帳簿に書けない人達
夕方、港町の倉庫。
海がすぐ側に見えている。
そんな場所を私は目的もなく歩いていた。
「……今年は、静かだな」
商人がふと呟いた。
「穀物の箱が来ないからな」
別の商人が呟きに乗っかった。
「減った、じゃなくて……来てない?」
私は会話に乗っかる。
彼らは私の問いかけに反応した。
「ええ。去年までは”少しだけ”来てたんですが」
「少し」
「帳簿に載らない分、ってやつですよ」
それを感情を乗せず言葉にしていった。
「…………」
何も言えなかった。
彼らでも知っているのね。
もしかしたら、農村の人伝いで聞いたかもしれないけれど。
少しの間が流れた後、倉庫の人が口を開いた。
「でも、それが今年は無い」
「無い……?」
「均しをやめた、って聞きましたから」
やっぱり彼らにも伝わっているんだ。
「……あの人達、どうするんでしょう」
倉庫で作業をしていた若い人が呟いた。
「えっ、あの人達?」
「あ、い、いえ……」
彼は言葉を詰まらせた。
「いいから、教えて」
ちょっと強めに問いかける。
すると彼は一瞬だけ周囲を見た。
「マドレーヌ辺境領ではない、他国で暮らしている人達です」
「レステシア?」
聞いたことがある。
マリーデグリー王国よりも離れた場所にある島。
「港から送られていた穀物は、そこに届いたので」
「…………」
言葉が出てこない。
「去年までは、均した後の余りが送られていました」
「帳簿には?」
「ほとんど載りません」
”他国分”、それが数少ない帳簿に載っていたもの。
どこへ行っているのか、どう使われているのかは分からなかった。
それがここで分かるなんて。
「セシリア、知っていたのかしら? レステシアの人達の事」
私は屋敷へ戻ったら、彼女に問いかけた。
「まあ、そうですね。ほんのりと」
ため息を吐きながらも感情を乗せず、ただ淡々と言葉を漏らしていった。
「”均し”の副産物で、生きていた人達ですね」
思い出しながら、私に伝えていく。
「副産物……?」
「制度が余らせたものに、名前を与えなかった人達です」
説明するように、セシリアは答えていった。
「……それって」
「救っていた、とは言えません」
はっきりと言い放つセシリア。
言葉が一瞬出てこなかった。
「帳簿に……その人達は?」
「存在しません」
「え、存在しない?」
どういう事なのだろう。
そう思ったら、セシリアはこう言葉を出した。
「書かなかったからです」
そう言われた途端、頭が真っ白になって言葉を失う私。
「私が均しをやめたせいで……」
途端に後悔の気持ちが出てきてしまう。
けれども、慰めるのか分からない様子で。
「”見えるようになった”だけです」
「…………」
何も励まされていない。
「助けたら、どうなる?」
「帳簿に載せる必要があります」
私はセシリアに質問していく。
それを淡々と彼女は答えていった。
「載せたら?」
「”守るべき人数”になります」
「守れなかったら?」
「領主様の責任です」
他国であっても、私の責任。
「……見なかったことにしたら?」
「以前と同じです。ただ、”他国”ですが」
「…………」
言葉が出てこない。
「ですが今は、”均しをやめた”のは領主様です」
事実しか言っていない。
間違っていないけれども。
「どれを選んでも、誰かが落ちる」
ブランコのように、どっちかにすることは出来ない。
揺り戻しが起こる。
「はい」
「正しくしたつもりなのに?」
私は農村を守ろうとしたのに。
「はい、正しくしたからです」
……こうなるんだ。
「これは……帳簿に書けないわね」
私はこの場で決めてしまう。
「はい」
肯定しながら頷くセシリア。
「書いた瞬間、壊れる」
マドレーヌ辺境領が維持できなくなる。
ならば、これ以上変えられない。
「書かなくても、責任は消えません」
はっきりとセシリアは私に述べたのだった。
私は、均しをやめた。
その結果、今まで“偶然生きていた人”を、制度から消した。
「それ、失敗じゃないわ。ただ”世界の端”が見えただけ」




