血の池ガロウ
入学式の前日、クロエはカエルム竜騎士学校にいた。
早朝、ランニングに行こうとすると玄関の前で10メートルはあろう白いドラゴンの背に乗る長髪の女性が待ち構えていた。
「え……? 何故竜騎士がここに……」
クロエはそれが竜騎士だとすぐに理解できたが何故ここにいるのかは意味がわからなかった。呆然とするクロエに対しその女性はドラゴンの背から飛び降りると、クロエの前で優雅に一礼する。
「初めまして、クロエさん。私はカエルム竜騎士学校の竜騎士長を務めている、ユリア・リアーナです。このドラゴンはハク。本日は校長があなたを連れてくるようにと言われたのでお迎えにあがりました」
そう言われたクロエは驚いた。
「校長って……あの『血の池ガロウ』の異名で名高い竜騎士、ガロウ・ホークウッドか……!」
ガロウ・ホークウッドはカエルム竜騎士学校の校長の座に着く前、大量の魔物をあいてに三日三晩戦い続けたことで有名な竜騎士の最強の一角と言われている男だ。ガロウの後には血の池ができると言われ恐れられている。
「ふふ、そのガロウ校長です。お会いしたいと思いませんか?」
ユリアは微笑みながらクロエにきいてくる。
「えっ! 会えるの!? 行きます行きます!」
クロエは年不相応なはしゃぎっぷりで飛び上がる。
「それでは行きましょうか。私の後ろに乗ってくださいね。さぁ、腕を伸ばして」
再びドラゴン、ハクの背に飛び乗ったユリアはクロエに向かって腕を伸ばす。
「はいよっと……うおっ!?」
その手を掴んだ瞬間、クロエの体はドラゴンの背までグイッと引き寄せられた。
(俺って結構重いほうなのになぁ)
そんなクロエを見るユリアはやはり微笑んでいる。
「それじゃ行きますよ。しっかり掴まっててくださいね」
そう言ってユリアはハクの首に手を置き、ハクの意識と自らの意識を繋げる。
〔ハク、ガロウ様にいい所を見せるチャンスです。張り切っていきましょうね〕
〔もちろんよユリア。帰ったら美味しいお肉頂戴ね〕
ハクの声は落ち着いた少女そのものだった。しかし声は聞こえない。意識を繋いでいるユリアにしか感じとれないのだ。ユリアの真後ろに座っているクロエには何を話しているかは理解できない。これは命あるものなら誰でも身につけられる技術だが、たいていの人は知らないし使えない。竜騎士はドラゴンと絆の契約をした時に本能レベルでできるようになれる。世の中には戦闘を有利にするために覚えようとする人もいるがそのほとんどは挫折してしまう。相手の思考が読めるこの技術は喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
「最速最短ルートで行きますね」
ユリアは手を離して手綱を掴むと楽しそうな声をあげる。
「は、はい!」
クロエはユリアの身体に回した腕に力を込める。
腕に柔らかくてずっしりした感触がする。
(これは……!)
そんなクロエに微笑みながらユリアが振り返る。
「そこは掴まないで欲しいかなぁ?」
「あっ! すいません……」
慌てて腕の位置を下げる。
(綺麗な人だけど怒ったら怖そうだなぁ。それにしても明日が入学式なのに今日呼び出されるとは、もしかしてバレちゃったのかな? 今更考えても遅いかぁ)
ドラゴンの背でそんなことを考えるが時はすでに遅い。ハクは力強い羽ばたきで速度を増しながら雲の中をぐんぐん突き進んで行く。普段なら楽しめただろうが、理解の追いつかないクロエは不安が増すばかりだった。
十五分後、ハクは巨大な敷地も持つカエルム竜騎士学校の竜歩道の上で滞空していた。
「何をしているんですか?」
気になったクロエが質問してみる。
「竜歩道は、戻ってきたドラゴン達が着地したり飛び立つ時の助走をするための道です。なので順番が来るまでこうして待つんです。……着地の許可がおりました。降下しますよ」
「え!? どこから許可が? 俺には何も聞こえも見えもしませんでしたが」
クロエが狼狽えるのは無理も無い。
許可を出す竜歩道の管理人はユリアの意識に直接話しかけたのだ。カエルム竜騎士学校にいる人は全て竜騎士。校長から生徒、料理人までもが竜騎士なのだ。
狼狽するクロエにユリアは微笑むだけで何も言わず、ハクの首を二回コンコンとノックのように叩く。
これは竜騎士がドラゴンにだす合図の一つで、『着地許可』を示すものだ。
それを受けてハクは翼をたたむと急降下していく。
「あははっ! この感じ久しぶりだなぁ」
ものすごい速度のなかクロエは楽しんでいた。父親がドラゴンのクロエは子供の頃はよく背に乗せてもらっていたのだ。
ズドンと地響きをたててハクが着地する。
背からユリアが飛び降りたのでクロエも続いて降りる。
「さあ、到着ですよ。カエルム竜騎士学校にようこそ、クロエさん」
ユリアは出会った時とは違い右手を捻って胸にあて一礼した。
「これが竜騎士の一般的な敬礼の一つです。クロエさんもここに入学するようなら覚えておいて損はありません」
「えーと、はい、ありがとうございます」
曖昧な返事をするクロエにユリア微笑むと、歩きだす。
「それでは付いてきてくださいね。ハクは先に戻っておいて」
ここではあえて意識を繋いだりしないで、口で伝える。意識を繋ぐのは集中しなければいけないので、竜騎士はある程度のことなら口で伝えるのだ。中にはドラゴンとの絆を深めるために終始意識で会話している人もいる。
クロエはどんどん進んでいくユリアを走って追いかけた。
◇◆◇◆◇◆◇
俺はいま校長室でガロウ校長と対面している。
ガロウ校長は白髪で髭の生えた厳つい爺さんを想像していた俺は唖然とした。
目の前にいるのは白髪は白髪だが、長髪で見た目は20代そこそこのイケメンな若い男性だった。極め付けは尖った耳。
それを見て色々わかった。ガロウ校長はエルフだ。
エルフは人よりも身体能力が圧倒的に高く、魔力もとてつもない量を持っている。そして長寿だ。
そんな人が竜騎士になったら?
竜騎士になるってことは、身体能力が跳ね上がって魔力も倍増されるってことだ。そりゃ『血の池ガロウ』なんて呼ばれる伝説級の竜騎士になれるわけだ。
んで、さっきからこの人目を瞑ってて一言も喋らないんですけどー。
これは忍耐力を試されているのかっ!
ならとことん付き合ってやるよ。半竜舐めんな。
十分。
三十分。
…………無理だっ!
気になるよ! じっとしてられないよっ!
もう、話しかけていいよね? 俺にはなしかけろってことだよね?
「あのーそろそろ本題に……」
————はい、無視っと。
「…………っは! つい寝てしまったようだ。おっと、すまないすまない。君がクロエくんだね?」
寝てたのかよっ!
どうりで無視されるわけだ。
「あー、はいそうですが。今日は一体何ようで? それとなんで寝ちゃってたんですかね?」
ここは聞いておかないとモヤモヤするからね。聞ける時聞かねば。
ガロウ校長は頭をポリポリと掻きながら答える。
「んー呪いって奴かなぁ? 私もよくわかってないんだ。昔ね、メイジゴブリンの魔法を無理やり掻き消そうとした時ね、魔法が捻じ曲がった形で私に作用したんだ。それでこのざま。いつでもどこでも眠くなってしま…………ぐー」
寝たー! しかもゴブリンかよっ!首がガクンてなったよ。
「起きてくださーい」
とりあえず揺すってみる。
「んー……すまないね、ちょっと寝させて……」
「ええ——!!」
もう、この人なんなんだよぉ
二話に分けますん