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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 幼少期
9/41

第九話 理不尽な抑圧




 クラヴィウス共和国は、大きく二つの勢力から成り立っている。


 教育や経済、政治面を支える術導院。

 そして、他国からの侵略や、魔物に対する防衛力を持つ軍事勢力の騎士団。


 術導院で育てられた剣士や魔術師の中から選抜された、とりわけ優秀な者たちが騎士団に入ることができ、それだけに騎士は国内でも強い影響力を持っている。

 治安にも務めており、中級以上の騎士には犯罪者をその場で裁く権限も与えられる。


 術導院の教導方針も騎士団が決めているのだが、無論術導院も一枚岩ではない。

 術導教師になるために必要な学力の水準は騎士のそれを上回る。主席クラスで卒業した者だけがなることの許される、最優の職業が術導教師なのだ。

 騎士団の指示する方針があまりに大それていた場合、術導院にはそれを拒絶するだけの力を持っているということだ。


 このように、二つの勢力が上手く均衡を保つことで国は保たれてきた。

 が、共和制が始まって数十年が過ぎ。

 国は内部で分裂を始めていた。

 様々な派閥や家系が、それぞれ自分の地位や威信を守ろうと動いた結果___それらの思惑は複雑に絡み合って、国を回している一対の歯車を狂わせた。


 術導院では、金や権力で圧力をかけ、特定の人を優遇させる者が現れた。

 騎士団では、団員を都合のいいように組み替えたりする騎士長が現れた。


 術導院が人材を育て、騎士団が引き抜く。

 騎士団が方針を決め、術導院が実行する。

 良くも悪くも双方密接に繋がり合った組織であるから、片方が狂い始めると、他方にも崩壊が派生した。

 クラヴィウス共和国は今、一見して平和な様相を保っているように見える。

 実際、国の舵取りは、確かに安定しているのだ。

 だが実状は、腐り始めた人間の手によって内側から蝕まれつつある。

 それこそ、外から少し小突かれただけで、一切の舵の制御を失って沈んでしまうようなボロ船みたいな状態なのだ。



 と、言うのが。

 オルレアン術導院の、元術導教師であったシェイラが教えるクラヴィウス共和国の現状である。

 ボッコボコにこき下ろしてたが、この騎士を見るとあながち間違ってもなさそうだ。

 なぜそう思うのか?


「騎士に向かってその態度はなんだ? 躾がなっていないようだな」


 発言から滲み出る小物臭も然る事ながら、こいつの体格が象徴的だ。

 服に着られている、という言葉を象徴するかの如く、全く鍛えられていない細い手足にやたら光沢の目立つ鎧を着込んでいる。

 傷が一つもない鎧。

 どこからどう見ても飾りだ。

 これで剣の腕が達人級とかだったら、素直に尊敬する。


「おい、貴様、聞い___」


 と、騎士が言い終わらないうちに、またも宿の玄関が爆音を上げた。

 そろそろつなぎ金具が取れそうである。

 あのドア、今日は災難だな。


「エルに触んじゃないわよ馬鹿騎士!」


 一人の少女が嵐のように入ってきた。

 少女というか、レイチェルだ。

 さらにその後ろから、ロルフとエルシリアが肩を怒らせて歩いてくる。

 二人ともかなり怒っている様子だ。


「いい加減にしつこいぞ貴様ら! このガキと一緒に牢屋に入れられたいのか!?」


 今ガキっつったぞこの騎士。

 その後に続けられた文言も色々問題だ。

 こいつの胸元にあるバッチは下級を示すもの(つまり下っ端)だが、一般市民を騎士団のとこにしょっ引ける権限を持っているのは中級以上だ。

 まあ、あれだな。

 色々と分かりやすくて助かる。


「セレナ」

「……ん」


 声をかけ、俺たちは走り出した。

 いつまでもこんな馬鹿のそばにいたら馬鹿が移ってしまいそうだ。

 さっさとみんなのところに帰ろう。


「っ、待てクソガキ!」


「躾がなってないのはどっちかね、と」

「……ぴょーん」


 乱暴に腕をぶん回して俺たちを捕まえようとする騎士だが、鎧が重すぎるのか、あくびが出そうな鈍重さだ。

 俺はまっすぐ走って男の股下を素通りし、セレナは頭上を飛び越えた。

 てか、セレナのジャンプ力ハンパない。

 天井スレスレまで跳んだぞ今。


「エル、セレナ! 大丈夫? 何かされてない?」


「大丈夫……だいじょぶふぇふ」


 レイチェルは俺とセレナを抱きとめるや、体のあちこちをまさぐってきた。

 だから大丈夫て。

 俺はロルフとエルシリアの方を見る。


「遅かったですね」


「ああ、ちょっとな。飯食ったらバイロンの兄貴と合流して、すぐ戻るつもりだったんだが……」


「あそこのゴミがガミガミうるさくってね。ここまで来られてしまったよ」


 ゴミとか。

 エルシリアが珍しく辛辣だ。


「おい、貴様ら。そこの人殺しのガキ二人をこちらへ寄越せ」


「……根拠もないのに、ウチの子をそんな風に貶めるのは、やめてくれないかな」


「同感だ。そろそろ俺も物理的に黙らせたくなってきた」


「誰が渡すもんですか!」


 ゴミ騎士に真っ向から牙をむく三人。

 俺はふむと唸った。


 孤児院の立場や事情など、今の俺には知識がある。この状況から裏を見て、ある程度の推測を立てることができる。


 まず、俺にかけられた殺人容疑。

 この国では、未成年の犯罪に関しては大抵当事者同士の間で解決するのが基本だ。

 中立的立場として術導院に依頼し、判断を委ねることもある。

 が、例えば今回のように、無法者から加えられた危害に対しての反撃などで死人が出た場合は、騎士団の出番となる。

 調査隊が派遣され、危害を加えた者の犯罪歴が判明すると、無法者たちはただちに駆逐され、反撃した側はほぼ全ての場合において無罪となる。

 反撃側も有罪となるのは、単純にそっちも無法者だった場合ぐらいである。


 よって、俺が罪に問われるのは、少々奇妙なことだと言える。

 死んだ男は明らかに犯罪者だっただろう。

 正当防衛が成り立つ状況でもあった。

 それでは、騎士が俺を捕まえたい理由は何だろうか?


 これに関しては、おそらくだが、孤児院の成り立ちが関わってくる。

 正確に言えば、シェイラの過去だ。

 彼女は『元』術導教師だった。

 だが、ただの教師ではない___最優の職に就いた者の中でも、かなり優れた術導教師だったらしい。

 それが、数年前に何らかの原因で術導院と離別。自分の財産で孤児院を設立した。

 離別と言っても、現在でも術導院の数人と個人的な繋がりがあるらしく、施設や古本の便宜を図ってもらっているようだ。

 借金もあるようだし。


 さておき、これが気に入らないのは騎士団の面々であった。

 優秀な手駒を手元から逃す手はない。

 最初は交渉人を寄越して説得を試みたようだが、最近騎士団は形振り構わずシェイラを引き込もうとするようになった。

 何故か?

 最近になって、彼女の孤児院から世の中に出てきた子供たち___それが、非常に優秀な者ばかりだったからだ。

 剣術や魔法。

 語学から算術まで。

 シェイラの育てた子は、国の平均を大きく上回る能力を身につけていたのだ。

 これによって、彼女が術導教師として比類ない才能を持っていることが分かってしまった。

 しかも、彼女は国や騎士団について、冒頭のようにボロクソにこき下ろして教えているため、子供たちは騎士団に対して非常に懐疑的な姿勢を取っている。

 なまじ優秀なだけに武力や権力で押さえつけることも難しく、騎士団にとっては厄介な存在だろう。

 以来騎士団は、様々な手段を講じてシェイラを術導院に引き戻そうとしている。


 時たま孤児院の方に訪ねてくる人たちが、そんな感じで話しているのを何度か盗み聞きし、統合した結果がこの考察だ。

 一言でまとめれば『聖母すげぇ』で終わる内容である。

 これが今の状況にどう関与するか。

 要するに騎士団は、俺を有罪にして牢屋に放り込み、人質を取る形に持っていきたいのだ。解放と引き換えに、術導院へ引き込もうというのだろう。

 そのための一手に馬鹿丸出しのゴミを送るあたり、騎士団の腐敗も末期だろうか。


 などと考えていた矢先、


「……ふん、人殺しである証拠? ちょうどそこにいるではないか」


 騎士が兵士の一人に耳打ちを受けてニヤリと笑い、そんなことを言った。


「獣憑きの少女。その尻尾はどうした?」


 唐突に矛先を向けられたセレナはびくりと震え、慌てて尻尾を隠した___先端の毛が切り落とされた、その尻尾。

 その動きを見て笑みを深める騎士。

 レイチェルが不愉快そうに鼻を鳴らす。


「尻尾がどうしたってのよ」


「死んだ男の、現場近くにな。白い毛の束が落ちていたそうだ。そこの獣憑きの尻尾の毛も不自然に斬られているが、偶然かね」


 レイチェルのこめかみに青筋が走った。

 ぴきぴきという音が聞こえた気がしたが、絶対幻聴だと思いたい。


「タチ悪いなこのゴミ。燃していいかい?」


「やっちまえって言いたいとこだが、有害なもんが出そうだからやめとけ」


 エルシリアも沸騰寸前である。

 辛うじてロルフは冷静さを保っているようだが、剣の柄を握る手に力がこもっていた。

 にしても、困った。

 その証拠では俺が罪を犯した証明には全くならないはずだが、これではセレナに嫌疑が移ってしまう。

 彼女は何も悪くないのに。


 ……さて。

 前の世界では、妹と口論になる度に上手いこと言い包められてきた俺である。

 話術には正直あまり自信がないが……少しがんばってみるとしよう。

 セレナが責められる謂れはないのだ。


「彼女は関係ありませんよ」


 俺は一歩前に出て、セレナを背に隠しつつそう言った。


「ほう……何故関係ないと言える?」


「その男を殺したのが、俺だからです」


 でも、と続けようと思っていた。

 まだ導入部分だったのだ。

 小説とかでも、大抵は論破されるまで相手は黙って話を聞くか、しどろもどろの言葉を返し、正論で跳ね返されるのが鉄板だ。


 しかし___ここは現実で。

 俺の相手は、コネで騎士になっただけの、ただのゴミだった。



「ふはははははははは! 聞いたか今の!?この小僧、簡単に認めやがったぜ。女の子の前じゃあ格好つけたいもんなァ!?」


「いや、あの……まだ話……」


「黙れ馬鹿め、バーカ、ばっかじゃねえの、バカでありがとうよガーキィ!」


「……」


「これであの女は術導院行き決定ッ! 俺はまた昇進確定ッ! ふはっ、こんなラクーに進めるなんざ俺の将来は安泰だなあ、そうは思わねえか、なあロイ、リューク!」


「はっ」

「どこまでも付いていきます」


「おうそうしろそうしろ。お前の昇格も上に話通してやっから。さてさっさとガキ連れて騎士庁に凱旋するとしようぜ!」


 騎士は俺の話を聞かず、兵士を引き連れて俺とセレナに近付いてきた。



 うんなるほど。

 そっか、そっかそっか……へーえ。

 それが本音だったんだなー。



 よし。

 燃やそう。


「おい待て、エル、何する気___」


「『爆ぜろ』」


 呪文は回路だ。

 つまり、ただ火種を作り出すだけならば、魔力を励起させるための一言で十分。


 火魔法が起動する。

 魔力がほぼ一直線に腕を駆け抜ける。

 ロルフが止める間もない。


「ぐぎゃあああ!?」


 騎士の目と鼻の先で爆発が起きた。

 もう少し座標をずらして頭を爆裂させるのもアリだが、本当に罪に問われかねないのでさすがに自重した。

 まあ、今のはただの牽制だ。

 目がちょっと眩む程度の威力しかない。

 しかし、喚き出されると話もできないのでもう一発準備しておこう。

 俺は左手に火球を浮かび上がらせる。


「まだ話終わってないので、静かにしてもらえますか?」


「な、お……おま、お前……」


「貴様っ!」


「ハーク様になんということを!」


 兵士二人は剣を抜いていた。

 ああ、いや、まあそりゃ抜くわな。

 できれば黙ったまま後ろで話を聞くだけにしてほしかったのだが。


「ち……エルシー、レイ」


「うん」

「分かってるわ。エル、セレナ、後ろに」


 ほぼ同時に身構える孤児院陣営。

 一触即発の雰囲気になってしまった。

 考えなしに行動するからこうなるのだ。

 よく考えろ、頭を回せ。


「俺に話をさせてください、ロルフ兄さま」


「いや、けどな……」


 ロルフは剣の鯉口を切りつつ、ちらりと俺に目をやり、そして騎士たちの方を見た。

 騎士はまだ怯みから立ち直っていないようで、俺の左手の上に浮かぶ火の玉を凝視しながら慄いていた。


 やがて、ロルフは剣を鞘に戻した。


「……いや、分かった。でも、さっきみたいにいきなり攻撃するのはやめろ。相手が興奮したら何してくるか分かんねーから」


「はい!」


 俺は頷き、火球をいったん消した。

 一歩身を引いたロルフと入れ替わるように前へ出る。

 色々思うところはあるだろうに、彼は俺を信じて、後を任せてくれた。

 信頼には応えたい。


「この、ガキ。さ、さっきは、何を……」


「さっき言ってましたね、男の死体の近くに白い毛の束が落ちてたって」


「そ……それがどうしたってんだ」


 俺はそこで言葉を切る。

 話の落としどころをどこに持っていこうとしていたのか忘れてしまっていた。

 少し焦る。


 落ち着こう、大丈夫なはずだ。

 嘘を言わなければならない状況でもない。

 慌てる必要はない。

 ありのままの事実を、相手が納得するように順序を整えて話すだけだ。


 ……いや。

 それだけでは、会話の主導権を握ることはできないかもしれない。

 この騎士見るからに馬鹿そうだし、釣り針に気付いてくれないかもしれない。

 一捻り入れて話してみよう。

 例えばそう、よくある会話術……相手から証言を引き出す誘導尋問。

 付け焼き刃だが、いけるだろうか。


「彼女の毛が、なぜそこに落ちていたのか。あなたはどう考えますか?」


「あ? そりゃあ……」


 と、騎士が目を白黒させながら答えようとしたときだ。

 また兵士が耳打ちをした。


「……」


 騎士は目を細め、口を噤んでしまった。

 ここで『人攫いが剣を持っていた』という証言を取れれば、そこから正当防衛の証明に持っていけたのだが。

 そう簡単にはいかないようだ。


「……さてな? 木の近くに落ちていたようだから、逃げる途中で枝にでも引っかかって切ったのではないかな」


「逃げる、ですか。何から逃げていたというのでしょう」


「……」


「それに、白い毛や死体のほかにも、落ちていたものはあるはずです。例えば剣とか」


「そんなものはなかったが」


「そうですか。では実際に行って、確かめてみましょうか?」


 これは行けるかなと思った。

 無論、あの男が使っていた剣はすでに騎士側に回収されて、処分なりされているだろうが、近くの木には人攫いが付けた斬撃の跡が残っている。

 それは『剣が振った』という明確な害意の存在証明になるはずだ。


 が、またしても兵士が耳打ちし、騎士は俺を睨んで黙り込んだ。

 明らかに兵士の方が有能じゃないか。

 騎士と地位交換した方がいい。


「……言い逃れしようとしているようだが、できると思っているのか、人殺しめ」


「俺は事実を言っているだけです。誰だって攫われかければ反撃に移るものでしょう?」


「誰に攫われるというのだ?」


 もちろん死んだあの男……と言いかけて、俺は騎士を見た。

 至極どうでもよさげな顔をしている。

 しかし、俺は騙されなかった。

 あれは観察する目だ。


 ……裏が見えた。

 あの男が人攫いだと主張することで、騎士はおそらく何かしらの優位を得る。

 兵士の入れ知恵だろう。


 しかし、何が狙いだろうか。

 分からない。

 分からないが……こうして黙っていることでも、俺は少しずつ不利になっていく。

 考える時間は一瞬だ。


「……誰に、って。もちろん……人攫いに、ですけど?」


 そして結局、俺はその一瞬で相手の狙いを見通すことはできなかった。

 騎士は意地の悪い笑みを浮かべていた。


「ほう……貴様は、あの男が人攫いだったというのか?」


「……実際攫われましたしね」


 あ、この展開はまずい。

 騎士側で何かしらの事実の歪曲が行われている感じのやつだ。

 だが、もうそれを覆す手立てがない。

 俺は読み合いに負けたのだ。


「こちらで確認したところ、あの男は騎士の一員であったことが判明したのだが?」


「はっ?」


「とぼけるな。貴様は、あの男が騎士であることを承知の上で殺したのだろうが。孤児院は現在、金に困っていると聞く。大方、金を狙っての犯行だろう!」


 なるほど、その方向に持っていくのか。

 男の身分を正当化すると同時に、俺の動機を示して都合を合わせる。

 この場合、俺はどうすべきか。


「金ですか……人を殺してまで奪いたいとは思いませんよ。あなたのような無能と違って真っ当に稼ぐ手段がありますからね」


「俺が無能だとッ。どういう意味だ!」


「こういう意味です」


 呟き、火の玉に続けて土の塊を作る。

 それをひゅんひゅん飛び回らせて騎士たちを挑発しながら、俺は考える。

 あの人攫いが騎士とか、冗談も程々にしてほしいが、それを冗談だと示せるだけの根拠がないのもまた事実。

 騎士の狙いもそれだろう。

 人攫いのグループと騎士が裏で繋がってるなんてのはよくある話だ。

 自分に有利な土俵に俺を引き出そうとしているのだ。


「魔法が使えるからなんだというのだ!」


「今言ったでしょう、稼ぐ手段になるって。術導院の依頼でもこなせば金は手に入りますし。人を殺すまでもない」


「ふん、貴様より優れた魔法使いなど何人もいるのだぞ。だというのに、わざわざガキに依頼を受けさせる者がどこにいる!」


「……それは」


「世間知らずの貴様が、そんな軽い気持ちで渡っていけるほど世の中は甘くないぞ。それに、ガキにできることなどたかが知れているというものだ。万事全て魔法で解決できるとは思わないことだな!」


「……」


 そう、騎士の狙いどころは分かった。

 ……かといって。

 俺が、この状況を上手くひっくり返す手を思いつけるかどうかはまた別の話だ。


 駆け引きは、苦手なのだ。

 妹と口論になったときもそうだ。

 俺はいつも口先だけの言葉に釣られ、相手の土俵にのこのこ顔を出し、気付いたときには攻守逆転。

 明らかに俺が正しいときですら、逆転されることはしばしばあった。

 恋人に『詐欺師にとってはいいカモ』と言われたこともある。


 つまり俺は、口論で一度不利に立たされるとどうにもできなくなる。

 自分を肯定化、正当化する手段を思いつけない。それを自覚していながら、その場凌ぎの言葉を並べることしかできない。

 話をさせてください、などと出しゃばった結果がこのざまだ。

 もう虚勢を張ることぐらいしかできない。


「……そうですかね。あなたみたいな馬鹿が生きていられる世の中なら、そんな大変でもないような気がしますが」


「小僧、少しは考えて物を言え。今この場で斬られたいのか?」


「斬れませんよ。俺が死ぬことで、何よりも困るのはあなた方だ。シェイラ母さまを孤児院から引っ張り出すことができなくなりますからね」


「何を言っているのか分からんな。この剣が抜かれる前に、黙った方がいいぞ小僧」


「斬られるとなれば、俺だって大人しく首を差し出すつもりはないですけどね」


「貴様のようなガキに何ができる?」


「そうですね。あなたの腹に、風穴を開けることぐらいはできますよ」


「ほう。ずいぶんと好戦的だな。この年齢の子供にしては……人を傷つけることに、抵抗を持っていないように見える」


「……」


 まずった。

 今の発言でそう持っていくのか。

 威圧しようとしたのが完全に失敗した。


「聞いたか、ロイ、ダイス。この小僧は俺の腹に穴を開けるそうだ」


「この幼さでこの思考。非常に危険です」


「どういう教育を受けているのかも気になるところですね」


 じりじりと崖っぷちに追い詰められていくのが分かる。

 だが、何もできない。


 ……何も変わってないな、俺は。

 いくら勉強しても、中身がまるで成長していない。

 がんばって学んだはずの魔法は、人攫いの一人も撃退できず、剣を振って身につけた体力で山一つ越えられない。

 そこはまだ体が幼いからよしとしよう。

 だが、頭はもういい大人だ。

 勝てる口論にも勝てないとなると、本当に自信がなくなる。

 なんか、もう泣きたいところだ。

 俺は今まで何をしてきたんだろうか。


「こんな危険なガキを、そこらに放っておくわけにはいかない」


 勝ち誇ったような声。

 騎士は一歩、こちらに踏み出した。


「このガキは我らが連行する。ついでに、重要参考人として、シェイラ・ドワ・エルフィアと、そこの獣憑きの少女も連れて行くことにしよう」


 それは、俺の敗北を告げる宣言だった。




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