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30<少年王との再会>

 意識が戻ると、里山さんには野郎どもに顔を覗かれているという過酷な現実が待ち構えていた。年頃である。だのにおっさん、気付けなかった。申し訳ない。そんな騎士団長含む複数の視線に無遠慮にも晒され、驚いて立ち上がろうとした里山さんはバランスを大いに崩し倒れそうになった。控えていた副官殿が手を差し伸べる。路面にぶつからなくて済み、黒髪少女を中心にして取り巻くおっさんたちの口から一斉に安堵の息が漏れた。


 「リディ……ダよナ」


 集合メンバーがメンバーなだけに騒がしくなった円の中心から目を離すと、目と鼻の先に茶けた瞳と同色の少年……、育ち盛りの16歳がいた。いつの間に。元暗殺者だからだろうか? 気配には気付いてはいたが、足音が皆無であった。


 「サダチカ王」


 名を呼ぶと、彼は嬉しげに眼を細める。


 「へへ……」


 サダチカ・バージル・カエシナ。 

金環国家バージルの王位を継いだばかりの少年王である。

 

 「ヤッと……会えタ。

  変わらないナ、リディ……」

 「……ご立派になられましたな」

 

 サダチカ王は私に親しみの籠った視線を向けてきた。

 パッと見ではお忍び中の金持ち坊ちゃん、としか思えぬナリで、柔らかな茶の髪がそよ風に揺れるほどにきちんと毛先に至るまで櫛が通っている。

 かつての獣っぷりが嘘偽り幻であったかのような様変わりである。


 「前よりも背が伸びましたかな?」

 「アァ。

  伸び代があっタとイウことダ」

 「なるほど」


 (たった一年でなぁ……)


 頭一つ分成長したのかと目算していると、やや恥ずかしげに、しかし喜色の色を隠さずにいる。

 懐かれて悪い気にはならないが、疑問が浮かぶ。ここまで親しげになるほどのことを私はしただろうか? 腕をへし折ったり戦ったりもしたのに。傾げるが、まあ、王位を継ぐ手伝いはしたし断頭台に登ったりもしたしな。そう考えると、なかなかのエキサイティン! をした。他にも諸々イザコザがあったような気がするが歳をとったせいか、すぐに思い出せなくなってきてな……うむ、まあいいか。とにかく外交は大事だ。特に金環国とは国交を結んだばかりに国柄である。里山さんがいる国なのだ、それなりに対応していきたい。

 ただ、官僚とか大臣とかではなく、王様自らやってきちゃったのには驚いたが。

 

 (フットワークが軽いというべきか。

  それとも、あの化け物宰相が本当に化け物だと認識改めるべきか)


 外交官もやっていたという経歴の持ち主である宰相が放った弾が、国家君主。

普通はしない。博打好きかもしれないがそら恐ろしい手腕である。弾丸外交凄まじいが、その王位を持つ王様を自国内にて堂々と放置プレイなさっているリヒター殿下のやりようも怖い。普通はしない。ここに至るまでの執務室でのやり取りを思い返し、つい遠い目をしてしまう。


 「……リディ。リディ、疲レてルのカ?」


 はっとして瞬けば、少年王が細やかに声をかけてくれていた。

いかんいかん。


 「申し訳ない、最近の職務が末広がりで困っているところでして」

 「そうカ……まア、あノ……王子の事、ダカラな。分かっテいル」


 凄い。

隣国の王にも、殿下のあれこれが早速伝わっている。

殿下はなんでもやらかすので、一体どれのことか特定できなくて困る。


 「リディノ好きナ温泉もあるし、酒モいっぱい用意すルからナ。

  ウチの国にいツでも来ていいゾ。歓迎スる」


 そして歓待されそう。嬉しい。

社交辞令かもしれないが、友好的なのは良いことである。

 自然と頬が緩む。

そんな私の嬉々とした様子を見て、少年王も口元を綻ばせて言葉を続ける。


 「そレと、ナ。

  喋り方、前ト同じデいいゾ?

  オレはリディと、対等デ喋りたイ」 

 「だが……貴殿は王だ。

  王と騎士では格が違う」

 「王様トはいえ、オレハ人間なんダ」


 じっと見続けるや見返される。


 「王ノ番犬カら、王様ニなってもオレは人間なんダ、リディ。

  オレと会う時ぐライ、オレはオレでいたい」

 

 少年王の茶けた瞳が真摯に私の目を直視し続ける。


 (いいのか?)


 いかんでしょ。 

と、どこか冷静な部分が告げるも。

 真っ当に対峙する。

真顔の騎士に対し、媚びぬ引かぬ絶対に負けないという強い意志を感じさせられた私は。

心の奥で、なんでか感動したというか。熱い思いを抱いた。

サダチカ王を顔面から対峙している私は、前とは違う、置いてけぼりの子供ではない統治者に相応しい片りんを見た。具体的にいうと、切なげな、しかしどこか大人びた表情をとった彼に。この世界では子供と大人の違い、というか大人へのハードル、レーティングが低い。

 たった一年で。

彼は、こうして騎士団長である私と向かい合い、立ち続けられるほどの胆力と気力を積み重ねてきたのがよくよく分かってしまい。

 だから。

 頷いた私に、


 「良かっタ、リディ」


 サダチカ王は、心底、ほっとしたように微笑んだ。

そんな彼に、私もまた肩の力を抜いて返事をする。


 「場合によっては敬語を使うぞ。

  互いの立場を守るためにも」

 「アぁ。分かっテいる。面倒臭いガ仕方ナいな。

  ……そうダ、アレをしよう」

 「アレ?」

 「このアーディでは挨拶トいえバ、いやらしイものだガ、

  うちの金環国でハ、こうスルんダ」


 我がアーディ王国の挨拶というものの印象はやっぱりいやらしい一辺倒のようで、その考えは一年経過しても覆ることはなかったようである。さもありなん。当時の私のやり方がまずかっただろうか? まあ……そういう文化だしな、失敬したかもしれないと金環国の王を目の前にして昔をぼんやりと思い返していた私の手を、少年王はがしっと片手で掴み。握り合って上下運動させられる。揺れる。これは揺れる。俗に言う、ハンドシェイク。本当の挨拶握手である。力強い握手だ。武を修めた証であるが、この握力、暇があれば日頃も訓練しているのかもしれん。元暗殺者は腕前がすごく良かったし、警戒されてたもんな。我が国の情報部に。私も同じく握り返してやると、少年王は口角を上げてさらに力強く握ってきた。ぐぐ、ぐぐぐぐ、と骨が軋む音がする。なんだか力比べになってきた装いだが、さすがにこれ以上は私の手もだが、サダチカ王の手も危険水域なのでやめておこう。私の負けでいい。

 あっさり手を離すと少し残念そうに、だがどこか誇らしげに私へ教示してくれた。


 「コレが大概の事ダ」

 「ほう」


 一般人は骨が折れそうだが、まあ、アーディ王国よりも真面目だ。涙出そう。

真っ当過ぎて安心しきっていると、少年王は目元をゆるゆるとゆるめて。

 幼さの残る笑みを浮かべた。


 「ヘヘ……嬉しイ。

  ……こんナにも嬉しイこトはナい」

 「サダチカ王……」

 「サダチカ、でイい」

 「さすがにそれはいけませんな」 

 「ムゥ」


 私達の身分という間柄において、それはなかなかに難しい。


 「駄目カ?」

 「駄目だ」


 口を尖らせているとより幼く見える。

だが、逆をいえば素直さの発露ともいえるだろう。

 そしてそれは様々な人々の心象を揺り動かす。

宰相のみならず、里山さんと仲が良いと、そして副官ダリアからの報告にも、少年王の政策が程よく金環国に伝播して影響しているとあった。


 (こういった部分、人間性さえも見越して、

  化け物宰相は寄越したんだろうな)


 私の元へたどり着けるように。

里山さんの手紙が検閲されてるのは承知しているはずだが、まさか私に知らされていないとまでは思っていなかったであろう。殿下のやり方はやはり真っ当ではない。

 それにしても、

 

 (あんなにも傍若無人だったのに)


 私は眩しいものを見る気持ちで少年王のしゅっとした姿を眺める。

ずいぶんと成長したものである。 

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