77.保存食作り
少々落ち込んだ稜真だが、正直書類仕事よりも楽しみだったりする。その気持ちが伝わり、そらも楽しそうに「クゥクゥ」喉を鳴らす。
厨房の手伝いでは、そらを中に入れる訳にはいかないので、その間は外で遊んでいて貰う事にした。窓を開けると、冷えた空気が流れ込む。
いつも暖かい部屋で稜真と一緒にいるそらだが、寒いのも好きなのだ。パタパタと元気よく飛んで行った。
「料理長、お手伝いに来ました」
「おう、リョウマか。久しぶりだな」
帰宅してからずっと部屋に閉じ籠っていた稜真は、帰宅の挨拶も出来ていなかった。
「はい。お久しぶりです」
稜真は貰った食材やスープストックの礼を言う。
「──そうか。役に立ったなら何よりだったよ。手伝いは助かる。…と言っても、スタンリーが戻るまではのんびりしたもんだがな」
「リョウマ君。今日は腹筋してないでしょうね?」
作業の手を止めて、エルシーは稜真を睨んでみせる。
「あれ以来していませんって。ちゃんと大人しくしています」
「大人しく、ねぇ」
コツコツ、と窓から音がした。見るとそらが中をのぞいている。稜真が手を振ると、そらは満足したように頷いて飛び立った。
「まぁ。そらちゃんったら、頼りになるわね」
「ははっ。厳しいお目付け役ですよ」
スタンリーは早朝から、郊外の牧場に出かけているそうだ。
伯爵家では豚の子を購入し、育てて貰っていた。それを屠殺して持って来るのだと言う。
肉が届くまでやる事はないのかと思いきや、様々な準備があった。まずは保存食作りに使う、各種サイズの瓶を煮沸消毒だ。
いくつもの大きな鍋に、瓶と蓋と水を入れ、グツグツと煮込む。沸騰してから10分程煮込んだら、取り出して布の上に伏せて置いて行く。
「たくさんありますね」
「ひと冬分だからな。色々と作るぞ。きのこのオイル漬け、ピクルス、果物のジャムとかな。もう少し早く帰って来たら、お前に採りに行って貰ったんだがな」
「…行ってみたかったです」
秋の恵みを採って保存食にするのは、毎年恒例なのだと言う。
「来年は一緒に行きましょう。教えてあげるわ」
エルシーがくすくすっと笑いながらも慰めてくれた。
「冬だけじゃないぞ。夏にもピクルスを仕込むし、トマトソースも仕込むな。季節ごとにやる事は満載だ。時期を教えておくから、その時は屋敷にいてくれると助かる」
だからそんな顔をするな、と料理長は苦笑しながら稜真の頭を撫でた。自分は余程残念な顔をしたらしい。
「……楽しみにしています」
恥ずかしさに、頬が熱くなるのを感じた稜真であった。
メルヴィル領は国の北端に位置し、冬は厳しい。この時期は皆、本格的な冬が来る前に食料を貯えようと、大忙しなのだと言う。
伯爵家ではアイテムボックスのスキル持ちは、アリアと稜真だけだ。常にいないであろう人間に、食料の保存は頼めない。冷蔵の魔道具はあるが、大量の肉を長期間保存するには向かない。
この世界の1年は12カ月で、順に1月から12月と月が巡る。季節の移り変わりも、この国は日本と変わらない。今は12月。師走とは言わないが、忙しい時期に変わりはないようだ。
まだ雪は降っていないが、朝晩の冷え込みは厳しい。部屋に籠もりっぱなしの稜真には実感が薄いが、桶に水を張っておくと、朝にはカチカチに凍り付くのだと言う。
「雪が降ってしまえば、外の保存小屋に置いた肉なんかは、カチカチになるからな。そのまま生で置いておける」
解体したままぶら下げた肉はカチカチに凍るので、肉が欲しい時は斧を使って取って来るのだそうだ。その肉を狩りに行くのは、アリアかスタンリーだったが、今年アリアは無理だろう。
「肉を斧で…」
稜真は目を丸くして聞き入った。
凍ったら不味い南瓜や芋等は、地下の倉庫に入れてある。そこは以前、ピーターが捕まっていた倉庫だ。夏に仕込んだピクルスとトマトソースも、棚にきちんと並べられている。
以前は補助金を出して、各村や町に最低限の冬の食料を蓄えるように指示していたが、最近では補助金を申請してくる村や町は殆どなくなった。皆が豊かになってきた証拠だろう。それでも不作になる事もあるので、申請はゼロではない。
何かあった時の為に、保存食は多めに作っておくのだ。
「燻製にはしないんですか?」
稜真は尋ねた。肉の保存と言うと、燻製のイメージがあった。
「燻製か。ひと通りの知識はあるが、やった事はないな。……やりたそうだな?」
「いや、あの……はい」
「鍋で作る方法もあるが…。ふむ。燻製小屋があれば、まとめて1度に作れるな。スタンリーにやらせるか」
「師匠にですか?」
「あいつはこの時期、暇なんだよ。せいぜい肉を確保に狩りに行くくらいだ。マイケルとラリーも手伝うだろうし、帰ったら旦那様に許可を貰いに行かせるか…」
マイケルは御者、ラリーは庭師だ。アリアの捕獲という仕事がなくなったマイケルは、比較的手が空いている。ラリーは庭木の雪対策が終われば、こちらも手が空く。
料理長は燻製小屋に必要な資材をメモする。
「リョウマ。他に思い付くか?」
「たくさん吊せるように、肉を引っ掛ける釘がいりますよね。…あとは、燻製用の薫りのいい木くずの用意でしょうか」
「木こりに聞くか、木工細工師に聞くか…。どうせ建てるのに木材がいるからな。調達ついでに、スタンリーに聞いて来させよう」
「でも料理長。忙しいのに、手間がかかりませんか?」
「いや、塩漬けにした肉を燻すだけだからな。燻製の管理もスタンリーにやらせれば、こっちは塩漬けの準備だけだ。かえって、いつもよりも楽になるかもな」
料理長と打ち合わせをしていると、スタンリーが帰ってきた。
「お帰りなさい、師匠」
「おうリョウマ、久しぶりだな」
そう言ってスタンリーは、稜真の頭をくしゃくしゃっ、と撫でた。
料理長は早速燻製小屋の話をした。
「燻製小屋を作れ? 俺がか?」
「なんとかなるだろう? 大工の息子」
「そりゃ、大体の設計図貰えりゃ、作れない事はないがな」
「燻製は酒のつまみに持ってこいだぞ」
「つまみか…。旦那様に許可貰って来るわ」
首尾良く許可と予算をもぎ取ってきたスタンリーは、木材の手配に町へ出掛けて行った。
「さてと。燻製小屋が出来るのを見越して、肉を漬け込むとするか。エルシー、大きい鍋洗ってくれるか? リョウマ、肉の捌き方教えてやる」
スタンリーが持って帰ったのは2頭分の豚肉だ。大まかな解体しかされていない。稜真は料理長に教わりながら、肉を捌いていく。
料理長はエルシーが洗った鍋に調味液を作り、燻製にする部位を漬け込んだ。今から漬けておけば、小屋が出来る頃には、ちょうど良くなるらしい。
木材の手配が終わったスタンリーが、一服にやって来た。
「おう、リョウマ。燻製はお前のアイデアだって? 師匠をこき使うとは、いい度胸だ」
「えーっと、お疲れ様です」
「お前、本当は自分で小屋を作ってみたいんだろ?」
「手伝わせてくれますか!」
「ふふん。師匠の教えを忘れるような弟子には、やらせてやらん」
報告書はスタンリーも読んだ。
武器を手放すなと言うのは、最初に稜真に教え込んだ筈だ。それを忘れて危機に陥るとは、どうしてくれようかと思ったが、反省しているので勘弁してやる事にしたのだ。
ちなみに屋敷の中では基本的に、迅雷はアイテムボックスに入っている。1日中入れっぱなしだと不機嫌になるので、就寝中はベッドサイドに置くようにしている。
「…すみません…」
うつむいた稜真の頭を、スタンリーはくしゃくしゃと撫でた。
「ま、随分と懲りたみたいだしな。これ以上は言わんさ」
外で力仕事など、病み上がりの人間にはさせられない。本人が気づいているのか知らないが、まだ本調子ではなさそうだ。
「ところでお前、余計な事を考えただろう?」
見透かすような目をして、スタンリーは言った。
「俺…帰って来たら、クビになるかも知れないと思っていました」
「話は聞いているが、クビになる程ではなかっただろうよ。大体なぁ、お前をクビにしたら、お嬢様のストッパーがなくなるだろうがよ」
「ストッパーになれていますか? ……俺」
「しっかり役目を果たしているさ。そんなに気負うな」
気負っていたのだろうか? 少し力を抜こう、と稜真は思った。
夜になり、アリアがやって来た。
「稜真~。今日は大人しくしてた?」
「大人しくしていたさ。今朝もやらかしたから、無理は出来ないと自覚したよ」
「……今朝?」
「ああ、寝起きに急いで飛び起きたら、ちょっと立ちくらみを起こした」
それを聞いたアリアが、ぷくっとふくれた。
(あ~あ。またふくれたよ。このお嬢様)
「もう筋トレもしない、慌てて飛び起きたりもしない、無理はしません。約束するから、ね? だからそんな顔しないで」
そう言ってアリアの顔を両手で挟むと、プシュッと空気が抜ける。
「約束ね? 絶対だからね?」
『だいじょぶ、そらがみてる。そら、まかされた』
そう言って胸を張るそらが可愛くて、2人は顔を見合わせて笑った。




