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闇ブレス

「足を止めろ!」

「ブレス来るぞっ!」


 休暇を貰っている間に、随分とキャンプ地に近付いた竜を追い払いながら、どんどん押し返して行く。キャンプ地にはアイツがいるんだ、これ以上行かせて堪るかと、ブレスの合間に突っ込んで行っては切りつけて行った。

 ずっと戦い続けているからか、竜も随分と疲弊しているが、それでも進もうとしているのが理解出来ない。


 リットが言っていたように、何か理由があるのかもしれないが。


「闇ブレス、来ますっ!」

「散れっ!」


 あれに少しでも触れれば、あっと言う間に持って行かれてしまう。

 バラバラに散開しながら、少しでも距離を稼ぐ為に必死に走った。


 アイツには言っていないが、この闇ブレスのせいで既に何人も部下を持って行かれていた。氷のブレスでやられた奴もいるし、炎のブレスで燃え尽きた奴もいる。

 それでも、アイツのお蔭で助かった奴の方が多いんだから、やっぱすげえモン作り出しただろ。誰も成功させる事が出来なかったんだから、もっと偉そうにしてりゃいいのに。


「無事かっ!?」

「アーノンとビリーがやられました!」

「……陣形戻せ!行くぞ!」


 逃げた分だけ進んで来た竜を押し戻しながら、ブレスを回避しつつ集中的に足を狙わせた。こっちで首を誘導しているからか、足への攻撃は上手く行っているようだ。

 だが、振り回された尻尾で吹っ飛んで行った奴らがいて、そこを目掛けて炎を吐かれた。


「ちっ、いい加減しつこいんだよテメエはっ!」


 炎を吐いている最中の首を狙い切り付ける。幸運な事に剣がサクッと入り、切り付ける事には成功したが、致命傷には至らなかった。


「くそ、ホント頑丈過ぎるだろ」

「隊長、無茶しないで下さい」

「今しないでいつしろってんだよバカ野郎」


 部下が焼かれた事でレンデルに火が点いたのか、雄たけびを上げながら突っ込んで行くのを視認し、慌ててこっちも合わせて突撃する。


「俺が切りつけた辺りを狙え!剣が入る!」

「おおおおおっ!」


 一日中戦い続け、互いに消耗戦の様相を呈してきたこの戦いは、夕闇迫る中、総攻撃へと転じたのであった。連発して来る炎のブレスを避け、氷のブレスを避け、何度も何度も切りかかって行く。

 炎の首を落とした時、竜が咆哮を上げた。


「闇ブレスが来るぞ!」

「逃げろっ!」


 暗くなって来て夜の気配が漂う中、闇ブレスから逃れる為必死に走った。

 

 特級ランク指定されている魔物は、そう滅多に姿を現さない。現れた時は国が終わる前兆だなんて言われる程の、圧倒的強者として現れるのだ。

 それを、第二騎士隊だけで斃せってのは、無理があるとそう言ったのに。


 通常なら、国を挙げて退治するもんだと、そう進言しても聞いて貰えなかった。何度も魔物討伐に出ているのだから大丈夫だなんて、魔物を倒した事もねえクソに言われて腹が立った。

 殴り付ける時間も惜しくて、睨んだだけで終わりにしたが。


 部下を生き残らせる為に治癒隊の同行の許可をもぎ取り、慌ただしく出立の準備を始めれば、国の重鎮、王弟のヴァミエール公がわざわざ会いに来たと言う。ヴァミエール公の娘の一人が、現騎士団長子息と婚姻を結んでいて、その関係で騎士団でも無下に出来ない人である。


「忙しい所、時間を取らせてしまってすまないね」

「いえ」


 こっちの時間が無いのを慮ってくれたのか、早速本題に入ったヴァミエール公から聞いたのは、面倒なことこの上ない話であった。


「王宮薬草師と言う職業が新たに出来た事は知っているよね?」


 そんな言葉から入った話は要するに、その王宮薬草師ってのがヴァミエール公の養女になったと言う事だった。

 何があっても守れと言われなかっただけ、マシかもしれない。


「義娘をよろしくね」


 笑顔でそう言われてしまえば、面倒事増やすんじゃねえと怒鳴り付けてやりたかった。そんな心の内はおくびにも出さずに、恭しく頭を下げてやったが。


「治癒隊が連れてくだと?何考えてやがる!」

「今までの比じゃない回復剤が作れるそうですよ」

「だからってお前、わざわざ火種背負い込んでさらにデケエ火種の所に行くバカがどこにいるってんだよ!」

「……ここにいますね」


 副隊長のムクリの言葉に、思わず手が出た。

 バシッと小気味の良い音を立てた後、ムクリが頭を擦る。


 渋々同行させたヴァミエール公の義娘は、決定したキャンプ地で調剤用テントを張るのを手伝い、治癒所用のテントを張るのを手伝っていた。全く動けねえのかと思ってたから少し驚きと共に見守った。


「隊長、先行させた奴らが戻ってきました」

「今行く」


 特級ランク指定されている魔物の特徴、弱点、進んで来るルートを報告させ、三つ頭の竜だと聞いた時は即座に王都に増援要求してやった。第二隊(うち)だけじゃ無理だと結論を出すのは早かった。


「……今まで通りの戦い方じゃ全滅するな」

「なるべく進行させないよう抑えながら押し戻すしかありませんね」

「人が足りねえ。それに第二隊だけじゃ決定打に欠ける」

「ですね」


 三つも頭持ってるなら炎だけ吐いてりゃいいのに、ご丁寧に別々のブレス持ちとはね。ったく、特級ランク指定ってのはこれだから嫌なんだ。


「大体出たら国が亡ぶって言われてんだ、国を挙げて戦うべきだろうがよっ!」

「他の隊が王都から出る事を極端に嫌いますからねえ」

「俺達が全滅すりゃ、真っ直ぐ王都だろ」

「けどもしかしたら、王都にまでは来ないかもしれないって考えではないでしょうか?」

「アイツらの頭には腐肉が詰まってんだろうよ」

「ああ、だから臭いんですねえ」


 隊を三つに分け、三交代制で事に当たる事にした。

 

「いいか、殺す事を考えるな。追い払うことに集中しろ」


 命を粗末にしないよう、足を止める事に集中するよう徹底する。

 それなのに、何人かの部下を失い、重傷を負いながらもまだ息をしている部下を抱え、必死にキャンプ地に戻った。炎のブレスで半身が溶けたように見える奴、竜の尻尾を打ち付けられ足を潰してしまった奴をすぐに治して欲しくて、治癒所に駆け込む。


 治癒隊の奴らは、連れてきた俺の部下を見て盛大に吐いた。


 すぐに治癒術を掛けるよう声を張り上げたが、全員が胸を抑えて蹲り、吐き続ける姿を見て絶望する。これじゃ何の為に治癒隊を連れて来たのか判らない。くそっ、と誰にともなく苛立ちを口にすれば、ヴァミエール公の義娘が出て来た。


「そこに寝かせて下さい、衣服は切って」


 騎士に指示を出しながら、何かの瓶を持って来る。ああ、あれがムクリが言っていたとこの時にようやく思い出した。


「おい、大丈夫なんだろうな」

「大丈夫です。怪我人を縄でベッドに縛り付けるのを手伝って下さい」

「……了承した」


 何故大人しく言う事を聞く事にしたのか判らない。が、ヴァミエール公の義娘がどこまでやれるのか見たいと思ったのだ。高薬草だの完全回復剤だの、こっちには何一つ回って来やしなかった。

 ヴァミエール公がわざわざ養子にしたってんならそれがどんだけ凄いもんかと、想像は出来るが。


「……内臓、切れた所から再生させた方が早いか。よし、ここからバッサリ行って下さい」

「は?」

「早く。そろそろ死にますよ」


 下腹部から左足に掛けてバッサリと切れとあっさり言って来る。

 

「……本当に大丈夫なんだろうな?」

「駄目ならその場で私を罰せば良い」


 早くしろと言わんばかりに睨み上げられ、ぐっと歯を食いしばって指示された所を切った。途端に噴き出す血、零れ落ちる内臓、意識を覚醒させた部下の叫び。


 目の前の女は、真剣な顔で傷口に液体を掛け、その後部下の首を軽く持ち上げて口の中にもう一つの瓶を突っ込んだ。素早くその瓶を抜き去り、同時に布を突っ込んでからの部下の苦しみ様は半端無く、暴れ回る身体を必死に抑えながらも、切り取った所から虹色の魔力光が飛び散って行き、新しい足を形作っていくのを何処か幻想を見ているような感覚に陥りながら眺めていた。

 

「よし、異常なし。これを二本飲ませて置いて下さい」


 そう言って高回復剤だと言う瓶を渡された俺は、無言で頷きながらそれを受け取った。

 俺が切り落とした部下の足を持って行くリットを見送り、それは部下の足だ、何処へ持って行く気だと思うのに、目の前の部下にはちゃんと足がある事を見て眉を顰めるのだ。

 はっきり言って、すげえ不気味な女だと思ったな。


「こう、切り取って下さい。できますか?」


 そんな声が聞こえてそちらに顔を向ければ、半身を焼かれた部下の所にいた。切れと言われた奴の顔色が悪く、その気持ちが良く理解出来たので高回復剤を別の部下に渡してから傍へ行った。


「あ、さっきの。こう、切って下さい」

「余分な幅があるようだが?」

「毒です。これ、魔物の攻撃ですよね?」

「そうだ」

「毒素が身体の中に浸透しているはずです。この色の変わりようは間違いないと思います」

「毒、か」

「はい。この色が変わっている所から人差し指一本分です。正確に。出来ますか?」

「ちっ。なあ、剣ってのは丸くは動かせねえんだぜ?」

「そこを何とかして欲しいんですよ。と言うか早くして下さい」

「……くそ、やってやらあっ!」


 意気込んだはいいが、人の身体を切るなんて中々出来ねえもんだ。二度とやらねえぞと思いながら、部下を助ける為だと必死に自分に言い聞かせる。

 そうして、指示された通りとは行かなくとも、何とか切り離せたと思った。


「見て、この黒いのが毒です。そこはもう切り取らなければ駄目なんです」

「うるせえな、ちょっと失敗しただけだろうが!」


 即座に駄目出しされた時には、ついカッとなったがな。


「短剣で切って。すぐ。こっちは私がやりますから。終わったらこれ掛けて」

「な、」

「早くっ!」


 言われるがままに動き、命じられるままに部下を抑え、激痛を堪える声を聞きながら気が付けば命を繋ぐ事が出来た部下が静かに寝息を立てていた。


「……治癒隊のゲロまで片付けて行きましたよ」

「あ、切り取った所は」

「それはこっちで処理しますよ」


 そりゃそうだ、確かにその通りだ。

 ムクリと二人、まだ血の気が戻らない顔を見合わせ、互いに乾いた笑いが漏れた。


「情けねえ、見慣れた俺達があんな小娘に負けるとはな」

「と言うか何ですかあの薬剤は。あんな物があるなんて聞いてませんよ」

「……表に出せねえからヴァミエール公が隠したって事か?」

「恐らく。おかげで助かりましたけどね」


 火種なんて可愛らしいもんじゃねえ、ありゃあ災厄そのものだ。

 

「アイツがいた町はリリムの森の近くって言ってたか。あそこはアーカーがうろついてる森だったな?」

「そうですね。なるほど、だから手慣れてたんでしょうね」

「アーカーは一級指定の魔物だからな」

「……ヴァミエール公が養女にしたぐらいですからね、恐らく色々優れているんでしょうね」

「治癒隊の頭でっかちよりはマシだったな」

「あれは、見慣れている俺達でもキツイ物がありましたよ」

「アイツはもっとすげえモン見慣れてんだろうよ」


 実際、今すぐ命の危機って事は無いが、ちゃんと処置しとかねえとその内死ぬって奴らも、高回復剤って奴で完治してた。これがどれ程のもんか、ヴァミエール公はしっかり理解してたって事なんだろうなあ。


「なあリット、この完全回復剤ってのはどこまで治す事が出来るんだ?」

「頭部が残ってるなら一分内に処置すれば行けますけど、身体が生える時の激痛に堪えられなくて……」


 おいおい、コイツは一度それを経験してるって事かよ。


「……欠損した所を生やすのに、激痛を緩和する事は出来ねえのか」

「そう言う研究は、これからの予定だったんです。やっと各種薬草が生え揃った所だったのですけどね」


 残念そうな顔でそう言ったリットは、色んな意味で残念な奴だった。

 特に、薬草に関して話を始めると、とんでもなく饒舌になり、自分がどれだけ薬草に愛を注ぎ込んでいるのか、どれだけ薬草がその愛に答えてくれているのかを語るので、治癒隊長のサノエまでがリットに薬草に関する質問をするのを止めたみたいだ。まあ、正解だろう。


「ガルグ隊長、ちょっと良いですか?」

「なんだ」


 治癒所で顔を合わせると声を掛けて来るようになり、人体の切り方を聞かれた時はちょっと引いた。骨を上手く切る事が出来ないのだと、真顔で言われた時には返事に困ったがな。

 切り落とすのは騎士に任せてお前は処置に集中しろと、そんな言葉を掛けて終わりにした。


「ああ、そうか、本職さんですもんね」

「誤解される言い方は止めろ。剣の本職と言え」


 話をする度思うんだが、どうやらリットは薬草に愛を注ぎ過ぎて、それ以外の事を疎かにしたようで、どうにも危なっかしい。ここに、自分以外の女がいねえって事がちゃんと理解出来ていないようで困る。

 第二隊の奴らには早々に、リットはヴァミエール公の義娘だと説明したから、早々変な気を起こす奴はいねえだろうが。


「おい、なんでお前は一人でうろついてんだよ」

「えー、ガルグ隊長に会いたくて出迎えに出たのに冷たい」

「治癒所にいろよ、会いに行くから」

「わ、嬉しいけど照れるう」


 コイツは阿呆か。

 思わず笑ってしまった口元を誤魔化しながら、リットを連れて治癒所に入った。


 ああ、そういやあん時から――。


「隊長おおおおおっ!」


 叫び声に我に返り、振り返った先には闇ブレスが迫っていた。



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