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2<日常、いつもの目覚め>

 覚醒する。


 (今日は……何をするんだったか)


 朝日の眩しさに、しょぼしょぼとした目元を瞬かせながら思考を巡らせる。

スケジュール管理に浸るのは、もはや習慣という名の癖である。

枕元から頭を動かさず、高い天井を見上げ続ける。はじめボヤけていたが、はっきりとした線となって絵図となっていく。頭上はどこぞのヨーロッパ、といって差し支えのないアーディ王家の紋章が描かれている。金銀も使われているらしい、趣向を凝らした芸術的な出来栄えは王城に相応しい天井絵図だ。あまりの美しさに、寝そべったまま感涙に咽び伏せたくなる。二度寝、ともいうが。それができない職でありやるべきことが時間単位で決められているため、そろそろ起き上がらねばならない。現実は非情である。

 また、今回は幸いなことに夢をみなかった。日本の夢を。

……最近、よくみるのだ。金環国に行ったせい、だろうか?

 起き抜けに、明らかに文化圏の違う豪華絢爛な家具と広々としたいつもの部屋に混乱したことがあり、かつての自分が根強く残っていることを深く感じ入る。もし、その頭のまま不埒な襲撃犯にでも遭おうものなら良くて怪我、悪くて討ち取られてしまうだろうな、と苦笑する。


 (まあ、そんな奴が。

  こんなアーディの王城の。

  さらに奥深いところ、王族の住まいにまで襲撃なんてあるまいて)


 近衛騎士団が常に寄り添っているのだ。

すなわち、私が普段寝泊まりしている部屋への侵入なんてありえない。

 はあ、と今日一番の嘆息をつき、半身を起こす。

見下ろせば、自分の服装は昨日とまるで同じ。昨日の私は、着替えもせずに睡眠欲に浴することを決めたようだ。その後の始末を考えもせずに。


 「……怒られてしまうな、これ」


 上着の襟詰も指でつまんでいじる。


 (曲がっている、な……)


 何度か寝返りでも打ったのだろう、皺になっている己の騎士服の有様を確かめ、道理で体の疲れが取れていない訳だ、などと二度目のため息をついた。






 基本、私は自分のことは自分でやっている。

昔は騎士見習いとして副官殿がやってくれていたが、彼女が私の副官としての立場を得たその後、従卒などというものはつけなかった。気を利かして誰かをつけるか、などという話が回ってくることもあるが、身の回りの世話を人にさせることに元来より抵抗感があったため、これ幸いと騎士団長になった現在も自分の着替えを誰かに手伝ってもらうとか、そういった貴族にありがちな風習をまったくもってしなくなってしまった。見かねて副官殿が手助けしてくれることもあるものの、お蔭さまで気楽に着替えができる。万々歳だ。


 (まぁ、掃除と洗濯はどうしても時間がかかるから、

  城の者にお願いしているが)


 ある種、長期契約のホテル暮らしのようなものである。無料なのでお得だ。

しかし、部屋の設備には気を使っている。活用して良いと言われているが、破損はいけない。

 そう、家具とか。

 壁に据えられているクローゼットは、間違いなく本物の宝石が彩りとしてあしらわれている。無駄に豪華一点ものかと思いきや、他の家具にも同列の似た色の、それこそ私に下賜されている国宝と似たような色彩のサファイアが散見されるのだ。盗むことなんてもっての他だが、この部屋も、家具もすべて殿下によって指示されたものである。あまり文句は言えないがもう少しランクを落として欲しかった。できれば宿舎ばりに。宿舎にも私の部屋はあるものの、宿舎のクローゼットには貴金属類なんてものは存在しない。ゴージャスな取っ手にはしっかりとした重みと存在感がある。一体どれだけの金額を出せば手に入れられるのか考えるのもやめた両扉を開けば、正装である騎士団長の制服と、普段使いの騎士服が並んで収納されていた。





 本来であれば、王太子殿下直属の護衛騎士であり騎士団長でもある私は、己に与えられた部屋で顔を洗うとか食事を済ませるとか、そういった私生活は私室で終わらせるのが筋である。仕事前の始末だしな。うむ。

 しかし、ここはアーディの王城、それも王太子殿下の指示によって私が寝泊まりする護衛部屋は殿下の隣室に据えられている。お隣さんだ。実に近い。近いどころか、扉を開けると殿下の寝室である。直通だ。護衛騎士としては便利だが、プライベートとかそういったもののない王族に引っ張られている形で私もまた、プライベートがない状況に陥っているといっていいだろう。鍵、ついてないし。鍵をかける理由もないため、王太子殿下の寝室に素通りし放題であるが、殿下的に何も問題はないんだろうか。


 (……ないんだろうな)


 あの方はそういった細かいことを気になさらない。

着替えも、掃除も何もかも誰かの手が入って当たり前の生活を送っておられる。自由というものを知る私からしてみると、果たしてそれは良いことなのか、どうなのか。分からない。分からないが、自由のない生活を送らせてしまっているということに、少しばかり、私としてはなんとも言いようのない気持ちを持つ。


 (だからか、殿下の我儘に振り回されてしまう)


 今日もまた無事に王太子殿下のいる寝室へ、王太子らしい、豪奢すぎて美術品と化している殿下のプライベートルームへとそっと踏み入る。

 王族ならではの豪華に設えた室内環境に、負けぬぐらいの立派なベッドがど真ん中にある。キングサイズだ。それこそ高すぎる天井から吊り下げられいる垂れ布の内幕、何重も重ねられた鮮やかな色の薄布に、人影がうっすらと映り込んでいた。寝息が聞こえる。色の合間から、清潔な白のシーツが見えた。人肌も覗ける。ただし一人分ではない。


 (一人は殿下、しかしもう一人は……)


 艶やかな赤毛と透けるような白い肌は殿下に相違ないが、もう一人の金色の髪色と健康的な色合いの肩幅の細さは、はて、誰だったか。


 (……誰だったっけ)


 昨日、公務がたっぷり残っているからと王城へとエスコートして差し上げたことに不満もないご様子の殿下ではあったが、いろいろと年齢的にも遊びたい盛りの御年齢である、味を覚え、それなりの玄人が昨日呼ばれていてそのまま寝入ったものらしい。報告は受けていたが、とんと歳をとったせいか聞いたはずの名前やら所属する相手の立場や地位など、その他もろもろの記憶がなかなかに欠片でさえ浮かび上がらず、騎士団長、ひっそりと王太子のベッド脇で唸る。

 若者の寝入っている部屋の片隅で何をしているんだ、と我ながら思わんでもない。


 (歌姫、だったか)


 ようやく出てきたのがソレである。

すると、するするとそれが萌芽となり、発露となってあれこれと出てきた。

 確か。

 王族や上級貴族相手にあれこれと誘う高級娼婦の役割をこなしてきた古くからの楽団、その一人である。美しい声は隅々にまで染み渡るとされ、ブロンドの髪と南国の情熱的な肌色が自慢の美姫、が謳い文句の。

 

 「ん……」


 寒いのか、縮こまる美女の肩が露出してしまっている。

直してやりたいが、ここでおっさんがベッドにいそいそと上がるのもなぁ。当事者からしてみると嫌でしかないであろう。殿下が起きてくれていれば、と視線を送るも微動だにしない。


 (……)


 鮮やかな緋色が、女性の豊かなブロンドの上に伸し掛かっており、昨夜の情事が丸見えである。二人は仲良く並んで寝入っており、よくよく注意深く見詰めると、殿下の懐に女性が入り込んでいる姿勢である。これでは殿下だけを軽く呼び覚まそうにも、彼女もまたつられて起きてしまうことだろう。すっぽんぽんのままに。


 これ以上踏みとどまる訳にもいかず私は物音静かにその場を離れ、殿下のプライベートルームから繋がっている、殿下専用の執務室へと足を向けた。

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