21
渋々、本当に渋々。
「これ、秘密なんだけどね?」
明かす以上、どんな秘密も秘密にはならない。当たり前のことを分かっているはずのライルが大層な前置きをするから、シュリアは祈るように続きを待った。
「……就職先が決まりかけた、て言うと信じてもらえる?」
待たされた挙げ句、飛び出したのは意外な単語だ。
「え、何ですって?」
就職先。
(しかも、決まったじゃなく決まりかけた?)
はっきりしない言い方に、グレイドが無感動に切り返す。
「めでたいとも何とも言い難いな。一同を代表して祝ってやるから前後を話せ」
そんなに内緒にしたいのか。
何とか先延ばしにしようと足掻く心中を察して、同情さえ覚え始めたシュリアである。
かと言って、淡々と促すグレイドを止めることはしないのだけれど。
「だから、絶対に内緒なんだって。俺の就職が破談になったらどうしてくれるんだよ。鬼、悪魔、色欲魔!」
「最後の呼び名については後で話し合おう。安心しろ、我々には守秘義務がある。不必要と判断した話はほとんど忘れるようにできている」
「このまま冤罪でカイナル様に会えなくなってもいいの? カイナル様のこと好きなんでしょう?」
息を合わせて畳みかけると、ライルは何とも言えない顔になった。
「さっきから思ってたんだけどね。君が言う好きって、違う意味に聞こえるんだけど? 事実無根だから止めてくれないかな」
言葉にするのも気色悪いとしかめっ面だ。
「相手が女だろうが男だろうが惚れたものは仕方ない、しっかり胸を張れ、応援する。それより、決まりかけたのはどこのどんな仕事なんだ? まだ有効なのか?」
「応援されても流されても困るんですがね。仕事の方は、まだ有効だと信じてるよ。しばらくは秘密裏に事を進めたいって。だから、特にカイナル様に知られるのは避けたいんだ。間違いなく破談にされる」
説明されたのは、聞き捨てならない採用条件だった。
ただ、その一言が、グレイドに確信をもたらしていた。
「お前さんから喋ったんじゃなく暴かれたのなら言い訳がつくか? 隠し通して冤罪で突き出されてみろ、本末転倒だぞ。その雇い主に証言を頼むんだ、今はそれ以上に良策はない」
証言がもらえたら何とかなると、普段は想像で物を語らない騎士が明言する。
(もう、何が秘密よ! いい加減に観念しなさいよ!)
新しい雇用主の企みにライル自身も同調して、秘密を守りたいのは分かる。何としても喋りたくないのは分かる。
しかし今は、それどころではない。
状況を考えろと、罵倒する言葉が喉元までせり上がった。
だって、カイナルは。
(あなたのために!)
お手上げだと、目の前で肩を落としたカイナルの姿が脳裏に浮かぶ。
今のままでは、本当に本末転倒ではないか。
「ライルさん!」
無意識のうちに、両手はテーブルを叩いた。椅子が音を立てるのも構わず勢い良く立ち上がり。
「あなたのことを大好きなカイナル様がどれほど苦しんでいるか分かってるの? 先のことより今を打開しなきゃ、未来も何も手に入らないのよ! 大事な人をこれ以上苦しませないで!」
「だから、男色みたいに言うなって……」
消え入りそうな呟きまでも拾って、幼子にするように叱りつけた。
「そんな小さな事にこだわるなら、もっとカイナル様の身を心配しなさいよ。好きなくせに大切にしないなんて格好悪いわ!」
最後まで強く言い切ると、テーブルの中心に置かれたランプが振動を受けて光を揺らした。
ゆらゆら、ゆらゆら、ゆら。
三者三様の思いが交わる沈黙の末。
仁王立ち状態のシュリアに見下ろされて、ライルがぽつりと告白する。
「……誘ってくれたのは、ミルデハルト伯爵だよ」
小声に続くのは深い溜め息。
「伯爵様……?」
シュリアは、糸が切れたように座り込んだ。
「そう。どこまで使い物になるか分からないけど、屋敷で働きながら勉強して、使用人の頂点を目指してみないかって」
「伯爵様が、どうして?」
驚きすぎて、ぽかんと開いた口からは単純な言葉しか出てこない。
別段、ライルの能力を否定する気はないのだ。ただ、他の言葉が出ないだけで。
(頂点というと、執事様みたいな?)
思いがけないけれど、不思議とその姿は想像できた。
「まず、経緯を聞こう。伯爵とは昔から知り合いなのか?」
「もちろん。カイナル様に付いてミルデハルト城を訪ねた事もあるし、この屋敷でも何度も遊んでもらったよ」
特に幼少時代、末の甥っ子を溺愛するミルデハルト伯爵は、甥が兄のように慕うライルにも目をかけていた。
交流は国を出た後も続き、商人を介して旅先から手紙を出したこともある。春に出した手紙の返事が冬の終わりに届くという、気の長い話ではあったが。
「外国にいたお前さんに、どうやって誘いが来た?」
「俺、何回かは帰ってきてるんだよ。親父や兄貴は仕事仕事で忙しくて、家には母さんが一人で暮らしてるからさ」
「船は王都に?」
「一度だけよく分からない場所に着いたけど、本来、貿易船の出入りができるのは王都だけだからね」
ミルデハルト伯爵のタウンハウスに顔を出したのが昨年の夏。その時に誘われたのだと言う。
「カイナル様が、言い寄られてる頃だった」
意味深に視線を流されたのは、やはり、今日の来客を知ってのことだ。
「一年以上も前に話があって、今なのか?」
その間何をしていたと問われると、ライルは一転してにやりと笑った。
「世話になってた人から辞めてくれるなと泣かれちゃ、いくら何でも振り切れないさ」
自慢気に、内容まで聞いてくれと胸を張っている。
秘密を暴かれるのが嫌で粘っていたとは思えぬ変わりようだ。
はいはいと、グレイドが合いの手を入れた。
「で?」
「おっさん、雑過ぎない?」
「早く話せよ」
「ちょっとシュリア、この人感じ悪いよ!」
この二人、案外気が合う。
割って入るのも悪いようで、しかし頼られてしまったシュリアは仕方なく、何をしていたのかと話を振った。
すると、ライルは分かりやすく破顔した。
「俺、王子様にお勉強を教えてたんだよ」
またしても飛び出した意外な言葉に、今度はグレイドの口がぽかんと開いた。




