを思い出す。
「悪い、寒くないか?」
「余計な心配ね」
むき出しの肩に手が触れる寸前でメレは払いのける。
「対戦相手の心配をして何が悪い。俺は不戦勝で勝っても嬉しくないぜ」
「嬉しく、ない?」
何度も発言を噛みしめてしまう。
「つまり貴方……勝てば嬉しい、負ければ悔しいの?」
「当然だろ。なんだ、その信じられないものを前にした顔は」
「貴方も人並みの神経をしていたのね」
「おい、本気で驚くことか?」
「驚くわよ! いつも澄ました顔で飄々として、てっきり何も感じないのかと思っていたけれど、そうなの……。決めたわ。最後こそ、完膚なきまでに負かしてやるんだから!」
その整った顔を悔しさに染めてやろうと意気込む。やれやれとため息を吐かれようが気にしない。
「その勝負についてだが、少し時間をくれないか? さすがに俺も疲れていてな。三日経っても決まらなければお前の勝利で構わない」
「あら、それは三日後が楽しみね」
メレは久々に打算のない満面の笑みを浮かべていた。彼といると取り繕う必要がなく気が楽なのは確かだった。
夜会から一夜明け、慣れない人に寄ったキースは棺の中で寝通している。彼なりに奮闘してくれたことを理解しているので今日ばかりは目を瞑ろう。
メレは用意させておいた商会の資料を読み漁り仕事に励んでいた。
ひと段落し肩の力を抜いたところで見計らったように玄関のベルが鳴る。
「どなたかしら?」
キースに客人――いや、それはない。想像できない。訪問販売かと不審がっていると再びベルが鳴らされた。
家主に来客の対応など期待してはいけない。案の定キースは現れず、ノネットもブラン家に戻っているので頼めない。本来数日で帰る予定が長期戦になり、着替えや化粧水が足りないのだ。
仕方ないと腰を上げ、愛想良くドアを開けたメレは無言で表情を失くす。
「何故ラーシェルが立っているのかしら? 家を間違えていてよ。精霊にもうっかりというものがあるのね」
「主より手紙を預かっております」
それなら仕方ない。差し出された物を不満げに受け取ると封を切る。これが三戦目の内容を知らせる手紙だろうと信じて目を通したのだが。
「見なかったことにしましょう」
名案だ。一瞬で手紙を炎上させ灰が舞った。
「念のためもう一通ございます。必要でしたら口頭で一言一句違わずお伝えすることも可能ですが」
ラーシェルの懐からは同じ封筒がちらついている。
「親愛なるメレディアナ――」
先ほど読んだ手紙の書き出しに、何が親愛だと憤る。そもそも口頭で伝えられるなら手紙必要ないだろうと虚ろな視線を送った。
「勝手に音読を始めないで。さっさと帰りなさい」
「そう言わずに。返事をいただかなければ帰れないのです。そういう命令ですから」
要約すれば――
妹であるカティナの誕生日が近く、プレゼント選びに付き合って欲しいとの要請である。
彼女のためならばと揺らぐ良心も持ち合わせているけれど。オルフェと共に品を選ぶ行為については盛大な引っかかりを覚えてしまう。
「お断りと伝えて」
笑顔で答え、扉を閉め鍵もかけた。カティナには悪いが、微妙なプレゼントをもらったとしても微笑ましく受け取ってもらおう。
ところが数分後、またもベルが鳴っては嫌な予感しかしなかった。
連続更新はここまでになりそうです。
閲覧、お付き合い、ありがとうございました。




