残った私たちは
義父はとても周到な人で、家の外に控えさせていたのか義父の合図でグーテさんが玄関のドアを開けると、次から次へと騎士が入って来て並んで行くと、今度は次々に客間から木箱が運び出されて行った。
軽々と手渡しされて行く木箱を見守りつつ、並んで見守る義父を見上げた。
「不安かい?」
「物凄く」
素直に答えれば義父が笑う。
「大丈夫、この間のような事にはならないよ。あの時は本当に苦労したけれどね」
「噂で聞きましたけれど、あの後、皆さん具合を悪くされたのだそうですね」
「大変だよねえ。やはり年齢を考慮して私も引退すべきだろうか」
「うふふ、悪いところが出来たら切り取って新しく生やして差し上げます」
「……もうおじさんだから勘弁して欲しいねえ」
「御冗談を。今、目の前にいる騎士たちよりずっと溌溂とされておりますよ」
そしてクスクスと笑い合う。
「ヴァミエール公、これをお渡ししておきます」
作ってからずっと、首から下げていた小瓶を取って手渡した。
「これは……、バルナー侯爵の?」
「いいえ、これはラハルテ様の分です」
ガルグさんには既に渡してある。
義父の分はいつ渡そうか悩んでいたのもあって、いつ手渡してもいいようにこうして首から下げていたのだ。
「使わなくてもいい、お守り代わりに持って行って下さい」
「……作ってくれたのか」
「それ、私の血で育てたんです。すごく重い物ですから大事にして下さい」
「それを私に?」
「はい。恩に着せようと思いましてね」
「ああ、これはお返しが大変だねえ」
「返さなかったら貰いに行きますから」
「ふふ、それは大変だなあ。ちなみに、踏み倒すことは可能かな?」
「利息は一日十割頂きます」
「すごい悪徳だよ、それは」
「そう思うならちゃんと帰って来て下さい」
いつも試されていたし、捻くれてるし、平気な顔で脅迫してくるし、色々腹が立つ人だけど。それでも、嫌悪感を抱いた事は一度もなかった。
「命ある限り、私が治しますから」
「……どうやら私の義娘は私より恐ろしいみたいだねえ」
クツクツと笑いながら、受け取った小瓶を首から下げる義父をじっと見てた。
「兄上の為にもね、清算するつもりだったんだよ」
「ラハルテ様は私を侮っていらっしゃいますね」
「ん?」
「覚悟を決めた人を何人見てきたと思ってるんです?もうね、目を見れば判るんですよ、そう言うの」
「目か。盲点だったなあ」
「生き恥をさらして長生きすればいいんですよ。失脚したら私が面倒見てあげますから」
「おや、そんな情けない姿を曝せというのか」
「そうです。それが国益の為だろうと王様を裏切るふりをし続けた罰だと思ってください」
カッコよく死ぬなんて許さないと言えば、義父は苦笑しつつも了承した。
「ライアスおじ様だって、私の意見に大賛成でしょうよ」
「まあ、ね」
「他の誰が何を言おうとも。ライアスおじ様と私は、ラハルテ様のお戻りを信じて待っていますから」
「あら、それを言うなら私もですよ、ラハルテ様」
「グーテ、君まで」
「当然です。まだまだ躾が足りないようですからね。戻ったらビシビシ行きますので覚悟して下さいな」
「この歳になって躾をされるのは嫌だなあ」
「そうやってノラクラと。いいですか、ちゃんと戻って来なかったら私もリットさんと一緒に押し掛けますからね!」
「わかった、わかったよグーテ。リットも睨まないでくれないか」
「睨まれるだけの事を言っているのはラハルテ様ですよ」
「その通りです」
グーテさんと二人、義父を睨めば義父が勘弁してくれと苦笑する。
「……わかった。ちゃんと戻るよ」
「約束ですからね」
「破ったら叩き起こしに行きます」
ふんっと鼻息荒く宣言し、木箱を運び終えた騎士たちが出ていくのを見送り、そして。
「では行って来るよ」
「気を付けて下さい」
「ああ」
義父は、散歩にでも行くような気軽な挨拶をして、出かけて行った。
グーテさんと二人、誰もいなくなった玄関ドアを暫くの間眺めてた気がする。
「さて。では私たちは眠りましょうか、リットさん」
「……はい、そうですね」
ぐっすりと眠ることができず、うとうとしては目が覚めてを繰り返し、そのまま朝を迎えた私はまだ興奮状態なのか、妙に頭が冴えていた。
身支度を整え、朝の光を浴びながらクレンさんとグーテさんに挨拶をし、一緒に朝食を摂る。
「薬草園の周りにな、いつもより騎士がうろついてるよ」
「ああ、たぶん城内も騒がしいんでしょうねえ」
「大丈夫なのかねえ?」
「大丈夫に決まってますよ。騎士が多いのはラハルテ様が手配してくれたのでしょうからね」
危険が及ばないよう、先に手を回してくれたって事だろう。
「そうですね、確かにここは夜になると私とリットさんだけですからねえ」
「その気になれば侵入できちゃうでしょうからね。騎士たちの目があれば違ってきますから安心ですよ」
「そうか。ならいいんだが」
グーテさんと私の言葉に、クレンさんが笑いながら頷いてくれた。
御馳走さまでしたと挨拶をしてから、いつものように薬草たちの世話をしに外に出る。ちらりと出入り口を窺えば、いつも騎士が二人いたそこに、五人ぐらいいるのが見えた。
あれもたぶん、義父が手配したんだろうと思うとその周到さに笑ってしまう。
きっと、自分の目が離れるからそうしてくれたんだろう事が判ってむず痒い。
「ホント、素直じゃない人って難しい」
独り言ち、クスリと笑ってから薬草たちへと話し掛けて行く。
場所を変えてはいたけれど、何度も何度も薬草たちを育ててきたからか、何となく土に元気がない気がする。今の内に別の場所も耕しておくべきかと、場所を決めて耕しながら話し掛け、歌を口ずさみ、また話し掛けてと繰り返してた。
治癒隊も忙しいのか、今日はまだカルガさんとシダさんが来ない。
しばらく一人でやるようかと、気合を入れて鍬を握った。
義父が手配してくれた竜の糞は、定期的にこの薬草園に届けられる。
騎士の所まで運ばれてくるので、クレンさんが入る時に預かって来てくれるのだ。おかげで、まだまだ急ぎで薬草たちを作る事は出来そうだけれど、一人で管理するとなると規模を縮小させなければならない。
その辺りの事をサノエさんと話し合いたいけれど、今はまだ無理だろう。
「の~んびり~、陽の光~を浴びてたら~、気持ちが良くて寝ちゃったよ~」
昼寝の歌を歌いつつ、どんどん土を耕していく。
生家から持ってきた風除けの網は、いつでも使えるように木の杭だけ打ち込んである。
歌いながら石を拾い、掘り出しては拾い、それを繰り返してやっと畑になるのだ。
そうして、お昼の時間が近付いた頃、サノエさんが一人でやってきた。
「申し訳ありませんでした、リットさん」
「大丈夫だけど、サノエさんは大丈夫なの?」
「治癒隊も討伐に同行する事が正式決定しました。それで、あちらに同行する者の事なのですが」
「うん」
「ヴァミエール公が出陣すると聞いたのですが本当ですか?」
「そう言ってたよ。昨夜、作ったもの全部持って行った」
「……そうですか」
「なんで?」
「討伐に同行する者を選出しようとしたら、自薦する者が多いので」
「ああ、王弟派の人たちね?」
「その通りです。心当たりが?」
「あるある。ラハルテ様はね、これを機に一掃する予定だよ」
「やはりそうでしたか」
「やっぱりサノエさんは気付いてたんだ」
「はい。絶好の機会ですから」
「そうなんだ。じゃあ、シダさんはあっちに行くんだね」
「はい。ですからカルガと私が手伝いに入ろうと思いまして」
「え、サノエさんが?それは大丈夫なの?」
「勿論です。薬剤の調合は一番必要な事ですから」
「うん、まあその通りだけど」
治癒隊隊長が自ら薬草を育てるのを手伝うって、大丈夫なのかなと思いながらも了承する。もちろん、サノエさんが優秀だからってのもある。
「じゃあ、よろしくお願いします。こっちはいつでも大丈夫だから」
「午後から来ます」
「そうなの?」
「はい。治癒隊の方は片付いてますので」
「そっか。じゃあお待ちしてます」
そして、一度戻るというサノエさんを見送り、私も家へと戻る。
いつも通りにグーテさんが家の掃除をしてくれていたし、クレンさんが作る料理の良い香りが漂っていて、変わらない毎日を送る事が重要なんだと身に染みた。
うん、薬草を育てて薬剤を作る毎日を送ろう。
「あー、すっごく良い香りですよ、クレンさん」
「そうだろう。今日のも美味いぞ」
「クレンさんのおかげで毎日幸せです!」
騎士食堂のヒノマさんとクレンさんはお知り合いらしく、偶にヒノマさんから果物が届くのだ。とても美味しく頂きつつお礼を言えていない事が気がかりである。
クレンさん曰く、気にしなくていいって事だけど。
「では、頂きます!」
三人で厨房で食べる食事は、いつも楽しく過ぎて行く。
午後からやって来たサノエさんとカルガさんが、耕すのを変わってくれたので私は薬草に集中する。収穫できる葉を摘み、もう収穫できない物は花を咲かせて種を作らせる。
新たに作った畑に竜の糞を混ぜ込んで再び耕したり、語り掛けては褒めちぎり、役割を終えた薬草たちを労った。
夕食後にはサノエさんと二人で作っていた薬剤を、カルガさんが混じって三人で作るようになり、随分早く睡眠時間を確保できるようになったおかげで、毎日快適に目が覚める。
義父が出立して二十日が経った頃、いつものように三人で薬草たちの世話をしていると、入り口の辺りで声が上がった。
「私を誰だと思っている!貴様、無礼が過ぎるぞ!」
男の人のそんな怒鳴り声に、三人で顔を見合わせ首を傾げた。




