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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第二章 マレビト

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029.第一層 春

 マグロの正面に僕。

 僕の両脇にノエルさんとクリフさん。ナインさんは僕達の後ろに立った。


『魔力は回復したな。では、解放してやるか』


 マグロの首に巻かれたリボンには、マグロが動くとちりちり、とキレイな音を鳴らせる鈴がついてる。

 何処にも穴がないけど、中には小さな丸い玉が入っていて、それがぶつかって音をさせるんだって。

 その鈴から、光の玉が出てきて、僕の目の高さまでふわふわと浮かんできたかと思うと、泡のようにぱちん、と弾けた。

 目の前に、大人の男の人の、広げた手ぐらいの大きさの蜂が、羽根を激しく震わせて飛んでいた。

 黄色と黒のお尻の部分は普通の蜂よりも、身体の長さからして長い。卵を産む女王蜂は、他の蜂と身体の作りが違うって聞いていたけど、本当にそうなんだ。


「あの……僕、アシュリーっていいます」


 どうしたものかと、とりあえず名乗ってみる。

 女王蜂はカチカチ、と顎を噛み合わせた音をさせる。


『愚か者。とっととテイムしろ。それは威嚇行動だ』


「でも……」


『いつまでも止めておいてはやらんぞ』


 女王蜂は羽根を鳴らし、顎を噛み合わせて威嚇してくるけど、僕の目の前からは動かない。パフィがそうしてくれているからなんだろうな。

 パフィのことだから、僕がためらったりしたら、容赦なく女王蜂の動きを止めるのを、解除してしまうと思う。

 ここは、諦めてテイムさせてもらおう。


「ターメ!」


 僕の身体から女王蜂に向かって魔力が流れていく。ダンジョン蜂は魔物でもあるし、威嚇もしているぐらいだから、吸われる魔力も多いんだろうな。

 身体の中から魔力が減っていくのが分かる。


『魔法使い、次のポーションをアシュリーの口に入れろ』


「ですが、パシュパフィッツェ様……!」


『異論は認めん。早くしろ。アシュリーが刺されるぞ。

そもそも女王蜂を求めたのはおまえらだろう。中途半端に善人になるな』


 パフィの言葉に、ノエルさんが言葉を飲み込んで、僕にポーションの入った瓶をもう一つ渡してきた。

 どうか、これで終わりますように……。そう思いながら瓶の蓋を開け、美味しくないポーションを一気に飲み干す。

 身体の中の魔力が瞬間的に回復する。それも直ぐに女王蜂に吸われていって、三瓶目のポーションを自棄になりながら飲んだ。

 回復した魔力がまた吸われて、半分ぐらい吸われたところで、威嚇する羽音と、顎を噛み鳴らす音が止まった。


『諦めておまえを主人と認めたようだ』


 パフィ、もうちょっと言い方を……そう言いたいのに、力が抜けて思わずその場に座り込んでしまった。


「アシュリー!」


「アシュリー! 大丈夫か?!」


 ノエルさんとクリフさんが僕の腕を掴んで立たせてくれた。


「ごめんなさい、ちょっと、ほっとしたら、つい……」


「そんな事より、大丈夫? あぁ、ごめん。何をどうすれば良いんだろう」


 オロオロするノエルさん。


「大丈夫です。おかげで、テイム出来ましたから」


 僕の目の前を飛ぶ女王蜂は、僕をじっと見てる。

 あー、うん。何を考えてるのか、虫は全然わからない。


『名を付けてやれ』


 そっか。名前。

 名前……付けるの苦手なんだけどな……。


「えーと、君の名前は、ジャッロ、だよ」


『相変わらず捻らずそのままの名を付けているな……』


 だって、黄色いんだし、ジャッロは分かりやすいと思うの。


 ジャッロと名付けた女王蜂は満足したのか木の方に向かって飛んで行った。


『巣を作るんだろう。あの木に花でもつけてやれ』


 花、と言われて思い出したのはスオウの花だった。木はスオウの樹に変わって、薄桃色の花を枝いっぱいにつけた、満開時の状態になった。


『これで良いだろう。後は勝手に巣を作る』


 一度ここを出るぞ、と言われた僕達は、ダンジョンを後にした。




 ダンジョンを出た僕たちを見て、トキア様と騎士団長が息を吐いた。

 二人は何かあった時の為にダンジョンの外で待っていてくれたみたい。

 僕の頭をトキア様が撫でる。


「無事だな」


「はい」


 僕は頷いた。

 口の中がまだ、凄い事になってるけど、とりあえず無事です。


「良かった。戻ろう」


 食堂に戻ると、ラズロさんは眉尻を下げて、僕とナインさんの頭をわしわしと撫でた。


「茶ぁ、淹れるからな」


 ナインさんしか知らないダンジョンの生成は、みんなを緊張させた。僕も、ノエルさんも、クリフさんも、トキア様も騎士団長も。


 ベンチに座ると、ネロが駆け寄って来て、僕のにおいを嗅ぎ始めた。何だろう? ジャッロのにおいがするのかな?


「ネロ、家族が増えたよ。今度会おうね」


 そう言って手を伸ばすと、ジャンプして僕の膝の上にのってきて甘えてくる。柔らかな毛並みを撫でると、気持ち良さそうに目を細める。可愛い。癒される。


 ノエルさんとクリフさんがダンジョン内でのことをトキア様たちに細かく説明していく。僕やナインさんだと説明しきれない気がするから、とても助かります。


「なるほどな。ダンジョンメーカーにより生成されたダンジョンは、自然発生したものとは全く異なるのだな」


「ダンジョン、箱庭。良いことにも、悪いことにも、使える。作る人次第、です」


 ナインさんの言葉に、クロウリーさんを思い出す。

 魔女に刺された……ナインさんがここにいるってことは、その時の傷が元で死んでしまったのかな。既に亡くなってる人だってことは知ってたけど、最期が……。


「まさか、古の魔女がクロウリーを……」


 騎士団長が唸った。

 パフィはとマグロを見ると、特に気にしたようでもなく、欠伸をしていた。


『誰が犯人なのか、何の為にそうしたのかは、いずれ分かる。焦り、目を曇らせてはならん。今は目先の事に意識を向けろ』


 目先のこと──それは、第二王子のことだよね。

 ジャッロが巣を作って、蜂蜜が出来たら、第一王子は元気になる予定で、そうなったら第二王子と次の王様の座を巡って争うんだろうな、きっと。


 トキア様と騎士団長が頷いた。


「対策は打った。諦めてくれれば良し。諦めぬのであれば、潰すのみ」


 騎士団長の言葉にみんなの顔が強張る。

 第二王子のことはよく分からないけど、第一王子についてるこの二人を見て、どうしていけるって思ったんだろう。見てるだけで負けそう、って僕なら思ってしまう。


『アシュリー、夜は麺にしろ』


「わかった」


「そうだ」


 トキア様が何か思い出したようで、目を細めた。


「殿下が、とても美味しかった、とおっしゃっていたぞ。いつもは食が細くて残されるのだがな、昨夜アシュリーが作ってくれたスープと平パンは残さずお召し上がりになられた」


「本当ですか? 良かったです!」


 頷いたトキア様に頭を撫でられた。


「トキア様、殿下も麺を食べてくれるでしょうか?」


「召し上がられた事はないが、嫌いではないと思う」


 塩味の汁に、身体の温まるネギと、半熟の卵をのせてみたらどうかな。


 何故かみんな、食堂にそのまま残ってる。動く気配がないです。

 僕とラズロさんは麺を作る。カウンター越しにナインさんとクリフさん、ノエルさんが見てるから、ちょっと緊張する。


 今日はダンジョンを作る為に、食堂はお休み。どれぐらい時間がかかるのか分からなかったからなんだけど、思ったより早く出来てしまった。

 だからここにいる人たちの分だけ麺を作れば大丈夫。あと殿下の分。


『麺は久しぶりに食べるな。具は何だ?』


「塩味の汁に、身体の温まるネギと、半熟の卵をのせてみようかと思ってる」


 マグロのしっぽがぱしんぱしん、とテーブルを叩く。


『肉が入っていないではないか』


 相変わらず肉好きだなぁ。

 端肉のスープとかも、大好きだもんね。


「濃い目に煮た肉を追加して、卵はふわふわの、ネギを少し煮た奴にするね」


『肉は多めでな』


「分かってます」


「僕も、肉多め、希望」


 ナインさんが手を挙げて言った。ノエルさんも軽く手を挙げて僕も、と言う。クリフさんもそっと手を挙げる。

 これは、追加で肉を煮ておかないと駄目かも知れない。そう言おうと思ってラズロさんを見ると、うん、と頷かれた。同じことを考えていたみたい。


 麺の生地を落ち着かせている間に肉を煮ていく。

 最近のラズロさんは、売れ残ってしまうような素材を仕入れてくることが多い。


「アシュリーの魔法、凄い」


「便利だよなぁ、俺も欲しいわ」


 ラズロさんの言葉に、ナインさんがティール様の袖を掴んだ。


「先生、火の魔術符、火を弱める、出来ない?」


「火を弱めるですか?」


 うーん、とティール様が唸る。

 横に立つラズロさんが、おっ? と、嬉しそうな声を出す。ラズロさんが火を使おうとすると、薪を使わなくちゃいけないから、僕が魔法を使うことが多いもんね……。

 水は溜めておけるから、ラズロさんもそのまま使えるけど、使いたいと思うたびに僕に声をかけなくちゃいけないのは、面倒だろうなって思う。


「術式の線、減らせば、火、弱くなる」


「そうですねぇ。可能かも知れませんが、ナイン、ラズロは魔力がありませんよ」


「……それ、無理」


「魔術は結局の所、魔力を使いますからね」


 項垂れるラズロさん。ナインさんまで凹んでる。


『なんだ、料理人、魔力が欲しいのか』


 パフィが声をかけると、ラズロさんが勢いよく顔を上げる。


「欲しい、です! アシュリーのように魔法が使えなくても、どうやら魔術ならなんとかなりそうな気配だし」


 言いながらナインさんとティール様の方を見るラズロさん。マグロのしっぽがゆらゆらと揺れる。

 もしかしたら古の魔女なら、何とか出来るんじゃないか、そんな期待に満ちた目がマグロに注がれる。


『出来る訳がなかろう』


 うん、知ってた。


『そんな事が出来ているなら、とっくにアシュリーの魔力が増えているとは思わんのか』


 確かに。


『楽をしようとするな。己の出来る事をやれ』


 正論なんだけどね……。

 ラズロさんの、一番お肉入れてあげよう……。




「パシュパフィッツェ様、ダンジョン蜂はどのぐらいの時間をかけて巣を作るのですか?」


 ノエルさんが尋ねる。

 マグロはと言うと、器用なことにフォークをしっぽで持って、麺を食べてる……凄い……!

 いくら猫の姿を借りていても、器に直接顔を付けるのは嫌だったんだね。


『三日もあれば働き蜂を産めるだろう。働き蜂が生まれればそこからは早いぞ。

アシュリー、一層目には春の樹木や花を植えておけ。見目も良いし、蜂にとっても都合が良かろう』


「分かった」と答えて頷く。


『そうそう、蜜も良いがな、蜂ヤニも使えるぞ。女王蜜よりも採取量が少なく、陸地の蜂によっては作らんものだ』


「蜂ヤニって、あの、極稀に取れるって言われてる奴?」


 しっぽで持っているフォークを揺らす。危ないよ、パフィ。


『そうだ。村の近くに巣を作る蜂は作らんがな。他の国では作る蜂もいる。ダンジョン蜂は必ず作るぞ』


 どんな風に使うんだろう?


『樹木から採取するヤニのように使ったりもするがな、あれは腐敗や毒を予防したり、治療にも使える』


 なんだかんだ言って、パフィは第一王子を助けることに積極的だよね。パフィが魔女の姿のまま第二王子たちをやっつけるのが一番手っ取り早いのに、そうしないのは、パフィの優しさだと思う。


『何をにやついてる』


「何でもないよ。パフィ、お肉おかわりする?」


『うむ。大盛りでな』


 マグロが太ったらどうしよう、と一瞬思ったけど、その時はネロにお願いして構い倒してもらって、痩せてもらおう。







 解散してから、パフィと一緒にもう一度ダンジョンに入る。ジャッロの姿は見えない。

 きっと今頃、巣を作ってるんだろうと思う。


『あの女王蜂はな、眠りからさめて土中から出てきたばかりの所を捕まえて来たからな、若いぞ』


 若いとか、若くないとか、よく分からないけど、蜂にも当然寿命があるよね。


 改めて入ったダンジョンは、薄暗い。当然なんだけど。

 さっきはノエルさんが照明をたいてくれていたから、視界が広かったけど。


「ねぇ、パフィ、ダンジョンの中で朝昼夜、を作ったらおかしいかな?」


 ジャッロたちダンジョン蜂からすれば、朝も昼も必要ないのかも知れないけど、もし、花を植えるのなら、必要なんじゃないかな。

 そう言えばさっき、僕が作り出した木は、どうなってるんだろう?

 そのことをパフィに尋ねる。


『この草むらと、今存在する樹木は、固定物として存在し続けるだろう』


「固定物?」


『減ったとしても、魔力により復元する』


 その魔力は何処から来るの?


『魔力がなくなればただの洞窟に成り下がるからな、このダンジョンにそうなってもらっても困る。

体良く出来る魔術師がいるからな、符を作らせている。直に作られるだろうから安心しろ』


「符?」


『術式を施した符を外に撒いておく。そうしてこのダンジョンに魔力を集めるのだ』


「そんなことして、大丈夫なの?」


『魔力は溜まればダンジョンになる。人里の近くにそんなものが出来たら困るだろう。そう言った場所に貼る予定だ。安心しろ』


 それに、とパフィが話を続けた。


『アマーリアーナの頼みを叶える為にも、このダンジョンに魔力を集める必要がある』


 アマーリアーナ様が必要としてるもの。


「パフィはいらないの?」


『物に頼る気はない』


 パフィのそう言うところ、好きだけど、もし必要になったら、いっぱいあげようと思う。


 朝と、昼と、夜が、ダンジョンの外と同じように訪れるようにして、草むらばかりだったのを、春の花に変えたところでおなかが空いてきた。

 魔力をだいぶ使ってしまったみたい。それに、麺はすぐにおなかが空くんだよね。


『ここまでにしておいて明日、また入る事にしよう』


「うん。

ねぇ、パフィ、ラズロさんにお願いして宵鍋に行こう」


 今日は食堂がお休みだし、せっかくだから。


『話に聞く宵鍋だな。良いぞ』


 ラズロさんにお願いしなくっちゃね。フルールも連れて行かなくちゃ。

 いつもよりおなかが空いてる。いっぱい食べられそう。


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