第8話 運命が呼んでいる
長閑な昼の日差しが俺を眠りに誘う。
気付くと今日も、俺は聖樹の上に来ていた。
「今日もここはポカポカしてて気持ちいいなぁ。眠くなっちまうぜ」
自然と大きなあくびが出てしまう。
「あなた毎日のようにここに来るけど、相当暇なのね」
「暇じゃないよ。ただ、何をやればいいか分からないだけさ。あんなに頑張ったのに全く効果がないんだからな。」
強くなると誓ったあの日から4日間、俺は辺境のフィールドで修行を重ねた。毎晩特訓が終わると彼女のもとに行ったのだが、一向にバトルスキル獲得規定水準に達しなかった。そのため、ここ2,3日は真昼間からここにきてダラダラとしてしまっている。
「前に父が、受け取る能力が強力なものになればなるほど要求値が高くなるって言っていたわ。だからもしかすると、あなたも強いスキルがもらえるのかもしれないわよ」
顔も見えない彼女は、いつも俺を励ましてくれる。孤独な場所で1人で懸命に生きている彼女からのエールには、他の人にはない特別な力がある。
「それならいいけどなぁー」
時間の流れがこの空間だけ違うかのように、樹上はまったりとした雰囲気で包まれている。
ポカポカした昼の日差しが、俺の心と体に癒しを与える。
「………そういえば、君の名前はなんて言うんだ?」
「そんなの知ってどうするのよ」
「一般常識として女王の名前くらい知っておきたいと思ってね」
あまり言いたくなさそうな様子だが、いつまでも「君」と呼ぶのも余所余所しいので、ここで聞いておきたかった。
「私の名はシオン。シオン・レーヴンよ」
「シオンか…。じゃ、これからはシオン様って呼ばせてもらうよ」
「シオンでいいわ。様様言われるの嫌いだから」
「分かったよ。シオンだな」
思い返してみれば、どこかでシオン女王という名前を聞いたような気もする。まあ、彼女は女王なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
「しっかし、女王っていう立場も大変なもんだよな。こんな窮屈な場所で仕事しないといけないなんて。そう思えば、俺はこんだけ自由に生活できてんだから感謝しないとなー」
何気なく呟いた俺の言葉に、シオンがすぐに反応した。
「ねぇ。あなたがよく言う自由ってそんなにいいものなのかしら?」
突然のストレートな質問に返答に悩み、長い沈黙が続く。
沈黙を破るように、シオンが再び口を開く。
「私、産まれてからずっとこの木の上にいるの。地上に降りたことなんて一度もないのよ」
衝撃的な事実に再びフリーズしかけるが、なんとか声帯を震わせ反応を示す。
「ずっと、なのか?」
「そうよ。お父さんが死ぬ前は統治の塔に住んでたんだけど、亡くなってからは父の後を継ぐ形でこの籠の中でずっと過ごしているの」
「でも『ずっと』って言ったって……どうやって生きるんだよ。食料も水もないんじゃないのか?」
「ええないわ。でも、この籠を包む結界は魔法で作られてるから、聖樹から吸い取ったエネルギーを人の体に送り込むことができるのよ。だから今までの2ヶ月間、飲まず食わずでも生きてこられたの」
「ヘぇ〜。そんな便利な機能があるとは思わなかったなぁ」
長い間孤独の中で生きてきた彼女に、聞いてはいけないことなのかもしれない。が、それでも確認したいことがあった。
「君はさ、自由になりたいとか思わないの?この木から降りて世界を冒険したいとか。友達と遊びたいとか」
「ええ。なにも思わなかったわ」
「思わなかった?」
「そう。あなたに会うまで自由が羨ましいとか木から降りたいとか思ったことなんてなかった。自分の生活が不自由とも思わなかったわ。」
シオンは続ける。
「でもあなたに会って、私は変わってしまった。自由を望む人間に成り下がりつつあるわ」
俺が悪いことをしたかのような彼女に言い方に、少々腹が立った。
俺のプライドが許す訳もなく、ムキになって大声で叫ぶ。
「君は成り下がったんじゃない。これは…君にとっての成長だと思うよ!」
「……………そうかしら」
俺の大声も虚しく樹上に響き渡るだけで、彼女の心には響かなかったようだ。
シオンはまだなにも知らないのだ。この世界の広さ、美しさ、素晴らしさ。何も知らないまま死んでいくのだろうか。この孤独な空間でひとり、静かに死んでいく。そんな人生でいいのか。
いや、いいわけがないだろう。
そんな人生、あまりにも可哀想ではないか。
「もし生まれ変わったら……"あなたの世界"も見てみたいわ」
切なさを帯びた彼女のこの言葉で、俺の意思は1つに固められた。
今からやろうとしていることは、重罪だということも分かっている。
それでも、やる。
会って数日の人のために、俺は人生を棒に振るうかもしれない。
でも、俺はやるのだろう。
なぜやるのかって?
…運命が俺を呼んでいる気がするのだ。
「君に、自由の素晴らしさを教えてあげるよ。」
背中に輝くシルバーブレイドの柄に右手を伸ばす。
一息に剣を抜き取り、体の正面で構える。
「何をするつもりなの…?」
籠の近くまでゆっくりと歩いて行く。
大きく体を反らし、勢いよく剣を振り下ろす。ズシャッっという快音と共に、容易く斬り込みが入った。
一直線に入った線は少しずつ間隔を広げてゆき、そのまま籠が真っ二つに割れた。
その中央に、座り込んでいる人影が見える。
波打つように靡く、パンジーパープルの髪。星の如く澄んで、濁りのない瞳。
凛とした佇まいでそこに座している彼女こそ、シオン・レーヴン女王なのだろう。
「さぁ、行こう。」
孤独の檻から、俺は女王を攫い出した。
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聖樹の目の前に広がっている星屑通りは、大勢の人で賑わいを見せていた。
「凄い混んでるのね。頭が痛くなりそうだわ」
そう言いつつも、彼女の表情はキラキラと輝いている。
王女が誘拐されたとバレたら、街中が混乱してしまうだろう。シオン曰く、冒険者や王族の兵士が来るのは1週間に1回ぐらいの頻度らしいので、すぐに騒ぎになることはないだろうが。
しかし、今考えても正気じゃない。俺は何をやっているのだろう。一体この後どうなるのか見当もつかない。ただ、不思議なことに迷いはなかった。
「思いっきり顔を見せちゃってるけど、全然バレないな。」
「私の顔を知ってる人なんて親族しかいないから。それより、あなたはどこに行くつもりなの?そんなに私を連れて行きたい場所でもあるのかしら」
確かに彼女を連れ去った後のことを何も考えていなかった。はて、どうしたものか。
「どこか行きたい場所とかないか?俺が行ける範囲なら連れて行くよ」
「行きたい場所って言われても、初めて地上に降りたんだから分かるわけないでしょ」
正論をかまされて言葉を失う。会話が途切れるのは防ぎたいので、話題を逸らさねば。
「そういえば、なんでわざわざあんな籠の中にいたんだ?別の場所でもいいだろうに」
「あの場所はこの大陸で唯一魔力が宿っている場所だからよ」
「魔力?」
「そう、魔法を使うための`気’のようなもの。それを完全に溜めるためには、最低30年必要とされているの。父は、あと一年溜めたら魔法師になれたんだけど…その前に死んじゃった」
「魔法師か…聞いたことあるな。どこでも魔法が使える人のことだろ?」
「そう。魔力が体内で循環して、血液と一緒に流れるようになる。そうすると、無限に魔術が使えるようになるのよ」
「魔法が使えたらどんなに便利なことか。羨ましいぜ」
他愛のない会話をしていると、ふとシオンの足が止まる。
「どうかしたか?」
尋ねると、彼女はとある商店を指差した。ワイルドな店員が客集めに精を出しているその店は、どうやら果物屋のようだが。
「美味しそうな食べ物…。なんだかお腹が空いてきちゃったわ」
彼女が指差す先には、赤々としたよく熟れた林檎があった。つやも良く、確かに美味しそうだ。
と思ったのと同時に、お腹が鳴る。
考えてみれば、朝から何も口にしていなかった。
「林檎だけじゃ腹たまらないだろ。仕方ない、昼飯でも食べに行こうか」
俺の言葉を待っていましたとばかりに、彼女は上目遣いでニヤッと笑顔を浮かべる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ただでさえ少ない財布の残高が、ついに一文無しになってしまうかもしれないが、彼女をもてなすためだ。仕方ない。
俺は、シオンと共に路地に入った。




