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47<孤児たちのその後②>

 開け放つと、朝もやがふわりと窓から部屋の中に侵入する。

この冷たい空気はどこかしか丘の上の教会を彷彿とさせる。

 ぐっと窓辺から身を乗り出し眠気覚ましに外を覗き込んでやれば、目の表面を触れる外気に瞬いてしまうけれども、川の音がはっきりと聞こえてくる。昔ではありえなかった川の奔流だ。

 そのままの状態で欠伸をすると肺に冷たい酸素が滑り落ち、頭の中が一気にスッキリ。覚醒する。


 「今日も良い天気、みたい」


 仰げば、少しばかり柔らかな光が差し込まれている。

真正面には同類の官舎が佇んでおり、見下ろせば王城の中へと続く道がある。

 この官舎は王城内に建てられた、下っ端を常に使い続けるための収容場のようなものである。

勿論、騎士団長の部屋もある。


 「……さて、今日でお休みは終わりだなあ」

 

 明日からはまたあの下っ端業務だ。

慣れてしまえば楽なものだが、しかしオベッカを使い続けねばならない身の上というものは辛い。ましてや、自分はコネとはいえサトゥーン伯爵家の背景を背負っている。泥を塗るわけにもいかず、つまらないいざこざを起こして騎士様にご迷惑をおかけする訳にもいかないので、散々に、それはもう特大な猫を被って先輩文官の手足となって汗癖垂らして働いている。

 ごきごきと肩を鳴らして首を回しながら、僕は鏡の前に向かう。(身だしなみは大事、)一枚の、少し曇りガラス気味のそれは、僕の姿を綺麗に写し取っている。

 桃色の髪が肩にまで伸ばされ、あちこちに毛先が跳ねている。

朝の光は僕の瞳までも照らしつけていて、普段は暗い目の色も今は明るい赤の色を発光させていた。照らされると、僕の両目は兎の眼のようにルビー色になる。

 くるくると毛先をいじくり倒し、


 「よし、」


 リボンで一本縛り。

そして外出用の服を身に着け、上着を羽織れば完璧に色男!

 

 「にはならないか、へへ……」


 身長だけはずいぶんと伸びた。

だからもはや青年といってもいい年齢だと思うのだが、背丈の伸びがここ数年のことであった。働き始めの頃は、ずいぶんとお嬢ちゃん呼ばわりされてきたものだが、今はもう、そうそう甘やかに呼ばれることは少なくなった。

 (といっても、まだまだこの顔が、ね)

 頬を突けば、跳ね返る若さ。

早く成長しきって大人の仲間入りになってしまいたいものだが、少女めいた顔立ちはあまり成長してくれなかった。未だ幼い。アリスは自分でそう己の長所である顔を断じた。優れた顔というものは使い勝手はいいが、面倒なものを惹き寄せることもある。

 (実力を身に着けていないし)

 騎士のように腕が立てばどこにだって行けるが、まあ、我慢だ。

まだまだ僕には時間があるのだから。


 朝ご飯を簡単に済ませたあと、約束通り友の元へ。

旦那のほうは仕事があるからと朝も早々に出かけていたようで、招いてくれた三つ編み女子はたっぷりのお菓子を箱詰めしていた最中であった。

 

 「アリスも手伝って!」

 「はいはい」


 (懐かしいな)

なんて思いつつ……たわいのない話をする。


 「アリスは良い人いないの?」

 「はは、僕は今仕事で手いっぱいだし」

 「そうなの」


 脳裏にいたのはたった一人の方だ。

 (唯一の方)

 しかし、果たしてこの感情がそういったものなのか、というとなんとも妙な心地。胸に手を当てて考えてはみるものの、どうだろう。正直僕にはそういったものはないと思ってはいたんだけれど。人によるものなんだろうか。分からない。

 (そういえば……)

 花街にそういった男娼もいて、僕にあれこれと詳しく説明してくれた人がいたっけな。

 (境界、といっていた)

 あとは訳がわからなくて本能のままに成すべきことをしたまで、というすっきりとした説もあって。

一線を越えるかどうかは、本人次第、とかなんとか。

 (良くわからなかったけれども)

 でも、そういった道を選ぶという方法もあるのだろう。

 (リディ様に尋ねたら、明確な答えが返ってくるだろうか……)

 こういう思索は僕の大好きなことだった。

リディ様は特に、こういった課題のようなものを僕に知らず知らずのうちに突きつけてくれる。良い師匠のようなものである。当然、リディ様はそんな意図はないし、僕が勝手にそう考えていることだ。


 「ふふ」

 「ん、なに?」

 「ううん、なんというか、アリス、昔と変わらないわね」

 「そう?」


 懐かしのリンゴパイの切れ端を入れ込んでいると、三つ編み女子はなんとも懐かしそうに喋る。


 「そうね、

  そういった、遠くを見て考えてる素振り。

  ……何を考えているか分からないところ、好きだったわ」

 「え?」

   

 ふふふ、と口の端をさらに上げる彼女、とても主婦とはいえない言い方に、思わず僕はまじまじと彼女の真意を探るためにじっと見続ける。


 「アリスってばちっとも気付いていなかったのね。

  あなたが初恋だって子、結構多かったのよ」

 「ええ?」

 「外から来て、それでいて徐々に皆と打ち解けて入って。

  でも、どこか寂しそうに王都のほうや、

  山のある方角をいつも見ていたでしょう。

  ……あの騎士様にずいぶんと焼きもちやいてた子の多かったこと」


 初耳だった。

 手元には袋詰めされたお菓子が山ほどたんとこしらえてある。

三つ編み女子は、少し貫禄のついた横幅のある身体を揺らしながらにこにこと。

まるでしてやったり、などと存分ににこついた。





 衝撃的な事実に僕はおぼつかない足取りになってしまう。

 (僕もまた、好意に疎かったのか……)

 びっくりだ。

これでまた、歩く間の議題になる。仕事柄、こういった課題を常に考える癖もついていた。どこかに間違いがあるととんでもなく叱られる。下っ端は世知辛い。

 (しっかし、僕以外に男って他にもいたのになぁ)

 頼れる、という意味においてはラビトもある意味ではそうかもしれなかったけれども、聖女様に目覚めてからはドン引き一辺倒だったのは想像しなくても安易に分かる。理想的な美女ではあるが、彼女は像だ。縋りつくように救いを求める姿は、聖職者以外に道はなかった。





 敷き詰められた石畳、人の出入りも増えている。

 王都の中は変わらない。丘の上を目指すため、大きな道を突き抜けて進んでいる最中だ。

あの王都前の襲撃はあっという間に復興され、あちこちの家からはいつもと変わらない花々が咲き乱れている。騎士団に連れられて歩いていた昔と比べ、少しぐらいはくすんでいても良いようなものなのに、ちゃんと壁の色塗りは定期的に行われているあたりアーディ王国の王都は観光の面においても、というよりかは、外交の面を強く意識している。

 これもまた、子供の頃、孤児だった時代では気付かなかった事柄だった。

アーディ王国は中央にある。だから、四方国家に舐められないようにしなければならない国柄だった。

 (だから、あの王族もツンツン強気なのかな?)

 かといって、僕にしてくれた仕打ちは忘れられないことだ。

いや、忘れてなるものか。

 (まあ……謝られても、困るんだけどね)

 謝罪なんてまるでしないであろう王族の筆頭だ。

国が謝るようなことである。体面もあるし、なにより僕だってあんまり……見たくはない。特に、リディ様が困惑するような事態は。王族絡みは厄介だ、とつくづく王城勤めになってから思う。

 貴族もそうだけど。

ある種、貴族の手引きによって仕事にありつくことができた僕にとっては、なんとも言い逃れのできない事実だけれども。

 (あの面倒な、貴族や王族がいるからこそ、

  僕の生活は成り立っている)

 認めたくない現実だ。


 「あ、おばちゃん、その鳥の串ちょうだい」

 「あいよ」


 でもまぁ、こんな風に。

指をくわえて見詰めることしかできなかった食べ物を、思うがまま手に入れられるという身分は悪くない。出店の良い匂いというものは、僕のような奴をよくよく捕まえる。

 なんて、立ち止まっていたのが悪かったのか。


 「あ」

 「ああっ、こら!」


 ひとつのお菓子袋を、小さな影が持ち去っていく。

それも早い。素早いってものじゃなかった。


 「うわ、早い」


 呑気に串を頬張っている僕には、到底追いつける速さじゃあなかった。

あっという間に人の波に紛れていくのをぽかーんと目で追いかける。


 「おばちゃん、あれ」

 「ああーごめんねぇお客さん」


 香ばしい匂いを放つ屋台を前にして、手に取りやすい僕の荷物を奪い去った子供。

あれは、間違いなく孤児だった。それも、


 「あれはね、最近、ここいらを根倉にしているアレだよ。

  他国の……きっと、共和国の奴らの」


 



 丘の上へえっちらおっちら進む。

快進撃とはいえなかったが、ようやく懐かしの古巣へと戻ってきた。


 「ああー……懐かしいなあ」


 あの古めかしい、教会の屋根!

つんとしてる!

 ヒビの入ってしまっている壁の様子もそうだけども、薄汚れ具合が深まっていてなんともいいようのない具合と成り果てている。

 ――――ついでに。

なにやら、視線を感じた。


 「わあ」


 ……過去を思い出して、そしてそんな昔と今があまり変わらないということに僕はなんとも情けない声を上げてしまう。

 なんせ教会のガラスに孤児たちがびっちりと顔を覗かせて、見知らぬ人間である僕をじっと複数の目が覗いていたのだから。手には変わらずの掃除道具。

 

 思わず、といった態だが。あの子供たちの興味本位丸出しの顔。

僕はなんとも底知れぬものが腹の底を掠った気がして、くすりと口角を上げた。 

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