最終章:鬼 8/8 <兵鬼> & エピローグ
名もなき島での人ではない者と戦い。
この戦いにも終止符を迎える。しかし、その終止符は小さく脆く本当の終を知る者はいない…
◆兵鬼
高山は、秀風の表情を見ていたが、何も言わなかった。 だが、突撃前に高山に一つの疑念があった。
それは、遠望鏡越しで日本軍を見ていた時に感じた事…鬼の盾が有効だとしても、後に続く兵達が敵兵の弾を避けるように鬼の後ろに隠れるような動作を見せていなかったこと…ただ、連合軍に向かって射撃のみを行っていたこと…それは見間違いだと思っていた高山は、前方の日本軍を確実に確かめるように見た。
「くっ…歩兵も…そうなのか。」
つまり、この島にいる"人間"は…連合軍と高山隊だけ…高山は遮蔽物に隠れ通信兵を近くに呼び、両翼に展開している隊へ連絡を送った。
「いいか!この島にいる人間は我々と連合軍だけだ!!鬼の後ろに居る歩兵も既に鬼になっている!」
高山の声に連合軍の背後から攻めている兵達が、高山を向きそうになったが、秀風が声を張る。
「前方の敵を蹴散らすのみ!!数が増えただけだ!!」
秀風の声に、周りの兵は目的を失わずに前進を続けた。
両翼の隊は、高山の指示通りに配置につき、連絡にあった鬼化した日本兵との交戦に備え近くの遮蔽物に身を置き待機していたが、突如遮蔽物の影から現れた鬼化兵は、 銃を構え、手榴弾を腰にぶら下げていた。
「撃て!!」
指揮官の声が響き、銃声が交錯するが、鬼化兵は弾を受けても怯まず、 むしろ、冷静に照準を合わせて反撃を始めた。
「脚を狙え!!」
兵士の叫びが飛ぶが、 鬼化兵は脚を撃たれ前倒れしつつも兵に対しての視線をそらさずに、 そのまま手榴弾を抜き投擲した。
その動作に入る事を予知した者は素早く後退しつつ、爆音が響き、土煙が舞う。
「くそっ…脚じゃ止まらん!!」
兵士たちは後退し遮蔽物に身を隠しながら、 鬼化兵の“兵器使用能力”に戦慄していた。
「これは…もう兵士じゃない…」
一人の兵が呟いたその言葉は、 この戦場の“倫理の崩壊”を象徴していた。
高山隊は、連合軍の背後を突く形で進軍を続けていたが、前方から迫る日本軍の一部が、鬼化兵と共に高山隊の側面に接近していた。
「前方の日本軍も、我々を敵と見ている可能性がある。連合軍と日本軍、両方を相手にする覚悟を持て。」
高山は、冷静に部隊に告げた。
「我々は、敵を選べない。だが、我々が“人間”であることだけは、選べる。」
秀風は、その言葉を胸に刻みながら、 銃を構え、前方の影に照準を合わせた。
高山は、遮蔽物の影で地図を広げ、現在の部隊配置と敵の動きを整理していた。
「前方に連合軍、奥と側面に日本軍――
つまり、我々は後方以外、すべて囲まれている。」
通信兵が近づき、連合軍の一部が高山隊に気づいた可能性を報告する。
「…そうか。なら、連合軍は四方を敵に囲まれたことになる。」
高山は、地図を見つめながら思案した。
「連合軍が我々を“人”と見るか、“兵器”と見るか――
どちらでも、潰しに来る可能性はある。」
彼の頭の中には、三つの選択肢が浮かんでいた。
- 連合軍を殲滅し、鬼を排除する。
- 鬼を先に排除し、連合軍と交戦する。
- 一時的に連合軍と手を組み、鬼を殲滅する。
どれも、部隊としてのリスクは高い。
だが、安全度で言えば――手を組むことだ。
高山は、ふと自分が“安全”を考えていることに気づき、
小さく苦笑した。
「俺も…変わったな。」
その言葉は、誰にも聞かれなかった。
高山は地図をたたみ、短く息を吐いた。
「秀風、通信。両翼に伝えろ。“いまは敵を選ぶな。人の通り道を確保する”」
「了解」
秀風が走る。連絡が渡ると、左右の小隊がわずかに布陣を下げ、丘の鞍部に退避線を開けた。高山は油を撒いて火を点け、地表に細い炎の筋を描く。焔は高くは上がらない。だが、風上から焚いた“安全薬”の香と混じり合い、霧の舌がそこで一瞬だけ躊躇する。
「ここが境だ。出るな。撃つなら脚と関節を崩せ」
鬼の列は、弾丸の雨に打たれながらも歩を止めない。前列の青い皮膚は鈍く光を返し、その背に貼りつく影??日本兵の残骸は、もう“人”の撃ち方をしていなかった。
「……人がいない」
秀風の呟きに、高山は短く頷く。
「いる。――ここにいる。お前と、俺はな」
その時、連合軍の側面部隊が、遠巻きに白布を揚げて激戦域を避ける動きを見せた。言葉はない。だが、彼らは退避線を横切らず、鬼群を緩く迂回する。足並みは乱れ、銃声は散り、戦場全体が淀みへと変わっていく。
「足を止めるな! 退路は一本だ!」
高山は炎の線の内側を後退しながら、最後尾の兵を押し出した。秀風は香を継ぎ、風上へと置き換える。青白い霧が線の手前でたわみ、鬼の列はそこを跨げず、半歩だけ遅れる。
「今だ――抜けろ!」
両翼と中央が合流し、一本の道が生まれた。高山は殿に残り、最後に地図袋と手帳を秀風へ押し付ける。
「これは報告書ではない。俺の手記だ。……香山が“始まり”であること、鬼が兵器であること、神石の効き目が線になること。公刊はされん。なら、人に渡す」
「高山さんは?」
「すぐ行く。殿は俺だ」
鬼群の咆哮が、音より先に骨を震わせて来る。鼓膜はまだ静かなのに、肋の裏側が内側から叩かれる――圧だった。秀風は最後の香を置き、境を越える。焔の線がひとつ、またひとつ、風に延びた。
彼らは抜けた。丘の陰で秀風が振り返ると、炎の向こうに影がひとつ、立っていた。高山は振り向かない。銃声が二度、間を置いて響き、やがて海風が硝煙の匂いを攫っていった。
――
その夜、船上。秀風は手記の最初の頁を開く。
『我々は“鬼”を知らない。ただ、人間であろうとした記録だけが残る。
香山の香は、なお続く。』
波が闇を切り、頁の端がかすかに震えた。
(了)
◆エピローグ 祈りの部屋
――戦後。
山の別館は、礼拝所へと“模様替え”された。GHQの管理のもと、地下に延びる旧施設の入口は祭壇の背に塞がれ、壁は白く塗られた。だが、白の下には、拭いきれない青い染みが残っていた。
少年は蝋燭の灯りを手に、祭壇の裏の板の緩みに気づく。板を外すと、封じられた包みがひとつ。古びた地図と、丁寧すぎる字で埋まった手記が現れる。
『序。
香山には入ってはならない。
香は鬼の匂いであり、結界の線は人の側にしか見えない――』
少年は息を呑む。紙面の隅に、名があった。
『記す者:高山秀樹
追記:佐久耶秀風へ託す』
頁を繰る指に、青の影がかすかに移る。ヒロシは耳を澄ます。鳥も、虫も、風の囁きすら――ない。ただ、沈黙だけが、部屋いっぱいに満ちている。
蝋燭の火が揺れ、香が微かに立つ。外の霧は、今夜も山肌にぬめりを残していた。
――香山の香は、まだ消えていない。
エピローグで語られる”礼拝所”とそこを訪れる少年。
この少年は、過去の歴史を知るのだろうか…




