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20-21.Go Back



 何もかも、終わってしまった。

 シュウは消えた。アレでは生きていまい。

 ローガンは既に瀕死。私がやった。

 〈空人〉として、〈器〉を壊した。


 その行動が私の意思とは全く異なる事は判っていた。

 そんな攻撃が出来るなどと私は知らなかった。

 だが、その瞬間"私はそうしなければならない"という何者かの意思が介入し、気が付けば実行して終わらせてしまっていた。

 ……既に、それがどうしてだったのかを考えることも、その行動へ対する後悔も感じなくなっていた。


 色合いを無くした世界は物静かに横たわる死体のよう。

 あの喧しく喚いていた"声"もまた、遠くへ離れて行ってしまった。


 座り込んでしまった身体はもう立ち上がることも出来ない。

 寄りかかる瓦礫が無ければ横たわっていたことだろう。

 背を預けるものがあるから、座る姿勢で留まっていた。


「……ああ、いってェな……なんつーことしてくれるんだユキちゃん」


 そこで、有り得ないものを見た。

 心臓を抉り飛ばされ――〈器〉を損壊したローガンが、致死量のダメージを負ってなお起き上がった。


 おかしい。ふざけている。アレはもう二度と立てない程〈器〉を壊した。

 〈魂〉の流出はそろそろ終わり、〈空人〉としての虚しい人生がスタートしているはずだ。


「ま……ったくよお……俺も、ヤキがまわったぜ……」


 ぐるりと私へ向かい合ったローガンを見て、ようやくからくりに気が付いた。

 ぼこりと私の腕によって貫通した左胸。そこに、自分の腕を突っ込んでいた。

 なんてこと。

 彼は〈器〉に自分の腕で蓋をして、その傷口を抑えている。


 アレは駄目だ。心臓が無くて生きていける人間はいない。腕が邪魔して再生していない。〈魔力〉が心臓の代わりを務めている様子が見てとれるが、そんなの延命措置にしか過ぎない。

 致命的に間違っていて、ある意味で正しい"処置"は〈魂〉の流出を狙い通り抑えている。これならば〈空人〉にはなるまい。


 〈空人〉に行き着くより早く、この男は死ぬ。

 そう。彼はこのまま死ぬ。〈空人〉にもならず、人にも戻れず。土に還る。


「はー……シュウの旦那に、慰謝料請求せんにゃなあ……」


 呼び立てた〈イチル〉に肩を借りて私の元へよろよろ歩み、私に覆いかぶさるように私の前にやってきた。


「酷い有様じゃあねえの……なあ、ユキちゃん」


 ごふ、と吐いた血が私の頬にかかる。

 私自身の紅かった血が全身に残っているものだから、その血はそこに溶けあうように混ざり込む。

 綺麗な赤色。

 やがて黒ずみ、乾いていく生命だったものの証。


「〈イチル〉……」


 彼の瞳は既に濁り始めている。

 思考も混濁し、正常な判断は既にできない。

 〈魂〉が減少したことも後押しし、彼はもう耄碌した老人も同然だろう。


 彼は、そんな自分の状態が正確に把握できていた。

 もう駄目だと。自分に成せることは何もないと。

 ではどうするか。

 彼は結論を出した。


「無理難題だが……〈イチル〉。お前に〈意図〉を出す。

 ――この状況を打開しろ。なんでも……なんだっていい。好きに、やれ……」


 常人では有り得ぬ指示。

 〈自立型人形(オートマタ)〉なら、まあいいだろう。彼らは考える頭蓋がある。無理な指示を無理と言う事も出来るし、なんなら出来ることをやってみようと考えるかもしれない。

 だが、〈イチル〉は完全な〈操縦型人形(マリオネット)〉。

 操り手が居なければ何もできない木偶人形。そんな指示は空振りして同然。彼の世迷言は霧と消え、ただ無為になるだけ。


 ――ほんとうに?


 〈イチル〉は、応えた。

 彼女もまた人形。愛された、人形。

 戦闘用でありながら、ローガンに使われ、仕えてきた人形だ。


 彼女ら〈操縦型人形(マリオネット)〉は操られなければ行動しない。だが、"戦え"という指示を受け、彼女らは独自に判断して戦っている。

 なにも、腕を上げろ、足を出せ、など事細かには支持していない。

 彼女らは彼女らで、確かな〈魂〉を――愛された道具として、〈魂〉を有していた。


 燃え上がる〈イチル〉の〈魂〉が私の目に見える。

 最期の時を迎える主を前にして、〈イチル〉は無い頭蓋で目まぐるしい思考をしていた。


 主は救えぬ。確定事項。

 では主の願いを叶える。その手段。


 彼女は考えている。主は打開しろと言った。

 主は救えない。ではこの状況下における打開とは何か。

 

 〈イチル〉は埋め込まれた義眼で私を見た。

 その眼は何も映していない。ただの飾りだ。この人形は〈魔力〉で視界を作っている。だが確かに、彼女の"目"は私を見た。


 何を見出したのか。〈イチル〉は動き出す。

 球体関節が覗く右腕を差し出して、私の肩へ手を置いた。

 その動作、僅か1秒。

 それだけで彼女は満足して手を離す。


 見守っていたローガンを一瞥し、彼女は彼の横に傅いた。


「……〈イチル〉」


 それは、最期を迎える主を、見送る祈りだった。

 ああ、彼女の声が"見える"。

 ローガンにも確かに届いているだろう。

 こんなにも純粋で、真っ直ぐな暖かい〈感情〉。


『貴方に仕えていたことを誇りに思います』


 彼女は言った。

 なんてことだ。彼女は言葉にならない声ではっきりと。

 人形だぞ、考える事の無い人形だ。

 その彼女が、明確な意思を見せた。


 ローガンは涙を見せた。

 〈魂〉あるものが流す、心の証。


「ああ。俺も、楽しかったよ」


 主従の別れはそれで済んだ。

 〈イチル〉は立ち上がると揺らめく何かを背に負って立ち上がる。

 別れは済んだのだ。

 引かれる後ろ髪も、絡みつく〈意図〉も、もう彼女を縛り付けない。


 彼女は駆け出した。ある方向へ。

 それは確かに、"明日"へと伸びる道だったことだろう。




 残された私たちは、特に何かするべきことがあるわけでもなかった。


「……昔話でも、すっか。ユキちゃん」


 ローガンは胸に腕を生やしたまま、私の横に腰を下ろすと天を見上げて呟き始める。私に聞かせると言うより、独り言のように。


「俺ァ、〈魔力〉が湧いたせいでこんな若えナリだが、もういい年なんだ……そんな俺に、実は孫娘がいてなあ……。

 歳はお前よりちっと下ぐらい、で……クソほど生意気な餓鬼なんだぜ。

 ジジイ、ジジイと口汚く呼んだと思えば、あれを寄越せ、これを寄越せ……そんなん、自分で手に入れろって思うんだが……俺ァ孫にゃ弱くていつもくれてやっちまう」


 ははは、と笑う彼は、本当に幸せそうだった。

 彼が言うほど、その孫娘とやらは横暴ではないのだろう。

 言動は間違っていなくても、そこには親愛の情があるうえでのものの筈だ。


「そんな孫娘があるとき男を連れてきやがった……面食いなんだろうなぁ、俺に似てイカした顔の男だった。

 ハンター稼業なんて足突っ込んでる馬鹿で、現実が見えてないクソ餓鬼で……臆面もなく愛しているなんて……言うんだぜ。

 呆れて物も言えなくなってる間に、何だろうな。

 二人連れ添ってウチを出ていっちまった」


 時折血を吐き出しながら彼は呟き続ける。

 私は聞いていても何も返さない。

 だから独り言だ。

 だったら止めればいいのにと思うけれど、彼はとにかく喋った。


「そんで1年もした頃か。

 便りが届いたんだ……餓鬼が出来たって。

 おいおい、俺がジジイどころかもういっこ上に上がっちまったよ、なんて……普通じゃ考えられないだろ。〈魔力〉サマサマだよな……こんな寿命が伸びちまって」


 その長い寿命も、終わろうとしている。

 ここで、終わる。


「餓鬼は嫌いだが、なんだ。俺ァ喜び勇んで会いに行ったさ。

 可愛かった孫娘の餓鬼なら、そりゃもう可愛いだろうってさ……。

 でも結局、そいつにゃ会えず仕舞いだったんだけどな」


 死に往くにつれ、彼の語る昔話も色合いを失せていく。

 幸せそうだったのは物語の始まりだけ。

 当然か。

 幸せそうに始まる昔話は、不幸せに終わるのだ。


「ああ、そうさ。会えなかったんだ……。

 あいつらの住んでるところが〈空人〉に襲われてなァ。

 いっぱしのハンターだった孫娘の男は、根性あるやつで……守るんだって戦っちまったらしい。

 逃げりゃいいのに、馬鹿だよなあ」


 その光景を彼は見ていない。

 だが目に映るのだろう。同じハンターだけに、戦う姿まで想像できてしまう。


「そしたら、何だ。どさくさに紛れて子が居なくなったって言うじゃねえか。

 慌てた孫娘は戦場に出て探したらしい。

 根性だけは据わりやがって、戦う力もねえのによくやる……。

 そのせいで子供は見つかんねえまま〈空人〉に襲われて、あえなく仲間入りよ」


 馬鹿だよなあ、なんて。罵る口にも哀しみしか乗らない。


「そこで俺がようやく到着したんだ。

 目の前にゃ、〈空人〉になった孫娘。

 この時ほど世界を呪ったことは無かったぜ」


 とんとん、と。

 子供の背中をあやすように。

 腰にさしていた刀に手を置いてその時を振り返っている。


「こうなったら仕方がねえ、化けて出るなよって刀を手にしたらよ……間の悪い孫娘の男が来やがったのさ。

 やめてくれ、そいつは俺の女だぞ、ってな。

 ハンターのくせに血迷いやがって。孫娘を庇いやがった。

 ……今でも昨日のことみたいだ。

 あんとき、俺は刀を持つ手を振りかぶれなかった。男の言う事に足を止めちまった。とっとと男も斬り捨てれば良かったんだ。

 迷って足を止めたせいで……男は、孫娘の手にかかって、〈空人〉になっちまったよ。

 後はもうなし崩しさ。俺が両方斬って、おしめえ。

 子はどっかいって、愛し合った男女はジジイの手にかかって死んだ。

 それだけの昔話だ」


 ハハハ、と笑う声は乾いている。

 〈命〉の灯が、ゆっくりと消えようとしている。


「ほんっと……馬鹿だよなぁ。

 俺も似たようなことして死にそうになってるんだ。笑い話だろ……」


 なんとも……やるせない話だ。

 話を聞き続けてしまった。

 感想なんか出ようがないのに。

 無感動になってしまった私には、震える心もないのに。

 ただ、聞き入ってしまった。


「なあ、ユキちゃん……こんな昔話、面白くねえだろ?

 誰も笑って終わらない話なんて、なんていうか存在してもいけねえ。

 やっぱ、こういうのはハッピーに終わらなきゃいけねぇ。

 俺の孫娘と……その男はつまんねえ死に方して……愛もクソもなかったけどよ……別に愛し合ってもねえ俺とユキちゃんが一緒にご臨終じゃマジでつまらない。そういうの、あんたの想い人とやるべきだ。

 俺っていうつまんねえ経験をもつジジイ踏み台にして……あんたら、若いのは……幸せになってくれよ――ユキちゃん」


 それが最後。

 ローガンは、逝った。唐突に。


 彼の物悲しいストーリーは、ようやくここで幕を下ろしたのだ。


 居なくなってはじめて気付く。

 私は繋ぎとめられていた。

 ローガンという悲しい語り部が、私の〈魂〉を掴んで離さなかった。

 何も考えなくならないよう。何か感じ入るものを与え続けて。

 そうあってはならない。私に、そう思わせるようにして。


 とうに〈空人〉へ変貌する筈だった私は、しかしその直前で踏みとどまっていた。

 それは、ローガンが独り戦っていたからだ。

 彼がこの状況を打破せしめてみせた。

 彼の人形がこの状況を呼び込んだ。

 彼の過去が、私を私として繋ぎとめた。


 だから――。


「ユキ」


 ――ああ、間に合った。


 


 余りにズタボロ。どんな無茶をしてきたのか、想像を絶する有様。何度も致命傷を受け続けた私の体とも引けを取らない重傷患者。

 肩に担いだ剣は刃こぼれを起こし、既に鉄の棒と化している。


 青い炎を発し、ぱらぱらと綺麗な灰を撒き散らしながら私の元へ歩み寄る王子様。

 無残な外見に反して足取りは力強い。

 鋭い眼光は私を捉えて離さず、私はその眼から視線を逸らせない。


 遠くなり忘れていた感情が沸き起こる。

 波立たぬ広い海。その深の底では燃え上がるような熱が沸き立っていた。

 海面は遠く、表にはまるで届かない。でも、この熱量は決してなかったことには出来ない。


 一歩、一歩と歩み寄る彼を見ると心が躍る。

 こんな諦めしかない状況で彼はやってきた。

 何もかも俺に任せろと、彼は言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。


 なんて安心感だろう。

 安心するなんて感情も忘れていた私は、その瞳に照らされるだけで弛緩していく。彼が傍らにいる限り、私が私でなくなることなんてありはしないのだと教えてくれる。

 

 姫に傅く騎士のように、彼は私の目の前に膝を付き笑った。


お伽噺を連れてきたぞハッピーエンドへいこうお姫様(ユキ)


 重なった唇は、熱く、とろけるよう。

 交わす唾液が喉へ落ち熱を持って私の中へと溶けていく。


 視界が歪む。

 ああ、感じていたのは絶望だった。

 ああ、失ったのは希望だった。


 彩りを無くしていた世界が優しく色に染まる。


「私に合う硝子の靴はあるかしら」

「なければ造るさ。俺は〈魔法使い〉だからな」



 彼に抱かれた私の体は、ゆっくりと……幸せに満たされていった。

 

 


頑張って更新続けてきましたが、ちょっとここいらで隔日に戻そうと思います。

物語も終盤で申し訳ありませんがご容赦ください。

詳しくは活動報告にて。

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