古傷の治療
薬屋の看板の向こうに、私は立ち尽くしていた。
しばらくくることがないと思っていたけど、意外とすぐにくることになった。
目的は違うけれども。
ギルヴェルトは、あの日から私の「見守り役」として、黙って後ろに立ってくれている。
彼の存在は、これからのことを考えるとありがたいのだけど、仕事は大丈夫なのだろうかと疑問がよぎった。
恐る恐る聞いてみると、傭兵はその都度依頼を受けるから、今は何も受けていない。
心配しなくても、今まで使わずに溜め込んだ貯金がある、とのこと。
よかった。
私は、私のお金の心配だけすればいいのだ。
心底ホッとした。
「ニコレッタさん、お待ちしておりました!」
薬屋のドアから、白いエプロンをかけた中年女性が、笑顔で飛び出してきた。
名前はイザベルさん。
在学中と、そして今も、私が薬草採取のアルバイトで何度もお世話になっている、気のいい人だ。
「あの……実は、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……イザベルさん……大きな怪我をしたことはありますか?」
「ええ?どうしたの急に……」
彼女は、笑いながら左の手首をそっと触った。
その下には、薄く引き攣った線状の傷跡が走っていた。
「十歳のとき、石臼の下に手を挟まれちゃってね。医者は『骨は癒えたけど、神経が一部戻らない』って。だから今でも、この指だけちょっと……感覚が鈍いのよ。」
私は、その手首を見つめた。
そして深呼吸をして、強い眼差しでイザベルさんを見つめた。
「……もしよろしければ、今、その手首に魔法をかけてもいいですか?」
イザベルさんは、一瞬、目を丸くした。
でもすぐに、柔らかく笑った。
「……いいわよ。でも、どうにもならないわよ?」
彼女は自分の左手を、私の手のひらの上に乗せた。
ギルヴェルトは、一歩後ろに下がった。
黙って見守ってくれている。
私は、魔力を流した。
指先から、じんわり温かい熱がゆっくりと、内側へと染み込んでいく。
体質変化 LV.1
体型変化 LV.1
その瞬間、イザベルさんの手首の傷跡が、ほんのわずかに光った。
「……あっ。」
彼女は、小さく声を漏らした。
「なんか……チクチクする。でも、それだけじゃなくて……」
彼女はゆっくりと、左手の小指を、まるで生まれて初めて動かすように、恐る恐る曲げた。
「……動く。」
「え?」
「動くのよ、この指が……ちゃんと。」
彼女はその指を、何度も何度も、開いて閉じて動かした。
涙が、頬を伝って落ちた。
でも彼女の顔は、笑っていた。
「……これ……魔法じゃなくて、奇跡じゃない?」
彼女は涙を拭いながら、冗談混じりに言った。
私は、その手をそっと離した。
手のひらの震えは、止まらなかった。
心臓の鼓動も早かった。
よかった……
ちゃんと、できた。
思っていた以上に、私自身怖かったと気づく。
「イザベルさん……これ、『奇跡』じゃなくて、『修正』です。」
「……修正?」
「ええ。あなたが『持っているはずの機能』が、ちょっとだけ、『ずれて』いただけ。それを……元の状態に変化させる……みたいな。」
イザベルさんは、静かに私の目を見つめた。
その瞳には、驚きではなく納得の色があった。
「……そうね。『ずれてる』って言い方、すごくいいわ。」
彼女は、私の手を両手で包んだ。
「ねえ、ニコレッタさん。もしこの魔法が、本当に『ずれ』を直すものなら……」
彼女の声が、少しだけ震えた。
「……私の娘の、耳の病気も、直せるかしら?」




