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25.開幕「ドラゴンと勇者たち」

 会話も一区切りついたあたりで、自称神様が立ち上がった。


「それじゃあ、僕はもう行こうかな。約束は取り付けたわけだし」

「もう行くのか?」

「そりゃそうさ。ここに近寄ってくる普通の人間たちが居る。居合わせるのはよくないね。君はまあ、現人神みたいなもんだし構いやしないけど……僕みたいなのは、普通はお目にかかれない存在であるべきなのさ。

 ――ああ、そうだった」


 ふわり、と空中に浮きあがる。

 術式もなにも行行使していないのに、どうやったんだ。

 〈魔力〉の流動は感じるのだが……。


「僕ら〈神〉は、〈天使〉の補助がないと降臨出来ない。気を付けると良い。僕も遠くで待機させている〈天使〉に補助してもらって降りてきているんだ。

 君はちょっと毛色が違うから常に現界していられるけれど、〈神〉と同等の能力――今の状態を得るのには〈天使〉の補助が必要だろう? そういうことさ。

 それと、その状態を維持するのはあまり良くない。

 そろそろ解除しておくことをお勧めするよ。……ああ、安心してほしい。解除した途端に、なんて悪辣なことはしないと神に誓っておくよ」

「アンタが神だろ」

「つまりは僕に誓って、ということさ」

「……減らないクチだな。まあいい、ユキ」

「うん」


 視線を送り名を呼ぶと、すぐさま頷いてくれる。

 多くを語らずともいい間柄というのは楽でいい。気疲れしない。


「『私は、聖者の左腕』」


 ズン、と差し込まれる彼女の左腕。

 熱量を持った細腕が胸にねじ込まれることで、言い様の無い感覚を覚える。不快ではないが、分かり易い快楽でもない。両方入り混じった複雑な感触。

 そこへ注ぎ込まれる〈魂〉が俺の〈器〉を満たしていく。


「これは……結構、キッツイな」


 これまで熱く燃えていた〈器〉は、いうなれば火をかけた空の鍋のようだ。

 急に流し込まれた水がそれを冷ましながら流し込まれている。その上、乾ききった喉に水を流し込んだような痛みも同時に感じる。


「そうなるから、適度な降臨をお勧めしておくよ、僕は。

 ま、感覚がきついだけで〈魂〉が蒸発しちゃったりはしないから、土壇場では頑張るべきだと思うけどね」

「ご忠告感謝するぜ……早く言え」

「はっはっは。これでちょっとは気が張れたかな。〈天使〉を一人くれてやった分はこれでチャラにしよう」

「……って、おい、まて。

 お前、名前すら名乗っていないぞ!」


 すう、と今にも消えそうな神に思わず叫ぶが、糠に釘。


「僕の事は神様と呼びたまえよ!」

「お前以外にもたくさんいるんだろうがぁ!!」


 たまらず叫ぶが、HAHAHA、という笑い声と共に奴は姿を消していった。

 恐らく、〈降臨〉とやらをやめたのだろう。

 〈器〉自体が存在していないのか。或いは、〈器〉は異なる場所にいて、〈天使〉を経由した〈魂〉だけを存在させているのか。

 

 ともあれ。

 胡散臭い神は消えた。

 奴の約束を守るのならば、ここに街を創らなければならないのだが……。


「このやりたい放題された荒地を、どう街にするかな」


 やばい。テンションが上がってきた。

 これだけ荒れていると整備するのも楽しそうだ。

 道も舗装して、古い建物も取り崩して……そうだな。上下水を整備するのもいい。


 ニヤニヤと口元に手を当てて未来について想像を膨らませていると、ツンツン、と俺の肩を叩く邪魔者。


「あのー、兄さん兄さん」

「誰が兄さんだ」

「オウカちゃんはね、思うのよ」

「何を」

「未来に夢見て心躍らせるのは大変結構なことなのですが――。

 先ずは現実を見ませんかね」

「現実ゥ?」


 どうもぎこちない笑みでちょいちょい、と俺の背中側を指さす。


 一体なんだ、と不満を漏らしながらくるりと振り向くとそこには。

 同じく機嫌悪そうに気炎を……いや。本当に炎を吐く竜の姿があった。


「やっべ……忘れてた」

「忘れてた、じゃない! どーすんのよ、あれぇ!」


 完全に失念していた。

 ゆさゆさと俺をオウカが揺すりまわすが、忘れていたんだからしようがないじゃないか。


「――あー、俺戦力外だなあ」


 正直言って、もう一度〈魂〉を燃やす余力はない。

 また、〈神〉の降臨もやるだけの体力が残ってはいない。

 つまり、クリエイターのユウ以上の以下でもない、戦場で役に立たない木偶の棒の出来上がりなのだった。


「どうすっかな……」


 だが何故だろう。進退窮まった状況だというのに、あまり焦ってはいなかった。

 あの"程度"、どうにかなるような状況でしかない。

 俺の脳はそう判断している。

 その根拠は何だと首を傾げているうちに、状況が動いていた。


「……はぁ、仕方有りません。この不甲斐ないクソ主様の為に一肌脱ぎましょう」


 ボヤきながら歩み出たのは、随分とミニマムになった元〈天使〉。

 槍を召喚し、その一振りで鎧装束を取り戻す。

 その膨大な〈魔力〉は失われたが、それでも〈天使〉出会ったころの面影がちらつくほどその戦闘力を多く残している。


「酷い口調は何とかならないのか」

「売り払われた当日に好意的な態度は取れませんね」


 それもそうではあるが……それもそうかと思いなおす。

 そこへ、もう一人の影が前に一歩出る。


「私もいくかなー。この身体、中々具合がいいんだよね。

 ちょっくら暴れるには最高の相手じゃない?」


 肩をぐるぐると回しながら現れたのは〈カナ〉を操るオウカである。

 かつての吸血鬼は明るく陽気な中二病となってその雄姿見せつけている。

 物騒に煌めく巨大な銃が雰囲気を出し過ぎていた。


「私も行く」


 更に、無表情へと戻ってしまったが、纏う雰囲気は以前より更に豊かになっている。この空気にテンションが上がっているのか、とてもうれしそうにしていた。

 手にはいつの間にか俺からひったくった〈聖剣(アリス)〉が握られている。


「待て。いくらお前らでも三人じゃちょっと――」

「――いつの間にやら妾が二人も増えておるんじゃが」

「らしさが出た。と言うべきであろう。

 嘗ての〈狂剣〉も、随分とひとたらしであったと聞く」


 事ここに至り、どうやら風でも吹いているようだ。

 俺の背後には、ようやく到着した援軍二人が立っていた。

 片や姫騎士。片や鎧武者。

 どちらも激戦の果てに到着したのか、ずいぶんと草臥れていた。だが、それがかえって風格を漂わせており、これからの激戦など僅かたりとも恐れていないように見える。


「お前ら――」


 ようやく来たのか、と言う言葉を遮るようにして、はるか後方で弾ける炸裂音。

 今度は何だと視線を巡らせてみれば、地面から這い出る地獄の死神。

 土砂で汚れたその姿はなんともラフな化粧になっていて、スカしたいつもの姿よりもワイルドに見える。

 言わずと知れたシュウである。


「パーティーには間に合ったようだぞ」

「はい、そのようですね」

「あたしは間に合わなくて良かったんだけどねぇ」


 その穴から続いて出てくるのは、なんと我が人形と鬱陶しい人形。

 ココロはココロで激戦があったのか随分と消耗しているし、ショウコなんて半壊だ。正直戦える状態じゃ無いように見える。


「何やってんの、お前ら……」

「ここに戻る近道を探したところ此処しかなかったのでな」

「そういうことじゃなく」

「そんなことはどうでもいい。

 それより、目の前の竜だろう?」


 意気揚々と構えるシュウは、何故かココロに〈意図〉を飛ばして連携を取り始める。


「おい。なにしてやがる」


 確かに俺はアキラを借りて使っていたし、そちらで戦っていたのならココロと連携を取るのも自然だろう。だが俺が目の前にいるのだ。ココロは俺、アキラはシュウが妥当な組み合わせだろうが。

 飛ばした苦情に、なんと間髪入れずにとんでもない返しが飛んできた。


「惚れた。俺にくれ」

「……はぁ?」

「ちょっ、ちょっと、シュウ、何を言うんです!」

「本当の話だ」

「やっ、あの、マスター! 違うんです、違うんですよ!」


 真顔でのたまう男と、慌てて否定しながらもどこか嬉しそうな女。

 お前ら、裏側でいったい何いちゃついていやがったんだ?


「アンタが言うの、それ」

「黙れ」


 脳内が微妙に接続されているオウカが、しれっと思考を読み取ってくる。


 俺の相棒なんだけどな……まあ、娘はそのうち旅立つものだし、仕方がないのか。これが親父の感覚か。まさかそんなところまで人間臭くなるとは、まったく俺の人形は最高だな。


「ガチで凹むの、やめない? あの、すごい微妙な感情が流れ込んでくるんだけど」

「ユウ、元気出して」

「おう……」


 思いの外ダメージが強い。

 よりによってこの男。

 姉を貰って行った男が今度は娘を持っていくのか。


「……後でな」

「そうだな。この戦いが無事終わったら話をしよう」

「私わかってる。そのフラグ、絶対回収しないよね」

「黙ってろオウカ」


 全く……目の前にドラゴンが居るんだぞ。

 全力の俺で倒せるほどの強敵だ。それを前にして、どいつもこいつも……。


「周りの避難は完了しておるぞ、我が師よ。

 先ほど、ホリィを捕まえて伝令に走らせた。後はやるのみだ」

「創造主よ。我が主がああしているのだ。我は汝が刃となろう。

 存分に振るってくれ」

「ここまで殆ど任せきりだった。

 この竜討伐は俺たちに全て任せてくれていいんだぞ、ユウ」

「あたしは休ませてもらうけどねぇ。

 平穏無事に終わることを精々祈っておくさね」

「ごちゃごちゃ煩い人間が多く集まってまいりました。

 さっさと済ませて、静かなところへ行きませんか、クソ主様」

「ユウはモテモテだねえ……何このテンプレ展開?

 私には見えるね、一行足らずで討伐される竜の姿が」

「……行こう、ユウ」


 それぞれがそれぞれの武器を手に、思い思いに口にする。

 ご丁寧に、俺に言わなくてもいいだろうに俺へ向かって宣言してくる。


 俺は上に立つつもりなんかなかった。

 リーダーなんて面倒な……いや。責任の重い立場なんて出来ないと思っていた。そんなものはアイや、シュウみたいなヤツがやるべきだと。

 それがどうだ。気が付けば一番上に祭り上げられていて、周りはさも当然のようについてくる。

 なんというか……色々と踊らされている感がある。

 これも神のシナリオなのかと疑うが、あいつにそんなのは似合わないな。


「うるせえな、お前ら」


 疲労でどっぷり重くなった腕を振り上げ、竜を指す。

 思わず口元が吊り上がるのを自覚しながら、はっきりと告げた。


「あの鬱陶しいクソ竜ぶっ飛ばして、平穏な日常へ帰るぞ。

 ぶっ壊れた人形人間諸君、準備はいいか。

 開幕(ショー・タイム)だ!」


 いかな〈魂〉を持とうと、その〈魔力〉は同じ。いや、〈魂〉を得た分だけ最大量は弱体化しているだろう。また〈空人〉特有の無機質さは消え去り、獣じみた生命を感じさせる竜は、ある種の容易さを内包している。

 問題となるのはタフネスだけ。


 俺一人が相手にするのであれば確かに困難な相手だったかもしれない。

 一撃一撃が重くとも、〈魔力〉がするすると回復しては堪らない。

 だが、見てみるがいい。

 こちらは見ての通り大所帯。タフネスなど関係ない。

 やりたい放題(フルボッコ)だ。


「観客が遠くに居るんだろう、派手に花火を打ち上げろ!

 見えないなんて言わせるなよ。

 賑々しくぶっ倒して、ここに拠点を作ってやろう!」

「ほう、街を創るのか。名前は?」

「それまだ――」


 決めていない。

 その言葉を遮って、ユキが言った。


「〈ミストレス〉」


 街をつくると決まってから、実はずっと考えていたのだろう。

 はっきりと、断定するように彼女は言った。


 こんな意思の表れすら、俺は嬉しい。

 その名前を否定するような感情は、その瞬間消し飛んだ。


「成程。良い名だ。

 では、それが早く建つようにせねばな」


 シュウはユキの成長をしっかりと見、嬉しそうに笑う。

 彼もまた、〈空人〉の呪縛から逃れたようだった。


「そら、グダグダやってねえで行くぞ!」

「はいはい、わかったよー」

「うん。今、行く」

「カッカッカ、こりゃ楽しい祭りになりそうじゃなあ!」


 死地へ向かう戦士ではなく、舞台へ上がる演者のように。

 死を恐れぬより、死を忘れたような俺たちは竜とのステージへと足を踏み入れた。







 これが、俺たちの物語のプロローグであり、エピローグ。

 ある一つの悲劇で始まった物語が終わり、ある一つの喜劇から始まる物語のお伽噺。


 こんな世界でも生きていけるんだというシュプレヒコール。

 ある者は感情が欠け、

 ある者は身体が歪み、

 ある者は心が砕けた俺たちによる人形劇。



 これは、その始まりの物語である。

以上にて、本編は終了となります。

もう少し内容を盛り込むことも考えましたが、色々とキリが良かったので。

今後は時間があればもしかするとアイディアで止まっている閑話や、後日談。

果ては今後の物語についてのプロットを起こすかもしれません。

が、一先ずはこれにて完結とさせていただき、今後は今後で考えたいと思います。


これまでお付き合い頂きありがとうございました。

次回作など投稿の際には、またよろしくお願いいたします。

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