一押しでお勧め
『やあ、サノエ君。時間あるよね?』
『は、はい、勿論です』
『うん。あ、昨夜は義娘が世話になったね』
『きちんと最後までエスコートする事が出来ず、大変失礼致しました』
『いいんだよ。お蔭でバルナ―侯爵と仲良くなれそうだからね』
そんな会話の後、サノエさんが義父に連れて行かれるのを昨日目撃したと、治癒隊のエイブさんが教えてくれた。
今日の薬草園係は、ちょっと太めのエイブさんと、騎士みたいにがっちりした体格のノルトさんだ。キャンプ地で回復剤の調合を教えてた時、不器用なんだろうなと思った二人だけど、それを自覚した上で工夫して克服しようとする頑張り屋さんだ。
「エイブさんて、一人二役まで出来るんだ。すごいね」
教えてくれたエイブさんは、自分でサノエさんと義父のように振る舞いながら熱演してくれたのだ。思わず感心してしまった。
「驚く所はそこじゃないですよ、リットさん。昨夜、いや一昨夜ですね、何かあったんですか?」
「えっと、レンデル隊長に夕食に誘われて、サノエさんがエスコートしてくれた、くらいかな?」
「ああ、レンデル隊長って、では何故ガルグ隊長の名を?」
「ガルグさんも夕食に招かれてたから?」
「そうだったんですか。隊長達の慰労会のような物でしょうかね」
「そうだったのかな。でも、誘って貰えたお蔭で美味しい物いっぱい食べて来たんだ」
「良かったですね、リットさん」
「うん」
エイブさん、人懐こいのを利用してぐいぐい探り入れてるなあって、気付いちゃったら怖かった。サノエさんの忠告通りで、やっぱり貴族って怖いなあ。
「そう言えばシダさんが言ってたんですが、本の読み聞かせでも大丈夫らしいですね?」
「そうみたい。語り掛けるように読み聞かせてくれれば、大丈夫だった」
「良かった。僕もノルトも何を話したらいいのか判らなくて困ってたんですよ」
「えっと、何かごめんね?」
「ああいえ、こちらこそお役に立てずに申し訳ありません。ですが、読み聞かせで良いのなら、お役に立てそうで安堵してます」
エイブさんて、私より年下のような気もするけど、狡猾そうな感じから年上なのかもしれないと思う。
「ううん、変な事お願いしてる自覚は昨日出来たから」
「昨日も何かあったんですか?」
おお、エイブさんぐいぐい来るよ、怖いよ。
「昨日、土に向かって話し掛けてるのを初めて客観的に見ちゃって。すごく不気味なんだなあって初めて気付いたんだよね」
肩を落としながらそう言うと、エイブさんは変わらない笑顔で私に「そんな事、気にしなくて良いのに」と言って来た。それで気付いたんだけど、エイブさん、笑ってるけど笑ってないんだ。
そっか、そう言う笑い方の人なのかって理解した。
「ありがと。今更気にしてももう遅いからいいけどね。じゃあ今日はよろしくお願いします!」
もう話は終わりだと頭を下げ、エイブさんは高回復草、ノルトさんが完全回復草、私が魔力回復草に話し掛ける事にした。
昨日より土が盛り上がっているから、今日もしかしたら芽が出るかもしれないと思いながら、語り掛ける。表面の硬くなってしまう土を柔らかくしながら、今日も良い天気だねから始まって、全然家に帰れないけど大丈夫だろうかなんて愚痴も言いつつ、昼食時までのんびり過ごした。
エイブさんとノルトさんと三人で食事休憩を取る事になり、早めに食堂へ向かう。
「リットさん、ヴァミエール公爵は薬草園に来ないのですか?」
「義父は忙しい方だからねえ」
「そうですか」
こうして午前中一緒に居続けて判ったんだけど、ノルトさんはすごく無口だ。もしかしたら話をする事が物凄く苦手なのかもしれない。
「ノルトさん、無理してない?」
そう聞いてみると、一瞬動きを止めてから慌てて首を横に振る。
困った顔で否定されても信用できないよ。
「あのね、向き不向きってあると思うの。だから、無理だと思った時は遠慮せず言って欲しいんだ」
「……大丈夫です」
「うん。でも、本当に無理だと思った時は言ってね?」
「はい」
「エイブさんも」
「僕は向いてると思うんですよね」
そう言ったエイブさんには笑って答えて終わりにする。
正直、エイブさんは向いてないと思う。ノルトさんの方が向いてると思うけど、あまり言葉を口にしない人は、無理を重ねてしまいやすいから。
そして、まだ騎士の数が少ない食堂に入り、三人で昼食を摂っている最中、ガルグさんがやって来た。
「ん?お前ら治癒隊の奴らか?」
「はい、エイブです。こっちはノルト」
「ガルグだ」
男性三人が挨拶を交わし、ガルグさんが私へ目を向けた。
「リット、時間貰えるか?」
見た事無いぐらいの優しい顔でそう言われた私は、一瞬でぽうっとなった。見つめられているのが恥ずかしくて、少し俯きつつも、珍しいガルグさんの顔を見たくてチラチラと視線を上げる。
「あの、はい、大丈夫、です」
今日は右側に着けてる髪飾りを無意識に触ってた。
ガルグさんがクスリと笑って、食べ終わってからでいいと隣の椅子に腰を下ろし、私をじっと見て来るので困る。
「……見ないで下さい」
あまりの恥ずかしさにそう言うと、ガルグさんはまたすっごく優しい顔で笑ってから、視線を外してくれた。今の内にと、残っていた料理を口に入れまくり、あっと言う間に食べ終える。
「あの、終わりました」
「うん」
差し出された手に右手を重ね、空の食器を持って気付く。
「エイブさん、ノルトさん、あの、ごめんなさい、先に行きます」
「はい、わかりました」
「休憩時間が終わるまでには戻りますので」
「ごゆっくりー」
エイブさんがにやっと笑いながらそう言うので、恥ずかしくて俯きつつ、ガルグさんに促されて歩き出す。空の食器を戻し、ガルグさんに手を轢かれるまま歩いて行き、案内されたのは王城の中の小さな部屋だった。
「……物置ですか?」
「まあな。と言うかお前、演技出来たんだな?」
ニヤリと笑いながらそう言ったガルグさんに、「本気でしたよ」と答えれば、ぶはっと笑ってくれた。
「さぞかし初々しい恋人同士に見えただろうよ」
「だといいんですがねえ」
王宮薬草園は、木材で作られた高い塀に囲まれている。
出入り口は一か所しか無くて、許可なく中に入れないようになっており、その出入り口には騎士が常駐してた。要するに、私が許可なく外に出ないようにする為の見張りなのだろうけど、それは今も変わっていない。
この塀に囲まれている中だけが私の自由にできる所で、突貫で作られた小屋があったのもここ。今その小屋を立て直してるけど、結局塀はそのまま残すみたいだし、まあ、薬草が盗まれない為にもあった方が良いと判断している。
今朝、いつものように朝食を摂ってから薬草園に来た私に、見張りの騎士がそっと、気付かれないように小さな紙片を渡して来たのだ。
疑問符を浮かべながらも何気なく受け取り、薬草の報告書を確認している振りをしながら、折り畳まれていた紙片を開いてみればそこに、『昼時に恋人に会いに行く』とガルグさんの字で書かれていた。
キャンプ地でガルグさんが書く酷い報告書を読んでおいて良かったと、本気で思った。
最初は、何でわざわざ他の女に会いに行くと宣言するんだこの野郎と思ったけど、義父との色々を思い出して、これは私に恋人の振りをしろって事か?と気付いた。
そんな最中にやって来たエイブさんを見て、なるほど、これが面倒の原因かと理解していたので、ガルグさんの優しい顔にときめく事が出来て良かったと思う。
「ヴァミエール公に何を言われた?」
「色々言われましたけど、義父が触れられたくないのは聖獣の事みたいですね」
「やっぱりか。お前は今日サノエに会ったか?」
「いいえ。けど、昨日義父がサノエさんに会いに行ったみたいです」
「誰から聞いた?」
「昨日サノエさんからと、今日、さっきいたエイブさんに」
「ああ、あれか」
あれ扱いか。まあ、確かにそう言う扱いになるかもなあ。
「……サノエは今日、出勤してねえ。治癒隊の奴に聞いたら、休暇だとぬかしやがった」
「あ、もしかしてもぎ取ったって言う連休ですか?」
「そこまでは聞いてねえが。レンデルにも会えない状況だ」
なんと、レンデルさんもか。
「ガルグさんにはまだ接触してこないんですか?」
「俺は今までヴァミエール公とは無縁だったからな。今回ばかりは貴族の仕来りって奴で助かったかもしれねえ」
「貴族の仕来りって?」
「爵位持ち同士は、話しをした事が無い奴と話す時、間に紹介者がいなきゃ声掛けちゃいけねえって事になってんだ」
「うわ、何て面倒な」
「そう思ってたが、助かってるよ。だが、レンデルかサノエを間に挟まれたら終わりだ」
「……ですね」
「その前に動くか」
「え、どうするんですか?」
「王太子殿下の御威光を借りる」
「ああ、そう言えば『ごがくゆう』って言ってましたね」
「まあな。あー、とうとう肩書き借りる事になりそうで面倒だ」
そう言ってガシガシと頭を掻いたガルグさんは、溜息を吐き出してから顔を上げ、私をじっと見て来た。
「え、なに?」
「……それ、ずっと着けてんだな」
そう言って笑ったガルグさんは、また優しい顔で笑ってた。
すごくドキドキする笑顔だから、あんまり見せないで欲しい。
「ええ、はい、まあ、そうです」
隠すように髪飾りに手をやり、それでも恥ずかしさで居た堪れなくなって、視線を逸らしながら答える。
何となく部屋の中を見渡して、気付いた事がある。部屋自体はそれ程小さくはないけど、やたらと物が置いてあるせいで小さく見えていたのだ。だから、物置かと思ったけど、物置特有の埃っぽさが無い。
「……この部屋って、謎ですね」
「そうか?」
「はい。物置なのに、埃っぽさが無いですし」
そう、きちんと掃除がされているのだ。
王城では物置まできちんと掃除をするのかと、感心しながら見回していたら、クツクツと笑っているガルグさんが視界に入る。
「え、なんですか、何が可笑しいんです?」
「いや……、あー、悪かったと思ってな」
「え?」
ニヤリと笑ったガルグさんが私に手を伸ばして引き寄せる。
胸の中に飛び込む私を抱き留めたガルグさんは、私の耳元でこう言った。
「この部屋はな、城で働く奴らが一時の逢瀬を楽しむ部屋だ」
その言葉を頭の中で理解した時、顔を上げればガルグさんが私をじっと見下ろしていた。
「そう言う部屋だから、内緒話するには持って来いだろ?」
「……覚悟の上で連れ込んだんですか」
「当たり前だろ」
気に入ってくれたみたいで嬉しいと、そう言って笑ったガルグさんに、自分から抱き付いた。
「お嫁さんにして下さい」
見上げて求婚した私に、ガルグさんはぶはっと笑い出す。
「お前、子供ん時もおんなじ顔しておんなじ事言ったよな?」
「言いました」
「変わってねえのかよ」
「そこが私の一押しでお勧めなんですよ」
「あー、まあ確かにそうかもな」
そして、ふっと笑って私を優しき抱き締めてくれる。なので、私もしっかりとガルグさんにしがみ付いた。
「リット。お前の事は俺が守ってやるから安心しろ」
「……はい」
しがみ付いている腕に力を込めて、ガルグさんにもっとしがみ付いた。




