21.Kiss me Kiss you
「今日からお前は桜下と名乗れ」
俺は俺の中に居座った"声"に対してそう告げた。
――――酷い名前ね
「良い名前だろう。アンタの上には綺麗な桜が咲いている」
そんな短いやり取り。
彼女の成り立ちはかいつまんで聞いた。
それだけで、行動を起こすに足りたのだ。
俺たちは何故か瞬く間に意気投合して、一致団結した。
俺はルナとアキラへ後を追うように短く指示すると、彼女らを放置して飛び出した。
流暢に喋ってくれる〈カナ〉は有用だが、"声"が遠隔で操作しているだけであり、戦闘能力は皆無であったため送還している。
自由になる〈魔力〉は一握り。
だが一握りあればいい。これは火種だ。〈魂〉という燃料があればそれで事足りるのだ。
――――私の〈魂〉も燃やしちゃう?
「駄目だ。お前の〈魂〉はユキと繋がり合う為に使え」
彼女とユキは接続しあっていた。
亡霊である彼女は〈器〉を持たない〈魂〉であり、〈器〉なしに存在する〈命〉無き存在だ。ユキはその亡霊とも呼ぶべき存在とも繋がり合える能力を有していた。
〈魂を繋ぐもの〉。
眉唾ものの存在であったが、こうして目の当たりにすると否定できない。
ユキはオウカと接続していたからこそ、極小の〈魂〉のみで存在を確固たるものへ固定する事が出来ていた。逆に言えば、オウカなしの彼女は即〈植物人間〉化する状態にあったのだ。
〈器〉に〈魂〉が入っていなくても、〈魂〉は存在している、という世界を騙したような状態に関しては大いに興味がある。
逆に俺には〈魂〉を接続する能力が無い。
ではどういう状態かといえば、オウカの〈魂〉が俺の〈器〉に同居している状態にある。これも余人には出来ない事だが、俺の〈器〉は特別製で、あらゆる〈魂〉を受け入れられるように作ってあった。
そのうえ、俺自身他の〈魂〉を受け入れることに経験があったためあっさりと事が運んだというわけだ。
まあ、そんな薀蓄はどうでも良い。
俺たちはユキと接触し、オウカとの再接続を果たさねばならない。
俺は移動する、という行為だけのために〈魂〉を燃やすことを決意した。
「私に合う硝子の靴はあるかしら」
「なければ造るさ。俺は〈魔法使い〉だからな」
そして、間に合わせた。
あらゆる障害を力づくで排除した。
〈ジャンヌ〉は乱暴な運用に耐えかねて圧し折れる寸前。人形〈アイ〉は用いていない。この強行軍、破損してしまえば対竜戦闘においてかなりマズいことになってしまうからだ。
故の肉弾戦であったが、〈器〉に対する直接攻撃は全て回避した。遠隔による〈魔法〉攻撃はもう支払うべき対価であり、甘んじて受けてきたため瀕死の重傷である。
尤も、この重傷もこのまま〈魂〉を燃やしていれば〈魔力〉により治癒する。
得た報酬を前にすれば、この程度安いものだ。
――――古巣に帰るわ。アデュー!
「とっとと帰れ」
口付けを介して無理矢理再接続を果たし、オウカが俺の中からずるりと抜けていく。僅かに感じる喪失感と、代わりに飛び込む〈魔力〉で感じる充足感。
……かなり〈魂〉が減ってきている。
まだまだ余力はあるが、それは今すぐ戦闘を終えた場合の事。
この後竜、〈天使〉と戦闘は予想されるというのに、手持ちが心もとない。
「ンっ……」
ぶるり、とユキが俺の腕の中で身を震わせた。
病人のように白かった肌に赤みが増し、温かみのある白い肌へ。流れる血が赤く色を取り戻した証拠だ。
「これでも着てろ。何でお前裸同然なんだ」
俺は穴だらけになったコートを彼女へ被せる。
俺とて似たような有様ではあったが、この後〈アイ〉へ憑依することを想えば貸しておいたほうが良いだろう。
そして、ようやく俺は彼女の横で眠る男へ視線を向けた。
気付かなかったわけではない。
優先がユキであっただけ。
薄情だとは思うが、それを彼も望んでいただろう。
「ユウ……ごめん」
「何で謝る」
「ローガン、私が……」
「……そうか。お前、〈空人〉側へ踏み入ったんだな」
彼の心臓はユキが抉り飛ばしたか。
こんな致命傷をあっさり受けるなんておかしいと思っていた。
きっと、ユキを庇い立てしたのだろう。
「謝るんじゃなくて、ローガンへ礼を言っておくんだな。
見ろ、こんなザマだってのに――妙に幸せそうに寝てやがる」
こんな終わりだというのに、彼は笑っていた。
死に際、何を見たのだろう。
とても幸せそうに見える。俺も、もし死ぬとしたらこんな風に笑って死にたいものだ。ここで死ぬ気は一切ないが、切実にそう思った。
ユキはコートを羽織って俺の腕から抜け出すと、彼の元でしゃがみこみ瞼を落した。真摯なシスターが見せる天への祈り。
「わたし、しあわせになる」
きっと何か、大切なやりとりを彼と交わしていたのだろう。
その言葉には万感の思いが込められていた。
――――とっても、とってもだいじな約束、だね
オウカもまた、静かに頷いている。
「ん、は? オウカ、お前早くユキの所へ行けよ」
――――はあ? わたしはとっくにユキの傍よ?
「何だと?」
脳に響く声が今も聞こえることに指摘すると、意外な言葉が返ってくる。
「オウカ?」
「お前の言う"声"の主の名だ。……一度〈器〉をシェアしたから妙な接続が残ったのか。面倒な」
「ユキの中に入ったの? ずるい、私も入れて」
「いや待て」
手短に事情を説明し、分かり易くなるように〈カナ〉を呼び出す。
するりと飛ぶ〈意図〉――じゃない?
〈魂〉が今憑依したような……
「おっ、ユキとの接続中なら〈魂〉が自由に動かせる! 〈カナ〉の中に入れちゃったぞ、やったね!」
生き生きと動き出す〈カナ〉。
傀儡であった時より生生しく動くそれは、紛れもなく生きた〈魂〉が憑依した証拠。
「おっす、おらオウカ! よろしくな、ユキ!」
「どういうキャラ?」
「んー、そうだね。ちゃらんぽらん天然系賑やかし巨乳美少女かな!」
「もうちょっと痩せろ、属性付け過ぎて太って見える」
「なんだとお!」
こういう騒がしい奴は周りにいなかっただけに、存在するだけでぐっと……疲れる。
「なんでそんな疲れた顔してるのかなぁ!
みなさいこのおっぱいの山を! 四つもあるのよ!
登山するしかないでしょ!」
「しねえよ! 何で胸をやたら押してくるんだ、お前!」
「そんなのアンタの趣味だからでしょ」
「……待て。お前俺の〈器〉に収まって何を見た!」
「そりゃもう、オトコノコのベッド下の如き」
「ただちに黙れ!」
くそっ、なんなんだこの女。
ユキと全然似ないくせに、顔や仕草はどことなく似ていて物凄くやりづらい。
当のユキもまくしたてるように喋るオウカにぽかんとしている。
ここをどこだと思っているんだ。戦場のど真ん中だぞ?
そこでこんな悠長に漫才やってる馬鹿がどこにいるんだ。
ここか!
「ユウってさあ、疲れそうな性格してるよねぇ」
「るっせ」
「ああやってクールな顔して面の下じゃ色々面倒なことまで考えてると思うと……けなげよのお。
いーい、ユキ。ユウが淡泊な反応してる時が一番動揺してる時だからね。
攻め時はリアクションが薄い時よ」
「う、うん」
「お前さぁ! 何ユキに入れ知恵してんの!?
時と場所を考えろよ!」
「夜、ベッドの上で君と語り合いたい」
「もう黙れ!」
ああ、くそ。シリアスな空気なんてどこかへ家出してしまった。
あれだけ張りつめた空気だったのに何てことだ。
あの脳内で聞こえる"声"が大人しかったのは、肉声による対話より難易度が上がるからなのだろう。正直〈カナ〉を片付けてしまえばいいんじゃないだろうか。そうすればこのやかましい女は静かになる。
「と、いいつつも、戦力になる可能性を考慮して〈カナ〉を片付けにくいユウ君なのであった」
「……実際どうなんだ、オウカ」
もういいか、と言わんばかりに低い声へ調子を変えるオウカ。
こいつ、沈みかけた雰囲気を取り戻すのに道化になっていたのか。
ふざけた空気はなりを潜め、一端のハンターの表情で彼女は応える。
「最初の竜戦闘時ぐらいには役に立つよ。
というか、肉弾戦が得意なユキよりは余程上手くやれる。問題は、ユキとの距離がある程度開くと〈カナ〉の出力が落ちる事、かな。
射撃援護距離が多分安定して出力が出る限界。それ以上になるとだんだん弱くなって、最後はぷっつり〈魂〉の憑依が解けてユキの所へ帰っちゃう」
「なら、十分戦力なる。ユキと一緒に居たならやり方は知っているな?」
「モチロン。痛々しい中二病の数々、私に扱わせたらピカイチよ」
ジャッコ、といつの間にやら拳銃を取り出し、鮮やかに再装填して見せる彼女。
その手つきは"やり方が分かっている"程度のユキより巧みで鮮やかだ。
なるほど、言うだけはある。
「ユキ、お前は戦えるか?」
「問題ない。私も力になる」
こくり、と頷く彼女は、瞳に強い意思を見せている。
どうやら死線を乗り越えてきたようだし、その戦力は期待出来そうだ。
「でも……」
「でも?」
「あー……そうだね。私とユキは〈天使〉の相手は避けたほうがいい。
というか、下手すると竜の相手もヤバいかも。
〈魂の接続〉が切られたらあの時の繰り返しよ。
並の〈空人〉が同じこと出来るとは思わないし……多分〈天使〉だけの能力だとは思うんだけど」
それがあったか。
そうなると〈天使〉が居る前で戦わせるのは問題か。
あの時のように一撃喰らわされるだけでユキが戦闘不能どころか敵方へ転がり落ちるのは回避しなければならない。
何か対策が立てられればいいのだが……駄目だ。この短時間であの攻撃を阻止する手立ては立てられない。
ここは〈天使〉と戦えない、という前提を立てて戦略を組むべきだ。
「竜については……付き合ってもらうしかない。
危険だと思うが、〈天使〉を相手にすることを考えるとそちらまで戦力外になられるのは困る」
「オーケー兄貴。そっちは頑張るよ」
「誰だ兄貴。ユキもそれでいいか?」
「うん」
「ユキィ、もっと喋らないと駄目だよ。キャラ立たないよ?
もっと押せ押せでいかないと、ユウ取られちゃうよ?」
「オウカ」
「んー?」
「うるさい」
ガーン、とショックを受けているオウカを他所に、俺は剣を放り捨てた。
〈ジャンヌ〉は良い剣だったが、ここまでの過程で無理をさせ過ぎた。
このザマではもう役に立たない。
「おい、オウカ。〈カナ〉に積んである剣を出せ」
「ン? アイアイ、この剣かな?」
わざわざ胸の谷間辺りから剣を召喚し、俺へと寄越す。
白と青を基調とした、流れる金装飾が美しい直剣。
その性能故に使いこなすだけの〈魔力〉を用意できなかった欠落品。
〈アイ〉に搭載されていた〈ジャンヌ〉を引っ張り出す気にならなかった時代は、〈ジャンヌ〉ではなくこちらを使用していた。
〈魂〉を燃やした状態でようやく剣として機能する程度だが、剣として機能するだけでも〈ジャンヌ〉を超える。〈ジャンヌ〉を利用していたのは、あくまで燃やさずに使用できるからだ。
「ルナとアキラは……〈空人〉の妨害が激しい。合流までもう少し時間がかかる」
「てっかさー、よくここまであの短時間で、しかも直線で突っ切ったよね。
中に居て見てたけど人間の動きしてなかったわよ」
「探知の得意な"俺"と戦闘の得意な"私"を交互に切り替えながら、〈魂〉を燃やしてぶっ飛ばしてきたからな……同じことはもうやりたくない」
「それでも、ああ! ユキの命が危機にさらされた時、ユウは目の色を変えて〈空人〉たちの群れに飛び込むのだ。
全ては愛する人の為に。そのためならどんな犠牲だってあいだっ!」
「もうちょい黙ってろ」
「殴るこたないじゃんかよー!」
喚き声を全て右から左に聞き流して、身体の調子を確認する。
この会話の間に治癒は完了した。
違和感もない。仮に〈アイ〉へ憑依して"私"として剣を振ったとしても支障なく動けるだろう。
後は俺の稼働限界時間だ。
〈魂〉は現在も燃やし続けている。
活動している時ほどの燃焼量ではなくアイドリングのような状態である為、その消費量は極小なのだが……果たしてこれを一旦やめるべきか。
このままじりじりと消耗した場合、いざ、というときに不足する可能性もある。
悪いが、〈魂〉を燃やしきって〈空人〉になるつもりはさらさらない。勝ち筋があるから戦う気でいるだけだ。少なくとも再戦を挑める状態になるまで身を潜める選択肢はないでもない。
そこで、くい、と袖をユキにひかれた。
「何だ、ユキ」
えへへそれはねー! なんて喧しく騒ぐオウカをアイアンクローで押しのけて、ユキと向かい合う。
「〈魂〉」
「ああ。結構使っちまったな」
「……大丈夫?」
「まだ、な。もう少しの間は持つ。ただルナとアキラの合流が遅れるのと、竜と〈天使〉の所在が掴めていないのがネックなんだ。
このままジリジリ消費すると結構キツい」
「なんとか、ならない?」
「こればっかりはなんとも。〈魂〉をポンと回復させる手段もないしな」
そんなお手軽な方法があったらとうにやっている。
それが無いから皆困っているのだ。
答えを聞いたユキは急に黙り込む。
きっと何かを考えているのだろうが、顎に手を当てたり目を伏せたりせず、とにかく俺を真っ直ぐ凝視したまま考えるのはやめてくれないだろうか。
鈍い銀色の瞳と視線が重なると、どうも調子が狂う。
ややあって、何か結論を導き出したのだろう。
彼女は唐突に動き始めた。
「どうした、ユ――」
ちゅう。
「――んぅっ!?」
「ァ……ン……」
ちゅう。
甘く柔らかなものが唇に押し付けられている。
言わなくても判る。唇だ。
マシュマロみたいだなと思うのは一瞬で、焼けるような熱が全身を巡る。
「ぅわ、ダイタン。ディープだよディープ」
両手で顔を覆うオウカ。だがその指は大きく開かれ、まったく視界を遮っていない。
「ン、ふ……ちょ、っとまて、ユキ。唐突に何を……」
「口付け――ン」
「そうじゃなく……、っなんで!」
「〈魂〉。少しでも育む――ンっ」
それだけ言うと、エサをせがむ小鳥のように彼女は俺の唇を啄んでくる。
言い様の無い官能が背筋を走る。
"こういったこと"で確かに〈魂〉は満たされるかもしれないが、いくらなんでも微量過ぎる。こういうのは積み重ねが大事なのであって、一分一秒を争うこの状況では付け焼刃に過ぎない。
何がどうなってこんな結論になったのか。
――ついオウカを睨んだ。
「ちょっ、私は今回なんにもしてないよ! ほんとだよ!
脳内へ直接送り込んでも聞こえるでしょ、今!」
わたわたと両手を振り無実を主張する容疑者。
なんだと。思わずユキへ視線を戻す。
彼女は無表情で、縋るような瞳を俺に向けていた。
「……駄目?」
「っ……」
言葉を失う。
そりゃそうだ。つい先ほど、自分が居なくなりかけた少女だぞ。
心細く――なっていて、当然じゃないか。
心細いという感情を、思い出して当たり前じゃないか。
彼女は"くちづけ"しか、自分の感情を示す手段を持っていない。それしか教わっていない子供だ。だから、手段として彼女はそれしか提示出来ない。
気が付けば俺は彼女の腰に腕を回していた。
「少しだけだぞ」
〈天使〉含めた敵の反応は何故か無いんだ。
どうしてなのか深く考えるのも馬鹿馬鹿しい。
少しぐらい……彼女に溺れても構いやしないだろう。
俺は、口付けするのに瞼を下ろさない彼女に苦笑しながら、優しくキスを落した。
隔日、といった矢先に書けちゃったので上げちゃいました。
今後は投稿されても夜遅くとかになるかと思います。
明日は上げられないかな……




