十一、華やかなる二戦目
二戦戦は華やかな空気の中で始まりを告げる。一歩間違えばこれが最後の戦い、気を引き締めて望まなければ。
とはいえ勝負は二人だけのもの。呑気にやって来ては浮かれた雰囲気の招待客を見つめ羨ましく思う。
ノネットが選んだドレスは深紅。着る者を選ぶ色ではあるが、肌が白く雪のような髪を持つメレが纏えば魅力を引き立てる。花のように広がった裾には朝露のようにダイヤが散りばめられ、揺れる度にキラキラと輝きを放つ。
堂々たる姿で会場に乗り込んだメレの隣には長身の男が並んでいた。真っ黒なタキシードが細さを際立たせ、光を浴びれば消えてしまいそうな儚さだ。特に印象的なのは赤い瞳で妖しさを秘めている。しかしよくよく見れば瞳の奥は不安げに揺れていた。
またしても訪れる羽目になったイヴァン邸。件の人物は探すよりも早くメレの視界に入る。主催者である彼は何かを待つように立ち尽くしていた。
「ようこそおいで下さいました。歓迎します」
あくまで丁寧に、一人の客人として来訪を歓迎される。ならば社交辞令には社交辞令を――メレは営業スマイルで対応する。
「こんばんは、イヴァン伯爵様。本日はお招きありがとうございます。わたくしのような者が光栄極まりないことですわ」
相手の出方を窺えばオルフェの表情が変わる。人を馬鹿にしたような――少なくともメレにはそう映って見えた。
「本当に来るとは驚いた。いや、来てくれて嬉しいぜ! 今宵のお前はいっそう綺麗だな。さぞパーティーに華を添えてくれるだろう」
なるほど逃げずに来るとは考えていなかったと。
オルフェはメレの手を取り見せつけるように甲へ口付ける。
「お上手ですのねー」
そのまま顔面に拳をお見舞いしてやりたかった。
「ところで、そちらは?」
予想通りの疑問に、矛先を向けられたキースは一度肩を振るわせる。
「……初めまして。メレディアナの友人で、キース・ナイトベレアです」
声には些か張りが、猫背もシャンと伸びている。まるで別人、特訓の賜物だ。
「初めまして。オルフェリゼ・イヴァンです。よければ気軽にオルフェと呼んでください」
「あ! 君が例の、噂の伯爵?」
「なるほど、俺たちの事情をご存じと。それにしても……」
キースから視線を移し、物言いたげに見つめられたメレは身構える。
「お前、相変わらずいい趣味をしているな」
即座に顔のことかと納得する。
「わたくしの隣を許すのだから友人の中でもとびきりよ。覚悟しておくことね」
「本気、というわけか」
人間相手に勝つなんて簡単なこと?
まさか。おごりは捨てた。持ち得るもの全てを駆使して挑まなければ負けるだろう。
「それでは後ほど。楽しみにしているわ」
宣戦布告と共に踵を返したメレは、キースを引きずるようにホールへ向かう。その時、偶然耳にした言葉に顔を引きつらせずにいられなかった。
「やあ! イヴァン家でパーティーなんて久しぶりだな」
「ああ、良くきてくれた! 今日はとびきりの余興も用意している。ぜひ楽しんでくれ」
わざわざメレの耳に届くよう大きな声で、あからさまな挑発だ。
「ちょ、メレディアナ! 腕っ、腕痛いから!」
キースの声などメレには届いていなかった。
「キース。わたくしたち、頑張りましょうね」
華やかな貴族の宴。かつて出席していた頃は長い催しを想像してうんざりしていたけれど、現在では心踊っていることに気付かされる。
「お、お手柔らかに……」
「パーティーって、こんなに心燃えるものだったのね」
「普通は燃えないから……」
さらっとキースの発言を無視して腕を組む。キースはといえば、その瞬間にビクリと体を震わせた。
そろそろ敵を威嚇していた瞳は封印しなければ。唇は緩やかに弧を描き自然な笑顔を浮かべる。そして隣を歩くキースに一言。
「笑顔が足りない。もっと愛想良く」
恋人たちの秘め事のように、さっそく駄目出ししていた。
あらかじめ把握していたとはいえ、名家の子息や令嬢ばかりか実業家たちまで。各方面から著名人が駆けつけている。白薔薇祭りに乗じた社交という名目らしいが、イヴァン家の人脈恐るべし。その点に関しては素直に称賛を贈ってもいい。
ホールは吹き抜けのような構造になっており、階段上には主催者であるオルフェが挨拶のため注目を集めていた。
「ようこそお越しくださいました。長い挨拶など無粋なものは手短に切り上げましょう。本日は皆さまのために特別な催しを用意しています」
主催者からの言葉に招待客は期待にざわめく。
「僭越ながらまずは私から。ささやかではありますが夢のような一時をお約束しましょう。異論はございますか?」
意を唱える者がいるはずもない。何故わざわざ伺いを立てるのか招待客には疑問が浮かんでいることだろう。
メレは視線を受けて尚沈黙を貫いた。いいだろう、先手は譲ってくれる。そう目で告げればオルフェも段上に姿を現す。彼が手にしているのはヴァイオリンだった。
ヴァイオリンの演奏か――
誰かが呟いた。後方から会場全体を観察しているメレは僅かな呟きも聞き逃さない。
どこかでつまらない、ありきたりだと感じた人間もいるはずだ。芸術に肥えた貴族たちにとってはありふれた演目である。
しかし彼の演奏はとてもそう感じさせるものではなかった。
「人間離れとはこのことね」
メレはそう表現した。まさに人間ではないので的を得ている。
指捌きが人の域を越えた高速、反則級の腕前だ。さらに目を閉じながら優雅な足取りで階段を下り始め、まるで踊るように弾いてみせる。顔が良いことも相まって女性陣は特に釘付けだ。
曲目にも工夫が凝らされている。誰もが一度は耳にしたことがある有名なバラードを斬新なアップテンポの曲へと変貌させているのだ。聴き入らないわけがない。
「やってくれるわね。魔法は使えてもわたくしではプロ級の、というか人間反則級の動きをすることは難しい。なんて上手いの。わたくしに出来ないことをやるなんて、実に理解していてねぇ……」
歯がみすればキースが感嘆の声を上げる。
「伯爵、凄いんだ」
「凄いのはわたくしのランプ! 百歩譲ってもラーシェルの力で――、そうよ……。名案を思いついたわ」
「メレディアナ、顔が悪役」
ぎょっとしたキースが不安げに見つめているが知ったことではない。何も悪事を働こうというわけではないのだ。
「少し予定を変更しようと思うの」
「え……アドリブとか、本気で無理……死ぬ!」
「死なない」
あと百回ほど練習したかったとキースがいくら足掻いても出番はすぐそこまで迫っていた。
本日の連続更新はここまでとなりました。
また時間が空き次第進められればと思います。
お付き合いありがとうございました!




