24.邂逅
「あのー。盛り上がってるトコ大変恐縮なんですがー」
青空を見上げ、澄んだ空気を楽しんでいたところへ水を差す輩。
紛れもなく〈カナ〉の姿であり、言わずと知れたオウカであった。
「あのね。スタッフロールが流れかねない画を用意してるけどまだ全然終わってないからね。竜まだいるし。〈天使〉どこよ、消し飛ばしたの? 大体何もかも吹っ飛ばしすぎてて私の身が危うかったんだからね!」
「いや、悪い悪い。分かっててやった」
「謝罪が軽い!」
「でも無事だったろ?」
「さわやかに笑ってもダメー!」
胸の前で×をつくって叫ぶオウカ。
全然終わってないと言っている本人なのに、そのテンションはもう打ち上げムードなのだがわかっているのだろうか。
「〈天使〉はその辺に転がってるはずだぞ。
直撃は避けたからな。〈魔力障壁〉と〈魔力〉をごっそりもぎ取って半死半生ぐらいで済んでるはずだ」
「ドぎついこと言うわね……ああ、これ?」
瓦礫を退け、中に沈んでいた〈天使〉……〈天使〉?
〈天使〉のようなもの……〈天使〉だったもの、を引きずり上げた。
「ちっちゃくない?」
「随分縮んだな……背中の羽根も無くなってるし」
「耳長い。エルフみたい。
あれ、髪の色、こんなんだっけ?」
「もしかしてこっちの肉体が素なのか。
ユキ、〈天使〉化ってどんな感じだったんだ」
引き上げられたソレは、ルナも下回る小柄な少女に変貌していた。
美の象徴ともとれる完成されたラインは影を潜め、背にあった白い翼も姿を消した。髪は薄桃色へ変わり、耳はにゅるりと伸びている。既に別人、というレベルだ。
「説明しにくい。〈魂〉を自分ではないものから手に入れた時に自然と"なれる"感じ。即席的な〈魔力〉の増大が発生するから、その発露として〈天使〉の羽根が出てくるのだと思う。
多分、私がユウに〈魂〉を返したら羽根も元に戻ると思う。
……この子は、ずっと〈天使〉だったんじゃない? だから、彼女の創造する〈天使〉のイメージに沿って身体が変化したんだと思う。
その〈魔力〉がユウの攻撃で消し飛んだから……」
「その変身が解けて、素に戻ったと。
〈魂〉を吹き飛ばすことは出来ないから、時間経過で戻るのかこれ」
「どうだろう。〈天使〉の羽根は生えるかもしれないけど、〈器〉はすぐには戻らないかも……」
なんというか、気の毒な事をしてしまっただろうか。
この幼児体型……間違いなくコンプレックスに感じていそうだ。エルフのような耳が生えているということは、〈器〉が長寿不老系の発展を成している筈だし、10年やそこらで成長するとは思えない。
殺しにかかってきた相手に気を配る余裕が無かった……のはさっきまでの話で。ユキ〈天使〉化後は割と悪乗りしてしまっていたような気がする。
適度に削り飛ばすことが可能か不可能かで言えば、正直言って可能だった。
「とりあえず起こす?」
「そうするか。聞きたいことが山ほどある」
俺は手早く彼女の腕を背にさせ、親指を魔力強化ゴムの輪で固定した。
「何その拘束具。どっからだしたの」
「いや。今作った」
まだユキの〈天使〉化も俺の〈魂〉燃焼も終わっていない。
このぐらい朝飯前だった。
なんたるチート化、とボヤくオウカを尻目に、〈魔力〉を流して元〈天使〉の意識を引っ張り上げる。
なにやら二、三度痙攣したかと思うと、ぱっちりと目を開いた。
「……っく、殺してください」
「ぅわ……」
口元に手を当て、なにやら広告に出来そうな格好でオウカが絶句する。言いたいことは判る。続く言葉を飲み込んだことだけは誉めてやろう。
「お前には色々聞きたいことがある」
「む、無駄です。私は何も喋りません」
〈天使〉だったころの面影は消え失せたが、言動と態度だけは健在だった。
面倒くさいことこの上ない。
「取る態度は考えたほうが良い」
「お、脅す気ですか。私が脅しに屈するとでも」
「脅すなんてとんでもない。
……お前の口が滑らかになるようにするだけだよ」
「ひっ……」
つい、と彼女の腹を指先でなぞると、ビクンと跳ねる。
なんだか楽しくなってきた。
オウカはノリノリで悪巧みした顔だし、ユキはなんだか羨ましそうな顔をしている。ん?
まあいいか。
とにかくとっとと喋ってもらわなければ謎が謎のまま終わってしまう。
ここは断固として語ってもらう必要がある。
少々手荒だが、本当に喋りたいようにしてやるか?
そう思い何を用意するか検討し始めたところで――拍手が鳴り響いた。
「いや、すごいね。まさか〈天使〉を倒しうる人材が居るとは思わなかった」
反射的に元〈天使〉をオウカへブン投げ、聖剣を構える。
ユキもまた、天使の翼を広げて声の主を睨み付けていた。
半壊したビルの壁。その上に腰を掛けたその人物は、男とも、女とも言えない微妙な風体の人物だった。声音も中性的で判別がつかない。
衣装はごく普通のジーンズにシャツで、切り抜いてみるとある種の絵画のような雰囲気をまとっていた。
「おっと。待ってくれないか、僕に敵対の意思はない」
便宜上"彼"とするが……彼は両手を上げて降参のポーズを見せる。
「その子は僕のでね。この辺の管理を任せていたんだ。
放任が過ぎたせいで地上に降りて大暴れなんて真似を赦したことは謝罪するよ。こんな真似をさせる気はなかったんだ」
「それを信じろと? こいつのせいでどんだけこっちが被害を被ったか、分かってる限りでも取り返しがつかない。謝罪で済むほど安くはないぞ」
反論しながら思考を深くする。
僕の、といったな。ということはつまり〈天使〉の上。
神だのなんだのと言っていた連中、か。
「お前、〈アース・エンデッド〉か?」
「神か? と問わずにそっちを出すあたりいい性格をしているよ。
そうだね……"そうだった"、と答えるのがきっと正しい。
僕らは離散してしまった」
「なに?」
「神話でよくあるだろう?
神様だからってなんでもかんでも上手く出来るわけじゃないし、神様同士で喧嘩もする。世界滅亡の宣言した辺りは仲良かったんだけど、つい最近はどうも敵対しまくってる神様が多いんだよね。
かく言う僕も四面楚歌。ああ、放任してた言い訳にしてもいいぐらいには忙しかったのさ」
道化めいた彼の仕草は堂に入っていて不快感はない。
が、それに付き合う道化でもない。
「じゃあ何しに来た」
「んー、先ずは何より謝罪、かな。それと歓迎会に勧誘」
「歓迎会……?」
「実は神様の中でも"もういいんじゃない?"っていう穏健派と、"根こそぎやれよ"っていう過激派の勢力に別れちゃってるんだよね。
僕は穏健派だったからこの辺の地上には全く手出ししてなかったんだけど……ほら、〈空人〉になるべくして生まれた子が人に立ち戻るなんて事件を引き起こしてくれたろ?
それで、そこの〈天使〉がピリピリしちゃってね。
僕を守る、って名目で手を出しちゃったというわけさ」
神様と言っても結局は人間か。
つまらない権力争いにも似た不毛な争いをやっているようだ。
結果が過激派に倒れれば俺たちの身も危ういのだから他人事ではないのだが、どうも実感がわかない。
「遅れて気付いた僕が止めに入ろうとしたら、なんか君が神様入りしちゃってるだろ? もうびっくりしたよ」
「……良く分からないんだが、それは何か条件でもあるのか?」
「いくつかある。普通はどれかを満たせば変貌するけど、君はその条件をどれもチョイ食いした感じ……みたいだ。
ひとつ、人を創造する。ひとつ、両性具有になる。ひとつ、〈魂〉を自在に操る。
どれも不完全に見えるけど、なんとなく達成してるようにも見えるし」
半人半形は確かに作ったし、男ではあるが女の体で〈魔法〉を使えば男になれないこともなく、〈魂〉も操っていると言うよりは燃やしているだけだが出来ている。
「その条件、どうなんだ?」
両性具有とか、結構簡単に達成できそうなもんだが。
「そうでもない。完全なソレになるには〈魂〉が邪魔だ。後から加工された〈器〉では〈魂〉が噛み合わず自壊するものさ。
ああ、僕は生まれつき"両方"でね。
普通の世の中なら異端児で終わっていたんだろうけど、世界が塗り替わった今では天上の人さ。そういう意味では、とても運が良いと思っているよ」
「勧誘っていうのは?」
「僕と同盟を組まないか? ということさ。
僕はこの辺り一帯を持っていたんだけれど、君が居るなら半分は任せてもいい。同盟するにあたっての条件は"過激派"をやっつけることと、僕と仲良くする事だ。
君にしてみたらあってないような条件だろ?」
確かに。
"過激派"は聞くからに人類の敵対勢力だし、コイツと仲良くすることはメリットのほうが多い。
「アンタに顎で使われる可能性は」
「無い。というか、君はもう少し高圧的に接してきてもいいぐらいさ。
単純な戦闘能力なら僕を軽く超えてるからね。
実はいつキレて僕に斬りかかってくるか、ちょっとビクビクしている。
割と謝罪じゃ足りない事を仕出かしていたみたいだしね」
「……自分で言うのか?」
「そりゃそうさ。嘘をついて印象悪くするよりは開けっぴろげにいきたいね。
"穏健派"は正直武闘派が少ない。
おかげで押し込まれ気味なんだけど、君が手を貸してくれるなら心強い」
嘘は……ついていないように見える。
穏健というからには非戦闘的な一団なのだろうし、言っていることも筋が通っている。こいつの手を取るのに邪魔をしているのは、彼の言う謝罪じゃたりない〈天使〉の暴走ということぐらいだ。
「手、組んだらいい」
「ユキ?」
「還らないものも、いっぱいある。
私も、つらい。でもこれからに必要な事だと思う。
それに……」
「相手に負い目があれば、多少の事は押し通せる」
「お前ら……」
ユキ、オウカの両名が悪い笑みで頷いている。
無表情を通していたユキが表情豊かなのはとてつもない違和感なのだが……彼女らの言う事が正しいか。
「わかった。条件付きで手を組もう」
「嬉しいな、ホントに助かるよ。でも条件って?」
「いくつかあるが……ここで聞くには少々多い。後で場を整える。先ずは神様とやらの勢力図や常識を一式全部教えろ」
「ああ、それは必要なことだ。問題ないよ」
「それから、大量の〈魔力結晶〉を寄越せ。今回の被害に当てる」
「仕方ないなあ、とも言えない立場か。いいよ、おつりが出るぐらいは用意しよう」
「後は……まあいい。困ったらまた頼む」
これ以上望むのも神頼み感があって複雑だ。
ある程度は自分たちでやるべきだろう。
「では僕からも。
そこの〈天使〉、君にあげるよ」
「えっ」
元〈天使〉が放心した表情で小さく声を上げた。
何を言われたか分からない、というより、何を言われたか分かったから放心している様子だ。
「いや、あげられても困るんだが」
「そういわないで。可愛いでしょ、彼女。好きにしてよ」
「管理能力の限界を誤魔化すのは良くないぞ」
「ハハハ、それを言われるとつらいなあ。
でもやっぱり受け取ってよ。彼女ら〈天使〉は主と定めた人物には逆らえない。奴隷みたいなものさ。君の〈天使〉はちょっと枠から外れるけど……逆らう気が全くないから似たようなものかな」
死ねと言われれば死にかねないユキではあるが、そこまで言うか。
奴隷という響きに顔を歪める。
こんな女を押し付けられ、それどころか命令権まで渡されては扱いがとても難しい。寝首をかかれる心配はないが、夜枕を涙で濡らされても困るのだ。
「な、何故です、主よ! 私が何か――」
「したでしょ、悪い事。此処まで派手にやって許されると思った?
僕の所に帰ってきたら即処理だからね」
サーっと表情を青くする元〈天使〉。
表情豊かだな、こいつ。
「おい。そんな気も無いのに脅すんじゃない」
「おやおや。僕はそんな気しかないんだけどな?」
「……分かった。引き取ろう」
「素直でよろしい。大丈夫、その子は手を出してないよ。
僕は男の子のほうが好きだからね」
ニヤニヤ笑うこの野郎を殴りたい。
俺が要らない、といったら処罰するなんて言いやがって。受け取らないといけない気がしてくるじゃないか。
余計な後付けまでするから元〈天使〉は俺を睨んでくるし。
「真面目な話、僕の元眷属であるその子は〈領域〉にすっと入れて小回りが利く。伝令として便利だ。
君の手元に置いておくほうが良いだろう」
「主、主よぉ……」
「はい。支配権は渡したよ。
今日からあっちが君の主。いいじゃん、いい男で」
「そういう問題ではないんです!
大体女じゃないですか、見た目!」
あのやり取りを聞いていると、こちらに来ても十分生きていけると思える。
目的もしっかり筋が通っているし断る気にもならない。
「それと、もうひとつ。
ここに街を作ってくれないかな。霧がうっかり晴れてしまった。
こうなってしまうと、僕たち神様が地上の状況を把握できない」
「何、そんな役割があったのか、あれ」
「見えてないところで地形変えてるのも実は僕の仕業さ。
そんなことより、ここに関しては完全な無法地帯になる。それはあまりよくない事だ。"穏健派"といえど、あんまりにも調子に乗った人類がまたぞろ暴走しないように目を配っていたい。
君には、ここに街を創って君の〈領域〉として秩序をたもってほしい」
「無茶を言う。俺にそんなカリスマは無いぞ」
「ハハハ、もう手は打ってある。
君と〈天使〉の死闘は、上空の霧に投影していたからね。
神々しく戦う君、〈天使〉を侍らせたその雄姿はみんなの心をぎゅっとチャッチさ」
「おい」
なんてことをしやがる。
ユキが〈天使〉だと身バレしてるのも今後やっていきにくいだろが。
「そこは君の手腕次第さ。とにかく、街はしっかり作ってね。
霧が無くなった土地なら人も寄ってくるよ」
霧が晴れた街、というのはそりゃもう集客能力抜群だろう。
余計にそれが面倒なのだと言うのに。
仕方ない。〈魔力結晶〉を大量に貰って一夜城ならぬ一夜街でも作るか。
今の俺なら何でも〈魔法〉でやってしまえる気がする。
自分の好きに街を創る。
なるほど、そう考えればまあ、悪くも無いか。
そんな風に悪巧みをしていると、
「……ほ、ほどほどにね?」
神様の一柱が、固い笑みを浮かべてドン引きしていた。




