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※そんなんでもないのですが、蛇が苦手な方はご注意です。
ラビトと僕の間には溝が出来てしまった。
(……当然といえば当然、だよね……)
やるべきことがなくなると、そそくさといなくなる小太りの少年。きっと聖女様の像へと向かったんだろう。暇があればすぐにそこへ行くのだから、もはや病気だ。彼を止める存在はこの孤児院には司祭様以外存在せず、というのがここのところの孤児たちの共通認識だ。暗黙の了解ってやつ。
ラビトの遠ざかる姿を見納め、はあ、とラベンダーをふわりとくゆらせながら、ぼんやりと灰色の空を見上げる。ゆったりとたゆたう風の合間に、王都はいつものように平時と変わらずその煙を立ち昇らせていた。
(さて、あの中に一般的で、ごく当たり前な生活を送っている、
無事な暮らしをしている幸せな家って、
どれぐらい存在しているんだろう)
ぼう、っとその数を脳裏に想定してみる。
きっと、星の数だけあるだろう。キラキラと輝く星々、ただ、全部が全部そうではなく、一部は流星のように滑り落ちていくお星さまもいらっしゃるだろう。悲しいことだ。
(紅蓮の炎をまき散らし、苦しむ星もあるんだろうな)
また、それぞれの星には、それぞれの悩みがあるんだろう。誰にだって言いたいことがある。光りながらも、澄まし顔で我慢をしているだけ。足掻いてもいるんだろう。
ラビトにも当然ある。ラビトは僕に対し気を遣いながら、彼自身の持つ信仰心を晒してくれた。それはまさしく、彼の持つ一面だ。元々聖なる国への感心が高かったし、興味を持っていたようであった。理由はきっと恋心のような、憧憬のようなものなんだろうが、奥深いものを感じる。
(……そのせいか、ラビト、前よりも……、
僕に対し聖女様への想いが吐露したせいで、
聖女様への想いが確立してしまったように思う)
仰ぎ見た頭を元の水平に戻し教会を見詰める。
あの窓を覗けばラビトがいて、聖女様にその心根を注いでいるんだろう。
「人生は長い、って母さんは言ってたっけ」
長いわりに、皆いなくなったけれど。
変わり映えのしない日課を過ごし、終わる毎日。
――――この頃、だったっけ。
小競り合いが、だの。戦争、だの。
大人たちは雁首揃えて教会のお祈りの最中であるというのに、ひそひそと喋り合っている。
「いっぱい人が死んだみたいよ」
「いつもの小競り合いだろ?」
「さぁなあ」
国境沿いでの諍いなんて、日進月歩の印象でしかなかった。
アーディ王国の場合、四方国家と呼ばれる四つの国と国境を接しているからか、どうしてもちょっとした争いが起きるものだった。けれども、今回のこれは、あまりにも長引いている、と僕たち孤児たちでも思うものだから、大人たちなんてもっと危機感を持っているのだろう。
ふと、僕は騎士様のことを思い出す。
(情報の取捨選択に時間がかかってる、
ってリディ様が悩ましい顔して愚痴ってたっけ)
思い返せば、騎士様はずいぶんと本音を。一介の孤児である僕に告げていた。
つまりはそういうことなんだろう。危険な状況下にあるのだ、と。言外に。
リディ様は王族付きの近衛騎士副団長としても、相当の情報をお持ちのはずである。通常、そんな言葉を吐いてはいられないことだ、情報が情報である。国家機密の漏えいにもなりかねないことをリディ様は。胸の奥が、つと熱くなった。
(僕のことを……本当に心配なさっているんだ)
食べ物の値段が急速に上がった、というのもこの時期のことだった。
司祭様の懸念が当たった、ということになる。前から、孤児院へ運ばれる野菜への屑っぷりが顕著だったけれど、それがますます顕著になった。すなわち、食べる部分が極端なものになるということ。
「え、何これ気持ち悪い」
「蛇肉」
「……やめてよぉ」
夜の食堂での食事作り。
いつもの光景に、ささやか、にしては異形にもくねりとした肉、が鎮座している。
三つ編みお下げの料理番女の子が、
「泣いていい?」
って、呟いて距離を置いている。
彼らは皆、この異形の生き物への抵抗があるものらしい。正直、僕は育ちからいってこういう生き物は慣れている。得意、という訳じゃないけれど。色によっては毒持ちの蛇だっていないわけじゃないので、そこのあたりは気をつけなきゃならない。
にしても、カエルを掴んで遊べるぐらいには僕にとっては懐かしい生き物だ。国境沿いでも良く見かけた種だったし。といってもさすがに貧しい国境の農村暮らしでも食べ物として認識されるものではなかったので、意外ではあった。まさか食卓に上がる、なんて。それにこの教会の周囲では蛇、という生き物は見かけたことが無かったから、ここまで食費を抑えるつもりなのか、と、司祭様へ印象が駄々下がりだ。
けども、遠巻きながらも果敢に攻めにいく強者がいた。
おチビだ。
「うわーすごーい、でもアリスー、これ食べられる?」
両目が爛々に輝いていて、瞳孔が開いていた。前向き過ぎる。おチビ、少しは控えた方が女の子っぽくて可愛いはずだよ、って後で教えてあげたいところだ。そう、後方では、年長組の女子たちが顔色真っ青で今にも倒れそうな雰囲気を醸し出している。彼女たちのような態度が普通である。それなのにおチビは今にもその肉をぷらんと掴みたそうに、その小さな手を伸ばしそうになったので、僕は苦笑しつつ、これ以上おチビが暴走しないように教えてあげる。蛇の可食部位について。
「食べることが出来る生き物だよ。
小骨があって、ちょっと食べづらいんだけど……、
頑張って噛んで食べると膨れるよ、お腹」
「やめてよぉ」
もはや女の子たちは半泣きである。本気で全員が嫌がっている。
でも一部例外がいて、その例外の一人しか該当しなさそうなおチビはといえば、
「えーどうしてぇ~?」
などと頓珍漢な疑問を呈した。
女の子たちがいかに蛇が嫌なのかくねくねしてるのか、という説得のような感情論をたくさん、それこそ耳にタコになるぐらい聞いたおチビ、
「うーん、良くわからないけど、
でも、苦手だってことは分かったよ!
けどきっと美味しいよ! 肉だもん!」
司祭様が安値で入手したというお肉に輝かんばかりの笑みを僕たちに向けてくれた。
ひく、と口角を引きつけたのは年長女子のおっとりとした子だった。彼女は化け物を見るかのような目を、おチビと、それと僕に対し向けている。彼女は間違っている。その視線、向ける対象がまず違うのだ。それなのに、彼女はこの状況を僕たちのせいのように、まるで思っているようだった。手近にいる対象だから、ってのもあるんだろうけれども。
(司祭様がケチん坊なのは前から分かっていることなのになあ)
やっぱり女の子は敵にすると怖い。集団で団結するのは素晴らしいことだけれど、でも間違った方向へ団結するのは過ちだ。誰かが修正しなければならない。だけど、そんな空気は無さそうだ。もっといえば、この肉を食べなければ彼女たちだって腹を満たすことができない。食べづらい食材ではあるが、決して不味いものではないのだ。そう、食べ物に罪はない。死んでるし。いや、この生き物だって好き好んで人間の、それも王都近くにひっそりとたたずむ孤児院の孤児たちの腹の足しにされるなんて、たまったもんじゃないと思っていることだろう。けれども、僕たちだってやっぱり人間なのでお腹が空く。たとえ床に、地べたに食べ物が落ちたものでも口にぱくりと入れてしまえる程度には、衛生観念が飛びぬけてしまっている。逆に言えば、孤児院での暮らしはそこまで切迫している訳ではないが、必ずしも満足のいく暮らしではないと言える。特に、孤児たちは育ち盛り。咀嚼できるものがあれば咀嚼したい。でもなあ、と僕は決して口にはしないが、心中でのみ書き留める。
(やっぱり苦手なものは駄目、なんだよね)
案の定、その食材は納得のいく最後を迎えた。
女の子たちはすべてではないけれども、ほとんどの子が蛇を得手としてはいないので隣の席の子に自分のぶんをあげたりして、どうにか消費しているようだった。勿論、男にだって趣味というものがあるので、涙目で受け取って途方に暮れている子もいたようである。
向かいにいる三つ編みお下げに伝えた。
「ねぇ、ぶつ切りで焼いて出すんじゃなくて、
もっと細かく砕いてスープのネタにしようよ。
それなら取り切れない骨も砕けるし、誰も気付けない」
「……やめてよぉ」
げんなりとした顔でいるその子は、食事係として頑張って運びかけていた元生き物をお皿に落下させ、おえっ、と嗚咽の滲む声を零した。




