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29<曲がり角を曲がれば落下中>

 (無事のようだ)

 心身から安堵したが――――

 

 なんせ初見殺しだった。

ようやく里山さんを発見した! と思ったら落下物になっていたのである。どうしてそうなったのか。瞼が閉じていたので意識がないのは把握したが、束になっている黒髪が宙をくねり、石畳に強かに打ち付けてしまいかねない場面に出くわしてしまった。背筋がひやっとした。曲がり角を曲がっただけなのに。


 (騎士たるもの、こういう時こそ冷静にならねばならない)


 駆ける私は後方に続く部下の手札、武器や特徴を瞬時に記憶領域から引っ張り出す。


 (レオンは……、武器もさほど携帯していないはずだし。

  ……無理だ、足の距離も幅も里山さんに辿りつくことができない)


 目視で計算してみたが、私もまた黒髪少女を助けるにしてもやはり速さが足りない。おっさんだからか? いや、こんなことを考えている暇さえ惜しい。

 

 (不味いな)

 

 まったくもって良いアイディアが浮かばない。

このままでは彼女の頭が真っ先に石畳に当たってしまう。打ち所が悪ければ最悪だ。医療技術のない世界で精密機器による治療は無いに等しい。彼女がこの世界の人間のように頑丈である保証はない、勇者の可能性を秘める子とはいえ。


 (こんな時……、副官殿がいればな)


 惜しく思う。

彼女は間違いなく、里山さんを守ることのできる歩く秘密兵器だ。

というのは冗談だが女性らしくあらゆるものを携帯しているのだ。それは騎士だからというよりも、武器といえる鋭いものだが。


 (歩く弁慶というか、なんというか)


 上司である私が言うのも情けないことだが、副官殿はやはり女性として、というよりも人間としてかなりハイスペックだ。なんせアーディ王国初の女性騎士なのである。あらゆる事態を想定して動くことのできるエキスパート……ということになってしまった人なのである。

 

 (周りのあらゆる嫉妬を、

  その持ち前の自制心と冷静さで対処してきた人だからな)


 騎士、という集団、男社会という荒波の中において、彼女はまさしく異物であった。

であるからこそ、

 

 (何故に里山さんから目を離した?)


 それが一際気になるのである。

 護衛対象から目を離すのは何か理由がありそうだった。

 今、まさに彼女はその危機に瀕しているというのに。


 ――――この間、数秒以内での思考だ。

 騎士団長たるもの、考える内容も走馬灯のように早い。

単に不味い状況に追い詰められていたので、過集中して物事の取捨択一を選別しただけであるがこういう時異世界の人間の身体であっても脳内分泌が良い仕事をしてくれる。時間の物理法則を無視するかのような働きをしてくれるのである。走馬灯もそうだが、我が身を助けようとする動きは無意識意識有りにも関わらず、望外のものを与えてくれる。

 特に人の命のやり取り、という大事には。

王族の護衛騎士であるためあまり戦場に出ることはない近衛ではあったが、そんな私にも危険に晒されたことは幾つもある。部下の命も然り。そういう時の判断、しなければならない手段はいつ忍びよってくるか分からないのでいつでもその選択を即時に察して選びとらねばならない。ぶっちゃけ、必ずしもそれが正解とはいえないこともあるだろうが、それでも、泥を被ってでも私はやり遂げねばならないときがある。それは異世界に生まれても、どこの世界に存在しようとも変わらぬ事象であろう。


 私は眼を凝らさねばならない。

 手段はあるはずだ、と。


 視界を広げ、脳の思考も手広く拡大させる。

 すると頭の視界領域も伸び伸びと手足のごとく伸ばしていき、新たなる酸素と栄養を含んだ血液が血管という管を恐るべき速さで巡るのを、このドクドクと脈打つ心臓が弁という門構えから軽やかに待ち受けて体中の細胞という細胞を活性化させていくのを私は我が身でもって認め、みなぎったがゆえに広々とした視界の隅にいた存在を複数、発見する。

 

 (む? あれは)


 新たなる存在だ。

 靴の裏に力を籠めるがゆえに路地裏の背景が高速で移動していくのを尻目に、私は殿下から受け取った情報と瞬時に照らし合わせる。正体が明らかになる。


 (金環国の)


 少年王サダチカと、その護衛の特徴と一致する。遠方の姿形でしかないが、間違いない。


 (知人だし)


 幼馴染みともいえる部下たち護衛の名前は覚えていないが、勝手にあだ名をつけて思わずバレてしまった二人組だ、護衛のほうは。

 太ましいほうと、細いほうがいる。

どちらもボケっと突っ立っていて、ようやく里山さんの異変に気付いたところであった。

 が、彼らの動きは鈍い。間違いなく、間に合わない。

筋肉君の足では里山さんに届かないし、かといって細見君の技量では。

 

 (……ワイヤーでは切り刻まれてしまうな……)


 裏方の技を覚えている細いほうだが、彼についてもまた良い方法は思い浮かばない。下手するとボンレスハム化した結末に想像がいきかけたのでこれまた思考を止める。不幸だ。


 (サダチカ王は……)


 彼は王位継承者であり、あまり無茶はできない。

だが、それなりに武術を覚えているのだから女人のひとりやふたり……と思いきや、サダチカ王はさほど彼女を支えられるほどの体躯をしていなかった。ちょっぴり身長が伸びただけの彼は、ぽかん、とした表情筋である。察するに身動きがとれない状況に陥っているようだが、人はそれ、思考停止という。

 結論。

総合し、役に立たない、という判断を下した。


 もはや直感の領域であったがなんせ時間がない。

彼らには殺しの力はあるだろうが、今回ばかりは人助けの能力が必要だった。

 特に、落下する彼女をせめて緩和させることができるものがよろしい。


 (せめて空気抵抗とか、何か引っかかるものがあれば)


 一瞬でもいい、里山さんを宙に留めることが数秒できればいいのだ。

そうすれば私の足でも間に合う。ギリギリだが。

 焦るのは良くない。よろしくないが、さらなる思考の波間に、ちらり、と浮上する腐れ縁の台詞があった。


 『知ってるか?

  金環国はさぁ、外交を二つに分けてきた。

  彼女たちは……、片割れだ』

 『金環国は初めから一つの団体、

  外交使節を送ってきた予定であったらしいが、

  途中で仲違いでもしたのか、

  二つに分けてアーディ王国へ来訪してきたんよ』


 (里山さんを護衛騎士として命じた彼女が、

  里山さんと共にいないというのであれば)


 閃く。

と同時に、私は腹の底から声を張り上げる。


 「ダリア!」


 さらに加速して叫ぶと、空気を裂く音と共に頬を掠める鋭利な武器の気配があった。

 そう、それは確かに武器だ。

 だが、向かった先は私ではない。私のいる方向、進む方角にいる、今にもあと数センチで落ちかけていた黒髪少女へとその武器はしなやかに向かい、少女の片腕と胸回り、そうして斜めがけするようにして回った。そう、回ったのだ。ぐるりと。

 時間がないので、一回りもしなかったのかもしれん。

だが、そんな僅かな時間で黒髪少女を捉え、引っ張り上げたダリアは素晴らしく、女騎士としての腕を見せつけてきた。


 「団長!」

 

 後方からの副官殿の叫びと同時刻、私は黒髪少女が一本釣りをされて空へと飛び上がったその下へと間に合うことに成功し、


 「……殿下」


 小声での呟きでしかなかったが、襟元にある国宝サファイアのみぎりにお願いをする。

すると、ふわ、と淡く青光りしたので、きっと私の言いたいことは伝わったのであろう。

 うっすらと里山さんに巻きついていた鞭のあたりが輝き、鞭が離れてもなお里山さんに巻きついていた箇所は光を帯びている。


 「あれは、」

 

 誰の声だったか分からないが、里山さんが急に輝いたので驚きの声が上がる。さもあろう。


 (アレは殿下のお力だからな)

 

 積極的に述べるべき魔法具ではないが。

ただ、おかげで彼女は鞭による痛みの緩和、あるいは脱臼の可能性さえもリヒター殿下の癒しの国宝によって潰えたであろう。死亡するほどのダメージさえ負わなければ、殿下の癒しの力は奇跡を起こす。


 (金環国家バージルでは、牢屋に入っていた私の打撲や傷さえも……)


 さて、とばかりに私は鞭によって持ち上がっていた彼女の身体が緩く落ちてきたのを、しっかりと受け止めるため踏ん張る。

 がくっ、と両膝にくるダメージを鑑みて力を入れる配分を考慮して。

両腕を広げ、待ち構える。

 

 すると、彼女は期待通りに降りてきた。

すとんと落ちてきた、ともいえるが、副官殿の機転が利いた鞭と、殿下の癒しの力によってのダメージ緩和、それとおっさんたる私の足がなんとか間に合ったことが幸いであった。

 歳相応の重みがこの私の二本の腕にかかる。

人の持つ温かみが間違いなく、私のこの中にある。


 「良かった……」


 覚えのある懐かしの乱れし黒髪から覗く彼女の顔色はやや青ざめてはいたものの、むにゅむにゅと口を蠢かしていて、


 「眠いよぉ~……寝かして、あと三分……」


 なんて寝言を呑気に私に横抱きされながら言うのだから、なんとも豪胆な子だと。

ふ、と小さく吹き出してしまった私は、切った前髪がまた伸びて里山さんの額に邪魔になっているのを人差し指で撫でてずらしてやりつつ、腰を落とせば、わらわらと人が私の周りに集まってきた。

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