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-プロローグ-

旋律の国へようこそ。貴方は真実、そして虚偽どちらを選びますか――?

アリスが消えた?



 アリスが消えた!



違うよアリスは消えない、私達のアリスは。



 アリスは戻ってくるのさ、夢を求めて愛を求めて!



次は違う、信じたい。



 次は皆を裏切る愚かなアリス、信じるなんて馬鹿らしい。



罪無きアリスには甘い甘い、極上の愛と欲を。



 ねぇ私には何が出来るかしら?



アリスは夢見て奏でるの、未来と過去の鎮魂歌を。



 やってくる、アリスがやってくる!



僕らのアリスがやってくる!



 さぁ皆で奏でましょう、メロディーに乗せて!






 あぁ!もう迎えにい かな け れ ば――!



















 半分無意識だった。

 ピアノの譜面台を立てて譜面置いて、ペダルに足かけて両手を置いていたのは。

 もう弾かないって決めたのに――。

 自分の意志の弱さにあたしは思わず苦笑いする。

 日の光が程よく入り込むサンルームには一台ぽつりと置かれたグランドピアノ、そしてセットの背もたれの無い椅子に座った長くて淡い金髪の少女。


 そんな少女の目の前の譜面台には見たことの無い、けど聞き覚えはありそうな楽譜。


 少し譜読みしたあたしはペダルに片足をかけ両手を黒と白のコントラストが美しい鍵盤の上に置いて、深呼吸し最初の和音を弾こうと手に力を入れた――。

 いやいやいや、止めよ。ここは止めようよアリス。

 あたしは両手を直ぐ様膝の上に置いてから、やはり腕組みをした。

 何故あたしはサンルームにいるのかしら、もしかして……もしかして夢遊病!? いや違う、だって夢を見たもの……夢を。


 そう甘く、とろけそうな夢を。


 夢っていうのは、あたしはちょうど今みたいな状態だったの。グランドピアノの前に座っていて構えているって訳。

 でもねあたしは白い手袋をしていて、瞳と同じ薄紫色のエプロンドレスを着ていたわ。胸に大きく咲くフリル付きのリボンは真っ赤でタイツは真っ白。エナメルの靴は黒く光ってた。

 強いて言うなら不思議の国のアリス、みたいな?

 それからあたしは聞き覚えの無いメロディーを弾き始めたわ。

 それは何かを求めているような、そんな感じだった。心地好くて幼い日の思い出が蘇りそうな音楽に打ち拉がれていたをだけどはっとした。

 ただ何かが足りないの、リズムと言うか……荘厳さと言うかハーモニーが。

 それでもあたしはひたすら弾き続けて悟った。


 あ、この次は二人じゃないと弾けないって。これはアンサンブルだったんだって――。


 もう弾けない、止まっちゃうって思ったその刹那、頭から赤いリボンが取れたの。長い髪の毛がパサリと頬に掛かって一瞬気になった。僅かな時間よ、瞬き出来るか出来ないかの。

 いつの間にかあたしの左右から手が伸びていて、誰かがピアノを弾いていたの。

 美しいアンサンブルが出来ていた、今まで経験した事無いくらいの。

「誰……?」

 あたしは尋ねた。すると前髪で隠れた右頬に僅かに吐息がかかり、漏れるような声でその人は囁いた。

『アリス――、アリス。時間ですよ』

「誰なの、ねぇ誰?」

 その声はピアノよりも麗調で聞き入りそうな声だった。

 それでもあたしは弾きながら尋ねたの。

 鍵盤に目を落とすと私より1オクターブ高い所と低い所で動く指は長くて大きかったわ。

『貴方は来なければいけない、旋律の国に』

「教えて、あなたは誰?」

 もうすぐ曲が終わっちゃう!

 あたしは振り向きたかった、けれど曲を終わらせたいという欲望には打ち勝てなかった。

 曲が終焉に一歩、また一歩と近寄るにつれ周りがぱぁっと明るくなって視界がぼやけていく。

「待って! あなたは誰なの、名前を、名前を教えて!」

『私は旋律の国の――』

 ダァァンと最後の和音が響き渡って、ふと目を開けたわ。そうしたらここに。

 ちなみに彼の名前は聞けなかった、和音が余りに美しく響き渡り過ぎて。

 あたしは一つため息をついて、楽譜を眺めた。

「確かに……同じだよね」

 そう、目の前にある名も無き楽譜は確かに夢で弾いていたあの旋律を記している。


 弾かない? それとも弾いちゃう?


 誘うように置かれた楽譜。もう弾けよみたいな。

 いや一度聞いたメロディーくらいある程度弾けるから、あたしをなめないでよ。

 あたしは……、あれ? あたしの名前何だっけ……?

「あたしは……誰?」

 全てが消えていた。記憶も、部屋も、ただ【無】の空間にあるのはピアノと楽譜だけ。

 あたしは本能に弄ばれるまますぅっと息を吸い両手を置いた。

 冴え渡るピアノの音色、美しき鳴く二重奏。

 背後には誰かの気配、首筋に吐息がかかってあたしは目をしかめた。

『アリス、アリス――。時間ですよ』

「誰なの、ねぇ誰?」

『貴方は来なければいけない、旋律の国に』

「教えて、あなたは誰?」

 あたしは無意識に動く手に少しばかりの恐怖と驚きを感じながら、動かせない顔を声の主の手に向けた。

 長い指は今にも絡まりそうなスピードで動いていて尚且つ柔らかい旋律を奏でていた。

 曲が終わっちゃう、本能の知らせ。私は声を振り絞り尋ねた。

「待って! あなたは誰なの、名前を、名前を教えて!」

『私は旋律の国の白兎です』

 返事が終わると同時に四つの四重和音が鳴り響き、あたしは時空の歪みを感じてぎゅっと目を閉じたのだった――。










 ようこそアリス、旋律の国へ。

 もう貴方は抜け出せない。


 (いざな)われしは哀れな少女、旋律と戦慄の入り交じる国で君は一体何を見るのだろうか――?




(また愛してくれるのですか?)

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