特典のない夜
深夜の書斎。
帳簿は閉じられたまま、机の端に置かれていた。
何も書いていない紙。何も整理が付かない。
「静かね」
港町はほとんどの灯りを消している。
こんな時間だったら、寝ている人の方が多いかもしれない。
私のこんな感想を呟いていた。
「答えなんて分かっているのに」
書けば、マドレーヌ辺境領が壊れる。
書かなくても責任は消えない。いや、責任なんて負う必要が無いのに。
マリーデグリー王国じゃないのだから。
でも、この”静けさ”に私は、違和感を感じていた。
(ここは何とかなっている)
農村は守った。
港町も平穏を維持している。
でも、『帳簿に書かれなかった人』が確実に存在している。
「私って、”全部を見切れていないのね”」
でも見られるわけじゃない。
女神じゃないんだから。ああ、転生して女神になりたかったな。
「ほんと、器用じゃないわね」
転生する前でも、そんなに色々な事が出来たわけじゃないから。
勉強だって、部活動だって。
模試でもそんなに良い点数じゃなかったし、大会でも良い成績は残せなかったから。
大学に受かっても、卒業できるどころか死んじゃうなんて。
「こういう時にさ……」
未来が見えていたら。
正解が分かる力があったら。
誰も落とさずに済む選択肢があったら。
女神になれるか、女神の能力があったら。
どれだけ良かったんだろうな。
「……転生特典、欲しかったな」
私は誰に言うわけでもなく、そう呟いた。
女神にいらないって願った。いらないから、止めてほしいって願った。
もう、撤回したいな。
こんな気持ちになるんだったら。
まあ、そんなもの貰えなかったけれど。
「でも同じか」
特典があっても、責任が消えるわけじゃない。
むしろ、失敗した時の重さは増えていく。
特典やチートを行使した時に、取り返しのつかない事をすれば、今私が感じている責任よりも大きなものがのしかかる。
「あったら、楽だった?」
自分に問いかけた。
「分からない」
そう返事が自分で返していた。曖昧な返事を。
いらないわけじゃない。
むしろほしかった。
でも、今の私とは違った結果になったんだろうな。
「願ったら貰えたのかな」
よく手続きとかキャンペーンである、申し込みしないといけないやつ。
そんなんだったのかな。
でも、期限過ぎちゃったかもね。
「だけも、私には無いから……」
無いから、考えている。
無いから、逃げられない。
「それが私の転生した現実」
この世界は、チートのある世界じゃない。
誰かのせいにできない世界。
だから、選んだ責任は全部自分に返ってくる。
もしもなすりつけられたら、どれだけ良かったか。
いや、特典やチートがあっても責任からは逃れられないか。
「逃げ道が無いって、こういうことね」
八方塞がりかもしれない。
絶望が起きているともいえる。
「せめて、愚痴ぐらいは許してほしいわ」
だからこそ、誰かに言いたかった。




