来世でまた
ただその短い言葉を告げた帽子屋にすぐさま眠りネズミはそう返すと、帽子屋はハッと目を見開いた後少しだけ微笑みと、アリス諸共踵を返した。
嫌がるアリスの手を無理矢理引く形で、チェシャ猫先導に倣い、リビングへと3人は姿を消した。
その背を最後まで見送った2人は自然と向かい合うようになり、お互いに微笑んだ。
「泣いてくれるなんてよ、俺達のために・・・
本当にアリスは素敵な子だったなぁ」
「そうだな」
先程のアリスの表情を思い出した三月ウサギは思わず失笑してそう答えた。
眠りネズミは再び、剣を抜くと、それに倣うように三月ウサギもどこからともなく細身のレイピアを手にした。
「なぁ、三月ウサギ」
「何だよ?今さら怖気づいたとか言うなよな」
2人は話しながら、家の外へと足を向かわせる。
どうやら、管理人が帽子屋の家へと向かっていることを2人は気配で察しているらしい。
「まさか。何年管理人してると思ってるんだよ。
じゃなくてさ・・・」
売り言葉に買い言葉でいつもの話の調子になりそうになった眠りネズミは咄嗟に自分を制した。
「俺は自分のせいで愛する人を殺したことがある。愛せなかった人がいた・・・ってのはお前さんに話したよな?
続きがあるんだ。
その人は俺の後に管理人としてやってきて、ずっと俺の傍にいてくれてなぁ。
俺だと分からない筈なのに、また俺のことを好きになってくれたんだ。
けれど俺はどうしようもない臆病ものでな・・・
その人を愛することから逃げていた」
唐突の言葉に三月ウサギはキョトン、として隣の眠りネズミを見上げる。
眠りネズミはそんな彼女と目を合わせて、微笑を湛えた。
「だから・・・来世ではお前さんを愛していいかな?」
真っ向から真摯な態度で眠りネズミは告げた。
三月ウサギは一瞬だけ固まり、言葉を理解出来ずにいたようで、少し間を置いた後に大きく目を見開き、先ほどのアリスのように涙を流した。
「まさか・・・お前・・・」
「ごめんな、今までずっと言えなくて・・・
お前を幸せにしてやれなくて・・・」
そっと三月ウサギを抱き締めた眠りネズミは彼女の肩に顔を埋めて、謝罪を述べる。
三月ウサギは同じように眠りネズミの胸に顔を埋めて、微笑んだ。
その顔は幸せに満ちていた。
「ううん、ありがとう。言ってくれて・・・」
後方から足音が聞こえる。
2人の良く知った気配たちだ。
「さぁて、俺達の最後の仕事をしようか。‘三月ウサギ’」
「だね。‘眠りネズミ’」
そっと離れた2人は見えて来た同胞と向かい合うように堂々を立ちあがった。
―――必ず来世で会おうね、総一郎さん
―――勿論、探し出して見せるさ。ハル
玄関の方から突然、鳴り響いた凄い騒音が3人の鼓膜を震わせた。
どうやら管理人が玄関まで迫ってきているようだ。
チェシャ猫は応接間へと2人を導くと暖炉の上へと上がるように指示を出す。
「帽子屋サンは分かっていると思いますが、鏡の国への道を開きます。
多分、あちらでは白の騎士が待っている筈です。
道は一本道なので、私が道を開いている間に出来るだけ早く向かってください」
「お前、どうして俺に力を貸す?」
そこに来て、帽子屋は冷静を取り戻したかのように、焦りを見せるチェシャ猫に尋ねた。
チェシャ猫はその問いに答える前に鏡にそっと手を触れる。
すると鏡が白く輝きだして、道が開いたようだ。
「利害の一致、と言いたいところですが・・・
私はアリスに幸せになってほしいのですよ。
それに・・・
‘アリス’が愛したアナタをどうして私が憎めるのですか?
チャールズ。行ってください
私は一足先にアリスの元へ行ってアナタを待つとしましょう」
チェシャ猫はそっと帽子屋とアリスを鏡の中へと促すように押す。
「チェシャさん・・・!」
「アリス。楽しかったですよ。
また会いましょう?」
チェシャ猫はそう言って、アリスに向けて初めて本当の微笑を表した。
その表情を見て、アリスはそれ以上何も言えないように口をつぐむ。
「ダイナ―――、またな」
帽子屋はそれだけ言い残して、アリスの手を引いて鏡の中へと消えて行った。
2人の背が鏡の中へと完全に入り切るまで、見届けたチェシャ猫は鏡からそっと手を話して、暖炉の下へと降りると一つため息をつく。
「全く・・・その名を呼んで良いのは‘アリス’だけなんですよ」
そう毒づきながらも、チェシャ猫は嬉しそうに微笑んで、長い槍を取り出す。
ちりん。
それに応えるようにチェシャ猫の首の鈴が涼しげに鳴る。
同時に応接間への扉が開いた。
「おや、皆さん。
早かったですねぇ。皆さんがここに来たということは・・・」
応接間に入ってきたのは公爵夫人を先頭にした、フロッグ、ロウ、ジャック。
白ウサギの姿は見当たらない。
その様子で状況を理解したチェシャ猫はスッと目を細めた。
「唯一、情が残っていたのは白ウサギサンだけでしたか・・・
ならば、手加減する必要なありませんねぇ」
相変わらず涼しげな双眸。
揺れる赤いリボンと鈴がひと際美しく鳴り響いた。




