たからもの
とおくてちかい
あたたかくて
これはきっとじぶんのたからものだから
朝早くからの撮影も夕焼けが沈む頃ようやく終わりを迎えた。
衣装から私服に着替え、化粧を落とし、日向香南に戻る時間がやってきた。
「今日も疲れたね。」
「そうだねえ。今日はさっぱりしたものを食べようか」
「あーはやく風呂上りの一杯が飲みてえー!」
「親父くさいよ。燎はもうおじさんになるのか?」
「雅さんひでー」
帰りの車の中いつものように夏流、周、燎、雅の会話が始まる。
それを香南は朝七海が朝早くにタンブラーに入れてくれたハーブティを飲みながら聞いていた。
「香南の家は今日ご飯なんなの?」
「しらねえ」
「はー。香南君はそんなこと言い出すんですね。そんな君にはもう聞きませんー。」
燎はそう言うと携帯を鞄から取り出した。
香南が手を出し取り上げる前に短縮一番を押す。
「もしもーし。おれおれ。…ははは!七海さすが。そうそう。うん、驚いたか?いやー香南に夕飯のメニュー聞いても教えてくれなかったから七海に聞こうかとおもって。」
燎が香南のほうをニヤニヤ見ながら会話を楽しんでいる。
香南はこれ以上は聞きたくないといよいよ携帯を取り上げる。
「…わりい。香南だ。燎に携帯取られた」
『驚きましたよ!オレオレ詐欺の一種かとおもいました!』
「…大丈夫だ。すぐに奪ったからな」
『ふふ。なら良かったです。あ、今日のご飯でしたね。今日は寒くなってきたのでグラタンを作ってみました。あとは昨日の残りのごぼうのサラダと美羽のリクエストでコンポタージュです!』
「そうか。昨日のごぼうのサラダは美味しかったから楽しみだ」
『ありがとうございます!あ、後どれぐらいで自宅へ着きそうですか?』
「ちょっと待ってくれ。…雅さん。」
香南が雅のほうへ向くと待ってましたとばかりに微笑む。
「あと20分ぐらいといってくれるかな」
「…20分だそうだ」
『わかりました!…美羽、瑠唯!あと20分だそうよ』
美羽や瑠唯に伝えているのか携帯の声の奥から嬉しそうな子供の声が聞こえてくる。
『みんなで一緒に食べれますね。二人も我慢するそうです』
「そうか、二人に頑張ってくれと伝えてくれ」
『わかりました。それでは気をつけて帰ってきてくださいね』
ぷち、と電話が切れる。あと20分でまた会えると思うがそれでも寂しいものがこみ上げてくる。
携帯の通話を切った後にはまわりの顔がニヤニヤしているのがわかる。
「香南ちはグラタンか!いいなあ。僕もグラタン食べたくなってきた」
夏流がぶーぶー口をすぼめて言っているが明らかに目は笑っている。
「お前さっきさっぱりしたもの食べるって言ってたじゃねえか」
「予定変更だね。確かに寒い日にはグラタンいいかもしれないねえ」
「料理の話聞いてたらマジで腹減ってきた…雅さんなんか食いもんねえ?」
こうして帰りの車はにぎやかに岐路へと進んでいくのである。
「おかえりなさい!」
日向家へ車が到着すると待ってましたとばかりに七海が玄関へお迎えに出てくれる。
「ただいま」
香南が一番ほっとする時間それが今日もやってきたのである。
そっと七海の頭をなでる。それを七海も照れながらも享受する。
「じゃあまた明日。明日は9時に迎えに来るからな」
「ああ、よろしく」
雅さんが後部座席の窓を開け声をかけてくる。それに気づいたように七海が待ったをかける。
「あの、グラタンの具余ったのでもしよろしければ持っていかれませんか?」
「えっいいの?!」
その言葉を待ってましたとばかりに雅の後ろから夏流が声をかける。
「はい!今準備してきますので今しばらくお待ちくださいね」
七海はそういうとそそくさと家の中へ入っていく。
するとその玄関から小さな顔が二つちょこんと出てきた。
「美羽、瑠唯」
「「おかえり!」」
「ああ、ただい…」
「みうみうー!るいるいー!」
天使二人が出てくるとなればメンバーが出てこないわけがない。
香南のただいまの声はかき消され車から出てきたメンバーが二人を抱きしめる。
「あー!これ僕がこの間買ってきたパジャマじゃん!着てくれてありがとうー!」
三人が車から出てくると同時に玄関から出てきた双子がふわふわのあたたかい生地のパジャマを着ていた。
「なつにーちゃんありがと!めっちゃあったけえ!」
「うん、あったかい。ふわふわしてる」
「でしょー?僕も同じようなやつを買ったんだけどあったかくて感動してね。色も似合ってるし、よかった」
「「ありがと!」」
最近確かにパジャマが変わったとおもったがそれが夏流がかってきたものだと知らなかった香南は夏流にとっさに目を向ける。
「あ、もしかして香南も欲しい?」
「・・・」
夏流とほぼ一緒のパジャマになることに対し嫌悪感を持ったがそれ以上に双子と同じあたたかさを体験できる魅力も同時に沸いてきて何も言えなかった。
「用意できましたー!あ、美羽も瑠唯もちゃんとお礼いえた?」
「言えたよ!」
「なつにーちゃんもおんなじパジャマなんだって!」
「そうなんですね!改めてありがとうございました。二人とも気に入っちゃって」
ここ最近夜中帰りが多かった香南。このパジャマも夜遅く帰ってきた時そっと夏流から送られたものだった。
「いつも香南を独占しちゃってるからね。その償い。そ・れ・よ・り・も!わーグラタンありがとう!」
夏流と周が嬉しそうに受け取る。
「燎さんも雅さんもよろしければ。一応小さな器に入れましたので」
「さんきゅうな!まじうまそー、はよ帰ろうぜ」
「そうだね。七海ちゃん本当にありがとう」
双子との別れを惜しむように頭をなでメンバーは車に再び乗り込む。
双子が精一杯手を振りながら、車が見えなくなるまで車を送った。
「で、俺はもういけると思ってシュートしたんだよ!そしたらゴールはいってうおおおおおお!!すげえ!シュートってこんなきもちいんだってなって!」
「みう、すごーい!」
「凄いな。初めてでシュートなんてなかなかできないと思うぞ。」
「美羽、嬉しいのわかったからご飯の時は座る。」
「はーい」
香南が風呂に入り食事の時間がやってきた。
まず双子たちが最近あった学校の話、遊びの話をし始める。
「美羽、この間野球でも活躍したんでしょ?」
「あ、そうだった。放課後にみんなで野球することなって。すぐぽーんて打てた!」
「…そんなすぐ打てるものなのか?」
幼い頃、誰とも遊ばずまっすぐ家に帰った香南にとって野球もサッカーも未知なものだった。
「さあ?」
「打てないよ。少なくとも僕は」
「私も打てなかったわね」
「え、ななちゃんも野球してたの?」
食べるのをやめ昔を思い出すかのように目を閉じた。
「小学生低学年の時はしていたわね。琴乃が張り切って参加するものだから私も巻き込まれて。全然活躍できなくて文句ばかり言われてたなあ。私とろかったしね」
「僕も、とろい」
「けど瑠唯は頭がいいじゃない。うらやましいわ」
「そうかな?」
へへへと照れるように瑠唯が頭をかく。
ぼんやりと香南はその風景を見ていた。幼い頃の七海を想像する。どんな風に野球をしていたのだろうか。
怪我はしなかったのだろうか。自分のように、辛くはなかっただろうか。
七海が香南をふと見る。そして、何か思いついたように手をたたく。
「そうだ、今度みんなでキャッチボール行きましょう。この間双子も燎さんにキャッチボール教えてもらったみたいですし。私たちも教えてもらいましょう。」
「いきてえ!!いこーぜ!」
「うん、僕、キャッチボールなら頑張る!」
「・・・そうだな。面白そうだな。」
きっとこの三人がいれば自分はあの辛さを乗り越えられる。
このあたたかさがあれば自分の凍りついた心は解けていくのだろう。
この、宝物があれば----
久しぶりの投稿で申し訳ないです。
そして久しぶりに日向家をかけて楽しかったです。