89.お約束
年を越して春も近くなったが、まだ雪深いある日。
休日を2日貰った稜真は、きさらとそらを連れてバインズの町にやって来た。
この冬で、そらの羽からは産毛が消え、頭には3枚の冠羽が生えた。尾羽も伸びている。冠羽と尾羽は、体の空色に比べて少し濃い色だ。冠羽は感情が高まるとぶわぁっと逆立つ。
ふわふわの産毛が消えたのを寂しく思う稜真だが、羽が生え揃い、オウムに似た丸っこいフォルムはそのままに、少し大きくなったそらは愛らしくも美しい。ステータスからは、幼体の文字が消えた。
少し大きくなったと言っても、稜真の肩に乗れない程ではない。いつものように、稜真の肩に乗ったり、きさらの頭に乗ったりと楽しそうにしている。
稜真が1人でバインズにやって来たのは、ギルドで依頼を受ける為である。何故ならアリアが、稜真と一緒にギルドランクを上げたいと言い出したのだ。
学園入学までに、2人で揃ってAランクが目標らしい。
(……無茶言うよなぁ。俺はDランクになったばかりだって言うのに)
次のランクアップには試験が必要だが、試験を受ける為には実績が必要。とにかく回数をこなそうと、依頼を受けに来たのだ。なんだかんだ言って1人で依頼を受けた事がないので、少し緊張している。
アリアの外出許可はまだ出ない。ユーリアンも滞在中なので、外出は無理だろう。話せば一緒に来たがるのが分かっていたので、ギルドへ行くと伝えて欲しいと、エルシーに伝言を頼んでおいた。
領主町のデルガドでは、『アリア様の従者』という目で見られるのがどうにも落ち着かず、バインズまで来たのだ。きさらを連れて門を通る時に驚かれたが、伯爵からの通達が行き届いていたので、何も言われなかった。
きさらをギルド横の厩に繋ぐ。馬を持つ冒険者は少ないのか、ガランとしていた。
「きさら、そら、ここで待っていてね」
『はーい!』
『わかった~』
きさらはうつ伏せになると、大きなあくびをして居眠りを始めた。そらは背中に乗って、きさらの毛繕いだ。
稜真はギルドに入り、依頼板をチェックする。
(2日しかないから、遠出する訳には行かないよな。きさらに乗れば、離れた場所の依頼も可能だけど)
今無理をすれば、稜真も外出禁止になる。無理をしない範囲で受けられる依頼を探す。
「おいお前、アリア様の腰巾着じゃないか」
順に依頼をチェックしていると、見知らぬ男に声をかけられた。
(ああ、これがお約束というやつか。いつもアリアといたから、絡まれなかったんだな)
若手の冒険者だろう。金茶の短髪の男が、目を細めて稜真を見下ろしていた。
「お前、アリア様のお陰で、ランクを上げて来たそうだな?」
(まあ…アリアのスパルタのお陰だから、間違いではない…のかもね)
「で、それが何か?」
「何か、じゃねぇ! アリア様のお側にいたい者は、たくさんいるんだよ! お前がふさわしいかどうか、試させろ!」
稜真の返事が気に入らない男は声を荒げた。
「試して貰うのは構わないけど、どうやって?」
「俺と手合わせしろ!」
「それで納得して貰えるなら、俺は構わないけど」
お約束は避けられないものなのだろう、と稜真はあっさり受け入れた。
ギルドには訓練用の室内施設があり、こういう場合はそこを使うそうだ。男の案内で稜真は訓練場に向かう。
今ギルドにいるのは、Dランク以下の者ばかりだ。高ランクの者は依頼で出払っている。冬場の魔物は餌に飢え、凶暴で強い。その為、低ランクの者は近場の依頼や町中の依頼を受け、ギルドの訓練場で腕を磨くのだ。
適当な依頼を探し、または訓練に向かおうとしていた者達が、手合わせの話を聞き付けた。
「おい! あいつを倒したら、アリア様のお側に仕える事が出来るらしいぞ!」
「なんだと!?」
「本当か!? 俺もやる!」
先頭に立って魔物を倒して来たアリアは、領地を救ったに等しい。伯爵令嬢であると知らなくとも、領民の憧れの的であり、冒険者のアイドル的存在なのだ。そのアリアに仕えられるという間違った噂を聞いた者が、訓練場の壁際に列を作った。
「なんだ? 順番待ちが出来ているんだけど?」
「お前。よそ見するとは、随分余裕だよな」
男はムッとした。
「ああ、悪い」
この男には悪気を感じない。アリアの事を思って挑んで来たのだろうから、稜真は男を悪く思っていないのだ。
訓練場には様々な種類の武器が用意されており、各人の得意武器で訓練が出来る。どれも刃が潰されているので、ひどい怪我を負わせる事はない。
稜真と男は、普通の剣を手に取った。最近は木刀での鍛錬が主だったが、それまでは剣を使って戦っていたのだから、大丈夫だろう。腰の迅雷から不満が伝わるが、今は我慢して欲しい。
相手の男はエイブと名乗った。ギルドランクは稜真と同じDランクだ。同じランクの者と手合わせするのは初めてで、相手には悪いが稜真は楽しみだった。
以前戦ったマドックもDランクなのだが、名前と同じく稜真の記憶には残っていなかった。
「行くぞ!」
「どうぞ」
エイブの打ち込みを、稜真はあっさりと受け止める。
(Dランクって、こんなものなのか? ユーリ様よりも弱いな)
稜真は危なげなく受け続け、隙を見て懐に入り込むと、エイブの剣を弾き飛ばした。
「くそ!」
息を切らしたエイブが下がると、「次は俺の番だな」と、中年の男が稜真の前に出た。
(…ああ、やっぱり順番の列だった。色んな相手と戦うのも、いい経験にはなるよね)
お約束には、納得が行くまで付き合うべきだろう。そう考えた稜真は中年の男にもあっさりと勝った。
次から次へと相手は変わる。斧使いやナイフ使い、アリアと同じ大剣を使う者もいた。戦った事のない武器の遣い手。また、同じ武器でも遣い手が違うと動きも違う。
勉強になるなぁ、と稜真はのんきに考えている。時折危うい場面もあったが、なんとか連勝を重ねた。
「あいつ。強いじゃないか…」
「誰だ? アリア様のお陰でランクを上げてたって言った奴は」
「皆で言ってたじゃねぇかよ」
「なぁ。ここで全員やられたら、さすがに面子が潰れねぇ? こうなったら、残り全員でかからないか?」
「それは卑怯だろう?」
「いくらなんでも、年下の奴に全員でかかるのは、外聞が悪いって」
「でも俺らじゃ、歯が立たないしよぉ。せめて、一矢報いたいよな」
ギャラリーのそんな声は、稜真に届いた。
「全員でも良いですよ。俺も練習になるから、有り難いです」
「よし、よく言った! その言葉、後悔させてやるぜ!」
最初にやられたエイブが元気に叫んだ。
(あ、あいつ復活した)
参加者は10人を超えた。四方からかかって来られたが、連携が取れている訳ではない。稜真は冷静に判断して、1人あるいは2人ずつ、倒して行く。
「何やってるの~?」
のんきな声で聞いたのは、屋敷を抜け出して来たアリアである。
稜真がギルドに行ったと聞いて、追いかけて来たのである。依頼を受けるならバインズだろうと、すぐに見当はついた。
答えたのは、騒ぎをのぞきに来ていたギルド長のガルトだ。
「リョウマに勝ったら、奴らの願いが叶うってな。張り切った連中が手合わせしてんだと」
「ええっ!? 勝ったら稜真が、なんでもお願いを叶えてくれるの!? 私もやる!!」
「いや、そんな事言ってねぇ…って、聞いちゃいねぇや…」
訓練場に用意されていた剣を取り、アリアが参戦する。ひと息に稜真との間合いを詰め、横凪に切りかかった。
「うわっ!?」
稜真はとっさに剣で受けたが、今までの相手とは段違いに重い剣に感覚が狂う。
「ちょっとアリア!? 今まで何人相手したと思っているんだよ! お前が混じるな!」
「だって、面白そうだもん。稜真に勝ったら、なんでもお願いを叶えてくれるんでしょ?」
「はぁ!? 俺は知らないぞ! 大体どうしてここにいる!?」
「抜け出したに決まってるじゃないの~。置いて行くなんて、ひどいよ!」
「置いて行くなんてって、な! 俺は休みなんだぞ!?」
「休みだって、稜真だけずるいもん!! 私が大変な思いしてるのに、1人でこんな楽しそうな事してさ!」
「それは俺のせいじゃないだろ!?」
「指を腫らして頑張ってるのに!」
「だから! それは俺のせいかっ!?」
アリアと稜真は話をしながら、ものすごい勢いで打ち合っている。
「……なぁ。あいつ、アリア様の攻撃受けながら、よく話してられるよな?」
「今まで何人が相手したっけ?」
すげぇよなぁ…と、稜真に倒された面々が感嘆して2人の戦いを眺めている。
「むぅ…! 絶対勝って、言うこと聞いて貰うもん! あんた達、私が正面から稜真の相手するから、死角から襲いかかって!」
「「「「「「「「「了解しました!」」」」」」」」」
余力のある男達が稜真の周りを囲む。
「げっ…! それはあんまりだろ!?」
「ふふん。アリア様のご命令だからな、勘弁しろや。」
「ガルトさん!? どうしてギルド長が混じっているんですか!」
「お前見てたら、血が騒いだ」
「くそっ!」
稜真はアリアに対しては剣で対しつつ、その他の人間には体術で対応する。それまでは剣しか使わなかったのだ。
アリアの剣をはじいた隙に体を捻り、背後からかかってきた人間を蹴り飛ばす。力加減が出来ず、何人かまとめて飛んで行った。アリア1人がいるだけで、先程のような余裕は稜真からはなくなっていた。
──そして。
「よぉっし、勝った!!」
立っているのは、アリア1人。稜真を含めた全員が床に転がっている。
稜真が倒した者もいるが、アリアの攻撃の余波で倒れた者の方が多かったりする。
「はぁはぁ…はぁ」
稜真は声も出ない。
「何をお願いしようっかなぁ。うふふ~」
浮かれるアリアの背後から、こっそりと人影が近づいた。しゅるり、とアリアに縄が掛けられる。
「うげっ!?」
「アリアヴィーテ様、捕獲しました!」
ラリーとマイケルだ。久しぶりにアリアの捕獲に駆り出されたのである。稜真と目が合うと、2人は苦笑いした。
「よぉ。お疲れさん」
ラリーの言葉に、稜真は寝転がったまま、なんとか返事をする。
「もう少し…早く、捕獲して…欲しかった、ですよ」
「無茶言うなよ。あんな乱戦の中に入れるか」
マイケルが同意するように頷く。
「…はぁ。ですよね」
稜真と話しながら、ラリーとマイケルは、アリアを縄でぐるぐる巻きにして行く。
「屋敷へ連行します。早く馬車へ放り込みなさい」
「オズワルド!? なんで~!? 見つかるの早すぎ!!」
「こんな騒ぎを起こして、見つからないと思っていたのですか? それにリョウマは、こちらのギルドへ向かうと私に報告していました。ですから、お嬢様の居場所はすぐに見当がつきました」
「わ~ん! 稜真ぁ、助けて!」
ようやく息が整った稜真は、体を起こした。アリアを助ける気は毛頭ない。にっこり微笑んで手を振ってやる。
「無理。頑張っておいで」
「嘘ぉ……」
「オズワルドさん、今から依頼受けたいので、明日帰ります」
手合わせに時間を取られたので、今日中に帰るのは無理だと判断した。
「分かりました」
「稜真だけ、ず~る~い~~~っ!!」
アリアの叫び声が遠くなって行った。
(ずるいってなぁ…。誰の為に依頼受けに来たと思っているんだか)
「……それで? 試した結果はどうでした?」
未だに起き上がれず、床で倒れているエイブに問いかける。
「悪かった。あのアリア様のお相手は、俺には無理だ。と言うか、お前にしか無理じゃないか?」
「アリアのストッパーは、もう何人か欲しいんだけどなぁ」
他にも倒れている人間がいる。根性のある奴はいないものか、と稜真は見回してみる。
「「「「「「「「無理です…」」」」」」」」
声の出せる者は声を揃え、声も出ない者は首を振る。
「はぁ…頑張るとするか」
稜真は立ち上がると、依頼板へ向かった。
「よく動けるよな…。あいつ」
床に転がったままのガルトが、呆れたように言った。本人の自覚は薄いが、稜真はスタンリーとの鍛錬の再開に加え、きさらとの遊びで体力が上がっているのである。
「ギルド長。ここで転がっていて、いいんですか?」
「良くないが動けん。リョウマの野郎、容赦なく蹴り飛ばしやがって…」
面白がって参加したのは確かだが、思っていた以上の力強さと動きに翻弄されたガルトなのだ。
──いつまでも戻って来ない事にしびれを切らしたパメラが呼びに来るまで、ガルトはそこで寝転がっていたのである。




