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lullaby  作者: 伯耆
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切り札(ジョーカー)



「眠りネズミさん・・・?」


開かれた扉にはいつもと違った雰囲気を纏っている眠りネズミの様子にアリスがすぐに気が付いた。



「悪いな、帽子屋」


前置きをして、眠りネズミは管理人の武器である杖を、アリスを庇うように立ちはだかった帽子屋に向ける。


幸い、先ほどの奇妙な靄の塊は後ろにいない。



「お前が・・・俺を裏切るのか、眠りネズミ」


管理人である眠りネズミに杖を向けられ、鋭い眼光で睨むものの、抵抗の術はない。


「俺はな。10年前、長にある取引を提案された」


眠りネズミは帽子屋の問いに応える意向は見せずに、感情の読めない瞳で帽子屋を見据えながら話し始める。



「お前さんを長のところまで連れて行けば、長は俺の願いをなんでも叶えてくれるそうだ」


眠りネズミは口元だけにニヒルな笑みを浮かべる。


「お前は自分の願いの為に、俺を騙し続けたのか?

あの言葉は嘘だったのか?」


切なげな、痛々しい帽子屋の声がホールに響く。


アリスもただ、怯えで揺れる瞳で眠りネズミに何かを訴えるように見つめていた。



「バカだよなぁ、俺って・・・」


感情の無かった表情に一瞬、自嘲が滲んだ眠りネズミ。


そして持っていた杖―――否、それは仕込み杖で、パチンと一音、黒い鞘から細身の剣が光って見えた。


刹那、眠りネズミは疾走して、2人に切りかかる。


咄嗟に目を閉じたアリスと、ただ覚悟を決めて眠りネズミを真っ向から捉え続けた帽子屋。


2人に訪れたのは痛みでもなく、ましてや死でもなかった。


訪れない痛みにゆっくりと目を開いたアリスの後ろから、奇妙な悲鳴。


眠りネズミが切ったのは、先ほどの黒い靄であった。


剣を杖であった黒い鞘に戻すと、驚く帽子屋の隣に眠りネズミが歩みよる。



「失ったものは二度と取り戻せないんだよ、帽子屋。

そのことを俺はこの10年、お前に学んだ。

それを教えてくれたお前さんを俺が殺せると、ましてやそれを仕組んだ長の言いなりになると思うか?」



「眠りネズミ・・・」



ただただ、唖然として言葉の出ない帽子屋に眠りネズミはポケットから二枚のトランプを取り出し、帽子屋とアリスに見えるように一枚ずつ両手に持った。


それはハートのクイーンとジョーカー。


「ハートクイーン(不思議の国)かジョーカー(アリス)か」



眠りネズミはハートのクイーンを四つに破ると足元へとパラパラと落とした。

そして残ったジョーカーとともに、何かを帽子屋の手へと握らせる。



「これは・・・」


それを受け取った帽子屋は目を丸くして、眠りネズミを見た。


心なしかその瞳は動揺と感動に揺れている。


帽子屋の手にはジョーカーの上に乗っている、銀の銃弾が一つ。



「言っただろう?俺はお前さんの切り(ジョーカー)だって」


「ああ、最高の切り(ジョーカー)だよ。

全く、脅かしやがって・・・」



ギュッと握りしめたそれを見て、帽子屋は失笑した。


アリスは訳が分からない様子で2人を窺うと眠りネズミは優しい微笑みを湛え、アリスを見やる。


「お前さんは帽子屋を信じていればいい。

それだけで帽子屋は目的を遂げられる」


「目的?」


「ああ」



子供に諭すような言い方でそれだけ言うと、眠りネズミはアリスの頭を軽く撫でて、帽子屋へと向き直った。


「上が動き出したよ。

お前さんとアリスの処分を決定したようだ。

だから早く2人で逃げろ」



眠りネズミの言葉にアリスは酷く動揺を示し、帽子屋を窺う。


当の帽子屋は眉を顰めるだけで、事態を予測していたようにも見える。


「眠りネズミ、お前は・・・」


「俺の心配は無用だ。

それに言っただろう?俺はそろそろこの生活を飽きたんだよ。

最期は派手に散るのも悪くない、ってな」


「ダメだよ!眠りネズミさん!」



アリスは前に進み出て、眠りネズミに制止を訴える。


眠りネズミはただ微笑むだけで、帽子屋も意義を唱えようとしない。


アリスが再び言葉を続けようとした時、再び玄関の向こう側から黒い靄が大量に見えて来た。


眠りネズミの舌打ち。


そして突然、背後から足音が聞こえてくる。



「眠りネズミ!」


3人には聞きなれた声であった。


体力も力もない体で全力疾走してくる三月ウサギ。



「おう、遅かったな」


まるで、どこかに遊びにいく待ち合わせをしていたような眠りネズミの軽い声に三月ウサギは全身で訴えた。


「お前!心配したんだからな!」


「悪い悪い。チェシャ猫も迷惑かけたな」


三月ウサギの後ろから相変わらず涼しげな表情で姿を現したチェシャ猫は瞳に弧を描いた。


「いいえ、利害は一致してましたし。

アナタは最後には帽子屋サン側を選んでくれた。

それだけで十分ですよ。

住人を昇華し終えた管理人たちが追ってきています。

私は2人を‘あちら’へと案内しますので、足止め・・・お願い出来ますか?」



少し申し訳なさそうに眠りネズミと三月ウサギを一瞥したチェシャ猫に対して、勿論という風に眠りネズミは胸を張り、三月ウサギは大きく頷いた。


「任せられたぜ。

帽子屋、お前さんは自分の目的を果たせ。

お前さんと過ごした10年は退屈しなくて楽しかったぜ。

さすがは俺の親友ってところだな」



眠りネズミはいつもと変わらない軽い口調でそう告げると帽子屋は酷く表情を崩した。


それは怒っている時のように眉を寄せながらも、悔しそうにも泣きそうにも見える風で歯を食いしばっていた。



「僕もさ。楽しかったよ。

良かった、出会えて・・・お茶会、またしような?

帽子屋もアリスも・・・」



続けて照れくさそうにそういった三月ウサギ。


その2人の言葉を聞いたアリスは目を見開き、その瞳には涙をいっぱいに溜めていた。


「いやだよ。そんなお別れみたいな言葉・・・

ねぇ、帽子屋さんもチェシャさんもなんか言ってよ!

私が残るから!ねぇ!」


「アリス」


混乱に涙を流して、訴えたアリスの言葉を遮るように、帽子屋はアリスを抱きしめた。

そしてそのまま帽子屋は眠りネズミと三月ウサギをまっすぐ見据える。


「俺も楽しかった。ありがとう。

後は任せた」


「おう、来世でな。

チャールズ」





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