表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/85

43<その後……王都>

 王都のほうを見やれば、人の動きが垣間見える。

敵兵がいなくなり、王都の人々やら他の、たとえばアーディ王国に所属する人間たちが動きだしたんだろう、きっと。僕の軟弱な脳みそではさほどのことぐらいしか想像できなかったけれども、これだけは分かる。

 変わらない日常が戻ってくる、ってことぐらいは。

黒々とした煙が消えていく。

 (今頃、騎士様がたは……リディ様は、どこにおられるんだろう)

 僕のいた故郷の村あたりにまで進軍してるのかな。山脈の方向を見やる。

もし、追いかけて行った騎士かたがたが追い詰めるためにいくとするなら、あるいは仕留めきれなければ、少しでも敵の逃げ足がアーディ王国の騎士たちよりも素早ければ、きっと、僕の村をまた踏みつけて、あの国境沿いを通り過ぎる。

 僕は、頭を横に振った。

 (……どちらにせよ、僕の村は壊滅的被害を受ける運命だったのか……)

 なんというか。

胸に、穴がぽっかりと開く、というか。斜め前に生えている雑草を見詰める。なんとはなしに。

当たり前のように緑は生える。少しでも成長するために、子孫を残すために踏ん張って根を張る。対し、僕は家族のことを不憫にも、憐憫さをも仄かに感じ取った。辺鄙なところに住んではいたが、懸命に働いていた。腰を曲げて、大いに声を上げて。朝昼晩のご飯だってひもじくとも食べて行けた。それなのに、あんな死に方。誰だって好き好んで死にたいわけじゃない。結局は、たまたまそういった巡り合わせだった。運命という生まれであった。ただそれだけのこと。誰が悪いってわけじゃない。けれど。

 瞬時に、体中が引き絞られるかのような感覚。痛みを覚えた。

 (今の僕は殴られるほどの暴力は受けていないし、

  むしろ他の孤児たちは良い奴らだ、気兼ねなくさまざまな話ができる。

  これからは王都からの食糧が届くだろうし、

  食事は改善する。

  むしろ保護されて孤児としては生き延びているほうだと言うのに、

  どうして僕はこんなにも……)

 とんとん、と。僕は心臓の上あたりを軽く叩く。

 (寂しくて、悔しくて、悲しい……) 

 雑草でさえ、緑の色を生やして日光をさんさんと浴びているというのに。

いつまでも……切り替えることができない。

 ふと蘇ってくる過去の記憶は、僕を僕たらしめるけれど、僕を大いに苦しめる足かせにもなった。 

大人になっても、それは変わらなかった。





 普段と変わらない日々をまるで取り戻すかのように、僕たち孤児はまめまめしく働くことになった。

解放された教会を綺麗にしようと働き出す。やはり長年掃除し続けてきたこの行為は孤児たちにとっても一種の通過儀礼のように行うこととなった。騎士様がたは綺麗に扱ってくださってはいたようだったが、他人である人の出入りがした礼拝堂はどこかしか別の匂いを纏っている。

 両扉を開け放ち、空気を入替を行う。

あちこちにわいわいとした、いつもの孤児たちが鳥の戯れのように声を上げ、馴染みある生活空間となりつつあった。

 かつて小太りであった少年だけは、別枠であったが。


 「ラビト~?」


 おチビが話しかけても、彼はブツブツと呟いているだけであった。

それもあの微笑の聖女様の前で。

 正直、ここ最近ずっとそうだったものらしい、僕が教会を出て王都への様子を偵察に向かった時から。

気付けば、こうなってしまっていた。


 「チビ、やめとけ」

 「でもぉ、ラビトだけ仕事しないし」


 不満げなチビの頬を人差し指で突きながら、改めて久しぶりに見たベッド上段の主の捧げる祈りとやらを見守る。

 (昔より悪化してる……)

 ヤバいと孤児の皆が誰しも口にしていたが、本当にヤバい状況のようだ。

 (以前なら率先して子守りや困ってた子の仕事ぐらい手伝ってくれていたのに)

 さすがは将来の聖職者見習いだと、ちょっとは見直していたというのに。

年長女子の箒がけにも気にも留めず、微動だにせずにそこに居座ってくっついて離れない。朝食の時間にさえ食堂に寄りつかず、祈りの姿勢である。食欲より祈り。祈りでは食えないというのに。

 (そういえば、昨日ベッドにいなかったかも)

 ということは、昨日の夜から?

 (嘘でしょ)

 これには可笑しいと、皆があれこれとラビトに文句を言ったり動かそうとしたがまたこの定位置に戻ってくるので、とりあえず餓死させないようにと蒸かしたイモを口の中へと無理やり押し込んでいる。尿意については……あえて聞かなかったことにする。掃除は辛いものだったと言っておこう。服だってそんなに多くある訳じゃないしまた三つ編み女子に文句言われてしまう。


 「このままじゃ不味いよね?」


 のんびり女子にも早々に指摘され、何とかしろと。僕に。

 (どうしろというんだ)

 僕一人で立ち向かえるほど、このラビトは石像のほうがマシというか、聖女様のほうがだいぶマシな状況に陥っている。少なくとも微笑の聖女様は微笑むだけで石の仕事をこなしている。

 

 「……うーん」


 どうしてこうなってしまったのか。理由が分からなければ対処のしようがなく、本人が教えてくれないのでどうしようもない。ラビトが喋ってるのは聖女様への祈りの言葉であって、僕への意志疎通を図るための態度ではない。

 先ほどから話しかけることも試してはみたものの、こうも綺麗に無視されるとは。

試しに後ろ髪一本、引っ張ってみたが大した問題にならなかった。

 僕はぞっとして、抜けたラビトの毛を払った。


 「ラビトがどうしてこうなったのか、

  謎なんだけど……どうしたものかなあ」 

 

 チビは僕の疑問に耳を傾けていたが、僕と同じ姿勢で眉と眉の間に皺を寄せた。

僕の物まねだけは得意なチビである。


 「あ、そういえば」

 「ん、なに?」

 「えーとね……もしかしてだけど」

 「もしかしてだけど?」


 ちなみに、ラビトは僕たちがこんなにも至近距離にいるというのにちっとも耳に入らないようで、僕たちへ意識を向けないでいる。勿論これは嫌がらせだ。

 しかしこんな嫌がらせも肝心な問題児には通じず。


 「この教会が、騎士様たちに使われてた時から、

  ラビト、こうなってたかも?」

 「騎士様?」

 「うわああああ!」


 びくっ、としたのは僕とおチビの二人。

ラビトは無動。


 「な、何?」


 おチビはビビって僕の袖を引っ張る。

問題が発生したであろう声の発生源へと目を向けるや。

 

 「す、すごいことになってるよ!」


 孤児たちがわらわらと集まってきた礼拝堂、その奥にある司祭様の部屋に僕たちは呼ばれるがままに近寄っていく。本来ならば、司祭様に呼ばれるまで入ってはならないとされている、教会・孤児院管理者のための個室である。


 「あ、アリス見てよコレ」


 促され、僕は。

この凄惨な現場に声もなく立ち尽くす。


 「え、な、何これ」


 司祭様の部屋は。

前に見た時と比べ、まるで嵐にあったかのような悲惨な場面となってしまっていた。いや、成り果てていた。壁紙がはがれているし、足元には、司祭様が丹念に集めて飾っていたはずの聖女様関連のものが破壊され尽くして、書物の類は無残にも破り捨てられていた。天井には司祭様の机の脚がぶら下がっており、なんで四つ脚が照明の代わりに天井にめり込んでいるのか理解できない。ぱらぱらと木くずがあちこちに散らばっているし、あまり立ち入らない方がいい部屋に成り果てていた。


 「ど、どうなってんのコレ」

 「し、知らないよぉ、扉の隙間が開いてたから、

  ちょっと目に入ってしまって、そそそ、それで」

 「うわああああ!」


 新たに発生した別の悲鳴に、びくびくっ、としたのは僕とおチビとわらわらと集まってきていた孤児たちである。


 「み、皆来てよぉおお!」


 しどろもどろで説明していた孤児も一緒に、今度はもうひとつの部屋へと足早に赴く。

そこはそこで、また酷いものであった。


 「うわ」


 年長である僕がまず、その光景を認めた。

――――その部屋は、懲罰部屋であった。


 「ひっ」


 さしもの三つ編み女子も、いつものしっかりとした性格が生かせず。

ふらり、とその場で気を失った。

 だって、この部屋。

僕は慌てて、後ろで蠢く小さな孤児たちに指示を飛ばす。


 「チビ、小さな子供たちを孤児院へ戻して」


 不思議そうに顔を上げるチビは、僕の顔色が悪いことを察したのだろう。

何も言わず、中がどうなっているのか気になっている幼い孤児たちを連れて孤児院へ通じる廊下へと無理やり連れて行く。


 「えー」

 「中、どうなってるの? ねぇー」

 「駄目駄目!」

 「ええー」

 「ずーるーいー」

 「駄目ったら駄目!」


 先ほどはふくれっ面だったおチビだったが、今度は逆の立場になってしまっている。

それでもおチビは奮闘してくれた。子供たちの背を叩き、少しでも遠ざけようとしてくれていた。

 そんなチビの成長ぶりに、僕はほっと安堵の息をつく。

――――だって、こんなもの。

 この場には、年長組だけが止まっている。


 「アリス、まさかあの色って」


 今朝朝方、王都がどうなってしまうのか不安で僕の隣で立ち話をしていた彼は、三つ編み女子を抱えて蹲っている。

 僕は、気を失った原因である場所へ進もうと一歩、石で敷き詰められた冷たい部屋の中へと足を踏み入れた。

 かつん、と僕の足が木霊する。

それぐらい、ここは小さな部屋だった。

 (いや、それはいいんだ)

 懺悔のための部屋なんだから。

だが、ここにはそんな懺悔なんて無駄だと言わんばかりのものが置いてあった。

 僕の口はわずかに空いていた。

だって、この饐えた臭いを嗅いでいたいとは到底思えなかったから鼻でではなく、口呼吸しなければならない。

 僕の靴先には、使用されたものらしい鎖があって、その先に輪っかがある。

 

 部屋の中央、どうやら真ん中に液体が集まるように斜めに造られている小部屋であったが……ここには懺悔をするための仕切りはなく、ただ、人を拘束するための罠と、血だまりの跡だけが残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ