2-2.地獄の生き方 [N]
今日もナナは昨日の事も何年前の事も、全部全部忘れられない。生きてた頃は神様からの幸せな贈り物だったそれが、今は呪いみたいだ。
生きてた頃とは全然違う明るいミルクティー色の髪が嫌いだから、毛先が目に入る度にぐしゃぐしゃにする。
生きてた頃とは全然違う赤紫色の目も生きてた頃とは全然違う顔も嫌いだから、人に見えないようにぐしゃぐしゃにした髪で隠す。
生きてた頃とは全然違う高い声も嫌いだから、なるべく声を出さない。
そうやってナナは、まるで生きてるみたいにお腹も減るし疲れるし息もする身体で、地獄で毎日死んでいる。
ナナにご飯とか服とかをくれるジャックさんは、地獄にしては優しい人だと思う。パパでもママでもないのに、お金も時間もかけてくれる。
本当はナナの事嫌いなのに。まだナナが自分の足で動けない頃、よく愚痴言ってたもんね。なのに優しくしてくれるなんて、いい人だ。
だからナナはあんまり迷惑をかけないように、ご飯を食べに戻る以外は朝から夕方まで外に出かけるようにしていた。少しでも関わらないであげようと思って。
そうして今日も外で適当に時間を潰して、暗くなる前に教会に帰る。
外に見慣れない馬車が停まっている以外は何の変哲も無い日常だ。
だけど、ナナは普通に教会のドアを開けて、そして――突然にその人を見つけた。
正確には、再会した。
十字架の前に跪いて背筋を伸ばして祈るその姿は、後ろからでも誰だかわかった。
だってナナは今まで見た事聞いた事感じた事全てを一つも忘れられないから。
あの人、生きてた時で死ぬ直後、ナナをトラックから助けようとしてくれた優しいお姉さんだ。今はナナと同じぐらいの見た目の歳で、ピンクがかった金色の髪の女の子になってる。けど、わかる。
だって死ぬ前のお姉さんの祈り方と一緒だ。頭の角度とか、纏う空気とか。全部全部覚えてるもん。
そっか。お姉さんもナナと一緒なんだ。ナナを助けようとしてくれたのに、地獄に来ちゃったんだ。
優しい人なのに、とナナが悲しくなりながらお姉さんを見ていると、お姉さんは顔を上げて十字架に深く礼をした。そのすぐ後、お姉さんの声が聞こえる。
「ありがとうございます、神様。今日も私は幸せです」
……ありがとう、ございます? 幸せ…?
なに、言ってるの?
ナナは全然理解出来ない言葉を聞いてぽかんとしながら、そのままお姉さんをじっと見ていた。
お姉さんがドアの所まで歩いて来て、そこで立ち止まったままのナナに気付いたらしく目が合う。
お姉さんの目は綺麗に澄んだ紫色で、凛としていて、強くて格好良くてキラキラしていて、きっと今のナナの死んだ目と正反対だった。
なんで……ねぇ、何でそんな目が出来るの? だってお姉さん、ナナと同じでしょ? 此処は地獄だよ? 悲しいでしょ? 辛いでしょ? でもどうしようもないでしょ……? ナナ達は天国には行けな――
その時、ナナは雷に打たれたような衝撃を胸に感じながら気が付いた。
……そっか。
そっか! そっか! そうだったんだ!!
きっと、一回地獄に落ちたらもう天国に行けないなんて事無いんだ!
お姉さんは天国に行くの諦めてないんだ! だから地獄でもこんなにきらきら出来るんだ!
ナナも、頑張っていいこにしたら今からでも天国に行けるんだ! 何もせずにただ死んでる場合じゃなかったんだ!
此処は地獄でそれは変わらないのに、気付いた瞬間から世界が一気に明るくなって色がついた。
天国に、行く。
そうしてナナはいつか来るパパとママをいいこで待つの。大丈夫、もう一度会えるならいくらでも待てるよ。待ちたいよ。だいすきだよ。
パパとママに会ったら走って行って抱き着いて、「ちゃんといいこに待ってたよ」って言っていっぱい褒めてもらうの。それが幸せ。それ以外、何も要らない。
優しいお姉さんは前も当たり前みたいにナナを助けようとしてくれたけど、また救ってくれた。
お姉さんは感動しているナナの横を通り過ぎて居なくなろうとしていた。だからナナは、勝手に出て来た涙も掠れた震える声もそのままに、必死で口を開く。
「…ありがとう、ございます」
ありったけの感謝をこめた言葉が届いたかはわからない。お姉さんは何も言わずにそのまま出て行ってしまった。
生きてた頃にテレビ番組で見た事ある。神聖で高潔で慈愛に満ちた女の人の事を、聖女様っていうらしい。
だから、お姉さんは聖女様だ。ナナを助けてくれた、聖女様です。一生お慕いします。ナナ、もう死んでるけどね。
ご無沙汰しております。
漫画版レディローズや文庫版レディローズも重版がかかり、ありがたい限りです。
ぼちぼち更新を再開していきます。