上げて落とす
「やっとお会いできましたね、リット・ヴァミエール嬢」
薬草園の入り口の喧騒を聞こえない振りで知らんぷりしていたけれど、いつまで経っても諦めない怒鳴り声にうんざりして、サノエさんに着いて来てもらって入り口まで来た。途端に、怒鳴っていた男の人がニタニタと笑いながら声を掛けてきたので、黙ってじっと見つめてしまう。
「私はブレフト・ブルスと言います。陛下より侯爵位を賜っております」
そう言って髭の付いた卵が頭を下げた。
なるほど、アーカーの卵のようだとガルグさんの言葉が蘇る。
「私の娘はクラト殿下と縁がありましてね。今は臣籍に下りましたが、ベイル公爵夫人であります」
この人がブルス侯爵か。
うん、確かに丸い。
「あなたは今、ヴァミエール公爵がどうなっているかご存知ですか?」
「勿論です」
「おや、ご存知でしたか。ならば何故ここに留まっておられるのです?」
「それが私の役目だからです。王宮薬草師である私の役目ですよ、ブルス侯爵」
「しかし、あなたのお義父上は今、大変な苦境に立たされていらっしゃる。義娘としては心配でしょう」
「私があの方を心配だなんて、そんな烏滸がましい事出来ませんよ」
「おお、やはり血の繋がらない親子は、薄情なのでしょうねえ」
「ふふ、ブルス侯爵。あなたはヴァミエール公を軽んじておられるようですね?」
「とんでもない。ただ、心配させて頂いておるのですよ。何せ、私兵に裏切られるなど思わなかったでしょうからねえ」
「そんな事を義父が予測できなかったと?」
「は……?」
「くだらない。ブルス侯爵、あまり義父を莫迦にする発言は避けるべきでは?」
「何、を」
「裏切りがどうしたというのです?そんな事ぐらいとうに予測済みですし、その為の対策も持っていらっしゃる。それがヴァミエール公ですと申し上げているのです」
「そんな、はずは」
「ブルス侯爵の言い分はまるで、義父が困っているのが小気味良いと聞こえますが?」
「そ、そんな事は」
「そうですか。私は義父が困っているなら見に行きたいぐらいですがね」
「……は?」
なんだこの卵野郎は。
まったく、義父を莫迦にするにもほどがありすぎる。
「国の災難の時、一丸となってそれを押しのけるべきでしょうに、あなたこそ、ここで何をしておられるのです?」
さっさと戦いに行けと追い払い、サノエさんと一緒に薬草たちの所に戻った。
わあわあとまだ騒いでいたけれど、騎士たちが追い払ってくれたので良かったと胸をなでおろした。
「リットさん。あなたに伝えなければならない事があります」
「なら、今日の調合が終わってお茶の時間でもいいかな?」
「はい」
そうして今日の収穫を終え、カルガさんが摘んだ葉を持ってくれて家の中へと戻った。今治癒隊の方は人数が少ないので、念の為と治癒隊の詰め所に残しているらしい。
訓練中に怪我を負う騎士もいるので、それを癒す為だとサノエさんが言っていた。
夕食はクレンさんが作ってくれると請け負ってくれていたので、サノエさんとカルガさんの了承を得て、みんなで厨房のテーブルを囲んだ。
初めて厨房で食べるというサノエさんとカルガさんに、「これも良い体験の一つだよ、きっと」と言いながら笑い合う。元々、キャンプ地で食べられるような人たちなので、テーブルとイスじゃなきゃ駄目と言う拘りもなかった。
クレンさんは驚いてたけど、グーテさんは『やんちゃだったんですよ、ラハルテ様は』と優しい顔で笑いながら教えてくれたから、きっと義父も厨房で食事をした事があるのだろうと思う。
「貴族様は、こんな所で食べるなんて怒ると思ってたよ」
「そういう者もいるでしょうけれど、私は食べられるならどこでも大丈夫ですよ」
「隊長に同じく」
サノエさんの麗しい顔でそう言われたクレンさんは、とっても気を良くしてお皿をもう一枚追加してた。美味しそうなお肉が乗っていたので、これはこれで幸運だったと思う。
笑い合いながら食べた夕食の後、三人で調合を開始し、次々と作っていきながら木箱に詰めて行く。
「そう言えばこれって、誰が引き取りに来てくれるんだろうね?」
「補給部隊があるはずですから、食料を持って行く時に来ると思いますよ」
「そっか。昼間に来てくれると嬉しいなあ」
「そうですね、その辺りは配慮されているでしょう」
そんな雑談もしながら、落ち着いたのかサノエさんが口を開く。
「昼間、伝えたいことがあると言いましたけど」
「うん」
「先に聞いてもいいですか?」
「なにかな?」
「リットさんは、どうしてガルグ隊長たちの事を聞かないんです?」
「んー……、信じて待つって決めたからかな」
魔力回復材は、今回同行した第四騎士隊が使うのだと聞いている。
第四騎士隊には魔術を行使できる人たちがいるそうで、その人たちと連携しながら戦えるのは心強いのだと、ガルグさんが言っていたのだ。
「あちらの事を聞きたいですか?」
「うん。聞いても良い範囲で教えて欲しい」
「……わかりました」
調合しながらの会話だからか、互いの顔を見ずいられるから話を聞きやすいというのもある。
「ブルス侯爵が言っていた私兵の裏切りですが。確かにその兆候があったようです。が、ヴァミエール公はそれら全てをねじ伏せております」
「だろうね」
「国王陛下がお怒りでしたから、ブルス侯爵もただでは済まないでしょう」
「むしろ済ませたら怒るよ」
まったく、くだらない事を考えるもんだ。
あの程度で義父に勝とうだなんて、良くそんな事が可能だと思える。
「それから、現れた魔物についてなのですが」
「うん。それが一番聞きたかった」
「今回の魔物は、堕天使と、死神のようです」
「…………それはまた、凄いのが出て来たみたいだね。どんな魔物なの?」
「詳しい事は判りませんが、ゲファルナはその身に闇を抱かせて堕とすのだそうです。ハロスは姿を見ただけで死ぬとありましたが、本当かどうかは判りません」
サノエさんの言葉に手が止まってしまいそうになって、慌てて調合を続けた。
魔力回復材は途中で手を止めてしまうと駄目になってしまうのだ。
「キツイね」
「はい。第四騎士隊の魔術師たちがどこまでできるのか判りませんからね」
「だねえ。なるほどね、だから義父も王弟派に私兵を出させたんだねえ」
「その通りです。国難の時、騎士隊を王都から動かす事に反対した者たちですからね。おかげで王都の守りは強固なままです」
「お莫迦ちゃんだね。前回の竜の討伐の時に何も学べなかったんだねえ」
「そう思います」
そして、その後は無言のまま薬剤を作り上げた。
今まで治癒隊へと行っていた分を全部使えるようになった事で、数もかなり作れるようになったのだ。
「よし。十日で二百行けそう」
「ですね。連絡しておきます」
「お願いします」
あちらとの連絡手段を持っているのは、治癒隊長であるサノエさんだけだ。
カルガさんはこちらの話を聞きながらも、何も聞いてくることはない。たぶん、貴族同士の争いから一歩引いた所にいるんだろうと思ってる。
「そう言えば、あっちに薬草送らなくていいのかな?」
「あちらは恐らく、調合している余裕もないかと思います」
「そっか。確かにこの間より激戦になってるっぽいもんねえ」
ガルグさんを守りたい私は、せっせせっせと薬剤を作る事だけだ。
それがあれば、ガルグさんが怪我を負っても絶対治ると信じているから。
「ところでさ、ブルス侯爵って何しに来たんだと思う?」
「リットさんをここから連れ出し、あわよくば自分の駒にしたかったのではないでしょうか」
「…………ん?」
「ええと、そうですね」
何となく理解はできたけどよく判らないので、もう一度説明してもらう。
要するに、義父が死んだら自分が後見になるから言うこと聞けと言いに来たのではないかとサノエさんが教えてくれた。
「何言っちゃってんの?」
やっぱり意味が分からず、思わず口を突いて出た言葉はそんな事で。
サノエさんとカルガさんがぷっと噴き出して笑う。
「まあ、そうですよね。けど、貴族の世界はそうして奪い合うのが日常ですよ」
「随分殺伐としてるんだねえ」
「確かに。自分が権力のトップに立ちたい者ばかりですよ」
「大変だねえ。ってことは、サノエさんとカルガさんも?」
「私は色んな事を知りたいので、まったく興味がないのですよ」
「隊長に同じく。地位や権力がある事より、知識を持てる方が嬉しいです」
「んーと、それは貴族としては変わってるって事?」
「はい、合ってますよ。それが元で、父とは不仲です」
「私は三男ですから、気軽にやりたい事をやっています」
「へえ、そうなんだ。カルガさん、薬草の手入れ好きって言ってくれたもんね」
「……シダもそうです」
「知ってる。そうじゃなきゃ、おならをしようの歌を覚えて歌ってくれるはずないもん」
そう言ったら、サノエさんもカルガさんも優しく笑んでくれた。
「では、私はそろそろお暇させて頂きます」
「え、もう?」
「はい。夕食、御馳走さまでした。とても美味しかったです」
「良かったらまた一緒に食べてくれると嬉しい」
「お誘い頂けるのならば喜んで」
そうしてカルガさんが帰って行くのを見送った。
グーテさんにお茶を淹れ直してもらい、サノエさんと向き合った。
「さて。何を教えてくれるのかな?」
聖獣の話はカルガさんの前では出来ない。
「ガルグ隊長が、リットさんは勘が良いって褒めてましたよ」
「わ、本当?嬉しいなあ」
「けど、斜め上の解釈をすると嘆いていました」
「えー、何その上げて落とすみたいな」
そして笑いあった後、本題に入った。
「今回のヴァミエール公の出陣は、聖獣の心臓であるハルト石を持ち帰るのが最大の理由ですね。王弟派の人たちは皆、ニュンフェの欠片をヴァミエール公に献上したそうですから」
「そうなんだ」
「国王派の者たちはちょっとしぶといらしく、中々提出されないようですけどね」
「自分たちが安全な所にいるからね。連れて行けばよかったのに」
「それはそれで邪魔にしかなりませんから」
それもそうだねと笑い合う。
そして、サノエさんはお茶をゴクリと嚥下してから、もう一度口を開いた。




