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不気味だなって

 翌朝、食堂で朝食を摂ってから薬草園に行くと、義父とお付きの人がいて背筋が伸びた。まだぼうっとしていた頭は一瞬で冴える。


「おはようございます。お待たせして申し訳ありません」

「何、年寄りは早起きでね。気にしなくていいよ」


 年齢より随分と若く見えるヴァミエール公爵は、ニコニコと笑いながらそう言った。すごく、説得力ないです。

 義父はそこにいるだけで場を支配する人だと思う。

 王様の弟でこれなんだから、王様はもっとすごいんだろうなあ。


「食事は済んだようだね」

「はい」


 言いながら義父が自分の正面の椅子に座るよう促すので、返事をしながら座らせて貰った。途端にまた、お付きの人が綺麗なクロスをテーブルに掛け、お茶の用意がされる。


「昨夜は楽しかったかい?」

「あ、はい、色々と用意して頂き、本当にありがとうございました」

「いいよ。しかし、君を招待したのがグリアーデ伯、迎えに来たのがサノエ君、送って来たのがバルナ―侯爵とはね。私の義娘は中々やるようだ」


 そう言って喉の奥でクツクツと笑った義父は、一体何を考えているのか判らなかった。でも、これだけは言える。

 義父、怖い。


「あの、貴族的に駄目な事だったでしょうか?」

「いや、いいんだ。もっと多くの男達を手玉に取りたまえ」


 笑いながらそんな事を言うので、やっぱり良く解らない人だ。

 けど、一つだけ判った事がある。

 義父はどうやら、サノエさんとは親しい間柄のようだと。


「ところでね、昨夜話題に上った事なんだけれど」

「……はい」

「聖獣の事を調べているんだって?」


 ぞわっと全身の毛穴が開き、背中を冷たい汗が流れて行った。


「いえ、私ではなくサノエさん、ユークリット伯がお調べになっているそうです」

「ふうん?君は、なぜ彼らが聖獣に興味を持ったのか知っているかい?」


 一瞬にして干乾びた喉を潤す為か、ゴクリと唾を飲み込んで我に返る。

 飲まれるなと言い聞かせながら、どう返事をすれば良いのか考えた。


「……特級ランクに指定されている三つ頭の竜が、何故現れたのかと言った話から、北西の原生林に関係がありそうな聖獣の話が出たと思います」

「それは、サノエ君からかな?」

「はい。古い文献で見たと」

「やはりか。あの子は学ぶ事にとても貪欲だからね。そして、何でも吸収してしまうんだ」

「はい、そうですね」


 キャンプ地で、私が作る高回復剤と完全回復剤の調合を、完璧に覚えたのはサノエさんが一番早かった。乾燥させていない状態の物から作り出す術、完全に乾燥させてから作り出す術、あっと言う間に覚えた。


「君も、あの子は優秀だと思うだろう?」

「勿論です」

「うん。けれどね、あの子にも欠点があるんだよ。何か判るかい?」


 それは恐らく、知識欲。

 気になると、知ってはいけない事まで知ってしまう事だろう。

 だけど。


「そうですね、サノエさん自身も言っていましたけれど」


 そう前置きをしてから話す。


「誰かが作り出した物を学ぶ事は出来るし、それを覚える事も出来る。けれど、自分で何かを生み出したり、作り出す事が出来ない、と」


 手に入れた知識を更に発展させる事が出来ないのだと、肩を落として言っていた。その代わり、一度覚えた事は絶対に忘れないとも。


「……なるほどね。それは確かに、研究者としては欠点になるね」

「ご自身で解っていらっしゃるようですし、まだお若いから、今は誰かの知識を手にするだけでも充分だと思うのですけど」


 ふふ、と笑いながら答えれば、義父は満足したのか口端を持ち上げて笑みを作り、冷めたお茶をコクリと飲んだ。

 どうやら正解だったようだと、私も冷めたお茶を飲み干した。


「ああそうだ、今日から正式にこの薬草園は治癒隊の管轄になるよ」

「では、私も治癒隊の一員と言う事になるのでしょうか」

「いや、君はあくまでも薬草師だよ。特別だからね」

「光栄です」


 その後、義父は「有意義だったよ。またね」と言って帰って行った。

 どっと疲れが出た私は、薬草園に篭ってやっと芽が出て来そうな土に向かって語り掛ける。


「もー、生きた心地がしなかったよー。なんで部屋の中の会話が筒抜けなんだと思う?あの人怖いよねえ?って言うか、芽が出そうじゃない、頑張ってるね。早く出ておいで、会えるのを楽しみにしてるよ」


 魔水を与えつつ語り掛けて行き、高回復草、完全回復草、魔力回復草が芽吹いて来るのを、ワクワクしながら待つのであった。

 

 昼食時より少し早めに食堂へ行き、ヒノマさんから食事を受け取り、おまけで付けてくれた果物を齧っていると、サノエさんがやって来た。


「よかった、ここにいたんですね」

「あ、もしかして探してた?ごめんね?」

「いえ、大丈夫です。午後からカルガとシダがお世話になるので、ご挨拶にと伺っただけなんです」

「それはご丁寧にありがとうございます」


 空の食器を返し、ヒノマさんに挨拶をしてから食堂を出て、サノエさんと二人で歩きながら薬草園に向かった。


「ヴァミエール公から念押しされました」

「サノエさんのとこも行ったんだ。こっちにも来たよ」

「さすがですね。けど、それだけ聖獣の事は知られたくなかったんでしょう」

「なんでだろうね?」


 整えられ、綺麗に掃除が行き届いている外通路は、見渡す限り人の姿はない。ないけど油断はできないと、サノエさんと笑い合いながらそんな会話を交わした。

 この辺りは王城で働いている人しか通らない道だけど、ちゃんと毎日手入れしている人がいる。だけど、今その姿が見えないのは昼時だからだ。

 それを狙って外に出てゆっくりと歩きながら会話している。


「レンデルさんとガルグさんのとこも行ったんだろうねえ」

「だと思います」

「……調べるの止める?」


 そう言いながらサノエさんの顔を見上げると、サノエさんは綺麗な顔で笑ってくれた。


「まさか」

「だよねえ」


 あの義父の顔が、悔しそうに歪む顔を見てみたい。

 けど、そう簡単に見せてくれそうもない人だから、今はまだ想像して笑うしかないけど。


「貴族的なやり方はお任せします」

「何か、心当たりが?」

「庶民には庶民のやり方があるのよーっと」


 取り敢えず、私達四人に監視が付けられたという事だけは理解した。

 

「治癒隊の人も、貴族の人だよね?」

「その通りです」

「うん、わかった。色々気を付けるよ」


 カルガさんとシダさんには、キャンプ地で色々とお世話になったし、気心も知れている気がしてたけど。でも、貴族だからこそ、気を許し過ぎてはいけない。

 ヴァミエールの名は伊達じゃないのだ。


「久し振りだね、カルガさん、シダさん」

「お久し振りです、リットさん。今日からまた、お世話になります」

「こっちこそ、よろしくお願いします」


 サノエさんと一緒に薬草園に入って、カルガさんとシダさんに挨拶をする。

 サノエさんが二人に、キャンプ地にいた時と同じように、私の手伝いをするよう言っているのを聞きながら、最初に芽を出す高回復草の畝を眺めながら、またガルグさんに中々会えない事を寂しく思った。


「そう言えばね、昨日のガルグさんの格好が、なんと、お貴族様だったんだよ。お貴族様って言っても、ヒラヒラは着いて無くて何かこう、ピシッとした感じだったけど、ガルグさんは着崩してる方が似合うと思わない?あ、ヒラヒラと言えばね、サノエさんの服はヒラヒラした感じだったよ。やっぱりお貴族様の服にはヒラヒラが付くんだと思って、感心しちゃった」

「……あの、リットさん」

「え、なに?」

「あの、語り掛けは理解しましたけど、いつもそんな事を?」

「え?うーん、まあそうかなあ?薬草達にも色々教えて上げたくてさ」

「そう……、ですか」


 難しい顔で考え込んだサノエさんに首を傾げつつ、私は薬草達に語り掛ける。


「レンデルさんは、サノエさんよりヒラヒラが少なかったなあ。そう言えば、義父の服は、ヒラヒラより刺繍が多いよね。ヒラヒラは若い人の特権なのかもしれないねえ」

「べ、別に付けたくて付けている訳では」


 高回復草の種が埋まっている土に向かって話していたら、後ろにいたサノエさんが口を挟んで来た。


「そうなの?でも、サノエさん似合ってたよ、ヒラヒラ」


 綺麗な顔してるから、襟元に着いてたヒラヒラが更にお貴族様感を出してて、サノエさんにすごく似合ってると思ったのに。


「……何故でしょうね、あまり嬉しくありませんね」

「あー、ならごめんね。でもサノエさん、綺麗な顔してるからああいう感じの服似合ってると思ったんだ」

「綺麗、ですか……」

「あれ、もしかしてこれも嫌だった?」

「そうですね、あまり嬉しいとは思えなくて」

「そっか。いっぱい失言してごめんなさい」

「いえ、こちらこそ不満を露わにしてしまい申し訳ありません。しかし、リットさんが心からそう思ってくれている事は理解してます」


 サノエさんはそう言って困った顔で笑った後、カルガさんとシダさんをよろしくと言って去って行った。


「……サノエさん、気にしちゃったかな」

「大丈夫ですよ。まあちょっと、隊長はあの顔のせいで苦労されたようなんです」

「あー、それは悪い事言っちゃったなあ」


 綺麗な人は得してるって思ってたけど、どうやらそうでもなかったみたいだ。


「うん、よし、後で内緒の話しを教えよう」

「え、なんです?」

「内緒」


 そして、カルガさんとシダさんと笑い合いながら、それぞれに種に語り掛けた。色々と起こった事を話しながら、ふと、顔を上げたらカルガさんの姿が目に入った。見るともなしにカルガさんを眺めていて、気付いた事がある。


 土に語り掛けてる人って、不気味だと。


「あああっ!」

「ど、どうしたんですかっ!?」

「何か問題が?」


 そうだ、今まで私、皆からそう言う眼で見られてたんだって、今初めて気付いたよ。そりゃあ恋人も出来ないはずだよ、だってすごい不気味だもん!

 あ、そっか、だから町の皆が心配してくれてたのか。


「カルガさん、シダさん。私、凄い事に気付きました」

「……もしかして、薬草が何か?」

「ううん、薬草達は完璧なの。勿論、芽が出て来たらわかると思うけど、葉の艶、ピンと伸びた筋、複雑に張り巡らされた葉脈、それに」

「リットさんリットさん、あの、話しがずれているようですが」


 シダさんにそう言われて、はっと我に返り話を戻す。


「そう、薬草達は完璧なのですが、私が駄目駄目だった事が判ったんです」

「駄目駄目、とは?」


 カルガさんがすごく心配してくれてるのが判る。

 ひょろ長なカルガさんは、とってもとっても心優しい青年なのだ。


「今、カルガさんが種に話し掛けているのを眺めてたんです」

「え、そうだったんですか?」

「それで、カルガがどうかしたんですか?」


 シダさんは、私より親指一つ分背が低いけど、真ん丸眼鏡を掛けた真ん丸な目を、じっと私に向けていた。


「……土に話し掛けてる人って、不気味だなって」


 一瞬呆けたシダさんは、長々と溜息を吐き出して元の位置に戻り、土に向かってぶつぶつ呟き始め、カルガさんは少し涙目になりながら肩を落として元に戻って泣き言を言い始めてた。


「あの、ごめんなさい」

「……いいんです。自分でもわかってますから」

「え、すごいね。私、今頃気付いたのに」


 やっぱり、頭が良い人は違うなと感心しながら、私も土に向かって語り掛け続けたのであった。




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