10フィーネはラーメン好きです。
「前から気になっていたのだけれど、そろそろ聞いても良い頃合かしら?」授業の終わりとともにルミルダがそう訊ねてきた。
「何をだい?」
「バルト様についてよ、実際どう思っているの?」
「どうも思わないさ。婚約しているというだけに過ぎないよ」文書によりそう取り決めているというだけ。
「ドキドキするとか、青春的なことはないのかしら?」聞いてくるルミルダは楽しげだ。
「いや、そもそも接点がないしね」
「つまらないわね、じゃああれよ!好きな人とかいないの?」
「それ『います』って答えたらゴシップだろ」
「いいじゃない、文春砲。流行りでしょう?」
「冷や汗ものだよ!?」
「わたくしは皆さんを愛していますわ、けれどその愛の蕾がたくさん花開いてしまったの…」
「何股してるんだ、そいつは」
「わたくしには選べないわ!みんな違ってみんないい!」
「いい感じでまとめようとしてるけど、最低だからね!?」
「ところで、クラウディアは放課後に予定あるかしら?」
「都合悪くなったら話題転換するのかい?放課後は生憎と用事があるのだけど…なにかあった?」
頼まれ事だろうか。
「いえ、放課後デートでもと思っただけよ。気にしないで。」
「素敵なお誘いを断るのは心苦しいんだけど…外せない用事でね、また今度…次は私から誘ってもいいかい?」
「そう?ならスマートにエスコートして頂戴ね?」
ふわりと微笑むルミルダは魅力的で、つい見惚れてしまった。
「なにか?」
「いや、ルミルダを綺麗だと思っただけさ。それじゃ…行ってくるよ、また明日ね」鞄を掴み席を立つ。
教室を出て玄関へと急いだ。
馬車はエリーが使用できるよう城に待機させているため、着替える場所がない。今日はクラウディアとして業務にあたることにしていた。
門を抜けたあたりで後ろから声を掛けられた。
「クロー様!」
栗毛の少年が玄関から走ってくる様子が見える。
「フィーネも授業が終わったのかい?」ふわふわした髪の毛を撫でながら訊ねた。
「はい、クロー様はこれから教会に向かわれるのですか?」フィーネはくすぐったそうに目を細める。
「エリーと待ち合わせていてね、教会から息子を引き取りたいという女性と面接予定だよ」
「その件ですが、エリーさんから別件で対応できなくなったと連絡があって、僕が担当することになりました」フィーネは申し訳なさそうに、頬を掻いた。
「フィーネが担当なら私の出る幕はなさそうだ、任せるよ」
「仕事してくださいよ?」
「可能な限り働きたくない性分でね」
「サボったらエリーさんに密告しますからね?」フィーネはじと目でこちらを見てくる。
「大丈夫だよ、それにサボれるほど軽い案件じゃないだろ」高齢女性が70歳を超えてから息子を引き取ろうとしている、事態はとても深刻だった。
フィーネは自信なさげに俯く。
「…僕が担当していいのでしょうか」
鼓舞するつもりで、フィーネの背中を平手で叩く。
「痛っ…!力加減を考えてください!」フィーネは拗ねたように口を尖らせた。
「ははっ!フィーネ太ったかい?」
「叩いておいてそれ言うんですか?!仕方ないじゃないですか、ラーメンの誘惑には勝てないんですから」
「そんなに旨いのかい?」
「今日はラーメン食べないぞ!と、いったん頑張るんですが…」
「ほうほう?」
「結局はラーメンにごはんもつけて食べてしまうんです」
「そりゃ怖いな」
「でしょう?ラーメンは悪魔の食べ物です」フィーネは悩まし気に頭を振った。
「今度、私も食べに行きたいな」
「クロー様はいくら食べても太りませんよね」
「体質さ、羨ましいだろ?」ニヤリと皮肉たっぷりに言ってやると、フィーネは挑発に乗ってくる。
「僕だって、まだ標準体型です!」
「まだ?そのうちメタボリックシンドロームでひっかかるな」
「なー!クロー様は痩せてるから、僕の気持ちも分からないんですよ!」ポコポコとフィーネは私の背中を叩くが、マッサージ程度の力しかない。
「さらさら分からないな、なんならその脂肪分けて欲しいくらいだ。胸にな」そう言うと、急に憐れみの視線を投げられた。
「大丈夫です、たとえクロー様がまな板でも…そういう趣向もありますって」
「なんのフォローにもなってないからな?これから成長期がくるんだよ」
「それ以上、身長伸ばす気ですか?」信じられないという目を向けてくる。
「なっ!全国の長身女子に謝れ!それに伸ばすんじゃなくて、胸筋つけてバストアップするんだよ」
「僕の夢を壊さないでください…なんですか、その硬そうなおっぱいは…!」
「セクハラだからな!?」抗議の意味で軽く肘で小突くと、フィーネはくすぐったそうに謝った。
「少しは落ち着いたかい?」明るくなった表情に問いかければ、フィーネは申し訳なさそうな顔をしてから立ち止まる。私は後ろを振り向き、フィーネと向き合う形になった。
秋風が吹き向けていった。
道の土砂がわずかに舞い上がった。
「…行きましょうか」
並木道を抜けて街中に入ると、石畳の道へと変わった。人が行き交う中を通って、銅像が立つ広場を抜けていく。店屋がひしめき合い、にぎやかな声が溢れていた。
「赤髪の英雄でしたっけ」フィーネが銅像を見ながら訊ねた。
「銃殺刑に追いやっておいて、死後に英雄扱いなんて…報われないじゃないか」
フィーネの右手をそっと取り、掴んだまま広場を突き抜ける。
足早にその場を後にして、教会へと急いだ。
街から少し外れた場所に教会は位置している。
喧騒は徐々に薄れていき、気づけば空き地や空き家ばかりが目立ち始める。
伸び放題になっている空き地の雑草は、冬の到来を待つかのように薄茶へと色を変えていた。
「エリーさんから聞いたんですが、クロー様は以前に教会で働いてたのですか?」
「ん?言ってなかったかい?私が14歳の頃に母が父と再婚してね、その時に父の提案で1年程この教会にお世話になっていたんだよ。母は療養の意味と捉えていただろうけど、父は私に福祉の世界を見せようとして入れたんだろうね」
「療養って…クロー様は病気だったんですか?」
「まあ…ほら、5年前に戦争が終わったろう?少し精神的に不安定になっていたから、それでね。けど、教会での経験がなければ、今ここで働けてはいなかっただろうし…父の目論見通りといったところかな」そう言って、肩を竦めて見せた。
「クロー様も不安定になることがあるんですね?」珍妙なものでも見るように、フィーネが一歩距離をとる。
「いや、私だって不安定になることもあるよ!?」フィーネの肩を掴み、前後に揺すった。
「わーー!目が回るからやめてください!」フィーネの足元がふらふらしだした辺りで手をとめる。
「面談のときだけど」
「この流れで話戻すんですね?」
「進行はフィーネに任せる」そう伝えると、フィーネは俯いてから深呼吸をした。
「…わかりました」
「母親に寄り添うかたちで、話し合いを進めてほしい」
「はい」
「私は教会に残るよう厳しく説得するから…フィーネは母親の信頼を獲得するつもりで優しく話しかけること、いいかい?」
「嫌われ役なら僕の方が…」
「担当はフィーネだ。これからもフィーネはこの親子と接していく、いま嫌われては支援ができない」フィーネの言葉を遮り、説明を続けた。
「承知しました…」寂しいような、悲しいような声ではあったが、彼の心情は汲み取れない。
ジャケットのポケットから懐中時計を取り出す。
「約束は午後3時だから、あと30分ほどあるね」
山々を背にして教会は建っていた。そのすぐ横には2階建ての住居と思われる建物がある。高齢女性の息子が居住している保護施設だった。
「…なんだか賑やかじゃありませんか?」
門をくぐり教会の敷地へと踏み込めば、庭にはたくさんの人が集まっていた。
木陰でパンを食べる者もいれば、ベンチに座りスープを口にしている者もいる。
「ピクニックにでも来たみたいだね」
普段の様子との差に驚いていると、見覚えのある金髪の少女が目に入る。
「…フィーネ、目立たないようにさっさと中に入ろう」あれは、アイリスとイケメン四天王だ。
まさか炊き出しの日に被るとは非常に面倒くさい。
忍び足でそそくさと庭を進む。
「あ!クラウディア来てくれたのね!」
最悪だ…。
「ごきげんよう、アイリス様」




