1. 魔王の慰み (1)
ガチャン、ギィィィ――
重厚な金属音が響き渡り、天秤の指針が動きを止めた。
午前九時五十分。
左から右へ、計三つの目盛りのうち、指針は三番目のところで止まっていた。
『概ね均衡』とは程遠い位置だ。
この巨大な天秤の中央には一本の指針があり、三つの目盛りによって『左が軽い』、『概ね均衡』、『右が軽い』という三つの状況を示していた。
そして、天秤の片側に置かれた鳥籠の中に立つ生贄の少女は、鉄格子をきつく握りしめ、遥か高所に吊るされたもう一方の鳥籠の中で、声もなく震える五人のメイドたちを、ただ術なく見つめることしかできなかった。
――これは魔王の慰み。
魔王の機嫌を損ねぬよう、王国は毎年、妙齢の少女を一人、生贄として差し出していた。
ティア。彼女は元々、ある辺境伯の長女だった。
だが今年、彼女はあろうことか、魔王に捧げられる生贄に選ばれてしまった。
噂によれば、辱め、虐待、暴行、そして無惨な死……。魔王の所有物となった者に待ち受けているのは、決まってそのような末路だという。
生贄として魔王城から生還した者は一人としておらず、彼女たちが直面する地獄を真に知る者はいない。
しかし、魔王は気まぐれに、ティアへ『魔王ゲーム』を提案した。
勝利すれば、一晚の安寧。敗北すれば、夜伽という名の凌辱。
……
一日前。
パチン!
エデルロールが指を鳴らした。
「この天秤が、今回のゲームの舞台だ」
漆黒の大広間の片隅に、両端に鳥籠が吊るされた巨大な天秤が現れた。それぞれの鳥籠の扉からは、長い縄梯子が伸びている。
高く吊るされた鳥籠を見上げ、ティアの心に不吉な予感がこみ上げた。
「明日十時に判定を行う。左の鳥籠がお前の居場所だ。そこへ入れ。お前の方が重ければ、お前の勝利だ」
(……ならば、もう一方には何を置かれるおつもりかしら)
──ティアは声を出すのを堪えた。ここ数日のゲームを経て、まずは魔王のルールを最後まで拝聴しなければならないと、彼女は身をもって知っていた。
「右側には、この魔王城のメイド五人を入れよう。明日の判定までなら、いかなる試行も自由だ」
「お待ちくださいませ、エデルロール様! ……お訊ねしても、よろしいでしょうか」
「許す」
「……私一人の身では、五人もの重さに勝ることなど、到底叶いません。……何か物を持ち込むことは、お許しいただけますでしょうか?」
「好きにしろ」
魔王の声は依然として冷淡で、まるで無意味な問いに答えているかのようだった。
「それと、判定の瞬間、軽い方の鳥籠は脱落する。……ゲーム開始だ」
(そんな……!)
ティアは理解した。このゲームに仕組まれた『必敗』の要素を──。たった一人で五人分の重さに抗うなど、道理に合いません。
もし負ければ、高所から墜落し、粉々に砕け散る。
生贄として、このまま果ててしまえば、いっそ救われるのかもしれません。辱めを受け、身を穢されるよりは、まだ救いのある結末ではないかと──ティアは最初、そのように考えていた。
だが、彼女は決して自らの命を安易に投げ出すような人間ではなかった。
それに、彼女にはまだ、果たさなければならない目的があるのだ。
……
午前九時五十二分。
(いけません……。あんなに尽くしましたのに、やはり届かないのでしょうか……?)
判定の時が刻一刻と迫る中、ティアは現在『重い』方の側にいた。
それは、彼女がゲームに勝利しようとしていることを意味する。
彼女はただ一人、普段通りのワンピースを纏っているだけで、重りになるような物も一切身に付けてはいない。
そう、彼女一人の存在が、メイド五人を合わせた重さよりも『重い』のだ。
昨日の試行の際、彼女はすでに気づいていた。この天秤が量っているのは物理的な質量ではなく、彼女たちの『ある特質』なのだと。
「皆さん! どうか、私の言葉を思い出してください! リリーさん! フェリシティさん!」
ティアは再び叫んだ。あの二人のメイドの中に眠る――
『自我』
――それを呼び起こすために。それこそが、この天秤が推し量る特質だった。
五人のメイドは魔王の所有物であり、その多くは先代の生贄だ。魔王の恐怖政治の下で、彼女たちはとっくに『自我』を喪失してしまっていた。
「ごめんなさい……」「私には無理よ……」
二人のメイドは身体を震わせ続け、顔を背けた。ティアに応える勇気など、今の彼女たちにはなかった。
「このままでは、皆さんが死んでしまいますわ!!」
ティアは理解した。これこそが魔王の仕掛けた罠なのだ。自分が『重い』ことは、メイドたちの死を意味する。他人の犠牲の上に生き延びるなど、考えただけで吐き気がした。ゲームに勝つことは、自分という人間を見失うことと同義なのだ。
だからこそ、
『概ね均衡』
それこそがティアの目指すべきゴールだった。
(どうすれば……!? このままでは、メイドの皆さんが……私のせいで死んでしまいます!)
たとえ『概ね均衡』が敗北を意味するとしても。それは『軽い』者が迎える即座の死ではなく、敗北による『凌辱』なのだ。
魔王の凌辱がいかに凄惨なものであるか、すでに噂で知っていた。
それでも、彼女はメイドたちの命を救う道を選んだ。
だが、現状では目標とする均衡には程遠い。
彼女たちが真の名を明かし、過去を語ることで、心の一部を開くことには成功した。しかし、魔王が植え付けた心の闇は、そう簡単に拭い去れるものではなかった。
「エライザさん! メグさん!」
「もう叫ばないで! 煩わしいわ! ……いっそ、このまま死なせてくれたっていいじゃありませんの!?」
「エライザさん……」
「……申し訳ありません。これが、僕の限界なんだ」
「メグさん……」
ティアには痛いほど分かっていた。彼女たちが受けてきた心の傷は、想像を絶するものだ。理解しようなど、到底おこがましいことなのだと。
(これ以上、皆さんに強いることはできませんわね……)
カチッ――
重々しい金属の摩擦音。それは大広間の傍らに置かれた巨大な時計から発せられた。
時間は一秒、また一秒と過ぎ去っていく。
午前九時五十五分。
(ごめんなさい……皆さん……私は、もう……)
ティアの心を満たした絶望が、指針をわずかに自分の方へと動かした。
「……えっ!?」
(私!? ……そうですわ、私が、私さえ……)
もっと軽くなればいいのだ。
彼女は『答え』に辿り着いた。
――そして、魔王がこの『天秤ゲーム』に込めた真の目的に、気づいてしまった。
「う……」
ティアは下唇を強く噛みしめた。その顔は血が滴るほどに赤く染まっている。彼女は意を決したように、ワンピースの紐を一気に解き放った――。
ドレスが滑り落ち、雪のように白皙な肌が露わになる。
この作品は現時点ではまだ連載が確定しているものではありません。
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