737.なつやすみのしゅくだい 5
翌日にはエドウィンの熱も下がり、稜真と一緒に取材の続きに出かけた。
他の者の取材も順調に進み、残りは編集作業となった。ここまでほとんど役に立っていなかったアリアが、いよいよ出番だ!と張り切っている。
ルディはスケッチを元に、細密画の仕上げにかかった。正確で美しい絵は共同研究の要になる。アリアは追加でいくつかの絵を頼んだ。
サディアスも自分のスケッチを元に、巣の分解図を描いていたが、こっそりため息をついた。ルディの絵を横目で見ると、素晴らしい出来映えなのだ。
絵は見るのも描くのも好きだが、自分に才能はないと見せつけられる気がした。
芸術の授業はピアノを選んだサディアスは、幼少期からピアノを習っていた。
バイオリンの才能があったエドウィンの側にいるなら必要だと考えた、父の勧めだった。バイオリンの才ではエドウィンに並ぶのは難しいから、違う楽器にしようとピアノを選んだのに、まさかエドウィンがあれだけの才能をあっさり捨てるとは。
ちなみにディアンも何か楽器を習うよう勧められたのに、性に合わないとあっさり断っていた。幼い頃楽器練習をする2人を横目に、優雅にお菓子を食べていたものだ。
芸術の授業は、ピアノにするか絵画にするか迷った。
優れた美術品に目がないサディアスは、特に絵画鑑賞が好きで、勉強の合間に絵を描くのも好きだった。結局教師の勧めでピアノの個人授業を受けている。惰性で続けているピアノも今では好きになっているのでかまわないが、同級生の才能はうらやましかった。
それはさておき。図解を描くと名乗りを上げてしまったが、思っていたよりも楽しい作業となった。
巣材を運んで来たあの3匹の蜜蜂が、サディアスの補佐役についてくれた。
もふっとした蜜蜂が可愛く手を振り、触角を動かし、羽を震わせる。蜜蜂のボディランゲージに対する理解が深まって、意思疎通もスムーズになった。
真剣に。
時には微笑みを浮かべて蜜蜂と交流するサディアスは微笑ましく、アリアの指示でその様子をルディが描いた。サディアスが描いた巣の図解と説明文の隣りに載せる予定だ。
稜真とエドウィンが取材した料理レシピは、全員の希望で再現され、味の感想も集まった。ルディは料理の絵も描かされて大忙しである。
ミルティアとヤンから聞くべき話は聞き終えたディアンは、書き物に熱中している。
唯一順調ではないのがビリーとステファノだ。
働き蜂密着取材は、町の外と中の2パターンを行った。時間、移動距離、採取した蜜の量など、内容は良かったのだが、字が汚い! 分かりにくい!とアリアにダメ出しをくらってしまった。
「なんだって俺等まで…」
「……はぁ」
「兄貴の記憶が頼りなんだよぉ」
「助けてぇ」
護衛として同行しただけのナディムとロベルトも強制参加だ。
ナディムとロベルトは、学園に通わず冒険者になった。
読み書きは出来るし、ギルドの調査依頼を受けた経験もあるので、ある程度まとめる作業は出来るが、今回の依頼とは関係ない作業である。
それでも協力しているのは、休憩時間には稜真の手作りおやつが出るからだ。
慣れない作業に頭痛がしても、たとえ追加報酬がなくても。文句を言いつつも満足な2人であった。
それなりに、まとめ作業は順調に進んでいる。
順調とは言いがたいのが、ミッキーとティアラだった。
好感度アップには雑用依頼だろうと、町の中でこなせる依頼を受けている。今日は屋根の修理を終わらせて、次の依頼に向かった。
「中々好感度が上がらないのはどうしてだと思う?」
『変態度が上がっているからよ』
「そんなもの上げてないよぉ…」
ティアラに捧げる愛の言葉も行動も控えめにしているし、ティアラも制裁は控えている。だが、ここは辺境のメルヴィル領だ。2人の控えめは、充分遠巻きにする行動だった。
下心があっても献身的に依頼を受けるミッキーに、依頼する人間は増えた。
「ヂューッ!?」
丸々と太ったネズミを仕留めたティアラは、ミッキーの足元に積み上げる。猫サイズになっている自分と同じ大きさのふてぶてしいネズミだ。
依頼は倉庫のネズミ退治である。
「おやまぁ、こんなにいたのかい。助かったよ。あんたは優秀な猫使いだねぇ」
「ふっふっふ。僕の愛しいティアラはねぇ、猫じゃなくてクアールなんだよぉ。今は小さくなってるだけ」
ミッキーがチラッとティアラに視線をやると、了解したティアラは少し大きくなって、触手で壁の穴に隠れたネズミを捕まえた。
「こりゃすごいっ!」
「猫使いはねぇ。王都ではリョウマ…アリア様の従者君の異名なんだよぉ」
「ほほう! 詳しく聞かせてくれるかい?」
「いいよ」
依頼主への説明を、ミッキーを監視している蜜蜂も静かに聞いていた。
──さて。
妖精種の蜜蜂共同研究のまとめ作業は終了した。アリアの指導の下で、細密画と文章を組む作業も終わった。
メルヴィル領デルガドに巣を作った妖精種の蜜蜂の基本的な生態。
1日の行動。
食料にする植物について。
巣の外観、中の構造。
女王と夫君の細密画には、2人の手形が押された。
蜂蜜を使った料理レシピ集。
蜂蜜や蜜蝋を使った薬品や化粧品の名前と効能。これは薬師のロビンに聞いた。
これらを1冊に閉じた共同研究は、学園で2部複写する予定だ。──複写機は錬金術製のコピー機で、多くの生徒に渡すテストや教材はこれで複写されている。
完成した共同研究を読んでいた稜真の頬は引きつっていた。
「………これは?」
「私達の愛は、レポートには収まらないの!」
「ああ! 収まるわけがないさ!」
ルールルー、と手を取り合って宙でダンスをするミルティアとヤン。
すでに稜真以外は全員まわし読みを終えている。稜真はレシピの再現や、ねだられたおやつを作っていて最後になっていたのだ。
問題の箇所は、ディアンが担当したミルティアとヤンの取材を元にした小説だった。
当初は聞いた話をまとめるだけだったのに、アリアの発案で変化したのだ。ついでに悪ノリした夫婦の大げさな表現とディアンの想像力により、恋愛小説が誕生してしまったのだ。
『愛のメモリー』と題されている。
5年毎に行われる妖精種の蜜蜂の集まりで2人は出会った。
1目で引かれ合った2人だが、美しいミルティアに目を留めたのはヤンだけではなかった。
ミルティアをめぐるライバルとの争いを乗り越えて2人は結ばれる。
巣立ちまでの準備期間、2人は母の巣で様々な事を学び、子供を育てていた。そこへ現れる黒い影。
恐ろしい黒い影は子供達を魅惑し誘惑する。
黒い影は微笑むだけで子供達を懐かせてしまうのだ。
(黒い影の脅威なんて聞いたことがないぞ? …嫌な予感がする)
「………仕掛け人はアリアか?」
「えへ。ちゃんとミルティアとヤンの話を元にした創作ですって注意書き入れたし、この方が読者の心をつかむでしょ?」
「共同研究に読者は必要ない。──ディアン。まさかとは思うが…あの黒い影にモデルはいないよな?」
「えー。俺はお二方から聞いた話に少々脚色しただけだからー」
ディアンがそそくさと目をそらしたが、女王夫婦はあっさり裏切った。
「モデルはリョウマよ?」
「私達の子供を誘惑出来るのはリョウマしかいないさ!」
「人を魔物扱いするなっ!!」
「魔物とは書いてないもの」
「「ねー」」と無邪気に笑うミルティアとヤン。
黒い影の部分を削除しろという稜真の抗議は、誰にも受け入れられなかったのである。




