十三、社交場の魔女
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メレは勝負で火照った体を冷ますべく隅に寄る。
楽しんでくれと言った張本人はどうしているのかと探れば女性陣に囲まれていた。顔が良く家柄も良いとなれば当然か。
「オルフェリゼ様、とても素敵な催しでしたわ! 本当に来てよかったです。こんなに楽しいパーティーは久しぶりで、特に『闇と共に生きて』、わたくし感動致しました!」
その呟きはメレにとんでもない失態を気付かせた。
「やられた!」
「ど、どうかした?」
同じく遠目にオルフェを観察していたキースが心配そうにたずねた。
「考えてもみなさい。余興が成功して得をするのは誰か、どう考えても主催者のイヴァン伯爵よ。わたくしったら伯爵の評価を上げてしまったことになる!」
「いけないこと?」
「いけなくはないけれど不愉快。渾身の演出も最終的に伯爵の評価に繋がるなんて。ねえキース、何故かしら……試合に勝って勝負に負けたようなこの気持ち! やりようのないモヤモヤは一体どこへ向ければいいの!?」
やるせない怒りを瞳に宿し、見つめ続けていたせいか、目が合う。気のせいか、距離が縮まっているような……
「メレディアナ、踊らないか?」
気のせいじゃなかった。しかもダンスの誘いである。
背後では彼のパートナーを狙っていた集団から悲鳴が上がった。メレも別の意味で悲鳴を上げそうだ。
「冗談にしては笑えないのね。わたくしパートナーには困っていないのよ」
「え、いいよ。俺のことは忘れて。そのほうが俺も、壁と一体化して待ってるから……」
「キース?」
「あ、ごめん! つい、本音が……」
「パートナーの許しは得たぜ。いいだろ?」
ふと、メレは思う。これは溜まった鬱憤を晴らせる好機かもしれない。
「いいわよ。お手並み拝見してさしあげる」
大袈裟なまでに丁寧に、恭しく差し伸べられた手は新たなる挑戦状。メレはそう解釈していた。
手を重ねればそれが戦いの合図。
(少しでも粗相があれば恥をかかせてやるんだから!)
フロアの中心に立てば見計らったようにワルツが奏でられた。なんてタイミングが良いのだろうと楽団を見れば傍らにはラーシェルの姿が。彼も大忙しのようだ。
「悔しい完璧じゃないの!」
演奏が途切れ、解放されたメレの口から飛び出たのは不満である。
相手に不手際があれば即座に足を踏んでやろうと力強く踏みこむがリードは完璧だ。踏みつければメレが粗相をしたと解釈される。結局、鬱憤を晴らすことなど出来なかった。
釈然としない気分のままキースの元へ戻る。
「待たせてごめんなさい」
「全然。むしろ俺のこと、永久に忘れていいのに……」
本当に気配がなかった。壁と一体化したように気配を消していた。吸血鬼の成せる技なのか本人の技術なのか判断に困るけれど。
「友人のことを忘れるはずないでしょう。どれだけ薄情と思われているのかしら」
キースは首を横に振る。
「メレディアナは、そんなことしない。ちゃんと、わかってる。ごめん、そういう意味じゃないんだ。……意地悪言って、ごめん」
「そう素直に謝られると、無理やり起こして棺から引っ張り出してきたわたくしが悪者に思えるから複雑なのだけれど」
「あはは……」
「否定しないわね!?」
「君、変わらないね。性格は変わったけど」
「……そうでなければ、大切なものも守れないわ」
「でも、根底にあるのは、ずっとメレディアナだ」
「ありがとう」
「どういう意味だ?」
「ひっ!」
あまりにも自然に割り込まれ情けない声を上げてしまった。
「なっ、どこから湧いて!?」
「酷い言われようだな。彼は気付いていたようだが」
今度のキースは首を縦に振る。なら教えてほしかった。そんな非難の眼差しを向けてしまうのも仕方がない。
「興味深い話をしているな」
「貴方に聞かせるほど楽しい話はないの。知りたければ、ランプに命令したらいかが?」
皮肉を告げればオルフェは笑みを消した。
「メレディアナ、一つ言っておく。俺はなんでもかんでもあいつに頼る気はない。ましてや他人の秘密を暴くなんて、人と人の間ですることだ。例外として嫌いな奴の秘密は勝手に暴かせてもらうがな」
「貴方……」
その潔さに敬意を表して最後の一言には目を瞑っておくべきか。
「ただ性格が悪いだけではないのね」
悔しいことに、またしても見直す理由を与えられてしまう。勝負は終わっているのに、また負けたような気分を味わわされる。だから――
「誠意に免じて一つだけ聞かせてさしあげる。わたくし昔は内気だったの」
秘密を一つ打ち明けよう。これで相殺だ。
「……失礼、聞き違えたようだ。誰が?」
「だからわたくしが! 昔はいつも俯いてばかりいたのよ。たくさんの方に師事して回るうちに自信をつけて、ようやく今のように振る舞えるようになったわ」
「メレディアナ、本当にキャラ、変わったよね。俺も見習わないと。でも……やっぱり、難しいかな」
「貴方にだって出来るわ。おかげで今日は助かったもの。あとは努力と根性が足りないだけよ」
「そうだね、でも……俺は、これでいい」
「またそうして諦めてしまうのね」
あっさり努力を放棄する。そしてまた帰って棺桶に閉じこもるのだろう。
いくら残念そうに呟こうとキースが反論することはない。その通りだと認めているも同然だ。ならばこれ以上、この顔触れで世間話を続ける理由もない。
「わたくし席を外させてもらうわね。せっかく参加したからには顔と名前を売って損はないもの。キース、貴方の交友関係に口を挟むつもりはないけれど、オルフェリゼ・イヴァンは敵よ。あまり個人情報を漏らさないよう注意してちょうだい」
釘をさしてからその場を離れた。
……とはいえオルフェとキースの組み合わせは気になるものだ。余計なことを話されては困るし、キースのコミュニケーション能力にも不安を覚える。
渦中の二人はそのまま話し込むつもりのようで、メレは口の動きに注目する。
「メレディアナの友人、ということは貴方も?」
「違うよ。俺は、もっと普通。……吸血鬼」
「吸血鬼?」
先ほどの演目を連想したのか、オルフェは普通じゃないという表情をしていた。まったくだとメレも同意する。
「先ほどの、人間の血を吸うという?」
「伯爵、疑わないの?」
「魔女に精霊が存在するなら吸血鬼がいたって驚きやしません」
(確かに……)
新鮮な反応にキースも驚きを隠せないらしい。
「そっか……。あ、でも安心して。俺、血が欲しいと思わない性質だから。俺の呪いは、メレディアナが引き受けてくれた」
「呪い?」
「伯爵、知りたい?」
「教えてくれるのなら」
「俺は勝負、してないから。なんて、怒られるかな。……ねえ、魔女って珍しい?」
珍しいどころか人間の間では空想上の存在だ。
「面白半分でメレディアナに構うなら、俺、許さないよ」
キースらしからぬ好戦的な物言いである。メレは少なからず感動を覚えていた。
(そうよ、それが真の吸血鬼への第一歩!)
「彼女のことが、好きなのか?」
それに対してオルフェの返答がこれだ。見事に真剣な空気を台無しにしてくれた。そんなわけがないだろうとメレは盛大に呆れ果てる。
(ほら、キースだって呆れて――)
「うん。好き」
思わず手にしたグラスの中身が揺れた。
「友達? 親愛、信頼? なんだろ、なんだっていい。そんな言葉無意味、彼女は恩人だから。俺には眩し過ぎて、良い奴で、ていうかお人好しレベル。いつも自分が傷ついてばかり……」
(キース?)
「俺は人が怖い、引き籠り。それで吸血鬼とか、わけわかんないよね、設定……。人に近付くのが嫌だ、血なんて吸えない。だから、メレに助けを求めて……」
助けて――
泣きながら縋りつく赤い瞳の吸血鬼がいた。
闇に生きる者の恐怖も威厳もない。ただ境遇に涙し、どうすることも出来ず、彼は苦しんでいた。
救いを求め、誰にも頼れなかったと語る姿は自分を見ているようで、見捨てられなかった。お人好しと呼ばれても仕方ない自覚はある。
判断を誤ったとは思わない。キースは現在も傍にいてくれるのだから。たとえ自慢の髪が白く染まろうと、友人を助けられたのならこの先もメレが後悔することはない。
「これ以上は、さすがに怒るかな?」
力なく笑ったキースと視線が交わり我に返る。
「視線が痛いや。ごめんね、伯爵。続きは内緒」
下ばかり見ているはずのキースが前を向いている。最初から気付かれていた。それを承知で語っていたのだ。
(キースのことを勝手に決め付けていたのはわたくしだった)
急なお願いにも応えてくる。自分の意思を主張も出来る。そんな頼れる友人だった。
「彼女は、優しいんですね」
キースは目を丸くしてから小さく頷いた。敵からの評価に本人も目を丸くしているところだ。
「なんか、嬉しい。メレディアナのこと、そんな風に理解してくれる人、いるんだ」
「俺たちも仲良くやれそうじゃないか?」
「そう、だね。伯爵とは……友達になれそう、かも」
これもメレが繋いでくれた縁だとキースは控えめに笑う。
心配は杞憂だったとメレは視線を逸らした。




