6<グレゴワール・シャブロル>
殿下を執務室へ送った足で、仕事部屋へと向かう。
灯があちこちで明々と廊下を照らしつけている。酒を舐めた顔で残っている仕事の量を考えなければならないのは辛いことだが、話し相手として王太子殿下の夕食、ご相伴に預かったのだから仕方ない。
(宮廷料理はいつも通り美味だった)
千鳥足にならない程度のほろ酔い加減のままに、王宮の一角へと赴く。
暗闇にすっかり飲みこまれた王城の外を眺めながら進んでいても何も見えないし、しこたまつまらないので、脳裏に仕事の優先順位、そのこなす順番に当たりをつけながらの歩行中、部下と遭遇する。
あれこれと立ち話をする。
世間話もついでにし、満足げな彼の後ろ姿をしばし見送ってから、疲弊した身に残る元気をかき集めてようやくの騎士団長部屋へと到着する。
(さて、と)
重厚感たっぷりな机上の、これまた太いロウソクが数本、アンティーク調のロウソク立てに据え付けられており、仕事部屋を明るくしている。武骨な騎士団長らしく、槍やら盾もあれば謎の赤い靴人形も証拠品らしく床から棚にきちんと保管されていたりもするが、ぱっちりとしたお目めと時折視線が合って怖い。次第に、ちり、ちりとした小さな灯火音を意識せず、いつしか手元の書類に集中していた頃。
唐突な訪問者が現る。
「頼もう!」
「ん?」
細かい横文字を追っていたため、しばしばと瞬かせつつも私は顔を上げる。
すると派手な物音がして、扉が開かれたことを知る。ずんずんと近寄ってくる大柄な男がいた。
勝手に団長部屋へ侵入してくる輩は顔見知りしかいないため、危険視もせず深々と椅子に座したまま出迎える。
「おお、グレゴワールではないか」
名を呼ぶと、峻厳な相貌に似合わず人懐っこい笑みを浮かべた。
「おう!」
地声もデカい。
びりびりとした振動が窓を震わせる。
「グレゴ。
夜分にそうみだりに大きな声を出すな。
ここは修練場ではないぞ」
「おお、すまんすまん!」
ただでさえデカいのに、という文句を続けたいところだがこれ以上続けても黄金世代には通じないであろう。
(やれやれ)
注意をしても聞き流されるため、心の中で数えきれないほどのため息を積み重ねておいてから、手元にあった書類に書き込み中だったペンをペン立てに差し戻しておく。
「それで?
何用だ」
「それよ、それ」
(だから何だ)
おっさんはどうも、気心が知れた相手同士になるとツーカーで話そうとする。
「だから何だ? グレゴ」
「これよ!」
愛嬌のあるおっさんは、懐から折りたたまれた一枚の紙を示してきた。
持参してきたものらしい。机上越しに渡される。
(む)
汚い字である。
グレゴワールの字であることは、一目で良くわかる。これは玄人ではないと読めない。無念ながら、長年の付き合いによって私は解読できるが……さて、軽くだが腕を伸ばし受け取ったそれを一読してみる。その間、もぞもぞと私と同等、あるいはちょっとだけ大回りなおっさんが私の前で居心地悪そうに突っ立っている。
(……)
全てを読み切る前にちらちらと、このグレゴからの目線を感じとれた。
なんとはなしに察した私は、しかめっ面になるのを耐えた。
「その、だなぁ、リディ。
すっごい騒がれてな。
……穴が開いた部屋から飛び出てきた事務次官に怒られて逃げ帰ってき……、
あ痛たたたたたた!」
――――私の握力はなかなかのものだと自負している。
反省文としか思えないグレゴワールの持ち出してきた壁破壊修理申請書ごと彼の骨太な顔面をガッ、と思いっきり片手で掴んだ。リンゴを潰す要領で。
「リディ! 中身出るから! 出る!
ちょ、痛い痛い! あと顔がインク臭い!」
「少しぐらいは我慢しろ。
インク臭いのは、まぁ……仕方あるまい、
きちんと乾かして持ってこないからこうなるんだ」
「そうか! だから小さく折り曲げたら字が潰れてて……、
って、あ、痛い! こめかみ! こめかみが!」
「片頭痛の痛みが弱まるツボだ。眼精疲労にも役立つ。
よくよく覚えておいたほうがいいぞ」
「顔が痛い!」
グレゴワール・シャブロル。
この一連の流れの通り、脳筋かつ黄金世代の騎士だ。友人である。
私より一回り、ほどではないが大きな体を持ち、背にある大剣を扱う。とかく問題を起こす天才である。ことあるごとに私に問題を持ち込み、解決へと導いてくれと頼みこんでくるおっさんだ。
こう見えて私より年上なのだから始末に負えない。
ただ、豪快に笑い、騎士らしくあちこちの人々を助ける手腕は素晴らしい。それだけは彼の美徳といっていいだろう。庶民の出だ。酒を飲んでは大暴れをする悪い癖には要注意だが……。
さて、問題発生した彼は早速ながらと言わんばかりに反省文、ではなく、修理費の申請をしてきたのである。乾かさないで折り曲げた時点でメモ用紙にしか思えないが、なんという猪なおっさんか。だから筋肉で脳みそが出来ているのだ。
(ん? 逆か)
とにかく、インクで黒々とした紙面が若干、グレゴが急ぎ書きしてしまったせいで黒い染みがあちこちに滲んでいるが根性で私は読んだ。きっと、私がこの世で一番グレゴワールの汚い字を読み解ける人間であろう。自負したくない。
「で、この修理費の申請をするに至った理由。
……ワケを聞かせてもらおうか」
「う」
ようやく口を割った同期の桜でもある友に詰問する。
騎士学校は窓口が広いので年齢幅があり、彼が年上なのはたまたま同時入学だったから、というのもあるが、こう見えてグレゴワールは用心深い所がある。
脳筋なのに違いはないが、基本的に誰かのために動いている節があり、きっと今回も貴族と貴族ではない誰かのいざこざに違いないと私は考えていた。そして、それは当たりであったようで。
神妙な顔つきでおっさんは語る。
「……ああ。
リディの考えている通りだ。
……見習いの騎士がな、オレの部下が、文官服の奴らにど突かれ、
言われっぱなしでいたようでな。
まぁ、人前で畑違いの人間が怒っているのは、
そりゃあオレだって嫌なもんだと思って止めようとは思ったが、
しかし、この程度、この貴族が多い城にいる以上、
どうしようもないことだ。
だから、どうなるか遠くから見守っていたんだが」
「ふむ」
グレゴワール・シャブロルは切り込み隊長としての役割を持つ。
そのため、彼の部下は精鋭が多く、武芸が達人クラスが多数在籍している。その性質上ほぼ庶民出身者が占める。
「ちょっと、な。
足を踏み外して……」
「ほう」
「見張りの台からころりと、落ちてしまってな」
まるで膝に矢じりでも受けてな、みたいな軽い口調で言われる。
「それでドスン、と。
いやあ、地面に落下してしまって大変だった」
「見張り台は大丈夫だったか?」
「大丈夫だ。だから申請してないだろう?」
「ああ」
(そうか、良かった)
ほっとする。
「でな。
落ちた場所に穴があいてな」
それはさぞ巨大なクレーターが出来上がったことだろう。
こんなにも質量のありそうなおっさんが落ちたんだもの。
「迷惑になるからちゃんと埋めておくんだぞ。明日の朝一番にな」
「わ、分かっている!」
(やっぱり直してなかったか)
気付かれないと思ったか。残念だったな!
邪魔くさい明日の確認事項が増えたと、肺胞の隅々から気道を通して二酸化炭素を十二分に吐き出しつつ、続きを促す。
「それで?」
「ええと、何だったか」
「グレゴが見張り台から面白半分に高みをの見物をしていたところ、
貴族のお坊ちゃん連中に絡まれてる部下を見て興奮し、
前のめりになり、うっかり足を踏み外したあたりだ」
「す、すごいなリディ!」
褒められた。
が、ちっとも嬉しくない。
地面に大穴が開いた経緯はいいが、肝心の、建物の壁に穴が開いた理由が未だに解明されていないのに不安が募るばかりである。
「しかし、どうしてオレが面白半分なんて分かっ……、
ああ、いや、なんでもないぞ!」
ピンときた。
「今更誤魔化したって無駄だ。
お前が大暴れした時点で酒が入っている」
「うっ!」
痛々しそうに胸を抑える所作をするが、な。カマをかけたところこのザマだ。大柄なおっさんが身を小さくし、私の名前を呼んで必死に懇願する姿はあまりにも可愛くない。
そんな私の睥睨とした目に切り込み隊長として名を馳せるグレゴワール、焦ったものか両手をバタバタとバタつかせた。
「いや、だってさぁ、
オレだって一応、隊長格の騎士だぞ?
それなのにオレまで馬鹿にしてきたんだ、
あのこん畜生のお坊ちゃん連中め!」
「なるほど。だからお前が大暴れして、
内勤部屋の壁を破壊したのか。
大人しく我慢していた見習い騎士を見習ったらどうだ」
「……すまん」
(ようやくこれで判明した)
穴壁修理の申請された理由である。
酒に酔って暴れる君になってしまうグレゴ相手に止められる相手はいないであろう。
ありていに言えば止められるのは、まぁ黄金世代連中、となるが。
(対処してくれたら良いが、あるいは、無視するだろうな)
興味がないと顔を出しもしない凄腕の騎士も一名いるが、彼は彼でグレゴワール一人暴れたところで気にもしないであろうことは簡易に推測が成り立つ。
(王太子殿下がおられたら、な)
たちまちに場を治めてしまうであろう。殿下は壁破壊の修理費、を認める裁量を下すこと自体面倒臭がっておられるからな。実際の判断を下すのはお金を計算する部署になるが、その積み重なった経費総額を読まねばならないのが王太子殿下である。細かいところまでは見ないだろうが、妙に浮かび上がるいつもとは違う金額に対する邪な視線は免れないかもしれない。
グレゴワール・シャブロルには禁酒令が出された。




