5<学校視察>
アーディ王立学校。
王太子殿下肝いりなので、王立という高貴そうな名称が学校名についた。
実際、王族が関わっているので間違いではない。とても正しい。
(王都内に建立されたしな)
詳細をいうと、旧・王都出入り口にて設立されたものである。
かつては人の出入りが激しかった王都の玄関口は戦禍にまみれ、平らになり。人が住むにふさわしい整備された生活区域となった。騎士が串刺しにされ、王都の民らが晒された血みどろの戦地とは思えぬほどの穏やかな緑が生え揃い、植えられた木々の根っこも逞しい。季節の狂いなんて無かったのだといわんばかりである。
――――この伝統的な建築様式にまみれた学校は、とてつもない速さで完成した。
まるであらかじめ考えられていたがごとく。
(……怪しい)
手順も人手も足りていたようで、ますますおかしいと思った私は、素材の古めかしさからなんとはなしに察してはいたものの念のため関係者に尋ねてみたところ、杞憂ではなかった模様。
やっぱり元々あったものを活用したとのことだ。
つまりは移転技術も使われていた。
アーディ王国は建国当初からの土木技術は大得意な……切ない事情のある国柄ではあったため、どこぞの丘や村にある砦を破壊して素材として持ってきて建築物の要素として使われていても何らおかしくはない。
(ただ、問題は予算がつく前に、
すでに建築し始めていたのではないか、という疑念が……)
それである。
いくら他方からモノを運んでよいせと組み上げて作り上げたとしても、さすがに早すぎる。
リヒター殿下がいくら世界一の魔法使い、魔術師として高名だったとしても、だ。王太子という立場上忙しくてガテン系のあんちゃんと一緒にモノを背負ったり建てたりできるはずもない。常に傍仕えとして騎士団長たる私がいる。私がいない場合であっても、他の騎士がお傍にいるのだ、何か異変のひとつでもあれば責任者たる私に情報が必ずいくことになっている。その私が何も知らなかった。報告ひとつ上がってこなかったのである。
(……殿下……)
だからか。
私が驚きの声を上げるたびに過剰に反応を示すのだ。
まるで、悪戯が成功した子供のように。
「素晴らしいですな」
「ふふ、そうであろう」
「は」
シャンデリアをぼさっと眺めるおっさんに語彙力の高さはない。
そのため、同じような言葉ばかりが出てくるのだが、それでもリヒター殿下はご満悦のご様子で相槌を打つ。ただ、ご機嫌麗しすぎて、周囲にいる関係各所の目がな。赤面したり、わざとらしく咳をしたりして誤魔化しているが、美貌殿下の、目を奪われるしかない微笑はやはりここでも発揮されるようだ。
「貴族も民も、一緒くた、ですか」
「そうだ。
とはいえ、初めてだからな。
選別は必要だ」
(試験、か)
騎士学校も一応試験管はいたからな。
面接だけだったけど。序盤からついていけなくなる者たちが多く、騎士見習いになる前から挫折することが多い。今回、この学校のコンセプトはとにかく教育がメインであったので、体力メインの騎士学校のように脱落者は少ないだろうが、しかし、貴族の子弟が幅を利かせるのは違いないであろうな、と想像する。
(殿下のことだから、その対応策も考えてはいなさるだろうが……)
窓辺にて――――中庭に生えている葉っぱふさふさな巨木を見下ろしながら、廊下を歩哨……いや、出入口にて立って見守る。ゆうに百人程度は座れる長椅子が用意された、講堂のようなものを。いや、講堂なんだろう、斜めに奥まった壁際には生徒らを見渡せる教壇が作られている。覗き込めば覗き込むほどに、間違いなく教育指導が行われるにふさわしい場所だった。
そう、まるで、日本の教育機関さながらであった。
進学校にも大学にもある教室といって差し支えがない。
実の所、違和感がなかった。
「……」
ぞっとした。
殿下は私に背を向け、講堂内にて当建物の責任者らと話をしている。
複数の関係者に囲まれ、与えられる労りの言葉は私にも届くほど響いている。
(殿下……)
私の心の呼びかけなぞ分からないはずなのに、時折視線が私に向いている気がするのは気のせいか。それとも、この襟元にある国宝のせいか。サファイアは、時折私に何か訴えかけるかのように光るから失着できない。
ひっそりと嘆息する。
寄宿舎、の考えもあるようで、だだっ広い食堂も視察し終えた。
概ね、赤毛の王太子は充足感溢れる面立ちで、前に座る騎士団長に目を向ける。
美しい青眼が、夕日に煌めいて柔らかく。
幽玄な宝石のように、何らかの感情が湧いている。
だが、馬車の窓辺を、じっと景色の移り変わるありさまを沈思黙考でいる金髪碧眼の騎士は、襟元にある国宝に対しても丁寧に受け取ったあの調子のまま、大木のようにみっしりとした体躯を騎士服に纏わせたままで何ら期待するような言動を、宝石の主とも謳われるリヒター王太子に返さない。
王太子は、次第につまらないといわんばかりの表情に移り変わっていく。萎えた、といっていいであろう、その季節のような移り変わりのような端麗さ、その誰もが見惚れる美青年の顔に陰りが見え始めた。
「リディ」
囁くような声色が、馬車の窓枠に頬づえをしたまま王太子の口から出てくる。
彼の誰もを魅了する声が、豪奢な造りの馬車内に馬の足音と振動と共に揺らされる。長い足を組み直し、小首を傾げる仕草はいつもの風情と打って変わって陰鬱な色香がある。
「……怒っているのか?」
珍しい台詞運びに、リディール・レイ・サトゥーン騎士団長は片眉を上げて、己の主君を見た。
視察の最後に至るまでにっこりとしたままの表情だったのに、唐突にやってきた静かなる空気感に瞬く騎士は、王太子の急なご機嫌急落のご様子に少しばかり躊躇うようにして言葉を選んだ。
「何をおっしゃる」
殿下にとって満ち足りたかのような日々であった、と騎士は思っていたため、何が原因かと主君に言い返す。
もちろん、騎士はまさか自分が原因だとは露ほどにも思っていない。
「……時期尚早だと。
そう、言っていたではないか」
「ああ……」
騎士団長の顔は真顔という名の厳めしいままだった。
だから、王太子は気にかけているのだろう―――――と、騎士は判断した。
騎士団長は逆に、赤毛の主が一体何を目的として学校を作ったのかと、その意味を考え抜いていたのだ。
ただ、それを尋ねるタイミングが長い視察の時間のさ中、なかっただけで。
折よく聞かれたため、彼は。行儀よく膝の上に載せていた両手のうち、利き手の人差し指だけを自分の逞しい太ももにとんとん、と軽く叩いて遊ばせてから。
リディは、じっと真顔で見詰めてくる世界一の有名人に告げる。
「そうですな。
一言も、相談もなしでしたから」
騎士団長の碧眼が、差し込む夕日に照らされて薄い色味になる。
彼の、王太子へのあるまじき発言に、アーディ王国の嫡男である王子は唇を歪めた。
期待するような発言ではなかったから、であろう。
不満げに、己の護衛騎士を鋭く見据えた。
「だが、金環国にはあるではないか」
「……金環国?
バージルにはて、何があるというのでしょうか」
唐突に現れた、隣国バージル。
金環国家バージルは、つい最近、騎士であるリディール・レイ・サトゥーンが希望して勝手に王陛下へお願いし、己の主である王太子にある意味喧嘩を売ってまで出奔……もとい、慰安旅行という看板をかかげて出かけた滞在国である。
リディは大いに楽しんだ。
騎士は、自らの行いを、覚えて楽しんだ景色や文化を散々に周りに漏らしたものらしい。嬉々として。
それに内心、苛立ちを募らせたのは、彼。まさしく騎士をずっと傍においてお気に入りとしてきた直属の主であるはずのリヒター・アーディ・アーリィ王太子殿下である。
自国ではなく、他国を褒める。
その行為を、この王子は疎ましく感じた。アーディに相応しい人物として振る舞ってきたはずなのに、王位継承者として見事な采配を振るってきたと自負してきたというのに、己の騎士はあの幼い少年王のほうを自然と見やっている。金環国の王位を継いだ少年。隣国の王は、実に迷惑な存在であった。顔を思い出すだけで苛立ちが募る。
すなわち、反発する気持ちが芽生えたといっていい。
「……リディが褒めていたではないか」
つん、と窓を見やる王太子の横顔には、何やら拗ねたものさえ感じさせる。
(……嗚呼、だからか)
だから、こんな試すようなことを。
確かに、私は金環国について良い面を殿下を前に称賛した。
実際、素晴らしいことばかりだった。異文化とはいえ、あそこまで独自に物事を決めて工夫していくスタイルは、さすがは元日本人の影響下にある国だったと。
いわば、身内びいき的な褒め方を散々にしたのである。
(それが、アーディ王国の王太子としても嫌だったのかもしれない)
リヒター殿下を見詰める。
彼はすっかり不機嫌極まりない、といった風に窓枠にだらしなくくっ付いて座っている。
それでも長い縁取りの赤いまつ毛の横顔は傾城極まりなく、見知らぬ人が見たならばそれこそ涙を流さんばかりに穴が開くかと思うほど喰い入るように何か異変が起きるだろうが。
(未だ、二十歳になったばかりの。
そう、若者だものな……)
なんとも、不思議な、奇妙な。
大人の仲間入りをしたというのに、未だおぼつかない所がある。
(前にも同じこと思ったなコレ)
とにかく、殿下にお声がけをせねば。
喉を唾で潤し、目前の主に口開く。
「……リヒター殿下」
「何だ」
すっかりやる気のない顔付きになってしまった物憂げな殿下に、私はどう答えを継げば良いかわからず、とりあえずせっかくやる気にはなってくれたアーディ王国への改革を推し進めようとする彼のその気持ちだけは認めねばならないと、今日の公務でくたびれたがゆえの元気を振り絞る。
「教育法にまで言及し、勅命を出されたこと。
それは、この国の、他国にさえない革命とも呼ぶべき
ご慧眼かと存じます」
「……気付いていたか」
「は」
教育を受ける権利。
日本人ならば誰でも社会科の教科書のページ序盤に書かれてる、重要な内容だ。
私が読み込んだ議案書の中身にて一番驚いたのは、コレである。さらりと書いてあった。お蔭で騎士服のまま眠る羽目になったのだ。殿下の思惑がまったく分からなかったから。
(まぁ、昔の、当時の私は、なんだコレ。こんな法律わざわざ作る必要あるのか。
……そんなものでしかなかった)
三択クイズみたいにしか思えなかったが、しかし、こうして異世界に来るとなるととても大事なことだと噛み締めねばならないものだった。基本的人権なんてぺら紙よりも重きを置かない異世界である。
「貴族の狸どもは、殿下が出された学校にだけ。
注目していましたからな。
……目くらましとしては、最高に輝いている」
「ふ……」
リヒター殿下の押せ押せ設立学校大作戦は、こうして見事に開花、いずれは殿下の思惑通りに進むことだろう。
(……きっかけはどうあれ)
まさか金環国を絶賛したせいで、反抗心が芽生えたのか。
(これでは他国をうっかり褒めることもできんな)
はあ、と窒息しそうな息苦しさを覚えるもそんなことを告げようものなら、王太子手ずからまた介抱されかねない。金環国ならばともかく、アーディ王国ではこれ以上、王太子のお気に入り、を超えるような噂をバラ撒かしたくはないので、とにかくこの王子様のさらなる意欲を高めねばならない。
「議案書に、ついでとばかりに書かれたものですが。
あれがどれだけ重要なことか……。
大多数の古狸どもには気付かれていないようですな」
「ふふ……」
殿下を褒めちぎっておいたらすごく明日の仕事は捻るだろう。
もっと言ってくれ、とばかりに私に対し議案書の内容についての感想を、王城にたどり着くまで求められてまさかの語彙力への試練に次ぐ試練のせいでヘロヘロであったが、すっかりご機嫌が回復した殿下に私としても臣下として充足にたる時間となった。
こうして、今日の学校視察は無事に終わった。




