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第五話 貴族とは

フィアの目の前には、藍色の上品なドレスを着こなす優雅な女性が立っていた。

顔立ちはどちらかというと可愛らしく、年齢は二十を越えていないように見受けられるが、施された化粧や装飾品が大人っぽくまとめられており、落ち着いた印象を受ける。

豊かな金色の髪をゆるくまとめた彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「あなたが噂のメイドさんね?私はミリアーヌ=ド=セレンティア。アッシュとは幼馴染で、婚約者なの」


そしてその美しいかんばせから放たれた台詞に、返す言葉を失って唖然としたのだった。



事の始まりは数日前。

王子と二人でのお茶会が恒例行事となり、会話がだんだんと弾むようになってきた頃だった。

相変わらず胡散臭いオーラを纏う男、セルディオンが菫の屋敷を訪れ、フィアにとんでもないことを告げていったのだ。


「この国一番の高嶺の花と言われるご令嬢、ミリアーヌ嬢に会っていただきます」

「セルディオン様、あの、意味がわかりません」

「彼女の方から、あなたに会いたいとのことです。まあ要件に関しては会っていただければ分かるでしょう」

「流石に雑じゃないですか?え、本当にそれを言うために来たんですか!?」


挨拶もそこそこに、それだけ言うと彼は踵を返そうとした。

なんというか、彼は無駄を省く性質があるが、いくらなんでも酷すぎると感じることがある。

必要ないだろうと判断して丁寧な説明を省く、無茶振りをしておいてろくに話もせずに帰ろうとする、等々。

忙しいのかもしれないが、自分に対しての指示が段々と雑になっている気がする、とフィアは心の中で文句を言った。


そしてこの状況である。

フィアは、目の前の美女の意図を計りかねていた。


「ええと、婚約者様でいらっしゃるのですね」

「ええ。……ふふ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?取って食ったりしないわ」

「はあ……」


フィアが困惑した声を出すと、ミリアーヌはまた微笑んだ。


「カイル殿下とはどう?メイドのお仕事は、大変ではない?」


ミリアーヌが微かに首を傾げ、優しげに問う。

その表情も仕草も柔らかく優しそうに見えるが、フィアは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。


「……その、これほど大きなお屋敷を一人で管理したことがないため、仕事が大変に感じることはあります。しかし、殿下もお優しいですし、困っているというわけではないのです」

「あら。殿下はお優しいとお思いになるの?」

「はい、それはもう」

「『呪われた王子』なのに?」

「……はい」


ミリアーヌは目を眇め、巷でのカイル王子の呼び名を口にした。

『呪われた王子』。

教会の教えでは、「呪い」とは神々の懲罰、見放された証ととられるため、この渾名は蔑称に近い。

フィアの澄んだ青色の瞳が細められ、困惑を示すばかりだった表情に警戒が滲む。


気まずい沈黙が流れた。

次の瞬間、ミリアーヌの纏う空気がガラッと変わる。


「合格よ!あなた、殿下のことがとっても好きなのね」

「……はい?」


底知れない雰囲気がなりを潜め、カラリとした笑顔を浮かべて嬉しそうに言われた言葉に、フィアは再び困惑顔になった。

「合格」ということは、自分は先ほどまで何かを試されていた、らしい。


「試すような真似をしてごめんなさいね。私とアッシュはカイル様の幼馴染で、今も交流があるのよ。カイル様のところに面白いメイドが来たと聞いて、少し興味が湧いてしまったの」

「ええと、どこら辺が合格だったのかさっぱりなのですが」

「そうね、あなたはそういう子だものね。普段ならこんなことしないのだけど、特別に解説してあげましょう」


ミリアーヌの話によると、今のやりとりで彼女が見ていたのは、フィアが王子専属のメイドになった理由と、彼にどういった感情を抱いているか、らしかった。


「今まで菫の専属になった子たちの中には、カイル様とアッシュが幼馴染と知ってアッシュに近づくために応募した子とか、お金に釣られて応募したけどカイル様のことを悪く言うような子たちが多かったの。セルディオンもアッシュもあなたを認めていたし、何より殿下があなたに心を許しているのなら冤罪だとは思ったのだけれど、一応確認したくて。不愉快に思ったならごめんなさいね」

「なるほど……。私はなんとも思っていませんので、謝罪などは結構です」

「あらそう?心が広いのね。……あなたみたいな子が来てくれてよかったわ」


紅茶のカップを傾け、やや目を伏せて憂い顔になるミリアーヌ。

初手からずっとフィアのことを試していたらしい。

なんとも貴族らしい、それも有能なタイプのお貴族様だ……!とフィアは少し感動していた。

そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ミリアーヌは困ったように続けた。


「フィアさんは、カイル様の過去をご存知かしら?」

「過去、ですか?」

「ええ。……あの方は幼い頃より、身に巣食う呪いのせいで人に近づくことを避けておられたの。私たちも側にいたいけれど、共にあれる時間は限られていた」


長いまつ毛がふるりと震える。


「王太子殿下を頂点とする派閥はこの国でほぼ一強と言ってもいいほどよ。そして彼らの中には、カイル様が幼い頃より『呪い』の恐ろしさを積極的に広めて、彼を孤立させる動きが存在したの」

「それは……」

「大成功、と言うべきかしらね。アッシュや私の家は本来中立だけれど、旗色があまりにも悪くなって王太子殿下の傘下に入りつつある。私たちのような大貴族でもそうなのだから、より下の立場の者たちはとっくに向こうに行ってしまったわ」


ミリアーヌが肩をすくめた。令嬢らしからぬ仕草だが、妙に様になっている。

彼を取り巻く問題は、想像以上に過酷なようだ。

(たぶん、私が接してきたセルディオンやアッシュ、そしてミリアーヌたちは、数少ない王子の味方たちなんだろう)

フィアは居た堪れなくて目を伏せた。


「私は社交界の華、なんて呼ばれているのだけどね。私の力が及ぶのなんて、せいぜい同世代のご令嬢たちだけ。一度ついてしまった偏見は、なかなか消えてくれないのよ」


『あらゆる人種差別を排除する』という志を掲げる国家の大貴族、それも国の将来を担う期待の若者が言う言葉としては、随分と皮肉じみているな、とフィアは思った。

目を合わせ、できるだけ穏やかに言う。


「私は平民ですし、社交界のことはわかりません。でも、ミリアーヌ様が心から殿下のことを想っていらっしゃることはわかります。大丈夫です、それは決して無駄なことではありませんよ」

「……あなたって、なんだか大人びているのね。お母様に諭された時を思い出したわ」

「ハーフエルフですので」


目をぱちくりとさせた彼女に、フィアはしれっと自分の種族に理由を押し付ける。

すぐに「ごめんなさい、悪い意味ではないの。慰めてくれてありがとう」と微笑まれるが、フィアは毎度適当に自分の種族を言い訳にしている節があるので、逆に申し訳なくなった。


一見和やかなお茶会。

それからしばらく王子やアッシュのことを中心におしゃべりをしていた彼女は、最後にフィアにこう言い含めた。


「いい?このお茶会は、私がわがままを言ってあなたを呼びつけたものなの」

「セルディオン様も協力者ですよね?」

「いいえ。彼は私のわがままに付き合わされただけよ。誰かに今日のことを聞かれたら、そう伝えてね」


屋敷に戻った後、フィアは少し考えて思い至った。

(高位貴族のお嬢様、それも社交界で有名な人が平民のメイド風情とお茶会を楽しんだ、なんて体面が悪いはず。それを「お嬢様のわがまま」にすることで、セルディオン様と私の立場を守っている)

多分これが正解だ、満足した。

そして、フィアはミリアーヌに対する認識を少し改めることとなった。


(貴族って、怖い)

次から話が動きます。

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