78.……と保存食作り
7日目の朝。稜真は爽快な気分で目が覚めた。
『おはよ、あるじー』
「おはよう」
そらは体をふくらませて、ふくふくとしている。今日も冷え込みが厳しい。日に日に冷え込みが厳しくなっているように感じる。
稜真の部屋は、暖炉が唯一の暖房だ。夜は灰を被せて就寝している。部屋の中でも吐く息が白い。
朝には燠火を熾して暖をとるが、今日も1日厨房仕事なので、そのままにして手早く着替える。
(……温かいな)
着替えた服は、手芸用品の買い物を頼んだ時に、エルシーが買って来てくれた物だ。
『リョウマ君は、冬物をあまり持っていないでしょう? もう寒いのに、薄手の服しか着ていないんですもの。お節介かと思いましたけど、買って来ちゃいました』
そう言って、ハイネックのセーターや靴下等をくれた。上着もいるだろうし、好みもあるから外出許可が出たら自分で買いに行くように言われた。
(本当にありがたいよな)
今まで持っていた薄手のインナーと重ね着すれば、充分に温かい。特に厚手の靴下はありがたかった。石造りの屋敷は、足元から冷えるのだ。代金はちゃんとエルシーに返した。
洗面をすませると、まずは朝食だ。
『ごはんー。ごはんー』と、そらが稜真の肩で歌う。そら用にも料理長は朝食を作ってくれるが、稜真の皿から分けて貰うのも楽しみなのだ。
朝食を終えると、そらは外へ遊びに行った。
窓から出さなくても、そらは自由に出入り出来る。
スタンリーが燻製小屋を作る片手間に、外との扉の1部に手を加えて自由に出入り出来るようにしてくれたのだ。
お陰でそらは窓の外から稜真の様子を確認したり、時々中に入っては、廊下に置かれた止まり木でひと休みしている。ちなみに止まり木もスタンリー作だ。食堂用があるのに、わざわざ厨房前用にも作ってくれたのだ。
感謝したそらは、朝食の木の実をスタンリーに差し出していた。
「おはようございます。料理長、今日は何をするんですか?」
「おはよう。さて、何からやって貰うかな」
稜真は厨房の手伝いが楽しみでならない。料理長も、自分を慕ってくれる稜真を弟のように可愛がっている。
──そんな2人に怪しい視線を向ける人物がいた。
(ふふっ。稜真ったら嬉しそうにしちゃって~。犬耳と尻尾が見える気がするね! 料理長に向かって、ぶんぶん尻尾振ってる感じ。おじ様と犬耳尻尾の稜真かぁ。うふ…うふふふふふ…)
忍んでいるアリアは、料理長と稜真を見ながら妄想にふけっている。
「……料理長。急な用事が出来たので、先に片付けて来ます」
「急な? ああ、行って来い」
(…ん? 稜真の用事ってなんだろ? はれれ? どうして真っ直ぐにこっちに来るの…。ま、まさか! 見つかった!?)
アリアが隠れているのは、厨房の棚の中だったりする。
入っていた大きな鍋類は全て使用中で空になっている。アリアは、これ幸いと潜り込んだ。料理長が来ない早朝から入り込んでいたので、当然朝食抜きだ。
棚の奥に隠れられる物は何もない。せめて光が届かない場所に移動したが、扉を全開にされればどうしようもなかった。
「……お嬢様」
底冷えのする声に、アリアは冷や汗が出る。アリアからは逆光になって表情が見えないが、稜真が冷たく笑っているのが感じられる。
(ひいいぃぃぃ~~!?)
「…こんな所で…何をなさっておいでです?」
稜真はアリアを引きずり出した。
「はぁ!? お嬢様、いつの間にそんな所へ…」
料理長が唖然としている。
「さてお嬢様。少々お付き合い頂けますか?」
「わ、私、今からお母様とレッスンがあるので、遠慮いたしますわ」
「お時間は取らせませんので、遠慮なさらず。黙って着いて来て下さらないと、冒険中はお嬢様だけ保存食になりますが、よろしいですか?」
「……よろしくないですぅ」
口調だけは丁寧な稜真は、アリアの襟首を掴んで連行した。連行先は、ピーターが入っていた例の倉庫である。
「──それで? さっき何を考えたのか、聞かせてくれるかな?」
にっこりと微笑んでいるのに、目は笑っていない。
「な、何も考えてないよ?」
誤魔化そうとしたアリアは、上目遣いに稜真を見上げてみた。
稜真はアリアとじっと目を合わせる。
「…目が泳いでいる。料理長と俺で、良からぬ事を考えただろう?」
「どうして分かったの!?」
「やっぱりか……」
稜真はアリアの頭に拳骨を落とした上で、グリグリと両手の拳でこめかみを抉る。
「なんでもBLに持って行くなと! 前に! 言わなかったかな!!」
「痛い痛い! わ~ん! ごめんなさい!!」
「ったく!」
「ううぅ…。痛かったよぉ」
「この間からの分が貯まっていたからね」
「この間から……。そうだよ! 稜真ってば、私が妄想する気配に敏感過ぎない? 私があそこにいたのも、どうして分かったのよぉ。隠密スキルも使ってたのにさ……」
アリアはこめかみを押さえながら、涙目で言った。
「隠密スキル…ね。どうしてだか分からないけど、不穏な気配と視線を感じたんだよ」
「うう…稜真ってば、もしかして気配察知とかのスキル持ってるのかな…。それ困るよぉ」
うっかり妄想が出来ないではないか、とアリアは思った。
「困ると言われても。それにアリアが妄想するシチュエーションは、大体分かるからさ。そんな時に気配を感じたら、アリア以外にあり得ないでしょ?」
「…だから、どうして分かるの~?」
「俺がその手の仕事をどれだけやって来たか、アリアは知っているよね?」
「そう言えば稜真様って、BLのお仕事たくさんやってたっけね。アニメにゲームにドラマCD。あ~、だからか~」
アリアはがっくりとうなだれた。
「……もしかして、全部持っていたとか?」
「え? もちろん」
「んな、あっさりと……」
アリアがBLに詳しいのは知っていたが、全部持っていたとは…。
(アリアに聞かれていたと思うと、恥ずかしいんだけどな。際どい物も、山程あったからなぁ…。受けやら受けやら受けやら攻めやら18禁やら。……今更だけど、ね…)
思い起こしてみると、少々偏りがあった気がするが、それは置いておく。
「とにかく! 俺をネタに妄想しない!」
「だって~。刺繍辛いのよぉ。癒やしを求めたって、いいでしょ~」
「俺の妄想で癒すな…」
「だってだって! 刺繍なんだよ? ちまちま縫うなんて、無理なのよ~!!」
「そう? 縫物も割と楽しかったけどな」
「暇つぶしにパッチワーク始めるような人と、一緒にしないで欲しいのよ……」
「あんまりにもやる事がないから、アリアと一緒に刺繍習おうか、なんて考えたよ」
「やめて~。マジでやめて~。稜真がすぐに上達して、私がお母様に呆れられる姿が目に浮かぶの~」
「あ、はは。今はやる事が出来たから、刺繍までやらないって」
「そうしてくれる? 私も頑張ってるんだけど、全然上達しないの…。それでね」
アリアは両手の指を組んで、稜真を拝むように見上げた。
「癒しがないと頭がおかしくなっちゃうの。だから妄想くらいは、大目に見て欲しいなぁ」
「駄目」
仕事と現実は別だ。自分を見ながら妄想されるのは、許容できない。
「……ああ。妄想で思い出したよ。アリア。エルシーさんにオブラートの話をしたんだってね。萌え萌えって、どういう事かな? 人が苦しんでいたのに…さ」
ふふふっ、と稜真は笑う。
「だ、だってね? あの時の稜真、すっごく可愛かったんだもの。目が潤んじゃってさ~。あれで萌えるななんて、無理だもん! それでもその場では我慢したもの。誉めて欲しいくらいなのにさ…」
「誰が誉めるか! ったく!」
「う~。努力はするけど、本能みたいな物だから、多少は大目に見て欲しいな~なんて?」
「本能…。せめて、俺を目の前にしての妄想は止めてくれる?」
「…うっ…頑張ってみる……」
「頑張らなきゃ…駄目なのか…」
体調とは関係なく、めまいが起きそうな稜真であった。
『あるじー、どこー? あるじー!』
そらの声だ。泣きそうな声に、稜真は慌ててそらを呼んだ。
「そら! こっち。俺はここにいるから!」
扉を開けて叫ぶと、そらが飛んで来るのが見えた。みぞおちに来るかと思わず身構えたが、そらはちゃんと覚えていたようで、稜真の胸に飛び込んで来た。
『あるじ、だめよー。いっぱい、さがした。いないの、そら、しんぱい!』
「ごめんね、そら」
稜真は小さく震えるそらを、そっと抱きしめた。
そらは顔を上げると、アリアをキッと睨んだ。
『アリア、ばかー!!』
「なんでよ!?」
『あるじ、いない。こっちいた、アリアのせい。でしょ?』
「う…」
「そうだね、アリアのせいだよね」
稜真はそらの頭を撫でてやる。
「そうだ。そらにお願いがあるんだ」
『あるじの、おねがい? なぁに?』
「俺はずっと厨房にいるからね。夕方まで、そらはアリアを見張っていてくれないかな?」
そこでちらりとアリアを見た。
「……抜け出さないように、ね」
「うげっ!?」
『でもそら、あるじのこと、たのまれた』
「厨房にはエルシーさんもいるし、トイレ以外は厨房から出ないよ。忙しいからね」
『わかった、そら、がんばる!』
稜真はアリアに聞かれないように、小さな声でそらに言う。
「頑張っている所が見たいって、言ってやって。それと、時々褒めてやって。おねえちゃんって、すごいねって」
『ん、わかった』
そらはアリアの肩に移動する。
『おねえちゃ、いこ。そら、おねえちゃ、がんばるとこ、みたい、な?』
言われたとおりに、頑張って長文を話すそらが微笑ましい。稜真はクスッと笑って、アリアをうながした。
「ほら、お姉ちゃん。そらに見せてあげたら?」
「なあ~んか、乗せられた気がするけど…。よ~し! 見せてあげる。行こうか、そら!」
それからのそらは、夕方までアリアの側にいて、稜真を厨房まで迎えに行くのが日課となるのである。
厨房に戻った稜真は、昨日の続きで肉の処理だ。
塩漬け肉にし、脂身からはラードを取った。残った細かいくず肉は、挽き肉器でミンチにしていく。上から肉を入れハンドルを回すと、挽き肉になって下に落ちて来るのだ。
「リョウマ君、腕が疲れない?」
エルシーが心配そうに言った。
「ちょっとだるいけど、楽しいです」
「挽き肉にするのが、1番大変なんだがな。楽しいとは変わっているな」
さすがに2頭分のくず肉は量が多く、交代しながら処理を続けた。
出来た挽き肉に料理長が調味料を加える。
ソーセージは腸詰めにしない方法もあるが、料理長は詰めて作る。羊の腸の塩漬けを水につけ、塩抜きしてあった。
絞り袋に入れた挽き肉をセットした腸に絞り出すと、にゅるにゅると挽き肉が腸に入って行く。長く伸びた物を12~3センチ位ずつキュッと捻ると、見慣れたソーセージの姿になるのだ。
「リョウマ、楽しそうだな」
「はい。楽しいです。昔からやってみたかったんです」
「いつもは茹でてから外の小屋で凍らせておくが、せっかく燻製小屋が出来るんだ。今年は燻製にしてみるかな」
味見にと、出来たてのソーセージを、料理長が3人分茹でてくれた。
「うふふ。厨房のお手伝いは、これが楽しみなんですよね」
エルシーも嬉しそうだ。ソーセージは、噛むとパシッとした歯ごたえで、口の中に肉汁が溢れた。
「美味しいですね!」
「自分で作ると格別だろ? ま、今年も美味く出来たな」
確かに厨房の手伝いは役得である。次は何をするのか、稜真は楽しみでならない。




