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「良い王様になるって頑張り屋さんの王子様に、かなり気に入られてしまってね」

 余程可愛いがっていたのだろう、ライルのにやけ顔に優しい微笑みが広がっている。

「王子様ってどこの!」

 噛み付くように、グレイドが衝撃から復活した。

「知らないでしょ、エンダンテ王国。ライナルシア王国と大差ない小国だよ。大陸の列強に囲まれて、ぼやぼやしていたら食い荒らされてしまいそうな国だ」


 ライナルシア王国に面する海沿いの、目立った産業も観光資源もない平和な国。

 そのエンダンテ王国で三年近く、立太子前の第一王子に周辺地域の情勢を教えていたという。


 閉ざされた島国育ちのシュリアは首を傾げた。

「エンダンテ王国……?」

 国名を聞いても分からないし、食い荒らされるという意味も分からない。

 その戸惑いを理解するライルは丁寧に説明した。


「エンダンテ王国は、両隣と背後を大国に囲まれている。取り柄がないおかげで無事だけど、簡単に攻め落とせるし、大国同士の争いの舞台にもなりかねない。他国とどう付き合うか、立ち回りの一つ一つが命がけなんだ」

 幾つもの国を渡り歩いたライルは、広大な大陸においても珍しい存在だった。

 エンダンテ王国の国王は、ライルの持つ新鮮な情報に興味を持ち、王宮へ招いたのだとか。

 そこで食い付いたのは幼い王子の方で、話し上手なライルから離れなくなってしまった。

 子供の扱いは慣れていたし、寝食の不安もない。何よりライルは、エンダンテ王国の大らかな空気が気に入って腰を据えたのだ。



 話を聞かせろとせがむ王子に、苦笑いのライル。

(ああ、そうね、分かる気がするわ)

 自分の知識を次々と求められ、ライルはきっと嬉しかったことだろう。

 ありのままの自分でいられるのだ。

 その居心地良さを捨ててまで、帰国を選んだのか。

(使用人のトップ、だけじゃないわよね)

 そんなもので、というと失礼だが。

 単に使用人のトップという魅力だけでは、ライルは靡かないと断言できる。

 彼の価値観は、そこに重きを置いていない。



 言葉を止めたライルは、ごそごそと襟元を広げ、服の下から何かを取り出している。

「と言ってもライナルシア王国とは国交がないから、裏を取って貰うこともできないけれどね。証拠になるかは別として、別れるときに殿下がこれをくれたんだよ」

 見せたいのは首飾りのようだ。

 頭を下げて首から引き抜き、掌の上に乗せる。

「ライルさん、これは、鉄?」

 ライナルシア王国では首飾りを付けるのは女性だけだ。それに、金属をこんなに細かく加工して、繋げて、紐代わりにする技術もない。

 文化や技術力の差に気を取られたが、ライルが見せたいのは先端に通された飾りの方で、親指ほどの長さの薄い金属の塊を指し示している。

「これ、鉄じゃなくて白銀。この国では浸透していないけれど、鉄よりも加工し易くて丈夫で輝きが美しいって、装身具の素材としては主流なんだよ」

 小さな輪が連なる紐の方も同じ素材で、チェーンと呼ぶそうだ。

 シュリアはひたすらに目を丸くした。

「殿下が使っていたペーパーナイフさ。手紙を書くから、自分にも書いて欲しいっていう意味だね。国王陛下が殿下に押し切られて、結局貰ってきちゃった。」

 ペーパーナイフをひっくり返すと、花と蝶が複雑に絡み合う繊細な絵柄が中心に彫られている。

「エンダンテ王家の紋章だよ。平和な国らしくて可愛いモチーフでしょ、気に入ってるんだ」

「……紋章、だと?」

 いそいそと胸元に仕舞い込まれるペーパーナイフに、さすがのグレイドまでも言葉を奪われた。


 王家の紋章。

 その威力は万国共通である。

 紋章入りの品一つで身元は保証され、王家の庇護下にあると解される。

 絶大な効力を発揮するからこそ滅多に授与されず、当然、易々と国外へ持ち出せるものではない。

 貰ってきちゃったと簡単に言うが、可愛い王子の頼みとはいえ、国王が寄せた信頼を物語る逸品である。

 小さくても国は国。

 背後にエンダンテ王国が付いたライルを、確かな証拠もなく誰が捕らえられるだろうか。


 ライル犯人説は、この瞬間に頭から立ち消えた。


「……直接の証拠にはならないが、ミルデハルト伯爵の後押しとその紋章で言い負かすしかないな」

 他人の威光を借りた力業こそ権力に弱い俺様貴族には効果的だと、グレイドが断言する。

「良かったですね、ライルさん」

 深く座り直し肩の力を抜いたシュリアに、ライルは笑いかけた。

「ありがとう、シュリア」

「何が?」

 小首を傾げても続きはない。

(私に、ありがとう?)

 はて、何をしただろうか。様子を気にして訪ねてくれたのはライルの方なのに。


 とりあえずの方針が定まったところで、グレイドは威圧感のある腕組みを解いた。

「秘密にするような事だったのか?」

「それも秘密」

「へえ、まあいいさ。ミルデハルト伯爵がお前さんを抜擢するには、壮大な計画があるんだろうよ」

 口をすぼめたライルは明後日の方向を向いた。

 グレイドにもその計画まで追及する気はないのか、会話が止まる。



 余韻が収まった頃、遠慮がちに切り出したのはライルだ。

「ところで、今日の客って……」

 ライルには、カイナルに再会してひどく驚いたことがあった。

 カイナルが所属していたのは栄光の王宮騎士団だ。ライルの認識ではそうだった。それが今や第三騎士団にいると聞けば、驚くなという方が無理だ。

 去年の夏に付きまとわれた伯爵令嬢が関係しているのか。気になる。気になるけれど直接は聞けない。

 密かに悶々と抱え込んでいたところ、突然、らしからぬ嫌悪感を隠しもせずカイナルが来客の予定を告げたのだ。

 件の伯爵令嬢だとすぐに察して、次に浮かんだのはシュリアの不安そうな顔。

 彼女は大丈夫だろうか。

 いてもたってもいられず、それでも夜になるまで我慢して、客室フロアに忍んで来たという訳だ。



 一方で問われたグレイドは、再び腕を組んで天を仰いだ。

 グレイドの経歴は伊達ではない。

 剣の評判は第三騎士団に止まらず、その関係から王宮騎士団にも顔がきく。必然的に、光の早さで噂話まで手に入った。

 王宮騎士団時代のカイナルを襲った災難も、彼が転属した後の大騒動も、背鰭尾鰭を含めて把握していた。

「あのお嬢様か……」

 ドルトムント伯爵令嬢の未来を変えた、発覚するにしては珍しい類のスキャンダルは記憶に新しい。

 しかし噂は噂、それが全てではない。

 詳しくは知らないがと前置きして、やんごとない方々が騒ぎ立てた何一つ面白みのない出来事を語り始めた。

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