照れた背中
薬草畑が順調に回復し、完全回復草が収穫できるようになった頃、やっと第二隊が戻って来た。戻って早々、サノエさんにチクチク言われたガルグさんが、目を細めて私を見たので素早く逃げた。
カルガさんとシダさんと一緒に薬草畑でのんびりしていたら、ガルグさんが現れた。
「よお、会いたかったぜ、ハニー」
「ダ、ダーリン、お帰りなさい。会えて嬉しいさようなら!」
「何処へ?」
「ど、何処って、えっと、ち、ちょっとお花を摘みに」
「着いてってやるよ」
「やだー、変態がいるわああっ!」
逃げようと走り出してすぐ回り込まれ、あっと言う間に捕まった私は肩に担ぎ上げられた。姫抱っこしろとは言わないけど、荷物扱いなのもどうかと思う。
「ちょっと、おならしますよ!」
「おう、嗅いでやるよ」
「ぎゃあああ、変態、この人変態ですうううっ!」
カルガさんとシダさんは何故かほのぼのとした笑顔で見送ってくれ、担ぎ上げられた私はそのまま自分のテントに放り込まれた。
「……ヴァミエールの名前出したって?」
「…………はい」
どかりと座り込んだガルグさんの傍で私も座りながら頷いた。
「やれやれ。まあ、スウェル男爵の次男坊っつったら、有名だからな。仕方がねえか」
「そんなにダメ男で有名なんですか」
「まあなあ。騎士隊に放り込めば何とかなると思ってたようだが」
「……ダメ男って、何をやらせても駄目なんですよね」
「親はそこまで思ってなかったようだが。ヴァミエールの名前が出たんだ、もう知らん振りは出来ねえな」
「早まったかなあ……」
「治癒隊の奴が巻き込まれたんだろ?」
「まあ、そうなんですけど」
「なら仕方ねえだろ。大体ヴァミエールの名前を聞いて大人しくならねえなら、救いようがねえだろう」
「む、義父はそんなに容赦ない人ですか」
「ねえな」
笑顔が素敵なおじ様なんだけどなあ。
「ところでガルグさん」
「なんだ」
「お帰りなさい」
「……その両手は何だ?」
「お土産」
「ねえよ!」
「えー?土産も買って来ないなんて、使えない人ですね」
「はあ?」
「どうせ浮気しまくって来たくせに。女臭いんですよ」
「なんだ、いっちょ前に嫉妬か?」
「そんな訳ないじゃないですか。私は私で男侍らせてますからね」
「の割りに、さっき快く送り出してくれたよな」
「何故かほのぼのした笑顔でしたよね」
「ははは、お前相手にされてねえんじゃん」
「高嶺の花過ぎましたかねえ?」
「ぶはっ、お前がか?おいおい、デカくでたな」
「私の良さが判らないなんて、ガルグさんはオッサンですね!」
「誰がオッサンだ!大体そこは子供扱いする所だろうが」
「オッサンを子供扱いできるわけないじゃないですか」
「オッサンオッサンうるせえんだよ!ったく、久々でも生意気だな」
「いだ、いだいいいいっ」
片手でわしっと額を掴まれ、思い切りギュウギュウと力を入れられた。
必死にガルグさんの腕を剥そうともがいていたら、いつの間にかサノエさんが入って来てた。
「仲が良いのは結構ですが、ガルグ隊長、レンデル隊長が戻ってきましたよ」
「お、悪い悪い」
「……リットさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
ガルグさんがレンデルさんの所へ行くのを見送り、サノエさんと別れて再び薬草畑に行く。ぐるりとテントを周り込むだけなので、大した距離は無い。
「抜けてしまってスミマセンでした」
「大丈夫ですよ。もう宜しいのですか?」
「はい、ちゃんと叱られました」
カルガさんとシダさんに報告した後、私達は交代で薬草達に語り掛ける。生き生きとした葉は、陽の光りを浴び、風にそよぎとっても気持ち良さそうだった。
「ここはのんびりできて良いですねえ」
「でしょう?王宮薬草園もこんな感じだったんだよねえ」
「羨ましいです」
「ふふ、存分に羨ましがってください」
完全回復剤はこれからだけど、高回復剤は三十本を超えた。
心許ない数ではあるけれど、戦い方次第では事足りると言う。
「第二騎士隊が正面から、第五は側面から攻撃してくれ」
「戦力を分散させて良いのか?」
「こっちで頭を惹きつけるから、そっちは尻尾に気を付けながら攻撃して逃げるって戦法を取ってくれ」
「いつものようにか」
「ああ、いつものようにだ。これで終わりにしよう」
「……そうだな」
夕食後、何故かまた私のテントで大事な話し合いをする隊長達をジト目で見ながら、テントの端で膝を抱えて座ってた。
おかしい、ガルグさんのテントは空いたはずなのに。
「では、明日決着を付けよう」
「ああ」
そして、挨拶をして去っていくレンデルさんとジールさん、第二隊の副隊長であるムクリさんを見送って。
「……なんだよ」
「ガルグさん、テント空きましたよね?」
「あ?そうなのか?」
「休暇が貰えた事で治療中の隊員さん達も随分復活したから、治癒所の寝床も空いてますけど」
「ふうん?知らなかったな」
「そうですか。もう自分のテントに戻っても大丈夫ですよ?」
「面倒だからここで寝る」
「えー?」
「嬉しそうで何よりだ。おやすみ」
「本気ですか?」
「お前も早く寝ろよ」
「……はーい」
結局、ガルグさんが戻って来たらお目付け役が元通りって事かと思いながら、私もゴロリと横になった。まあ、ヴァミエールの名前を持っていると知れ渡ったんだから、いなくても早々大事には至らないと思うんだけど。
「なあリット」
「……はい」
「ほら」
「いだっ」
頭に箱がぶつかって、コツッと音を立てた。
どうやらガルグさんが投げたらしい事は解ったけども。
「なんです?」
「やる」
「……お土産ですか?」
「いらねえモンだ」
こっちに背中を向けて転がっているガルグさんを見て、全く素直じゃないオッサンですねと思いながら、リボンを解いて箱を開けた。
箱の中に入っていたのは、可愛らしい髪飾りで。
緑色の卵型の石が三つ、赤く丸い形の石がその真ん中にくっ付いている、小さめの本当に可愛い髪飾りだった。
え、こんな可愛らしい髪飾りをガルグさんが?
「……何か言えよ」
じっと眺めていたら、背中を向けたままのガルグさんがそう言って来る。
照れたその背中が可愛らしい。
髪の毛を手早く纏め、横髪を髪飾りで止めてみた。
「似合いますか?」
ゆっくりとこちらを振り返るガルグさんに、横を向いて髪飾りを見せた。
「……お前には勿体なかった」
「ムキーッ!」
空箱を投げ付け、そっと髪飾りを外して掌で包み込む。
「……ありがとうございます、すごく嬉しい」
「そりゃ良かった」
「大事にしますね」
ニマニマと笑ってしまう口元と、手の中にある髪飾りの感触に、私は幸せな気分で眠りに付いた。
翌朝、いつもより早めに出立する第二隊と第五隊に、最終決戦だと鼓舞するガルグさんを眺めてた。ふと視線が絡み、くるりと回って頭に着けた髪飾りを見せると、ガルグさんは顔を赤くして視線を逸らしてた。
私に出来る事は、少しでも回復剤を作る事だけだ。
「さて。今日も張り切って話し掛けよう!」
「はい」
カルガさんとシダさんと三人でいつものように朝食を摂り、薬草畑に向かう。収穫できる薬草を摘み取り、調剤用テントに持って行った。
「ああリットさん、丁度良かった」
「何か問題?」
「問題と言うか、ちょっと作り出す物で迷ってまして」
そこにいたサノエさんの話を聞きながら、回復剤の在庫確認をして行った。
完全回復剤は今日の分を合わせて十八本、高回復剤が三十六本になるだろう。中回復剤は五十本を超えているし、小回復剤に至っては百本近い。
王都から届いた使えない薬草は、全部小回復剤になっていた。
「小回復剤を合わせて行って、中回復や高回復にはなりませんか?」
「ならなかった。けど、試してみたい事はあったんだ。でもそれは、今やる事じゃないと思う」
「例えばどんな?」
「……小回復剤に治癒術を上乗せしてみる、とか」
魔力回復剤は、治癒隊の人数分しかない。
完全回復剤が足りなくなった時に、治癒隊には頑張ってもらいたいからこそ、今やるべきではない実験だ。
「これが終わったらやってみて欲しいとは思ってた」
「リットさんは治癒術は使えないんですよね?」
「うん。魔水を作るだけで精一杯だから」
残念ながら私にはそこまでの魔力は無い。
「……他には何か」
「まだ色々実験中でさ。王宮薬草園も、やっと薬草が生え揃った時にこっちに来ちゃったから、本当にこれからなんだよね」
「あの、戻ったら治癒隊も薬草園に関わらせて欲しいのですが、それは可能でしょうか?」
「歓迎するって言いたいけど、偉い人達がどう思うかなあ?とりあえず、義父に相談はしてみます」
「お願いします」
「はい、お願いされました」
サノエさんと笑い合ってから、調剤用テントを出た。
たぶん、ここから戻ったらまた一からやり直しなんだろうなと思うと気が沈む。
「リットさん、元気出して下さい」
「出来れば僕達も薬草園の手伝いに入りたいですし」
「うん……、そう言って貰えると心強いよ」
ここで育てた薬草達を連れ帰るには、土ごと持ち帰る必要がある。一株ごとに入れる為の袋を作る事にして、薬草園で話し掛けながら三人で袋を作った。一番上手く袋を縫い上げたのがシダさんなのが解せなかった。
「……食事時になるけど、戻って来ないね」
「ですね」
日が沈んだら薬草達も眠る時間だ。
いつまでもうるさく声を掛けていては、薬草達はやさぐれてしまう。
早々に畑から離れた私達は、今朝第二隊と第五隊が出て行った方角へと視線を向け、まだ戻って来ない事に眉を顰める。
「……大丈夫、だよね?」
思わず口を吐いて出た言葉に、カルガさんとシダさんは大丈夫ですよと答えてくれたけど。戻って来ない人たちを待ちつつも、お腹は減る。
夕食を摂った後、サノエさん、カルガさん、シダさんがテントにやって来て、また四人で寝る事になった。
「おやすみなさい」
そう声を掛け合い、不安で押し潰されそうになりながら、横になって目を閉じる。手の平の中の髪飾りをそっと握り、無事に戻ってきますようにと願いながら眠りに付いた。