始まりの刻
プロローグ
空中に浮遊する6つの大陸。
正五角形状に並んだ5大陸の中央に巨大な1つの大陸が鎮座している。
この世界には、"プリマス"と呼ばれる人型民族が住み着いている。
これは、5大陸の1つ、「アルターム」と呼ばれる大陸の、ラムナの街に住む少年の物語である。
ジリジリジリッーーー!!
不愉快な音が、耳につく。
「んんんッ……!!」
目一杯手を伸ばして、棚の上の目覚まし時計を止める。
不愉快な音が止まり、安堵の時が訪れる。もうひと眠りしようか_______そんな俺の甘えた考えは、野太い声によって掻き消された。
「ディオー!あんた今日が何の日か分かってるんだろうねぇ!」
寝ぼけ眼をこする俺に向かって叫んできたのは、母親のマロムだ。美味しそうな名前とは裏腹に、恐ろしい戦闘能力を兼ね備えている筋肉おばさんだ。
「もちろん。流石の俺も忘れてないよ」
「そうかい、じゃあ、さっさと行っといで!」
眠さを堪え、既にテーブルに並んでいたハムエッグパンを頬張る。20秒程で食べ終え、洗面所で顔と歯を洗う。鏡に映るクルクル茶髪の男は、紛れもない俺自身。
……すんごいつまらない顔。
玄関に置いてあるリュックサックを背負い、威勢よくドアを開けた。
「行ってきまーす!!!」
家を飛び出すと、綺麗に敷き詰められた石畳が目に入る。煉瓦造りで統一されている中世風の街並みは、晴れ晴れしい朝の光を全面に受けて、キラキラ輝いている。
ひんやりとした朝の空気を吸い、中央広場まで続いている下り坂を全速力で駆けた。
俺が今、こんなに高揚している理由は他でもない。今日、俺は成人するからである。今日を境に"16の代"の俺たちは皆、一人前の大人になるのだ。
……なになに?成人するだけなのに何でそんなにワクワクしてるかって?それは、今から聖堂で行なわれる成人の儀式「ラピリオン」で、俺の人生が決まるからだ。いや、決まるというよりは"道が与えられる"といった方が近いか。
などと考えていると、すぐに目的の場所に辿り着いた。既に聖堂は、16の代と思われる少年少女でごった返していた。ディオが列の最後尾に並ぶと、ディオの前に並んでいた青髪の大男と目があう。
「お、ディオじゃねーか。久しぶりに会ったな」
「ジーパ!久しぶり!」
ジーパ・ルージン。彼とは幼馴染だが、家が遠いのでアカデミー卒業後はあまり会う機会がなかった。ジーパは持って生まれた恵まれた体格のせいもあり、アカデミーでの戦闘成績は常にトップだった。
「卒業以来だな!ちなみにディオは、どんな"ロール"を狙ってんだ?」
役割。ラピリオンによって人生が決まる大きな理由。
ロールとは、簡単に言うと、「特殊スキル」のようなもの。この大陸を支配する神が人間の能力を見極めて、ロールと呼ばれる力を授けるのだとアカデミーで学んだ。
ロールには、「戦闘ロール」「生産ロール」「学術ロール」の3種類が存在する。
この3種類のうち、いずれかのロールが授けられる。ロールを与えられると、『ステータス』と呼ばれる能力パラメータが与えられる。これは、その人の能力を数値化したもので、常に変化し、書き換えられる。
ステータスは以下のような種類がある。
・STR …物理攻撃力
・VIT …防御力、体力
・AGI …敏捷性、回避力
・LUC …幸運度
・TEC …生産の腕前や成功率、作成可能な物及び装備の種類
「俺は、戦闘ロール以外なら何でもいいかな」
ジーパは気まずそうに目を逸らす。俺に同情でもしているようだ。
「...そうだよな。俺も正直お前は戦闘向きじゃないと思うな」
そう。この俺、ディオ・バルムートは、アカデミーの戦闘成績がビリっカスなのだ。筋力なんて女子並みだ。
「やっぱりそう思うよな。俺もジーパみたいに運動神経が良く生まれたかったよ」
「まぁでも、ディオは性格がいいし、足の速さや跳躍力じゃアカデミートップクラスじゃねぇか。すごいと思うぜ」
返答に困り、とりあえず苦笑を浮かべておく。
俺の唯一の特技。それは、体の軽さを利用したダッシュとジャンプ(AGI)だ。この世界では、足が速い=運動神経が良い、とはならない。戦闘力が重視されるこの世界では、どちらかというと筋力(STR)の方が重要視されるのだ。
相変わらずの自分のダメさを再確認していると、いつの間にか聖堂の入り口門をくぐっていた。聖堂は、外壁がなく、全方位をエンタシスが囲んでいる。中世風の街並みの中で一際目立つ白色の石灰石でつくられた建物は、ギリシャの建造物を彷彿とさせる建築方式だ。
「ディオ、奥を見てみろよ!」
言われた通り聖堂の奥に目をやると、 髭を生やした白髪の老人が一人一人の腕に触れてロールを与えていた。彼は、「神代行」と呼ばれるこの地の賢者である。神代行は、この大陸に5人存在する。神の意志を代行するものとして、儀式などでは必ず現れるおっさんだ。
ロールを授かった少年には、小麦色の羊皮紙が渡されている。その紙に、与えられたロールの詳細が書かれているのだろう。
30分程経った時
「次の方〜」
と、ジーパが呼ばれた。
「じゃ、行ってくるよ」
試験にでも臨むような面持ちで、ジーパは神代行の前へ行った。
神代行がジーパの左前腕を掴むと、ブツブツと念じ始め、右手で羊皮紙に何かを書いていった。2,30秒後、神代行が口を開く。
「ハイ、できた。コレ見といておくれ」
羊皮紙を受け取ったジーパは、なにやら満足そうな表情を浮かべて聖堂を出ていった。
「ハイ次の方〜」
………俺の番だ。
「はぁ…………」
用意されている椅子に座ると、神代行が左手に触れてくる。
「はい、はじめますよー」
神代行が手の表面で、前腕を擦りはじめた。次第に青白い光が、左前腕を包んでいく。神代行は、必死でペンを滑らせていった。青白い光は更に勢いを増していく。
_______かれこれ3分程経過したのだろうか。他の人と比べると、あまりに長い。なにか、緊急事態でも起こっているのか?
そんなとき、神代行が小声で話しかけてきた。
「あんたさん、決断しな」
「ん……?」
何を決断しろというのだろうか。
「"普通"に生きるのか"特異"に生きるのか、を。」
………どういうことだ?
「お主には、可能性の種がある。しかしその道は、困難を極める。今ならどちらの道も選べるが、どうする…?」
青白い光の向こうに映る神代行の顔は、真剣そのものだ。今この瞬間が、人生の分岐点とかいうやつなのかもしれない。後で後悔しても、決して変えることのできない選択となるのだろうか。
「俺は………」
今まで普通以下の人生を歩んできた。このまま人生を、普通以下で終える可能性だってある。それなら……それなら少しくらい、"特異"な人生を歩んでみたい。
学者でもいい。人気店の経営者でもいい。医者でもいい。とにかく将来役に立つような、そんな特異な役割が欲しい。
激しい衝動が全身を襲う。迸る衝動に身を任せて、呟いた。
「"特異"な人生を望みます。」
ヴァヒューーーンッ!!!激しい衝撃音が、聖堂を包む。
…………………………長い静寂の後、青白い光が消えてゆく。
神代行が重く閉ざされた口を動かした。
「大変な人生になるだろう。だが、このロールとともに、生き抜いてくれ」
そう言って、神代行は、羊皮紙を渡してきた。はて、何だろう。学習能力up?生産効率up?
しかし、羊皮紙の1行目を見たとき、俺の予想は、大きくズレていたことに気付いた。
【戦闘ロール】
半強制的に、俺の冒険が始まった。




