14話 研究者と錬金術
短い!!
今回のお話は難産でした……どこまで話してしまおうかなと悩んだのが原因ですね
「彼女が本当の事を言ってるとは誰も信じなかったわ、でも私は少しだけ信じてたのよ」
貴族様……アイン様は一歩前進だわ!と紙に筆でわしゃわしゃと書き連ねていきます
所々しか私には分かりませんが、勇者という言葉だけが読み取れるのです
「今では殆ど記録の残っていない勇者についての戦闘記録、それを読み解くのが私の研究なのよ」
「そりゃ大層な研究だね、アタシが知ってる限りは勇者は魔法を使ったとか光り輝く剣を振るって空間を切り裂いたとか何処からともなく物体を取り出したとか大規模な結解で魔物の軍勢から街を守ったとかそりゃもう眉唾物の話がそこかしこに散らばってるっていうのに」
「当時の魔法は古代魔法とも呼ばれていて今の理では再現不可能とも言われているのよ、当然勇者もその力を使っていたんでしょうけどね、”理解不能”も古代魔法の使い手と言われているわ」
そもそもなんで赤い髪の人、ケルヒさんは金級の冒険者なんでしょうか
凄腕の錬金術師であるということは私には分かりますが、冒険者でしかも”理解不能”なんて大層な二つ名が付くほどの凄い人だなんて思いもしませんでした
「公式に”理解不能”が戦闘をすることは殆どないのだけど、私は一度だけ中級の魔物を討伐する”理解不能”を見たことがあるわ、赤色の魔法陣……もしやあれが作業空間?それが現れたかと思えば一瞬で魔物を両断して更に素材ごとに分解したと思ったら次の瞬間にはそれらが消えているのよ」
……それは錬金術師ではない別の何かなのでは……
少なくとも作業空間で攻撃するなんて聞いたこともありませんし出来ないと思います
私の作業空間なんて力を入れてもハンマーを数発防ぐことが出来ないくらいなのです、当然中級の魔物に当たってしまえば一瞬で砕け散ってしまいます
それに作業空間に及んだ衝撃は当人にも影響するのでどんなに固くても戦闘で使用したらそのショックは計り知れません
「当人に聞いても錬金術だーって言うばかりで誰もその正体を掴めないから付いた二つ名が”理解不能”、当然金級の条件である上級の魔物の討伐も行っているようで何度か素材の持ち込みがあったんだよ、そんときも何処からか突然取り出したって噂だったっけ」
アイン様がうんうんと頷いて筆のスピードをアップさせます
勇者とケルヒさんの関連性についてまとめているようでした
「金級の冒険者については基本的に尾鰭のついた噂話が絶えないからその話も信じられて居なかったんだけどね、竜王なんて巨大なドラゴンの姿になったとか言われてるわよ」
ある程度まとめたのかアイン様は近くにあったお茶をグビッと飲み干しました
「というわけでアクアちゃんには私の研究のお手伝いをしてほしいのよ、勇者や”理解不能”の事を知るには恐らくは錬金術を知るのが一番の近道だと私の直感が囁いているわ」
「……?それなら銀級以上の錬金術師さんをお呼びすればいいのでは?」
「普通の錬金術じゃどうにも望んだ結果にはならなくってね、それに銀級以上って……貴女はそれだけの能力なら少なくとも銀級じゃないの?」
「あー……ちょっとアイン様こっちへ来てもらっていいかい」
シャープさんとアインさんが部屋の隅でゴニョゴニョと話をしています
~シャープ視点~
まさか貴族様を手招きすることがあるとは思わなかったけどアイン様はこれでいいらしいね
んー?とアクアちゃんを不思議そうに、見ています
「アクアちゃんなんだけどさ、多分自分が特別って認識がないんだよ」
「嘘でしょ!?周りを見れば分かると思うんだけど」
それはアタシもずっと思ってるけどどうにもアクアちゃんは自分が出来ないことを出来る人は凄いから自分はまだまだくらいの認識しか持ってないように見えるんだよね
試しに色々やってみた分解もアクアちゃんの場合は目に見えるモノや感じ取れるものだけは上手くいくけど有効成分の取り出しとかそういうのは今になっても出来ないし
「アクアちゃんは錬金術師が周りにいない環境でずっと育っててハイアールで初めて錬金術ってやつを見たレベルだよ、錬金術師の基準は”理解不能”だけでここ最近になってやっと自分は普通の石級じゃないんだって自覚が芽生えたんだから」
「石級……石級!?」
どうにもクリーニング屋はアクアちゃんが石級だってことは黙ってたみたいだね
まあ当然っちゃ当然か、貴族様の服を石級の錬金術師に預けてましたなんて言った日にはそりゃもう酷いことになるよ
「アタシも下手なこと言って普通の錬金術とやらを意識させないようにしててね、アクアちゃんには理屈よりも感覚で頼んだ方が結果は出るよ」
「確かに一般的な型を知った結果今の状態が崩れるのは不味いわね、私は思うのよ、錬金術は当人の思想も関係するんじゃないかって、特に派閥に所属している錬金術師を比べるとその傾向は顕著に表れるようになっているんだけど出来ることと出来ないことの差が所属してない錬金術師と比べると…」
アイン様は一度話し出すと話が長いね……
ただアクアちゃんの目標はあくまで錬金術師教室に通うことで錬金術師としてのイロハを学ぶことだからいつかは知ってしまうことなんだけどもね、その時にどうなってしまうのかは分からないけど、それがアクアちゃんのやりたいことなら応援するだけさ
お給料は売り上げに比例してどんどん伸ばしてるし最初の想定の数倍は早くその時は来るだろうね、本当ならもっと金額を上げてあげたいんだけど流石に街側がそれを許してくれないんだよね
商人のシステムに関していえばハイアールはとても風通し良い都市ではあるけどその分制限も多い、商売人への課税による収益を確実をするために店が個人へ対して支払える給料や報酬は売り上げで決定する等、総資産をワザと減らすような真似は出来ないからね
当然売り上げを誤魔化すようなことは出来ないししない方が良い、この街には恐ろしい監査役がいるし
「じゃあ基本的には私がやってほしいことをどんどん伝えて結果だけ集めた方が良いわね、普通の錬金術師で出来ることは一応調べ終わったし……というわけでアクアちゃんの基本性能の把握からしてみましょうか」
「そういえば詳しくは測ったことなかったねぇ」
いい機会だし専門家の意見も聞いておこうかね
「ひえぇ…もう作業空間を作れないのですー」
「お疲れ様、はいこれ貴女のところの栄養ドリンク」
「慣れ親しんだ味なのです」
ぐへーっと高級なソファの上で寝転がりながら栄養ドリンクの薬瓶を加えるアクアちゃん
アクアちゃんの現段階の能力はアタシやアクアちゃんが認識しているものとそう変わりはなかった
分解は目に見えるようなものを特に得意としてそれ以外に関しては石級に恥じない程度には何もすることが出来ないね、それでも出来ることがあるってだけでも石級とは言えないんだけど
変化については薬草の時に使えるようになったバラバラにする能力……これも一種の分解のような気もするけど一応変化として扱うことになったよ
熱を加えたり圧力を掛けたりというのはまだ無理そうだね、アクアちゃん本人もどうしたらいいか分からないみたいだ
合成も混ざりそうな物だけは混ぜることが出来る、液体同士はほぼ完璧に混ぜきることが出来て、個体と液体は状態によっては可能、個体と個体は不可と分かりやすい結果になったね
それ以外の部分については作業空間を自由に動かすことが出来るとか真四角の直方体であれば大小様々なサイズでの作成が可能とかそれはそれで普通の錬金術師とは大きく乖離した技能を持っているよ
「危険素材は今回は無し、基本とされる素材でも傾向はハッキリしてるわね……銀のスペシャリストに匹敵する部分もあるけどそれ以外は確かに石級」
「望んだ結果は出たかい?」
「今のところは全然、ただアクアちゃんの錬金術へのアプローチが鍵になるわよ!」
「”理解不能”に直接聞ければいいんだけどね」
「無理無理、王都のお偉いさんでも数えるくらいしか会ったことないんじゃない?」
王都の金級の冒険者は5人、彼らは別に王都を守る義務を負っているわけではなくその圧倒的な戦闘力や功績に対して国が勝手に与えた称号に過ぎない
実際には王都に居を構える金級など一人も居ないところが笑えるところかね
金級冒険者の所在は基本的に不明、コミュニケーションを比較的取りやすくて特定の場所を活動拠点とする竜王以外は路銀が切れると冒険者ギルドや王都に突然魔道具や素材を持ち込んできてはまた行方知れずとなる困った存在でもある
最近噂のヴアルガンド様の末っ子を金級に据えてせめて王都に一人は金級を常駐させてようという動きがあるらしいけど上級の魔物との戦闘の機会が無いのでまだまだ銀級止まり
それに冒険者内での批判もまあそれなりにあるわけで
「今はアクアちゃんからのデータを元に研究を進めるわよ、今後の課題は作業空間の異なる利用方法……戦闘へ利用が可能かを調べて行きたいのよね、”理解不能”が本当に錬金術を利用して戦闘を行っているのであれば作業空間の強度は際限なく堅牢なものとなるはず、今はアクアちゃんはハンマーで数発叩かれるような衝撃で壊れてしまうらしいし……そういえば”理解不能”は複数の魔法陣を展開してたって話もあったはず、もしや複数重ねることで強度を増している?それとも単体で十分な強度を……」
「もしもーし?」
アイン様の悪いところは話している内に自分との対話が始まってしまうところかね
悪い人ではないね、まあ当人が貴族としての立場を捨てて研究者になるっていうくらいだから今後もそうやって付き合っていけばいいんだろうけど
仮に錬金術の戦闘への転用が可能と証明された場合はどうなってしまうんだろうね、全員が全員”理解不能”のように上級の魔物を狩れるほど強くなるとかいう話になったら世界が終わりそうだけど
「ああごめんなさい、そうそう今後は私がアルケミ屋に向かわせてもらうわね」
「え!?」
「いいじゃない別に、そっちも仕事を一々休めないでしょ?こっちと違って生活に直結してるもの。それに権力を使ってお店を一つ潰しちゃったらここの領主に追い出されちゃうし」
「まあ、それもそうだけどさ」
貴族の通う店としてはアルケミ屋は小さすぎるし客層も全く違うからちょっと考えちゃうね……
いや出向いてくれるっていうのはかなり店としては嬉しいんだけど他のお客さんの反応というのもあるんだよね、普通の人たちは貴族がいる、来るとなると気後れしちゃうんだよね
「当然身分を隠すわよ、護衛もハロルドがいればいいし。今後は研究者のアインとして接して敬称も付けなくていいわよ、これは命令ね。それに今後ダイグのような奴がいたら私の名前を使ってもいいわよ?大した効果はないでしょうけど」
今後は貴族御用達ってことでいいのかね?
~アクア視点~
そんな訳でお店に送り届けてもらいました
時間的にはまだお店は営業できるのですが私の作業空間を作成する力が回復しきってないので本日はお休みになります
錬金術を行う力は魔力にも似た人間が持つ力とアインさんは仮定していました
世界中に魔力の大きさを測る道具があり、冒険者さんや魔術師さんの持つ魔力の大きさはそれによってランク付けされています、私の村にも一つあって年毎に測っていましたがずっと最低値でしたけど……
「臨時収入もあったし、この前の食事はアタシのせいで台無しになっちゃったしもう一回あの二人を誘って第5区画のお店に食べに行こうか」
「やったー!この前は味を楽しむ余裕も無かったのです」
「うっそだー!アクアちゃんが一口目を口に入れた後に目をキラキラさせて2口目を食べてたのを見逃さなかったよ私は」
バレていました……空気は確かに重かったけどご飯は美味しかったのです
しかしそれはそれ、これはこれなのです
「あの二人って何時もウチにいるイメージが強いけどちゃんと冒険者してるのかね……」
「遠征でも無ければ暗くなる前に帰ってくるそうです、二人だから野営をするのもキツイって言ってました」
「となればイネスの宿で待ってるのもいいかもね、服は着替えて化粧も落としてからだけど」
私はいつもの服に、シャープさんはまた新しい服に着替えてイネスさんの宿、老木の洞に向かいます
夕方も過ぎてくると市場の内容もガラリと変わって出店が多くなります、歩いていると良い匂いがしてお腹が減るのです
「ううーーお腹空いたーー」
私の隣で情けない声が聞こえます
「もうシャープさん、夕飯はもう少しなんですから我慢して下さい」
「え?アクアちゃんどうかした?」
「おなかすいたー……お金がないよー……」
「!?」
誰なのです!?
私の横で喋っている赤い髪の人なのでてっきりシャープさんかと思っていましたがシャープさんは私の右側にいました、声が聞こえたのは左側……赤い髪の女の人……ケルヒさん!!
「ケルヒさんじゃないですか!?」
赤い髪で金色の首飾りをしたまるで魔法使いのような帽子を被った女性、数年経ったというのに全くあの頃の記憶と変わらない姿をした女性は高そうな服にも関わらず地面にベターン!と突っ伏してしまいました
「おなか……すいた……」
それは到底冒険者の頂点とは思えないほどの情けない声だったのです
今回になって初めてブックマークとかアクセス履歴とかそういうのが見れることに気づきました
誤字脱字が多くて報告してくれるの以外にも機能があったんですね
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