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22ー23.世界

2話連続投稿です。続けて投稿しておりますのでご注意ください


 絶望の……。


 ああ、そうだ。あの絶望感。

 心の奥底は熱く燃え上がっているのに、立ちはだかる壁があまりに大きすぎて、押しつぶされてしまうあの感覚。


「――ああ、思い出せた」


 〈空人〉化した折に混ざり合ったソレを感じた私は、何もかもを理解した。

 理解出来たならば、もう、やることは一つだけ。


「ちょ、ちょと、ユキ?」


 急に立ち上がり物陰から出た私に戸惑うオウカ。

 私は"微笑んで"そのオウカを黙らせると、羽織ってくれたコートを投げ捨てた。


「私なら、私なら救える。

 他の誰でもない、私"が"救う。

 それが――私がこの世界に"生まれたい"と願った、想いだから」


 彼だけを救う為にこの命は生まれ落ちた。

 そうでなければ生まれなかった。

 ならば、この命。ここで輝かせずしていつ輝くのだ!


「行ってくる」

「……ん。行って来おいで、ユキ」


 私とこの想いを共有しているオウカは、薄らと涙さえ見せながら私を送り出してくれる。ほんとう、良く出来たパートナーだと思う。


 さあ、燻ってる時間は終わりだ。

 ここからは派手に、盛大に行こう。

 今日が"私たち"の誕生日になるように!


 私は駆け出した。

 振り向く彼の表情が段々と見えてくる。


 あの顔、あの表情。見えてしまった。

 一秒たりとも長くあの面構えは見たくない。

 もっと、彼の表情は明るくあるべきだ。

 そうあってほしいと、私は願う。


 だから!


「――ぁ、あ……」


 私は――自身の右腕を、ユウの中へと突き込んだ。

 水の中へ突き込んだようにするりともぐりこんだ腕は、背中を貫通せずに彼の深い中へと沈み込んだ。


「ユ、キ……」


 彼の表情に浮かぶのは戸惑い。

 当然だろうが、もう少し待っていて。

 今、絶望から救い出す――!


「『私は、愚者の右腕』」


 この右腕には〈魂〉がある。だが同時に、〈空人〉の腕でもある。〈器〉に干渉することができ、〈魂〉に触れることも出来る矛盾の塊。

 私はその腕で、彼の〈器〉に眠る〈魂〉を掴み――引き抜いた。


「――ぐ、ぅ……っ!?」


 ずるりと腕を引き抜いた私の体は、仄かに青い炎が宿っていた。

 私の体に浮かび上がる炎を模した文様。

 "ユウ"の〈魂〉。


 そう、彼の〈魂〉は今この瞬間、私の〈器〉の中に収められた。

 満たされていく〈器〉に溢れ出す感情。

 今まで抑圧されていた諸々が噴き出していくのを感じる。


「なに、を……」


 一方で彼もまた、溢れる力に戸惑っている。

 〈魂〉が喪失した感覚は無いままに、〈器〉から〈魂〉が無くなった。


「今、ユウの〈魂〉は私の中にある。

 ユウにオウカが宿ったのと同じ。この〈魂〉は私を満たしてくれると同時に、ユウの〈魂〉の消失を止めてくれる」

「何だと……?」

「もっと、もっと燃えて。ユウ、貴方の〈魂〉はどれだけ燃やしても"失われない"。

 ユウが燃やす〈魂〉は私の中にあって守られているけれど、ユウは〈魂〉を持っているという事実が際限無く〈魂〉を燃やすことを赦してくれる。

 もう、これ以上燻る必要はない。

 ユウの……やりたいよう、成したいように出来るの」


 世界を騙す。都合の良いものにする。

 〈魔法〉が成しえるその奇跡を、私とユウの〈器〉が形作る。


 理解が及んだ瞬間、ユウの纏う炎は何倍にも膨れ上がった。


「ハハ……なるほど。こりゃすげえや。

 いくらでも沸いて出やがる」


 出来る、と言われてやれるとは限らないものだが、彼には当てはまらなかったらしい。というか、これまでは手加減しながら燃やしていたというのか。

 となれば――あの〈天使〉など、敵ではない。


 現に、存在感を増したユウを前に二の足を踏んでいる。

 〈魔力〉による治癒を待っているのだろうが、それ以上に彼に恐れを成していた。


 都合が良い。

 ならば私は、私のやりたいことをさせてもらおう。


「ン――」


 青く燃え上がるユウの首に腕を回し、熱い口付けを交わす。

 ユウもまた、分かっているかのように私をあっさりと受け入れた。


 混じる唾液、熱くなる胸。

 先ほど長らく交わしていたソレとは、一線を飛び越えている。


「――ユウッ! ユウ!!」


 私は――私は、満面の"笑み"を浮かべ、彼の名を呼ぶ。

 彼を呼ぶ度に心が躍る。

 こんなに……こんなに、嬉しい!

 彼の〈魂〉が私にいろんなことを――表現を教えてくれる!


「ユウ! 好き! 大好き! 愛してる!」

「――ああ、俺も……好きだ、ユキ。

 お前が、俺の――」


 抱き合い、重ねる口付けは、本当の"愛"が理解出来た私たちの愛の証。

 "ほんとう"を知った私たちが確かめる、好き、の暖かさ。


「背中……あつ――んッ!」


 だから、私たちはもっともっと前に進んで往けると思える。


 その想いに応えるように、私の背中が熱くなり、着たままだった服を脱ぎ捨てたときのような爽快感を伴いながら"それ"は姿を見せた。


「そ、んな……うそだ……なんで」


 私の背を見、〈天使〉が呆然と呟く。

 信じられないとばかりに首を振る。


 同じくそれを見たユウは、笑って言った。


「何だ。頑張ったらなれたな、〈天使〉」

「ほんとう? 嬉しい」


 "ばさり"と背を動かして羽搏いた。

 私の背には、目の前の〈天使〉に負けず劣らぬ白き一対の翼。

 〈魂〉を"奪う"という〈天使〉と同じ力を見せた私の答え。


 当然、〈天の使い〉であっても〈天使〉と同じ主を頂くわけではない。


「私はユウの〈天使〉だよ」

「面はゆいセリフを平然と言うのは止せ」

「だって。ずぅっと我慢してきたんだもの」


 敵〈天使〉は顔面蒼白だ。

 こんなこと、想像すらしていなかったに違いない。

 彼女ら〈天使〉は主の指示で動き、主の言う事しか知らない神々の〈人形〉である。よもや――敵に〈天使〉が居るなど、彼女らの許容量を超えていた。


「それで」


 ユウは私の腰を抱いたまま、空を舞う〈天使〉を睨んだ。


 絶望の面影などそこにはない。

 彼だってずっと我慢してきた。

 どれだけ努力しても少しだけ足らない、なんて悲劇を繰り返してきて。

 それでもなお、生き続けて。


 ようやく突破出来た壁の向こうを見て、笑顔を浮かべぬ者がいるだろうか。


「お前、まだやるのか?」

「っく……」


 どう考えても悪役なのだが、この際いいのだろうか?

 敵の目の前でイチャつきながら余裕ぶっこいてキスしまくってるとか、どう考えても負けそうなのだが世の中難しい。

 オウカが遠くで笑い転げているあたり、第三者から見るととても珍妙な風景なのだろう。


「……彼女が〈天使〉になった、ということは。

 貴方は〈階〉を昇り終えたと……そういうことですね」

「〈(きざはし)〉? そういえば、何か言っていたな」

「……それは、神へと至る道。人を超えた何かへと変わる試練」

「ユキ?」


 私の中に居た〈空人〉が教えてくれた。

 私たちの存在を。その成り立ちを。


「世界の終わりを宣言した者たち。それが、〈神々〉と呼ばれる者。

 この現世に〈魔力〉の概念をねじ込み、〈魂〉と〈器〉と〈命〉の関係を現実化させた超越者たちのこと。

 彼らは本当に世界を終わらせて、都合よく作り直そうと躍起になっている」

「愚かしい人類を滅ぼし、鉄に穢れた大地を浄化し、〈霧〉を晴らす頃には緑豊かな地球へと戻る――。

 我らが(しゅ)はそうなるように動いています。

 このようなところで、貴方のような者に邪魔をされるわけにはいきません!」

「その地球に人間は残らない。

 残るのは神々と自称する人を超越しただけの人間と、その使い走りの〈天使〉や〈空人〉だけ。そんな世界にどんな意味があるの」

「そのような事を考える必要はありません。

 行き着いた先こそが〈楽園〉なのです!」


 やはり――〈天使〉である彼女は疑うという発想が無い。

 それが素晴らしい事なのだということしか頭にない。同じように使われる〈空人〉すら見下し、己の手足であるとしか思っていない。


「なるほど、な。――つまり、俺らの敵は〈神々〉ってわけだ」

「そういうこと。〈(きざはし)〉を超えたユウもまた、その仲間入りしたけれど。

 ユウ、世界をそんな風にしたい?」

「面倒だ。手に余る」


 本当に面倒臭そうに彼は答えた。

 聞くまでもなかったことだけれど、思わず笑ってしまう。


「女の子、手に余る程いるね」

「モテる男の辛いところさ」


 だが、今ははっきりした自信が彼を支えている。

 もう臆病になって誰も愛するなんて言えなかったユウはいない。

 その支えが私であることが、とても誇らしい。


「それより人の〈楽園〉を邪魔しようっていう不届きな奴を成敗するほうが先だな」

「そこまで言う……?

 オウカ、笑いすぎて煩いぐらい」


 完全に流し切りがキまっているオウカはもう既に戦闘不能だ。


「……」


 一方で、完全に沈黙しているのが〈天使〉だ。

 先ほど彼女に見えていた勝ち目は、完全に押しつぶされている。

 だが、退くに退けず、進むに進めず。

 彼女は完全に進退窮まっていた。


「――堕とすか」


 ぼそ、っと呟くユウの声が耳元に届いて、その色っぽさに赤面する。

 彼はきっと撃墜する、という意味で言ったに違いないのに、どうしてだろう。彼女を"陥落"させるように聞こえてしまう。

 

 携えた剣を持ち上げ、するりと私から手を離すユウ。

 僅かながら寂しさを感じるも、それ以上に雄姿に震えが来た。


「身動き取れなくなったんなら、俺がケリをつけてやるよ」


 剣を手にしながら、彼は"俺"と言った。

 ――もう、彼は完全に過去と決別した。


 遠いところに居た彼は、もう、すぐ隣までやってきていたのだ。


「かかってこないなら俺が行く」

「くっ……わたしは、まける、わけには……!」


 慌てて構えなおす〈天使〉と、悠然と構えるユウ。

 その両者の違いに苦笑しながら、私は彼の背を押した。


「ユウ。飛べるよ」

「――そうか。分かった」


 それだけで、彼には伝わった。


「『堕天使の"翼"』」


 優しく引かれる〈引き金(トリガーワード)〉。

 疑似的な黒い翼が彼の背に宿る。


 地を這う速度を加速させるだけの術式でしかなかった。

 それ以上を望むことは出来ない、彼を体現したかのような術式だった。

 だが、見よ。

 彼の背にあるのは"空"を羽搏くための翼である。


「もうお前だけの空じゃない。

 存分にやり合おうじゃねえか」

「――!」


 重力を置き忘れ、ユウの身体が垂直に飛翔した。

 かと思えば、ジグザグに青い軌跡を残しながら空を舞い、〈天使〉へと距離を詰めるとあっという間に乱打戦へと突入した。


 武骨な槍と流麗な剣が火花を散らす。

 その得物に反して、美しい槍術を見せる〈天使〉と力のままに戦う〈堕天使〉。


「遅い――『斥力の槌』!」

「なっ!?」


 剣をしのぎ切った〈天使〉を襲うのは重力の鉄槌。

 元来彼の肉体に付与され接触面にかけられる荷重は、離れた地点にいる〈天使〉へ直接無形の槌として振り下ろされた。

 衝撃音こそないが、相当な衝撃が〈天使〉を襲った。

 失速どころか、垂直に地面へ叩きつけられる。


「おおおおおお……ッ!!」


 そこへすかさず剣を振りかざしたユウが墜落するかのように突撃。

 巻き上がる煙の向こう側で、尚も響く金属音。

 あれだけの事がありながら防戦を維持する〈天使〉こそ賞賛するべきか。


「『白木の――槍』!」


 だが、だからといって手を緩めるはずもない。

 ユウの背に浮かぶのは真っ白な削りだしの木槍。

 その数、20。


「ってぇ!」


 大砲のような発射音を響かせながら、あろうことか誘導しながら〈天使〉へと射出される。


「投擲槍程度……!」


 あえて空へ逃げず、足を止めて槍を打ち払う〈天使〉はまだ戦意を喪失していない。勝機を見出せなくとも戦う意思はまだ折れない。

 手を下すまでもない相手は直接殺さず、己に匹敵する相手か、越えうる相手のみを相手取る〈天使〉はある種の武人か。

 惜しむらくは、その相手が常軌を逸した神の新人だということ。


「足元が留守だぜ」


 槍を打ち切った。その瞬間をついてユウ本人が懐へ飛び込み、薙ぎ払う。

 こればかりは受け流せず、空へ飛翔し距離を取る〈天使〉。

 が――そここそ、彼の狙い通りの"空中"だ。


「ようやくそこへ浮いたな」

「何――?」


 ズ……ッ。

 私の背筋すら震えるような、ふざけた強度の〈領域(テリトリー)〉が空間一帯を占領する。


「「『此処が私の世界ワールド・オーバライド』」」

「っが、あ……!」


 彼と敵対するすべての存在を圧死させるかのような空間。

 〈魔力障壁〉圏内以上の重圧が、存在するだけで〈天使〉の身体を締めあげた。

 当然、締め上げるだけで終わるわけが――無い。


「ここが俺たちの生きる"世界"なんだ。

 悪いが、ここに手ェ出すってんなら神様だって相手にしてやる。

 この"世界"を、俺の大切なモンに手ェ出すなら覚悟しやがれ!」


 手にした剣が輝く。

 青く、白く、黄金に。

 不良品と、不完全だと言われたその剣が今、最大級の〈魔力〉を受けてその本来の(ねがい)を発揮する。


「〈お伽噺の剣(ソード・オブ・アリス)〉。

 何もかも上手く行って、誰も彼も幸せにする。

 そんな祈りを込めた……俺の、聖剣だ」


 都合が良すぎるそんな願いが叶う筈がない。

 いくつかは叶ったとしても、その対価がどこかにはあっただろう。

 それすら押しつぶそうという現実味に欠けた規格外(アウトレイジ)

 それを実現するのにどれだけの〈魔力〉が必要になるのか。想像を絶するその規模は、確かに、かつてのユウですら扱いきれないだろう。


 けれど。

 ああ、そうとも。

 今のユウに出来ない事があるとすれば、それは死者を蘇らせる偉業ぐらいで。

 何もかも都合よくいかせることぐらい、なんてことのない願いだった。


「なんですか……いったい、なんなのですかその剣は!

 それはもう、神器――」

「――良い子は、もう起きる時間だぜ」




 一閃。

 放たれた剣が光となって全てを飲み込む。


 〈天使〉は言うまでも無く――崩れ落ちていた大穴をさらに広げながら、光は天へと突き刺さった。

 遅れて巻き起こる突風と、激しい破砕音。


 そして……。

 巻き上がった煙が張れたそこは。


「ユキ、おいで」


 大穴の上。

 突き出て崩れなかったアスファルトの道路の先に立つユウが手招きする。


 私は背を動かして舞い上がると、彼の元へ降り立つ。


「……わあ」

「全く。穴倉に居たり騒がしくやってるもんだから全然気づかなかったな」


 空気は澄み渡り、清々しい世界が広がっている。


「最っ高の……青空じゃねえか」


 彼の剣は、忌まわしくまとわりついていた〈霧〉を消し飛ばしていた。

 すっきりした視界には廃墟の街。

 〈天使〉によってズタズタになった街並みが、中天に差し掛かろうとしている太陽に照らされていた。


「こんなに、綺麗だったんだ」

「俺も初めて知ったよ」


 私たちは抱き合いながらそれを眺め……不意にぶつかった目線に、お互いどちらとも言わずに笑い合ったのだった。



頑張りました……。

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