2. 魔王の慰み (2)
「ほう?」
ティアのその行動には、さしもの魔王もわずかに目を見開いた。
(恥ずかしくて……意識が遠のきそうです……。ああ……私……)
陰鬱で冷え切った魔王城の中で衣を脱ぎ捨てたというのに、ティアは全身が火照り、心臓が耳元で暴れているのを感じていた。
物心ついてからというもの、これほど無防備な姿を誰かの前に晒したことなど一度もなかった。
それを今、あろうことか魔王とその配下たちの前で、自ら行っているのだ。
「ううっ……」
唇をどれほど強く噛んでも、涙の雫が堪えきれずにこぼれ落ちる。
『こうするしかない』、『これしか方法がない』。
理性が、それが唯一の解であることを告げていた。
しかし、感情がそれを拒絶してやまないのだ。
「ふん」
――玉座の方から、魔王の冷笑が聞こえた。
(どういうことかしら……?)
ティアの胸が締め付けられた。半ば裸体に近い姿を晒したというのに、指針は彼女の方へとわずかに動いただけ。全く、足りていないのだ。
(やはり……これだけでは足りませんのね。『自我』……指針が反映しているのは内面……。ただの行動ではなく……)
「……分かりましたわ」
最後の衣が、音もなく床に落ちた。
熱い涙を湛え、一物も纏わぬ姿で、両手だけを最後の障壁として縋るティア。
彼女は膝を突き、全身を震わせ、噛みしめた下唇からは血が滲んでいた。
それでも、指針はほとんど動かない。
(まだ足りない……。あんなことまでしなければ、届かないというの……? 皆さんの命のため、私の目的のため……。たとえ、私が……)
「魔王様……う……っ。……どうぞ、お召し……」
膝を突いたまま、ティアの体は後方へと傾き、両足がゆっくりと左右へ開かれていく。
彼女の『自我』もまた、その足の間隙と同じように、容赦なく欠損していった。
「何と言った? よく聞こえんな」
「……この、卑賎な体を……どうぞお好きなようになさってくださいませ!!!」
――魂が、喉と同様に、悲痛な叫びによって引き裂かれるのを彼女は感じていた。
カチッ、ギィィ……。
天秤の指針が、ようやく、ほんの僅かに中央の目盛りへと滑り込んだ。
……
……
……
ティアはベッドに横たわり、心臓の鼓動は激しく打ち鳴らされ、乱れる呼吸に合わせて胸元が不規則に上下していた。
そこは魔王の寝室ではなく、彼が所有物を弄ぶための部屋だった。
(冷静に……落ち着くのです、ティア……ティア・エヴァースノー! あなたなら、できますわ!)
今、彼女を奮い立たせることができるのは、彼女自身しかいなかった。
「……」
すでに彼女を組み伏せた魔王が、虚無を湛えた瞳で彼女を見つめている。
「魔王様……」
抵抗も、叫びも、あるいは耐え忍び黙って屈辱を受け入れることさえ、魔王の指先一つで無に帰すことをティアは痛いほど知っていた。
彼女を抱くことは、魔王にとっては単なる性欲の発散に過ぎず、彼をわずかでも不快にさせれば、その瞬間に殺されるだろう。
(……こうするしかありませんわ)
「私に……させてくださいませ……」
ティアは両手を伸ばし、魔王の首に腕を回すと、その唇を重ねた。狂おしいほどに口づけを求め、拙い舌を這わせて、深い接吻を模倣する。
「あ……魔王様……っ」
彼女の豹変ぶりに一瞬驚愕した魔王だったが、やがて彼女の唇と舌先に応え始めた。その両手もまた節操なく動き出し、少女の白く柔らかな肢体を愛撫していく。
「は……あ……っ」
ティアは抗えぬ身体の疼きに身をよじり、魔王の背に手を回して、その強靭で巨大な体を幾度も強く抱きしめた。
(わ、私が……このようなことを……。やはり、私はもう……)
彼女は先ほどの「演技」を思い出していた――天秤を動かし、自らの『重量』を減らすことに成功した、あの演技を。
だからこそ、今この淫らな振る舞いさえも、非情に徹して完遂することができるのだ。
(ですが、これで最後ですわ)
「終わりにしましょう」
――シュッ!
「なっ!? お前……っ! ゴフッ……!?」
魔王の口から黒い鮮血が溢れ出し、ティアの雪のような肌を汚していく。
同時に、背中の傷口――ティアが貫いた場所から、魔力の奔流が爆発的に吹き出した。
「『魔王殺し』――聖剣『アビス・サンダー(Abyss Sunder)』」
それは、ティアの右手から召喚された、神聖な金色の光を放つ『テーブルナイフ』の名だった。
「な、ぜ……貴様……が……っ!?」
「さらばです、魔王エデルロール」
その聖剣は魔王の深淵魔力を退け、鉄壁を誇る受動防御『虚空の鎧』(ヴォイドアーマー)にさえ穴を穿つ。
そして、『テーブルナイフ』は短剣へと姿を変え、魔王の心臓を深く貫いた。
「ガハッ……女……ティア……。お前、が……」
魔王は絶命した。
「わ……私、やり遂げましたわ……!!!」
直後、世界は深い闇へと沈んでいった。
……
……
……
「目を開けろ。面を上げよ」
手首に伝わったのは、あの忌々しくも馴染み深い、冷たく重い鉄枷の感触だった。
「お前の……名は?」
(えっ!?)
「名は、と聞いている」
(これは!? まさか……!)
「……お答えいたします、魔王様。私は、ティア・エヴァースノーと申します!」
「ふん。またぞろ退屈な人形でないことを祈るぞ。では、ゲームを始めよう……」
(なぜ……!? 私は確かにやり遂げたはず……!? なぜ、また……!?)
なぜですの!!!???
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