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ロカシオン・マギ  作者: じょん-ドゥ


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第1話:ロカシオン・マギのティータイム

 急行に乗れば大都会まで三十分ちょっと。

 便利と言えば便利だけれど、駅を離れれば、

 代わり映えのしない住宅地が続いている。

 都会と呼ぶには刺激が足りず、

 田舎と呼ぶには人が多すぎる。

 そんな、どこにでもある中途半端な街。

 それが、私の住む場所だ。

 私は今、人生最大級の絶望の淵にいた。


「終わった……。いや、終わらせてしまった」


 塾の帰り道。街灯が並ぶ夜道を歩きながら、

 私は何度目かわからない溜息をつく。

 明日から期末テストだというのに、

 手元のスマホには今日一日遊び倒した写真が。

 重い足取りで路地を曲がった、その時だった。


「……え、こんなお店、あったっけ」


 そこにあるはずのない、レンガ造りの洋館。

 周囲の住宅の中で、そこだけが異質なオーラ。

 お洒落な雑貨屋のようにも見えるが、

 看板には『Location Magi』と記されていた。

「雑貨屋さん……? できたばかりかな」

 素通りしようとした、まさにその時だった。


「――お嬢さん。そんなに深い溜息を

 ついては、せっかくの夜風が逃げてしまいますよ」


 驚くほど澄んだ、心地よい声。

 振り返ると、レンガの壁に背を預けた、

 白シャツに黒いエプロン姿の青年がいた。

 モデルのように整った顔立ちの彼は、

 さわやかな笑みを浮かべて私を見ていた。


「……あ、すみません。自業自得なんです。

 明日テストなのに、全然勉強してなくて」


「さようですか。それは、実にお労しいですね。

 ……よろしければ、中で少し落ち着かれませんか?

 焦りは思考の毒ですよ。見るだけならタダですから」


 誘われるままに店内に足を踏み入れると、

 外の蒸し暑さが嘘のように、ひんやりとした静寂。

 棚には見たこともない色の瓶や巻物が並び、

 カウンターで青年がハーブティを淹れてくれた。


「……ふぅ。……ありがとうございます」


「それは良かったです。さて――改めて

 お伺いしましょうか。お嬢さん、何にお困りで?」


 穏やかな声に導かれ、私は全てを打ち明けた。

 範囲の広さ。後悔。時間が足りないこと。

 彼は聞き終えると、丁寧に一礼した。


「失礼しました、名乗りもせずに。

 ここは魔法のレンタル店『ロカシオン・マギ』。

 私は店主の九条くじょう かいと申します」


「ま、魔法のレンタル……? 私は白石しらいし つむぎです。

 あの、魔法って……本物、なんですか?」


「ええ。すぐには信じられないでしょう。

 ですから、この指輪は開店記念として贈ります。

 これは魔法を貯めておくための『器』ですよ」


 櫂さんがカウンターに出したのは、銀の指輪だ。


「本来なら五千円いただく品ですが、

 最初のお客様ですから。……その代わり、

 中に入れる魔法のレンタル料はいただきます。

 千円でいいですよ。テストが終わってからで

 構いません。今の君の、そのどんよりとした

 空気が消えるなら、僕としても清々しいですから」


 彼が指輪の石に指を添えると、銀の台座が光った。

 翌日。一時間目の英語のテスト。

 私は祈るような気持ちで、右手の指輪に触れた。


「(……いくよ。魔法名、『追憶リマインド』。起動)」


 その瞬間。頭の中に教科書のページや板書の内容が、

 まるで目の前にあるかのように鮮明に浮かび上がった。

 ペンが止まらない。全てが「見えている」。


「(……すごい! 完勝! これなら次も余裕じゃん!)」


 しかし、続く二時間目。再び指輪に指を添えたが、

 何も起きない。頭の中は真っ白なまま。

 放課後。私は半泣きで店に駆け込んだ。


「櫂さん! 聞いてないよ、一回しか使えないなんて!」


「おや、紬さん。お帰りなさい。

 何か不都合でもありましたか?」


 櫂さんは優雅にティーカップを拭きながら、

 春の陽だまりのような笑顔で言った。


「英語は完璧だったのに、国語は無反応で……!」


「ああ、説明し忘れていましたか?

 うちの魔法は使い捨て。一回の『起動』で

 一回の契約完了。当然の等価交換ですよ」


「当然じゃないよ! テストは五教科もあるのに!」


 訴える私に、櫂さんは爽やかに手を打った。


「それなら解決策は簡単です。スロットを

 増やせばいい。こちらの『2スロット』なら五万円。

 数学も同時に持ち歩けますよ」


「ご、五万円……!? 無理だよ!」


「では、いっそのこと、全教科カバーできる

 『5スロット』にしますか? 術式が複雑になるので、

 お値段は――五千万円になります」


「…………ごせん、まん?」


「あの、五千円の指輪をあと四個買うのはダメなの?」


 必死に食い下がる私に、彼は静かに首を振った。


「魔法という『場所』は、一人に一つしか

 定着しないんです。二つ目をはめた瞬間、

 術式同士が激しく干渉し、反発し合います。

 最悪、指輪ごと指が弾け飛びますよ」


「ですから、一度に複数を持ち歩くには、

 次元を重ねる特殊な指輪が必要なんです。

 それが、スロット増設が高価な理由ですよ」


 さわやかな笑顔で、残酷な事実を告げる櫂さん。

 私は魔法という名の高すぎる現実を前に、

 ただ深く、深くうなだれるしかなかった。


「……とりあえず、明日の数学の分、

 チャージしてください……千円で」


「毎度あり。では――『追憶リマインド』、再装填ですね」


 魔法の沼は、まだ入り口に過ぎなかった。

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